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3歩前のことを忘れる女のサブカルと介護の記録

神戸に住むアラフォーOL、波野なみ松の、仕事と趣味と母の介護を両立させる日々の記録。

同級生と笑い、点滴で泣く。

一昨年くらいまで、母は毎日が同窓会だった。

今日同窓会があるという妄想に取りつかれていたのだ。

 

「もう時間や。行かなあかん。今日は同窓会やから」

とか、

「そろそろ同窓会のお迎えのバスが来るから玄関で待っとこう」

とか、

「今日同窓会やったのに遅刻や!どうしよう!」

とか、それはそれは大騒ぎだった。

 

いくら「同窓会は今日じゃないよ」と言ったところで、すぐに忘れてしまう。

ひどいときは五分おきにそれを言われるので、こちらもウンザリすることがしばしばあった。

妄想に付き合って、余所行きの服に着替えてお化粧をほどこし、出かける支度をすることもあった。

実際、本当の同窓会があって、私が付き添って出席したこともあった。

 

同窓会というのは、それくらい母にとって大切なものらしい。

中学・高校時代なんてクソくらえと思っている私とは対照的に、青春時代の思い出を大事に大事にしている人だった。

 

母には友達が二人いた。

子供の頃のからの仲良しで、中学・高校の同級生。

三人とも同じ町で育ち、同じ町で就職し、結婚し、歳を重ねた。

3年ほど前に一度だけ、二人がうちに遊びに来てくれたこともあった。

 

そのうちの一人、せっちゃんとは、ときどき病院で顔を合わせる。

運悪く今まで私一人のときで、

「お母さんの具合はどない?」

と声をかけられ、挨拶をする程度だった。

 

いつか母も会えたらいいのになぁ、と思っていたら、今日ちょうど内科を受診しに行った際、せっちゃんがいた。

 

「いやぁ、たかちゃん久しぶり!」

と声をかけてくれたせっちゃん。

「あ~!」

と笑い声を上げる母。

 

「相変わらずなみちゃんもべっぴんさんで、相変わらずお父さんも男前や」

とお世辞を言うせっちゃんに、

「あんたはえらい目ぇが悪くなったんやな」

と返す父。

「たかちゃんも頑張りよ、な?」

と励ましてくれるせっちゃんに、母の顔がほころんだ。

 

今日は比較的涼しかったので、母の調子もまずまず。

前回ほどの脱水状態ではない。

とはいえ、せっかく病院に来たのだし、相変わらず十分な水分が摂れてないので(だから尿がでない)、今日は250ミリの点滴をしてもらうことになった。

 

前回足首で点滴をしたので、とりあえず足を出す。

ところが、足の甲に針を刺したところ、点滴が入っていくどころか血が溢れだす始末で、ひどい内出血になった。

 

やり直し、ということで、看護師が交替し、ベテランおばさんがやってくるが、事情を知ってか知らずか、腕や手の血管を調べまくり、右手の甲に刺すことに。

針が入り、点滴もスムーズに流れだしたので、私は持ってきた文庫本を開き、阿部公房の『箱男』を読むことにした。

 

半ページごとくらいに、液がポタポタ落ちるのを確認する。

母が頭を起そうとするときは、

「寝ときなさい、今点滴しようから」

と言って母のおでこに手を置く。

そうすると、再び目を閉じる母。

ときどきベテラン看護師も様子を見に来て、点滴の落ち具合をチェックする。

 

ところが、しばらくしたとき看護師が母の手を見て、

「あら大変!」

と言った。

私も気づかなかったのだが、点滴をしている手がパンパンにむくみ、腫れている。

まるでゴム手袋に水を入れて膨らませたようだった。

右手全体が倍くらいの大きさに膨れ上がっていた。

 

「ごめんね、気づくのが遅くなって」

と言いながら、看護師は慌てて点滴を抜き、温かいお湯に濡らしたタオルを持ってきて母の手をくるんだ。

「これで温めとくわ」

 

