3歩前のことを忘れる女のサブカルと介護の記録

神戸に住むアラフォーOL、波野なみ松の、仕事と趣味と母の介護を両立させる日々の記録。

訪問リハビリ

月曜日は、母の訪問リハビリの日である。

母の症状がまだ軽かった頃は、父に任せて私は立ち会わずにいたのだけど、今ではそうもいかないので、毎週月曜の朝は休みを取って、最初と最後には立ち会うようにしている。

リハビリ終了時間に介護施設からお迎えが来て、母が出たら私も会社へ出発するというサイクルで、もう1年半だ。

訪問リハビリでは、本人にリハビリをしてくれるだけじゃなくて、自宅での生活でどう介助するか、家族にアドバイスもしてくれる。
いつも使っている生活用具や家の構造も考慮してくれるのだ。

医師だと3分ほど話を聴いて薬を出して終わりだけど、療法士さんなら、腰が痛くなりにくい抱き起こし方を教えてくれたり、固くなった指の伸ばし方を教えてくれたりする。
療法士さんは生活をする上で起こる様々な不具合について、一緒に考えてくれるから、本当に頼りになる存在だ。

毎週訪問リハビリに来てくれる療法士さんは明るくてかわいい女の子だ。
母のことを知ってくれて、医学的な知識があって、話しやすい相手というのは、本当にありがたい。
相談と称して私が愚痴をこぼすこともしばしばで、私のカウンセリングの役割も果たしてくれていると思う。

そんなこともあって、毎週この時間を楽しみにしているんだけど、今朝は訪問看護ステーションから電話があって、いつもの療法士さんが急に来られなくなったという。

ピンチヒッターで、これまでも一度来てくれたことがある療法士さんが行くとのこと。

記憶にあるのは背の低いショートカットの若い女の子だったので、てきっきりその子が来てくれるものだと思っていたら、やってきたのは城田優みたいなイケメン。

あれ?
初めまして、と言いかけたところで、城田優が母に、
「お久しぶりやけど、覚えてくれとってかな?」
と言うので、内心、
「お母さんじゃなくて私が覚えてないよ!!」
と自分の記憶力にショックを受けた。

母は思いがけない男性の訪問にニヤニヤしている。
不明瞭だけど、一応ちゃんと、「よろしくおねがいします」と言えた。

「あのぅ、最近母は尿が遠くて、今日は長い時間出てないんです。リハビリ中に行きたくなるかもしれませんので、そのときはすみません」
城田優に伝え、
「お母さん、おしっこしたくなったらちゃんと言うんやで!」
と母に言い含めるものの、肝心の母がニヤニヤばかりでしっかりしない。
「トイレ行きたいってちゃんと療法士さんに言える?言うの恥ずかしい?」
「あぅ~○△▲●▼☆#%£*@§
∋▼」
「恥ずかしくってもちゃんと言わなあかんよ!」
城田優は苦笑い。

その後も歩行練習のときに、母が何か言い出した。
歩行練習は、社交ダンスのように、前から上半身を抱えてもらって足を動かす。
「アあぁ▼∋●§▲☆#△○*」
声が小さいうえに不明瞭なので、何を言っているのかわからない。

「もしかしてトイレ?トイレ行きたいの?」
と私が尋ねると、
「▲*%☆いきたない@▼●△」
と言う。

「じゃあ何よ?」
「▲£●§▼△%○☆おとこのこやから☆%●§*#…」

よくわからないけど、いつもと違う男性の療法士さんに戸惑っていることだけはわかり、なんかそれがひどく可笑しかった。

リハビリが終わって話しているときに、城田優が、
「前に来さしてもうたときより、ずっと顔色も良くなって、ふっくらされましたね」
と言う。
「前に来ていただいたのって、いつくらいですか?」
「2年くらい前でしょうか」
私がまだ立ち会ってなかったときだ。
よかった、私が覚えてなくて当然だ。

「床擦れが出来てから病院でエンシュア(栄養ドリンク)を出してもらうようになって、それから体重が5、6キロも増えたんですよ」
「えっ、そんなに?」
もちろん、栄養状態がよくなってからは、床擦れもできなくなった。

「身体は固くなってきてますけど、反応は前より良くなってる気がしますよ」
と、城田優は言った。

進行性の病気だから、母はできなくなることが徐々に増えている。
2年前だと、身体を支えれば歩けたので家の中では車イスを使わなかったし、右手が動いていたので、パンなら自分で食べていたと思う。
今はできないことばかりだ。

悪くなる一方だと思っていたから、少しでも良くなったことがあると言われるだけでうれしかった。

毎週来てくれている療法士さんや、普段接している私では、母の長期間の変化はわからないものだ。
たまには、久しぶりの人が来てくれるのもよい。