3歩前のことを忘れる女のサブカルと介護の記録

神戸に住む40代波野なみ松の、育児と趣味と要介護両親の対応に追われる日々の記録。

崖っぷちの胃瘻

今週末はやたらと疲れた。
まだ風邪が残ってるせいもあるけれど、何より母の調子が悪いのが堪えた。

結局、金曜日から月曜日まで、一言もしゃべってはくれなかった。
目は開いていてこちらを見つめている。
息はしている。
でも、呼び掛けても何の反応もない。

何より困るのが食事と水分補給だった。
少し元気が回復した様子を見計らって、食べ物をスプーンで口に運ぶ。
何口かは食べることができるが、すぐに口の動きが止まる。
口の中に入れたまま、飲み込むことができないでいる。
口の端からこぼれればまだいいほうで、いつまでもそのまま、口の中に溜めている。
こんなふうに膠着状態になると、もう手に負えない。

「ママぁ、お願いだからゴクンしてよぉ」
と呼び掛けても、まぶたまで重くなり、目を閉じてしまう。
「お母さん!お母さん!寝たらあかん!起きて!」
何度も何度も揺り起こすけれど、モグモグしては動きが止まることの繰り返しだった。

土日はデイサービスとして、昼間だけ施設で面倒を見てもらうのだけど、介護スタッフさんの話では、施設でも昼ごはんは同じような状態だったらしい。

デイサービスのレクリエーションに参加するどころか、ほとんどの時間で眠っていたようだ。

そんな事情を知らない父は、土曜日の夕方、帰ってきた母に、
「今日は面白かったか? カラオケしたんか?」
と話しかけている。

「お母さん調子が悪くてずっと寝てるのよ」
と私が説明したけれど、真剣には受け止めていなかったようで、日曜日の夕方、帰ってきた母に再び、
「今日はどないなった? おい、どないやった、って、聞いとんやぞ。楽しかったか?」
と父がしつこく話しかけているので、
「昨日も調子が悪いって言うたやろ!!」
と、つい怒鳴り付けてしまった。
母はその横でぼんやりと一点を見つめていたが、やがて目を閉じた。

母はとにかく眠ってしまう。
覚醒時間はほんのちょっと。
油断するとすぐに目を閉じる。

これが一時的なものなのか、今後ずっとこの調子になってしまうのか、わからないので不安になる。

ずいぶん前からいろんな人に、いずれ胃瘻を考えないといけないよ、と言われていた。
口から食べ物が飲み込めない人に、胃に穴を開け、直接チューブで栄養を流し込む医療処置だ。

口から食べる楽しみを奪うとか、延命治療につながるとか、いろんな点で抵抗感がある人が多い。

胃瘻にしたからといって口から食べられないわけではないし、栄養補給ができることで体力が回復し、病気が改善されることもある。
胃瘻のほうが介護者にとってはラクだとも聞く。

昨年亡くなった伯父の介護をしていた伯母さんが、
「胃瘻にするときは、悩まんとパッとすること。可哀想やとか考えたらあかんで。」
と私に言った。

あんなにおやつが大好きだった人が、もう食べられなくなるなんて、と思うとやりきれない。
「お母さん、しっかり飲み込んで。ゴクンできんかったら、胃に穴を開けられちゃうよ!」
それでも母に反応はない。

次に病院を受診するとき、こんな状況だと話したら、医者は胃瘻を勧めるだろうか。

医者が勧めるなら、従おうと思っていた。
けれど、考えてしまう。
栄養はチューブで、排泄はオムツで、返事もしなければ、笑顔もない。
その母の状態に、光が見えない。

例えるなら、こんな光景が思い浮かぶ。
母は崖からとっくに落ちている。
腰につけられた命綱で、私たちが必死で引っ張り上げようとしている。
しかし、徐々に徐々に、下へ落ちていく。
私は力の限り、ロープが下がるのを食い止める。
でも、もう手がしびれてきた。
母の姿は遠ざかるばかり。
もう小さくなって、ほとんど見えない。
もう見えるのはロープだけ。
手を離すタイミングがわからない。