福祉用具の業者さんに来てもらった用事、その2
うちの実家は、山を切り崩してできた新興住宅地にある。
斜面にあるので、玄関までに階段がある構造になっている。
身体が不自由になると、これがなかなかキツイ。
一昨年までは、手摺を持って誰かに身体を支えられれば昇り降りできていた母も、だんだん難しくなってきて、去年の6月、外階段にリフトをつけた。
リフトはこんなかんじ。
モデルはうちの父、波野ひろ松。
それまで、父と私の二人で苦労して引っ張り上げたり、男性の介護スタッフさんがお姫様だっこしたりして、母を運んでいた階段。
だから、リフトができてすごく楽になったのは事実だけれど、正直言って全然満足していない。
またお金のことを持ち出すけれど、読んでくださる方も金額を知りたいだろうから書くと、工事費と本体等合わせて全部で約130万円ほどかかった。
決して安い金額ではないので、やはりあれこれ不満も出る。
クマリフトさんには悪いけど、
「使う人の気持ちを考えて作られてないんだね」
と感想がもれるほど、不便な部分が多い。
中でも最も困ったのが、リフトが残り2段を残して終わってしまうことだった。
というのも、レールが敷けるのはうちの敷地内だけ。
最後の段まで降ろすには、レールの終点を道路まで伸ばさなければならないという。
道路まで出すのは違法になるので、残り2段で終わらせるのが限界なのだそうだ。
とはいえ、リフトをつけないままでは、いつか介護者ともども階段から落ちてしまう危険があるので、渋々了承して、リフト設置を決断したのだった。
終点まで行かなくても、2、3段あればなんとかできる。
二人の介護者が、母の両脇を抱えるようにして階段を上がる。
母も、踏ん張れなくても、足を前に出すことはできた。
去年の設置以降、なんとかそれでやってきたが、ここのところ、それさえ難しくなってきた。
支えていたらとりあえず立てていたのが、足が萎えて折れ曲がってしまうため、立ち姿勢が取れなくなってきたからだ。
足を動かすことも、できなくなってきた。
朝、階段を降りるときはいいのだけれど、夕方、デイサービスからの帰りがキツイ。
左に介護スタッフさん、右に私。
二人で力いっぱい抱えて上がるので、3段目のリフトに座らせたら、二人とも少し息が上がっている。
ある夜。
そうやって階段を上げている途中にバランスを崩し、三人とも後ろに転落する…、という夢を見た。
夜中にガバッと起き、心臓がドキドキしてなかなか収まらなかった。
なんとかしないと。
とは思っていたけれど、どうすればいいのか、わからなかった。
先週、ケアマネさんから、
「一度、長いスロープを持ってきてもらいましょうか?」
というメールを唐突にもらい、最初何のことだかよくわからなかった。
よくよく聞けば、3段目から道路まで伸ばす車イス用のスロープをレンタルしたらどうかという話だった。
私同様、ケアマネさんや介護スタッフさんたちも、このままでは階段から落ちる危険を感じていたのだろう。
福祉用具の業者さんに来てもらった用件の二つ目が、このスロープだ。
画像ではわかりにくけれど、道路の3割くらいを占めてしまうので、スロープを出している間は道を通行止めにしてしまう。
だから、車イスの昇り降りの最小限の時間だけ、サッとスロープを出して、上ったらサッと片づけるつもりだ。
土曜日、福祉用具の業者さんにスロープを持ってきてもらったあと、実際に使ってみた。
リフトの座面の横に車イスをつけて移乗させ、スロープで降ろす。
まあなんと楽チンなことか!
一緒に検討に加わってもらった介護スタッフさんたちとも、
「これなら大丈夫そうですね!」
と話し合った。
何事にも対処方法があるもんだなぁ!
ただ、ひとつ悩ましいのが、スロープを掛けるのに台が必要なこと。
階段の幅の問題で、足らずを何かの台で補わないといけないのだ。
この日、福祉用具の業者さんが、ちょうどいい高さの台を持ってきてくれていた。
この台、本来の用途は、お風呂に沈めて使う浴槽用の椅子なんだそうだ。
入浴関連の福祉用具はレンタルできないから、購入になる。
しかも、母の場合、自宅でお風呂に入らないので、介護保険が使えない。
「実費で購入するなら、いくらくらいのものなんですか?」
と私が尋ねると、業者さんが申し訳なさそうに、小さな声で言った。
「これ、2万円くらいするんです…」
「に、にまんえん!? これが?」
「耐久性もあって、滑らんようにできてますからね、これが一番安全やとは思うんですけど…」
とはいえ、これが2万円もするとは。
「そうだ、お母さんが車イスで移動するときだけ台に使って、普段はお父さんがお風呂で使うっていうのはどうです? そしたら、お父さんの介護保険で購入できるんですよね?」
何を隠そう、父も脳梗塞後、介護1が取れている。
なんとか安くならないものかと私がそう思いつくと、
「そうですね」
業者さんもうなづいてくれる。
「お父さん、バスタブの中に椅子があったほうが便利なんちゃう?」
父に話を振る。
「しょっちゅうお風呂で寝てしまうんやし、どうかな?」
「いや、別にいらんで」
「でも、使ったらええやん」
「使わんな」
介護保険を適用させたい私と、空気を理解しない父。
「使いなさいよ!」
「いや、いらん」
「風呂で溺れて死ぬで!」
「溺れたら起きるから大丈夫や」
「起きたときには死んどうわ!」
「死んだら起られへんやろ」
突然始まった親子喧嘩の横で、福祉用具の業者さんがオロオロ。
しばらくはこの台を貸してもらえるのだけど、はてさて、これからどうしたものか。