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3歩前のことを忘れる女のサブカルと介護の記録

神戸に住むアラフォーOL、波野なみ松の、仕事と趣味と母の介護を両立させる日々の記録。

一人っ子はダダをこねない

昨日スーパーのお菓子売り場で、若いお母さんが、

「え?!あんたなんで勝手に箱開けてんの?!」

と驚いて叫んだ。

まだ幼稚園前くらいの小さな女の子である。

「まだお金払ってないんやで! 勝手に開けたらあかんやないの!」

 

その子はただ黙ってうつむいていた。

言い訳もせず、謝りもしない。

うっかりやっちゃったのか、どうしても欲しくて故意に開けたのか、本意は測りかねた。

 

ま、これはどこのお菓子売り場でも「あるある」な光景。

彼氏の話によると、アメリカではレジ前に商品を食べるのは当たり前なことだそうで(大人でも!)、大声で叱りつけるほどのことでもない。

でも、日本では一応マナーなので、親は注意するべきなのだろう。

躾って難しい。

 

そこで思い出したのが、小学校で同級生だったヤスくんの妹のこと。

ヤスくんの家は5人兄弟で、経済状態はあまりよくないようだった。

ときどき、ヤスくんのお母さんが赤ちゃんを背負って、その上の妹を連れて買い物をしているのを見かけた。

 

妹はいつも、

「買って!買って!これ買って!」

と叫んでいて、お母さんはいつも、

「買わへん!いい加減にしなさい!」

と怒鳴っていた。

しゃがみこむ妹の手をひっぱり、お母さんがずるずると妹を引きずっていく姿も見かけた。

背中には赤ちゃん。お母さんの負担は半端なかっただろうと思う。

 

どうしてもお菓子が欲しいとき、妹は最終手段に出る。

お菓子をパッケージごと舐め始めるのだ。

ベタベタと唾液がつくパッケージ。

「みっともないことしなさんな!」

妹は平手で頭を叩かれる。

泣きだす妹。

けれど、お母さんはそのお菓子を買わざるをえないので、妹は勝者となる。

 

その横で、好きなお菓子を好きなだけカゴに入れていた一人っ子の私。

「一人っ子だと、小さい頃は兄弟が欲しかったんじゃない?」

と言われることがときどきあるが、

「いえむしろ、一人っ子でよかったと思うことのほうが多かったですよ」

と答えるのは、やはりヤスくんの家庭のような光景を見ていたからだ。

 

「一人っ子で甘やかされていたんでしょう。ワガママ言い放題だったでしょう」

というのも、よく言われることだ。

確かに甘やかされていた。

でも、ワガママを言った記憶がほとんどない。

ワガママを言う前に希望がすんなり通っていたせいかもしれない。

「これ買ってあげようか?」

と先に言われるので、

買ってと親にせがむ必要がなかったのだ。

 

ダダをこねたり、泣いてまで親にせがんだりしたものがあったかなぁ、と考えてみたら、鮮明に覚えていたことが一つあった。

 

うる星やつら』が大好きな小学生だった私は、劇場版『うる星やつら オンリー・ユー』のテレビ放送を楽しみにしていた。

『オンリー・ユー』といえば、押井守がアニメ監督として名をはせることになる最初の作品だ。

もちろん当時は、押井守のオの字も知らないただの子供だったけれど。

 

うちの家では小学生のうちは夜10時までに就寝、というルールがあった。

これが問題の始まり。

今もそうだけれど、テレビの映画番組はたいてい9時から始まって11時に終わる。

映画が半分くらい過ぎたところで(あたる達がエル星に連れて行かれたところだったと記憶している)、突然テレビが消えた。

 

いや、消えたのではない。母が消したのだ。

10時になったから寝なさい、というわけだ。

泣きじゃくって、どうしても続きが見たいとせがむ私。

まだビデオが普及していなかった時代。

今見逃したら二度と見られない、と思い込んでいたので、世界の終わりくらいの気持ちだった。

しかし、どんなに泣いて頼んでも、母は絶対に許してくれなかった。

あのとき二階へ上がる階段で感じた、後ろ髪ひかれる悔しい気持ちと、泣きすぎて横隔膜がヒクヒク動く苦しさは今でも忘れない。

 

**********

 

母がデイサービスから帰ってきたあと、夕食までに少し時間があった。

母の食事の飲み込みが悪かったらしく、まともに昼食が食べられなかったらしい。

そこで、おやつの時間に多めにブリックゼリーを食べさせてくれたらしく、

「夕食は遅めにされたほうがいいかもしれませんよ」

とスタッフさんから報告があったためだ。

 

そこで、せっかくだから夕食時間まで映画でも見よう、ということにした。

リビングで両親と一緒に見ても楽しめるものを録画の中から探した。

言わずもがなだけど、私の録画ライブラリはマニアックなものばかりなので、両親が面白がれるものがあるかどうか…、と思いつつ、『ハリー・ポッター 賢者の石』を録っていたのを思い出した。

見なきゃと思いながら、長年見過ごしてきたハリー・ポッターシリーズ。

やっと見る時がきた。

 

映画がちょうど半分くらい過ぎた頃、母のトイレが気になってきた。

日中一度も排尿がなかったらしいから、そろそろ出てしまうかもしれない。

映画を止めて母をトイレに連れていき、そうしたらお風呂の準備をしていないことに気が付き、そうこうしているうちにそろそろ夕食の用意もしなきゃ、と次々気になり始めた。

ひとつ動くと、連鎖的に「やらねばならないこと」を思いついてしまう。

 

そして、キッチンで食事の準備をしていると、父がやってきて、

「なあ、早うしてぇな」

と言った。

「何?」

「早う、つけてぇな」

「だから何を?」

ハリー・ポッターの続き、はよ、かけてぇよ」

 

父もリビングにいたけれど、そんなに真剣に見ているとは思わなかった。

ただ、子供じゃあるまいし、忙しく家事をしている私にわざわざ言いに来るか!

イラっとなり、

「今は手が離されへんから、あと!」

と一喝して父を追い返した。

だいたい、私が見たくて録画していた映画なのだ。

なんで私が家事に追われて映画を見れず、父にだけ見せてやらにゃならんのだ。

 

私がどうしても『オンリー・ユー』が見たかったあの頃と違って、映画はいつでも好きな時間に見られるようになった。

それをわかっていながら、

「今すぐ続きが見たい」

というのはどういうことだろう?

歳をとってこうなったのか。

それとも、おばあちゃんの躾が悪かったのか?

 

タイムマシンがあったら、『オンリー・ユー』が見られずに泣いている子供の私に、

「映画はいつでも見られるものになるんだから、そこまで悲しむことないんだよ」

と教えてあげたい。

たぶん、父より聞き分けはいいんじゃないかと思う。

 

それと同じで、ヤスくんの妹は、今では好きなお菓子を好きなだけ買っていることだろう。

太りすぎないように気を付けてね。