幸せな結婚の条件
先日職場の飲み会があって、隣に座っていた常務がこんなことを言いだした。
「ルックスがめっちゃ良くてあとは全部最悪な男と、お金がめっちゃあってあとは全部最悪な男、絶対どっちかと結婚せなあかんって言われたら、どっちを選ぶ?」
まるで中学生のような質問だなぁ、と思いつつ、答えようとすると、専務が口をはさんだ。
「それでは足りんのちゃうか。『性格がめっちゃ良くてあとは全部最悪』っていうのも、選択肢に入れといて」
やれやれ。
二択っていってるのに、三択になっちゃったよ。
ま、いずれにせよ、「見た目、お金、性格のどれを重視する?」というだけの話。
「どれも嫌っていうのはナシなんですね?」
「そう、絶対どれか選ばなあかんねん」
「選ばないと親が殺されるとか、それくらい絶対なんですね?」
「えらい追い込むなぁ」
「だって、それくらい切羽詰まった状況じゃないと、基本、嫌ですもん」
いくら無礼講でも上司には説教できない。
にしても、こりゃちょっと子供っぽすぎないか。
いい大人になれば、人間はそんな単純じゃないことくらい、もう経験してきているはずだがなぁ。
「そうですねぇ、まずルックスは選びません。そんなもの、すぐ経年劣化しますから、何の価値もないです」
そのあと、
「太ったりハゲたりするかもしれませんからね」
と付け加えようとしたけど、同じテーブルにハゲている課長がいたので、慌てて口をつぐんだ。
「めっちゃお金があるって、どれくらいのレベルですか?」
「いわゆる富裕層かな。そういえば波野さん、こないだ、どれくらいお金を持ってるのが富裕層か、定義を調べてたよね」
「年収なら3千万以上、金融資産なら3億円以上ですね」
「じゃ、その十倍の30億の資産があるとしよう」
「富裕層の妻になったら、その30億の資産が自由に使えるんですか? 相続するまでは自分の資産じゃないですよね? 性格が最悪ということなら、ドケチかもしれません。妻にお金を与えない、ちょっとした買い物でネチネチ文句を言う、こまごまと行動をチェックされる、とか考えられますよね?」
「まあなあ」
「だから、富裕層で性格が悪いというのも却下します」
「ほんなら性格は?」
「性格の良し悪しって、何を指すんですか? 気が合う、ストレスがかからない、って定義でいいですか?」
「まあそうかなぁ」
「家事は手伝ってくれるんですか?」
「手伝うんちゃう?」
「やめてほしい、ってことはしないんですね?」
「せえへんかな」
「だとしたら、性格の良い人を選ぶことにします。私のすることに文句をつけないで自由にさせてくれて、『家事を分担して』『邪魔しないで』ってお願いしたら言うことを聞いてくれるんですよね? 私の今の生活が維持できて、経済的にも精神的にもマイナスにならなかったらいいです」
「30億よりも?」
「だいたい私、今の生活で満足してますもん」
「じゃ、性格が良くても借金があって、一緒に貧乏生活をせなあかんかったら?」
「あ、それだったら、富裕層にしときますけど」
話をちゃんと聞いていなかったのか、専務は、
「お金より性格を選ぶってことは、まだ心が純粋な証拠やな」
とトンチンカンなコメントを付した。
ペラペラよくしゃべる女だなぁ、と自分であきれながらも、しゃべるにしたがって、自分のことをたくさん発見した。
ひとつには、私は他人の干渉が大嫌いで、大切にしているのは「自由」だということ。
ふたつには、「結婚相手」を想像するうえで、父親の影響が大きいということ。
うちの父は若い頃、ハンサムで通っていた(らしい)。
「色男、金と力はなかりけり」
という川柳は、我が家ではよくつぶやかれていたものだ。
たいてい、「顔が良くても生活上なんの役にも立たないね」という場面で、よく言われていたと思う。
「頭が悪い、根性が悪い、ええのは顔だけ」
と、父本人もよく冗談で言っていたけれど、しわくちゃの老人になった今は、
「顔まで悪なってもうて、ええとこ一つもなくなってもた」
と嘆いている。
父はごく普通のサラリーマンだったので、それほど収入面の苦労はなかった。
しかしなぜか、毎月一定額しか家庭にお金を入れなかった。
残業代をどれだけもらおうと、ボーナスがいくら出ようと、いくら昇給しようと、一定額。
残りは全部自分のお小遣い。
ただし無駄遣いしたわけでもなく、私の教育資金や老後資金として貯めていてくれたようだ。
一方、母は最低限の生活費しか与えられず、毎月必死でやりくりしていた。
言っておくが、母も無駄遣いするような性格ではない。
もともと「始末しい」の性格が、生活が苦しくなって貧乏性に拍車がかかり、貧乏ではないはずなのに、超・質素倹約という我が家の家風が出来上がった。
夫婦喧嘩をすると、父はよく、
「誰が稼いできた金やと思とんじゃ」
と口にした。
母は私が大きくなると、パートに出た。
自分が稼いだ自分のお金がほしかったからだ。
私はその母の苦労を見て育ったので、「夫が妻にお金を与えてくれるとは限らない」と疑ってしまう。
性格が良い人は、本当に家事を手伝ってくれるのか?
父は、面白くて優しい面がたくさんある。
だとしたら、ある種の良い人と言えるかもしれない。
でも、家事は一切しなかった。
母が病気で熱があっても父は平気でテレビを見ていて、母は体調の無理をおしてでも台所に立っていた。
うちの母は同時代の主婦に比べて、特に不幸だったかと言われれば、たぶんそんなことはない。
程度の差や環境の差はあるけれど、どこの家でも昔の女性は似たような苦労をしていたはずだ。
だから私は、結婚生活に全く憧れがない。
「結婚っていいもんだよ」と、他人にいくら口で言われても、信じられない。
幸せは本人が決めることも、「割れ鍋に綴蓋」ってことも、わかっている。
それでも、いくら妻本人が
「私はあの人と結婚して幸せです」
と言ったところで、傍目に、
「うわぁ、あの頑固ジジイと一緒に暮らすなんてかわいそう」
と見えたら、やはり憧れなんて持てるはずがない。
少子化は私のような女のワガママのせいだ、と言わんばかりの人たちがいる。
確かにワガママかもしれない。
でも、「結婚生活は女にとってツライものだ」と思わせたのは誰か?
結婚したら、家事や育児や介護の負担は妻が負うものだと仕向けたのは誰か?
今の20代の若い子たちは結婚願望が強いという。
いいことだな、と思う。
きっと、幸福な結婚を見て育ち、心の中にちゃんと幸せなイメージがあるんだろう。
前の世代は「ガマンを強いられる結婚生活」に耐えていた。
私の世代は、そこから逃げる自由を手に入れた。
でも、これからの世代は、結婚から逃げる必要がない。
逃げるどころか、つかまえたいくらい幸せなものだからだ。
未来の結婚は、そうしてあげないとダメだ。
少子化対策を担当している男性の政治家さんには、自分の子供に聞いてみてほしい。
「うちのお母さんは、俺と結婚してて幸せだと思うか?」って。
「思う」って答えたなら、未来は明るいんじゃないかな。
「思わない」って答えたら、まだまだ少子化は続くかもね。