3歩前のことを忘れる女のサブカルと介護の記録

神戸に住む40代波野なみ松の、育児と趣味と要介護両親の対応に追われる日々の記録。

父の健康茶ブーム

父が、介護保険適用のリハビリ施設に通うようになったのが、去年の7月。

ちょうど10か月が過ぎた。

通い始めるまではあんなに嫌がっていたリハビリも、今では楽しそうに通っている。

これまで行きたくないと言ったことのない父が、先週の月曜日に、

「今日はリハビリ休もうかな…」

と言い出した。

そんなことを言うのは初めてだったので、

「なんで? 体調でも悪いん?」

と心配して尋ねると、

「いいや。見たいテレビがあるんや。『眼下の敵』っていう映画」

「録画したげよか?」

「そこまでして見んでもええ」

「じゃあリハビリ休んでまで見んでもええやん」

「ほんなら行くわ」

心配したこっちがアホくさくなった。

おそらく、「休もうかな」と口にしたかっただけ。

父は元来真面目な性格なので、たぶんサボったりはしなかっただろう。

映画が見たいから、という理由が、私も血は争えないなと思う。(私だったら絶対録画するけどね。)

それもこれも、リハビリに出かけることが習慣になってきた証拠だ。

 

父は去年の12月に転倒して膝の皿を割り、1か月ほどリハビリをお休みしたが、それ以外は皆勤賞である。

ギプスが取れたらすぐにリハビリを再開したのには驚かされた。

父曰く、久しぶりに顔を出すと他の利用者さんから口々に、

「来ぅへんから心配しとったんや。どないしとったん?」

と声をかけられたらしい。

「み~んなが言うてくるんや。ほんま面倒くさいで~」

そう嬉しそうに語っていた。

やっぱり知り合いができるというのは良いことだ。

 

そんな父に最近、こんなことがあった。

リハビリでとあるご夫婦の利用者さんと知り合いになった。

父は、自分は高血圧から脳梗塞になり、その後遺症で左足がうまく動かないのだ、という話をしたそうだ。

すると、そのご夫婦は高血圧対策としてあるお茶を飲んでいて、あなたも飲んでみたら、と勧められたそうだ。

その翌週、 「この袋に3パック残ってるけど、あなたにあげる。ヤカンで煮出せば1パックで2リットル取れるから」 と、父にそのお茶をくれたらしい。

「(普段家で飲むティーバッグと比べて)大きいパックやしな、3つも入っとうしな、お礼をしようと思うんや」

父はそのご夫婦がわざわざお茶をくれたことに感激したようだった。

 

いつの時代でも健康茶は人気がある。

昔、叔母が枇杷の葉茶が良いといってうちの庭の枇杷の葉を定期的に摘んでいたことがあった。

母の友達は柿の葉茶、近所のおばあさんはアマチャヅル茶、お習字の先生はドクダミ茶。誰だったか、サルノコシカケ茶だとか、杜仲茶を飲んでた人もいたっけ。

まったく、おばちゃんになるとなんでみんな草を煮出した汁を飲みたがるのかねぇ?、と子供心に思っていたが、そんな私もおばちゃんになり、どうせ飲むならと、会社で飲むのは健康茶が多い。

ローズヒップ&ハイビスカスのハーブティー、ごぼう茶、甜茶黒豆茶ウコン茶、シイタケ茶などなど。

しかし先日、元町のナチュラルハウスでショウガ紅茶を買おうとしたら、あまりに高くてびっくりしてしまった。

そんなこともあったので、「3パックももらったからお礼せなあかん」という父の意見には賛成した。

 

その次の週に実家に帰ると、ゴティバのチョコレートが置いてあった。

わざわざ一人で姫路まで出て、買ってきたのだという。

父が「とっておきのプレゼント」だと思っているのがゴティバのチョコレートなのだった。

ゴティバは父のアホのひとつ覚えであった。

発音できないので、ゴリバと言う。

どこか、 「こんな舶来の高級品を知っている俺ってオシャレだろう」 と自慢しているところがあり、鼻につく。それしか知らないだけのくせに。

まあそれでも、心底、お茶をもらって喜んでいた感謝の気持ちだし、許してあげよう。

 

さて、さらにその翌週。

ゴティバの件は無事に渡して終わり、もらった3パックを使いきった父は、自分でもそのお茶を続けようと、自らそのお茶を買ってきた。

「スーパーで袋(パッケージ)を見せて、同じヤツを探してもらったんや。店員はえらいもんやな。すぐ出してくれたわ」

見せてくれたお茶がこれだった。 f:id:naminonamimatsu:20170529120022j:plain

えっ?!?! 普通の麦茶やん?!?!

「普通ちゃうで。大麦っていうのが入っとうのがええらしいで」

健康にいいのは確かだろうけど…。 でも一般的な麦茶だ…。

 

それまでの父の口ぶりから、まるで父がこれまで飲んだことのないお茶のようだったので、まさか麦茶とは思わなかった。

そりゃティーバッグより大きいはずだわ…。

「昔、夏になったらいつも、お母さんが麦茶作って冷やしといてくれたん、忘れた?」

昔はどこの家にも、煮出した麦茶が冷やしてあった。

友達の家や親戚の家に行っても、たいてい麦茶が出てきた。

その家にはその家の味があって、口には出さないけれど、

「うちのお母さんが作る麦茶が一番美味しい」 と、どこの子もみんなそう思っていた。少なくとも私はそうだった。

しかし、父は、

「うちのお母さん、そんなんしとったかなぁ?」

とまるで記憶にない。

「だいたい、子供の頃は戦後で冷蔵庫がなかったしなぁ」

「おばあちゃんの話と違う! 私のお母さん、あんたの妻の話!!」

最近、父とはこのテのすれ違いが多い。

お互い、自分のお母さんの話をしている。

 

ものを知らない父は、煮出した麦茶をヤカンのまま置いていた。

「うちのキッチンはまだ涼しいからいいけど、これから暑くなるんやし、ほっといたらすぐ腐るよ!」

と注意はしたけれど、父は聞く耳をもたず。

「腐った麦茶飲んでお腹壊したらええわ!」

と嫌みを言ってみたところで効果なし。わかってるけど。

仕方なく、昔母が使っていた麦茶用のボトルを戸棚の奥から出してきて、父の麦茶を冷蔵庫に冷やした。

お茶パックが入っているパッケージの口も開けっぱなしなので、とりあえずクリップで閉じた。

パッケージを輪ゴムで止めたり、缶などに移しかえるという発想は父にはない。賞味期限の概念すらない。

いずれ湿気て、虫がわくかもしれない。

やがて父は、虫がわいて腐った麦茶を健康茶と称して飲むことになるだろう。

本人はそれでいいが、私はうっかり口にしないように気を付けねば。