3歩前のことを忘れる女のサブカルと介護の記録

神戸に住む40代波野なみ松の、育児と趣味と要介護両親の対応に追われる日々の記録。

幸せな結婚の条件

先日職場の飲み会があって、隣に座っていた常務がこんなことを言いだした。

 

「ルックスがめっちゃ良くてあとは全部最悪な男と、お金がめっちゃあってあとは全部最悪な男、絶対どっちかと結婚せなあかんって言われたら、どっちを選ぶ?」

 

まるで中学生のような質問だなぁ、と思いつつ、答えようとすると、専務が口をはさんだ。

 

「それでは足りんのちゃうか。『性格がめっちゃ良くてあとは全部最悪』っていうのも、選択肢に入れといて」

 

やれやれ。

二択っていってるのに、三択になっちゃったよ。

ま、いずれにせよ、「見た目、お金、性格のどれを重視する?」というだけの話。

 

「どれも嫌っていうのはナシなんですね?」

「そう、絶対どれか選ばなあかんねん」

「選ばないと親が殺されるとか、それくらい絶対なんですね?」

「えらい追い込むなぁ」

「だって、それくらい切羽詰まった状況じゃないと、基本、嫌ですもん」

 

いくら無礼講でも上司には説教できない。

にしても、こりゃちょっと子供っぽすぎないか。

いい大人になれば、人間はそんな単純じゃないことくらい、もう経験してきているはずだがなぁ。

 

「そうですねぇ、まずルックスは選びません。そんなもの、すぐ経年劣化しますから、何の価値もないです」

 

そのあと、

「太ったりハゲたりするかもしれませんからね」

と付け加えようとしたけど、同じテーブルにハゲている課長がいたので、慌てて口をつぐんだ。

 

「めっちゃお金があるって、どれくらいのレベルですか?」

「いわゆる富裕層かな。そういえば波野さん、こないだ、どれくらいお金を持ってるのが富裕層か、定義を調べてたよね」

「年収なら3千万以上、金融資産なら3億円以上ですね」

「じゃ、その十倍の30億の資産があるとしよう」

富裕層の妻になったら、その30億の資産が自由に使えるんですか? 相続するまでは自分の資産じゃないですよね? 性格が最悪ということなら、ドケチかもしれません。妻にお金を与えない、ちょっとした買い物でネチネチ文句を言う、こまごまと行動をチェックされる、とか考えられますよね?」

「まあなあ」

「だから、富裕層で性格が悪いというのも却下します」

 

「ほんなら性格は?」

「性格の良し悪しって、何を指すんですか? 気が合う、ストレスがかからない、って定義でいいですか?」

「まあそうかなぁ」

「家事は手伝ってくれるんですか?」

「手伝うんちゃう?」

「やめてほしい、ってことはしないんですね?」

「せえへんかな」

「だとしたら、性格の良い人を選ぶことにします。私のすることに文句をつけないで自由にさせてくれて、『家事を分担して』『邪魔しないで』ってお願いしたら言うことを聞いてくれるんですよね? 私の今の生活が維持できて、経済的にも精神的にもマイナスにならなかったらいいです」

「30億よりも?」

「だいたい私、今の生活で満足してますもん」

「じゃ、性格が良くても借金があって、一緒に貧乏生活をせなあかんかったら?」

「あ、それだったら、富裕層にしときますけど」

 

話をちゃんと聞いていなかったのか、専務は、

「お金より性格を選ぶってことは、まだ心が純粋な証拠やな」

とトンチンカンなコメントを付した。

 

ペラペラよくしゃべる女だなぁ、と自分であきれながらも、しゃべるにしたがって、自分のことをたくさん発見した。

 

ひとつには、私は他人の干渉が大嫌いで、大切にしているのは「自由」だということ。

ふたつには、「結婚相手」を想像するうえで、父親の影響が大きいということ。

 

うちの父は若い頃、ハンサムで通っていた(らしい)。

「色男、金と力はなかりけり」

という川柳は、我が家ではよくつぶやかれていたものだ。

たいてい、「顔が良くても生活上なんの役にも立たないね」という場面で、よく言われていたと思う。

 

「頭が悪い、根性が悪い、ええのは顔だけ」

と、父本人もよく冗談で言っていたけれど、しわくちゃの老人になった今は、

「顔まで悪なってもうて、ええとこ一つもなくなってもた」

と嘆いている。

 

父はごく普通のサラリーマンだったので、それほど収入面の苦労はなかった。

しかしなぜか、毎月一定額しか家庭にお金を入れなかった。

残業代をどれだけもらおうと、ボーナスがいくら出ようと、いくら昇給しようと、一定額。

残りは全部自分のお小遣い。

ただし無駄遣いしたわけでもなく、私の教育資金や老後資金として貯めていてくれたようだ。

 

一方、母は最低限の生活費しか与えられず、毎月必死でやりくりしていた。

言っておくが、母も無駄遣いするような性格ではない。

もともと「始末しい」の性格が、生活が苦しくなって貧乏性に拍車がかかり、貧乏ではないはずなのに、超・質素倹約という我が家の家風が出来上がった。

 

夫婦喧嘩をすると、父はよく、

「誰が稼いできた金やと思とんじゃ」

と口にした。

母は私が大きくなると、パートに出た。

自分が稼いだ自分のお金がほしかったからだ。

私はその母の苦労を見て育ったので、「夫が妻にお金を与えてくれるとは限らない」と疑ってしまう。

 

性格が良い人は、本当に家事を手伝ってくれるのか?

父は、面白くて優しい面がたくさんある。

だとしたら、ある種の良い人と言えるかもしれない。

でも、家事は一切しなかった。

母が病気で熱があっても父は平気でテレビを見ていて、母は体調の無理をおしてでも台所に立っていた。

 

うちの母は同時代の主婦に比べて、特に不幸だったかと言われれば、たぶんそんなことはない。

程度の差や環境の差はあるけれど、どこの家でも昔の女性は似たような苦労をしていたはずだ。

 

だから私は、結婚生活に全く憧れがない。

「結婚っていいもんだよ」と、他人にいくら口で言われても、信じられない。

 

幸せは本人が決めることも、「割れ鍋に綴蓋」ってことも、わかっている。

それでも、いくら妻本人が

「私はあの人と結婚して幸せです」

と言ったところで、傍目に、

「うわぁ、あの頑固ジジイと一緒に暮らすなんてかわいそう」

と見えたら、やはり憧れなんて持てるはずがない。

 

少子化は私のような女のワガママのせいだ、と言わんばかりの人たちがいる。

 

確かにワガママかもしれない。

でも、「結婚生活は女にとってツライものだ」と思わせたのは誰か?

結婚したら、家事や育児や介護の負担は妻が負うものだと仕向けたのは誰か?

 

今の20代の若い子たちは結婚願望が強いという。

いいことだな、と思う。

きっと、幸福な結婚を見て育ち、心の中にちゃんと幸せなイメージがあるんだろう。

 

前の世代は「ガマンを強いられる結婚生活」に耐えていた。

私の世代は、そこから逃げる自由を手に入れた。

 

でも、これからの世代は、結婚から逃げる必要がない。

逃げるどころか、つかまえたいくらい幸せなものだからだ。

未来の結婚は、そうしてあげないとダメだ。

 

少子化対策を担当している男性の政治家さんには、自分の子供に聞いてみてほしい。

「うちのお母さんは、俺と結婚してて幸せだと思うか?」って。

「思う」って答えたなら、未来は明るいんじゃないかな。

「思わない」って答えたら、まだまだ少子化は続くかもね。