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3歩前のことを忘れる女のサブカルと介護の記録

神戸に住むアラフォーOL、波野なみ松の、仕事と趣味と母の介護を両立させる日々の記録。

父の日を前に、父を恨む。

金曜日の夜は忙しい。

 

ほぼ定時で会社を退勤して新快速にのり、実家に帰る。

家に帰ったら、リビングでソファに座っている母の様子を確認して、必要ならベッドで横にならせる。

 

そして急いで夕食の支度。

白いご飯だけは父が炊いておいてくれているので、20分以内でおかずを作る。

出来上がったら、母を車イスに乗せてキッチンに連れてきて、夕食。

母に食べさせながら、自分も食べる。

ごはんですよ」と声をかけても、父は飲みながらテレビを見ていて、なかなか食卓につかないこともある。

だいたい食事にかかる時間は1時間くらい。

 

終わったら母をトイレに連れて行く。

施設ではあまり出ないようだが、家に帰ってくると便がよく出る。

トイレに要する時間も、たいてい1時間。

母をトイレに置いたまま、その間にお風呂の用意をする。

 

母の調子がよければ、トイレから出たあとはリビングで父とテレビを見てもらう。

その間に私がお風呂に入る。

上がってきたら、母の顔を拭いて、歯を磨き、歯間ブラシをかける。

その後母を寝かせたら、私の一日も終了。

 

毎週、だいたいそんなリズムなのだが、昨日はトイレ後、母がしんどそうにしていた。

最初はリビングのソファに座ってもらっていたのだけれど、すぐに首を曲げて眠ってしまう。

そのまま眠らせていては、身体が傾いてしまってよくないので、すぐにベッドに連れて行って寝かせた。

母は横にしたとたんに爆睡。

体調がよくなかったのだろう。

 

父も晩酌の酔いが回ったらしく、リビングのテーブルに足を乗せ、ソファに寝そべって眠っている。

私は父に声もかけず、先にお風呂へ入らせてもらった。

母が寝てくれると、逆に私はゆっくりと自分の時間が持てる。

 

のんびり湯船に浸かっていると、ドタン!ドタン!と何かが暴れるような大きな音がした。

しばらくすると、またもや、ガタガタン!と物が落ちるような音。

同時に、ドタドタ、ドタドタ、ドタドタドタ、と切羽詰まった足音が聞こえた。

 

父が酔っぱらって、足がもつれてるんだなぁ、と、たいして気にもとめなかったが、お風呂から上がり、洗面所のドアを開けたとたん、状況が理解できた。

 

廊下に点々とこぼれている液体。

リビングからトイレへと続き、トイレに近づくほど量が多くなっている。

トイレの中には父。

 

「何これ!!」

「間に合わへんかったんや」

 

つまり、こういうことだ。

サイドテーブルに足を乗せて寝ていた父。

急におしっこがしたくなって目覚め、起き上がろうとしたところ、足がうまく動かず、ソファからひっくり返る。

起き上がってスリッパを履こうとして、また足がもつれて転倒。

慌てて立ち上がって、急いで廊下を移動するも、時すでに遅し。

少しずつ液漏れしながらトイレに駆け込んだ、というわけ。

 

「これじゃ汚くて廊下歩かれへんやないの!自分で掃除しなさいよ!」

と悲鳴を上げる私。

「(掃除)する、する」

とトイレ内で酔っ払った声を上げる父。

 

父がおもむろにトイレから出てくる。

「やめてよ!靴下でおしっこ踏んで、足跡で拡散しようやんか!」

またしても私の悲鳴。

「ほんならどうせい言うんや。トイレから動かれへんやないか」

「せめてトイレットペーパーで拭いて出てきてよ!」

 

しかし、父は私の言うことはまるで聞かない。

「お風呂、もう出来とうか?」

そう言いながら、父はお風呂の脱衣所へ移動し、漏らしたパンツや靴下を床に脱ぎ散らかし、浴室に入っていった。

 

「ちょっと!掃除するって言うたくせに、どうしてくれるんよ!」

「あとでする。置いといて」

 

できれば置いておきたい。

そして父に自分で片づけさせたい。

しかし、このまま廊下が汚れていては私が歩けない。

 

「汚い!臭い!情けない!」

父を散々罵倒しながら(でも父は耳が遠いので聞こえていない)、おしっこで汚れた廊下を拭き掃除した。

リビングのソファのところは、タバコの灰がまき散らされている。

渋々、そこも掃除機をかけた。

 

掃除がひととおり終わった頃、父が出てきた。

「何その格好!!!」

全裸である。

着替えを持ってこないままお風呂に入ってしまったので、上がってから着るものがなかったのだ。

 

いい加減にしなさいよ、平日いつもこんなんちゃうやろな、結局私に掃除させやがって、などなど、罵声を浴びせ続ける私には目もくれず、

「寝る」

父は一言だけつぶやき、全裸のまま二階へ上がって行った。

 

浴室の脱衣所になっている洗面所に入ると、おしっこで濡れたままのパンツとジーンズと靴下が放置されていた。

このままでは洗面所が使えない。

しかも、時間が経つにつれ、悪臭がきつくなってくる。

 

しかし、掃除はまだしも、これらを洗ってやるのは癪である。

汚れ物の洗濯くらいは自分でさせなければ。

 

パンツも靴下も、ジーンズはベルトごと、まめてポリ袋に突っ込んで、匂いが漏れないように口をしばった。

片づけた後、ズボンが置かれていた床が濡れていたので、そこもまた拭き掃除。

 

夜11時も過ぎてから、こんなに掃除をしなきゃならないなんて!

情けなくて情けなくて、唇をかむ。

 

母の場合は、病気だから仕方ない。

だから、全く腹が立たない。

まだ母の状態がましだったとき、排泄関係で失敗をしたときは、

「迷惑かけてごめんね」

と言ってくれた。

「どういたしまして。だって、私が赤ちゃんのときお世話になったでしょ」

私はいつもそう言い返す。

本心で、そう思っている。

 

しかし、父の場合はそうではない。

まず、脳梗塞の後遺症があるとはいえ、何もできないわけじゃない。

漏らしてしまうリスクがあるのなら、お酒を控えればいい。

わかっているくせに、誘惑に負けて、足がもつれるまで飲む。

 

そう、酔って漏らすのは、これが初めてじゃない。

 

漏らしてしまうのも仕方ない。

失敗するのはかまわない。

ただ、自分で後片付けをするべきなのだ。

でも、それをしない。

平気でほったらかして、逃げてしまう。

 

子供のとき母に世話してもらったという記憶と同じで、父には、

「お父さんは何もしてこなかったね」

という思いしかない。

 

父をフォローする人はこういうだろう。

「お父さんは定年まで会社勤めしてきたんだから」

 

だとすれば、言いたい。

一週間フルタイムで働いて、金曜日の夜、父がおしっこを漏らした床を拭いている私は何なんだ、と。

 

病気の妻と、介護する娘。

二人のためにしっかりしようと、なぜ思ってくれない?

少しでも負担を減らす。それが家族を守るということじゃないのか?

お父さんは私たちを大切に思っていないの?

母が病気になって以降、ずっとそう思い続けている。

 

明日の日曜日は父の日である。

本当は今日、プレゼントを買いに行こうと思っていたけれど、やめた。