「温めたらいいんですか?」

という私の質問には答えず、看護師は、

「先生に聞いてくるね」

と行ってしまった。

 

濡らしただけのタオルは、どんどん冷たくなっていく。

これじゃあ温めるどころか、冷やしているようなもんだ。

どうしたらいいのかわからず、少しでも温まるようにと母の手を握った。

 

特に冷たい指先を、こすって温めていたら、戻ってきた看護師に、

「揉まんほうがええよ」

と言われた。

「タオルが冷たくなってるんですけどいいんですか」

と尋ねると、タオルをひっくり返し、まだ少し温かい場所に変えた。

 

そんな程度じゃ、またぬるくなるのに…。

釈然としないまま、先生を待つ。

手の腫れは全然ひかない。

 

先生がやってきて、手の様子を見たが、

「できれば点滴はしてあげたいからなぁ。別の場所で頑張ってみて」

とだけ言って、また戻っていった。

 

別の看護師がやってきて、再び左足に針を刺した。

やはりダメ。

 

「痛い思いさせてごめんなさいね」

 

次は看護師長が呼んでこられた。

二人がかりで両手、両足の血管を探しまわる。

 

「あのう、どうしても点滴しないとダメですか? 先生はさっき、‘できれば’って言ったと思うんですけど…」

と私が看護師長さんに進言すると、

「もう一か所やってみて、ダメだったらもう一度先生に聞いてみますね」

と言って、今度は右足の甲に刺してみた。

 

ほんの2、3分は液が入ったけれど、すぐに流れが止まり、

「あかんわ、膨れてきたみたい」

とまた針を抜くはめになった。

 

結局、手は膨れ上がり、足は三か所も針を刺したにもかかわらず、点滴はできないまま、中止の判断が下された。

 

腫れ上がった手には包帯が巻かれ、全く痛々しい様になった。

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「ごめんなさいね、結局痛い思いさせただけになってしまって」

看護師さんたちは口々にそう言った。

 

そばで見ていて、落ち度があったとは言えない。

みんな一生懸命やってくれているし、血管が細くて入りにくいのだからしょうがない。

ただ、医療技術的に今一つな雰囲気もなきにしもあらず。

 

母の病気はパーキンソン病関連病である。

パーキンソンでは不随意運動といって、本人の意思に関係なく動いてしまったり、筋肉が力んでしまったりすることがある。

 

特に母の病気(大脳皮質基底核変性症)の場合、症状が片側(母の場合は左側)に偏って顕著に出る。

だから、左手左足に点滴の針を刺すのは難しいんじゃないか、と私が伝えているのに、看護師の誰もが耳を貸さなかった。

私は素人なので、「それは関係ない」と言われたらそれまでなのだけれど、これまで右足で点滴しているのだから、無関係とはいえないと思う。

 

病院の帰り、父が、

「ここの病院はほんまに三流やな。見とったらようわかった」

というので、

「点滴失敗した以外になんかあるの?」

と尋ねた。

 

「ゴミを袋に入れてな、くるくるっと口を塞いでゴミ箱に捨ててな、そのまま手も洗わんと、次の点滴しよったわ」

「まあ、ゴミっていっても針のパッケージとかでしょ?」

「それでもゴミ袋はゴミ袋や。ゴミ触った手ぇで次の新しい針を触るんやからな」

 

三日お風呂に入らなくて平気な人がよく言うよ、とは思ったものの、父の言うことも一理あるのだろう。

向上心というか、丁寧さというか、意識の問題な気もする。

言われてみれば、点滴をするときに寝かせていたベッドの上に他人の髪の毛が何本も落ちていて、なんだかなぁと思った。

 

点滴でえらい目にあった。

せっちゃんに会わなかったら、今日は最悪な日だ。

何事も禍福はあざなえる縄のごとし。