3歩前のことを忘れる女のサブカルと介護の記録

神戸に住む40代波野なみ松の、趣味と母の介護と育児に追われる日々の記録。

無痛分娩は無痛じゃない

無痛分娩という言葉を初めて聞いたのは、意外にも中国語のレッスンでだった。
一番熱心に通っていた10年くらい前の話だ。

マンツーマンで会話を中心にしたレッスンで、勉強というより雑談。
歳の近い女性の先生が多かったので、ダイエット、華流スター、恋愛、結婚、といった話題が多かったと思う。

「結婚も子育てもしたいと思わない」と言う私に、先生たちはみんな驚いた。
今はどうかわからないけど、当時の中国人女性で“シングルを良し”とする人はいなかったからだ。
ちなみに中国では基本的に夫婦別姓、共働きと家事分担が当たり前なので(特に上海の男性は家事が上手といわれているらしい)、結婚によって女性の負担が増える日本とは状況が異なる。

出産についても、当時一人っ子政策だった中国では自然分娩より帝王切開が主流。
適正体重を維持させられる日本と違って、
「お腹の子供がどんなに大きくなっても、切って出すから大丈夫」
というのだった。

また、出産までに性別を教えるのは禁止されているという話も意外だった。
一人しか子供が持てないから、希望する性別じゃなかったら中絶してしまう、というのだ。
特に、男の子を働き手とする農村などではその傾向が強いという。
都市部では日本より男女平等が進んでいるのに、農村部ではまだそんな倫理観?!というのも中国らしい一面だと思った。
(ちなみにこれらすべては10年前の情報なのでご注意を!)

そんなだから、
「出産は痛いからやだ」
と言った私に先生は、
「じゃ、無痛分娩にしたら?」
とさらりと言ったのだった。

「無痛分娩? そんなのがあるの?」
「アメリカでは普通らしいよ。麻酔で痛みをなくするの」
「それもまた怖いなぁ」
「麻酔でわからないうちに産むんだから平気よ」(←のちほどこれは間違いだとわかる。)

そのあたり、固定観念に縛られて新しいものの導入に慎重な日本と、抵抗なく受け入れるけどどこかズサンな中国の、お国柄の違いがよく表れている気がした。


無痛分娩経験者の話

まさか自分が妊娠・出産するとは思ってもみなかったので、無痛分娩については何の知識もなかった。
ただ、無痛分娩で事故があったニュースなどは記憶に残っていたので、
「痛くないのはありがたいけど、リスクがあるのは怖いなぁ」
という漠然とした印象だった。

同じ産婦人科病院で出産した知人に、出産前後の情報を教えてもらっていたときに、
「無痛分娩を希望する場合はカウンセリングを受けてください、って言われたんやけど。とりあえず話を聞こうかと思ったら、カウンセリングに五千円もかかるんやって。まわりに無痛分娩で出産した人もいないから、ようわからんわ」
とこぼすと、
「私、無痛分娩やったよ」
と教えてくれた。

ええっ、経験者なの?!

「子供が生まれました」という話を聞いても、どんな分娩方法かまで聞くことはないもんなぁ。

彼女は第1子のとき産後がつらくて、体力が回復するまでにかなり時間がかかったらしい。
それで第2子のときは無痛分娩にしたそうだ。

「無痛」と言われているけど実際は「痛みを和らげる程度」で、出産時、痛いのは痛いらしい。
けれど、
産後がとにかくラク
と、彼女は言った。

ネットでの情報を見ても、無痛分娩のメリットのひとつは産後の回復が早いことらしい。
高齢出産で、なおかつ産後に頼れる人のいない私の場合、すぐに赤ん坊の世話ができる体調に戻れるのは大きな魅力に思えた。

「でも、背骨に麻酔を打つんでしょ? 痛くなかった??」
「麻酔針の痛さなんて。そのあとにもっとすごい痛みがくるんやから。それに比べたら全然!」

それもそうか。

「そうそう、イヤやったんは、無痛分娩を希望すると人気のない先生の担当にさせられるのよ」
「イヤな先生って誰?」

そのイヤな先生の名前を聞くと、私が2回目に受診したときの、無愛想極まるジジイ医師のことだった。
「鼻炎でクシャミをするとお腹が痛むんです」
と私が相談すると、
「鼻炎なら耳鼻科に行ってください」
と言い捨てた医者だ。
それ以降、その先生の時間は避けるようにしていた。

無痛分娩の最大のデメリットが、まさかの人災とは!

