3歩前のことを忘れる女のサブカルと介護の記録

神戸に住む40代波野なみ松の、育児と趣味と要介護両親の対応に追われる日々の記録。

日本総合悲劇協会『業音』

9月21日はOBPにある松下IMPホール日本総合悲劇協会『業音』を見に行った。
日本総合悲劇協会Vol.6『業音』| 大人計画 OFFICIAL WEBSITE


日本総合悲劇協会、略してニッソーヒは松尾スズキが作・演出・プロデュースする悲劇がコンセプトの演劇プロジェクトだ。
『業音』は15年ぶりの再演で、初演は荻野目慶子主演だったらしい。

それが今回は平岩紙
他のキャストも大人計画のメンバーばかり。
大人計画とは違うからニッソーヒなんだと思っていた私は、なんだかちょっとこんがらがっていた。
だったら大人計画としてやればいいやん、と。

でも、舞台を見てみると、演出だとか空気がまるで違う。
音楽の使い方、ダンスの入れ方、映像の使い方、物語の展開の仕方も。
ほかのニッソーヒ作品とも違っていて、なんだか新しい一面を見た気がした。


時代は15年前。
携帯は二つ折りでパカパカし、やり取りはラインじゃなくてメール。

母親の介護をネタに演歌歌手として売り出そうとしている女が主人公。
やがて、その母親はすでに死んでいて、年金を不正受給していたことが発覚する。


年金の不正受給問題って、ちょうど初演の頃に問題になってたんだったっけ?
と調べてみたら、顕在化したのは2010年らしい。
高齢者所在不明問題 - Wikipedia

『業音』の初演が2002年だから、この戯曲ってものすごい先を行ってたんだな。
今ではけっこうよくある話だけど、当時はすごい衝撃だっただろう。


で、主人公の芸能界再起をかけるのが、母親の介護をしていることをネタにした演歌CDなのだけれど、まさに今、母親を介護している私にはムズムズするところがあった。
私も介護をネタにしてブログを書いているわけだし、同じ穴のムジナなわけだ。

つまりは、不幸自慢、苦労自慢。

なんなんでしょうね、自分の不幸を語りたがる人間の業って。
苦労している人間のほうが、苦労しないで幸せにしている人より、ちょっとだけエライだろう、みたいな。


「何かをつかんだそばから、それはショボくなっていく。それで次の何かを探す。その繰り返し。」(←例によってうろ覚え。)
と、ラスト近いところで主人公が言う。
たぶん、その「何か」とは「幸福だと勘違いしていたもの」だ。
圧倒的な不幸の前には、幸福なんてあっという間にショボくなる。

ただ、登場人物たちがなんでそんなに不幸なのかというと、どうしようもない境遇や環境のせい、ではない。
ほとんどが愚かさとかバカさのせいだったりするから、余計に救いがない。


この戯曲では、「うんこ」が重要なモチーフとして登場する。
食物連鎖の終着点である、「うんこ」。
人間の体を通ってアウトプットされるそれには、あらゆる情報が記録されて詰まっている。…というわけだ。

奇妙なシンクロなのだけれど、この日私はお腹の調子が悪くて、
「もしかしたら途中でトイレに立つかも…」
と不安になっていたくらいだった。

慢性的な食道炎と胃炎と、来月のオーケンのライブのためのダイエットで、食事をできるだけ控えていたら便秘になった。
便秘薬を飲んでも、どんなに頑張っても、ここのところずっとシカのフンしか出ない。
シカか? シカになったのか、私は?
と、さらに便秘薬を飲んだら、この日突然、不調に襲われた。

主人公の平岩紙が、トイレを探して走り回るシーンに開演前の自分を重ねつつ、幸い、私のお腹の不調は治まった。
それ以降、再び私はシカである。
シカのフンにも、世界の真理は詰まっているだろうか。

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画像が何もないから、実家の本棚の松尾スズキコーナーを写してみた。
昔はエッセイまで追いかけて買ってたけど、そういえば最近のは読めていないな。