「あの先生はイヤやなぁ」
「どうしてもムリ!ってときは、お願いしたら院長先生に替わってもらえるらしいから大丈夫」

その後、ネットで無痛分娩に関する基礎知識を仕入れ、無痛分娩のためのカウンセリングを受けることに決めた。


無痛分娩カウンセリング

カウンセリングをしてくれる麻酔科医は若い女性だった。
話の内容は、私の体調についてのヒアリングと、無痛分娩というのがどういうもので、どういう処置をするのか、どういうリスクがあるのかという説明だった。

私の一番の心配は側弯症で、背骨がS字に湾曲していること。
麻酔を打つときに何か問題がないだろうか…。

「側弯症で手術を受けている場合は難しいですけど、何もされてないなら問題ありませんよ」
よかった、これはクリア。

麻酔科医からの説明の中で、最もビックリしたのは、
「麻酔は平日の昼間でしか処置を行えません。ですので、夜に陣痛が始まったら、翌朝に麻酔科医が出勤してくるまで待ってもらうことになります」
というものだった。

「じゃあ、金曜日の夜に陣痛が始まったら?」
「無痛分娩を受けられずに出産される方もいらっしゃいますし、月曜日まで待たれる方もいます」
「待てるんですか?!?!」
「時間がかかりますから。短い方は8時間で終わりますが、長い方は80時間かかるんですよ」

ここで先生が説明したかったポイントは、無痛分娩には万全なスタッフ体制が必要なため、人手が薄い夜間休日は行わない、ということだった。
世間で起きた無痛分娩中の事故はたいていが体制が整わない中で行われたものだという。

この病院が万全な体制で臨んでくれるというのは大事なポイントだけど、それよりも、私にはお産というものがいかに人によって違うかということのほうが驚きだった。

「例えば、180センチの女性が2000グラムの赤ちゃんを産むのと、150センチの女性が4000グラムの赤ちゃんを産むのでは大変さが違う、と言われたら、その違いは容易に想像できますよね」
「確かに、全然違うでしょうね」
「ほかにも、骨盤の形や赤ちゃんの状況、いろんな条件がそれぞれ違うので、お産のつらさは他人と比べることができません。痛みの感じ方についても同じです。麻酔をしてもものすごく痛かった、効かなかった、とおっしゃる方がいます。ただ、本来はもっと痛かったはずなんです。経験してない痛みなのでわかりませんよね」

つまり、「無痛」じゃないよ、ということなのだ。

了解、了解。
もし私が麻酔の効き目が弱かったとしても、無痛分娩にしなかったらもっと痛いはず。

ダメでもともと。
ただ、その費用が13万円。
その金額を払っても価値ある麻酔であってくれ、と願うしかない。

そして最後に先生があのお知らせを付け加えた。
「担当の産婦人科医なんですが…」
と、あのイヤなジジイ医師が担当になることを告げた。

「やっぱりそうなんですね」
と私が言うと、
「聞かれてましたか?」
と麻酔科医も苦笑い。

「苦手だという方が多くて。どうしても生理的に受け付けない、嫌だとおっしゃる場合でも、一度は必ず受診してもらわないといけないんですが…」

そこまで妊婦に嫌われる男性が、なんでよりにもよって産婦人科医になったのかなぁ?!?!

「腕はいいんですか?」
「ええ、コミュニケーションは取りづらいと思いますが、職人だと思ってください」

産婦人科医が職人!!
「赤ちゃん製造職人」という頑固一徹ジジイが想像されて、少し可笑しくなってしまった。
そこまでみんなに嫌われる頑固ジジイだと思ったら、どんなにヒドイ対応をされても話のネタだと思って我慢してみよう。

 

「はじめました」貼り紙

産婦人科のお手洗いにこんな貼り紙がある。

「フリースタイル分娩はじめました。」

それを見る度に、冷やし中華のようだと笑ってしまう。

しかも、フリースタイル分娩という言葉の奇妙なインパクト!

とうとう私も妊娠8ヶ月。
だいぶ分娩の現実味が帯びてきた。