3歩前のことを忘れる女のサブカルと介護の記録

神戸に住む40代波野なみ松の、趣味と母の介護と育児に追われる日々の記録。

おかあさんだから、産休突入。

先月末、久しぶりに会った友達とごはんを食べたとき、炎上していた『あたしおかあさんだから』の話になった。

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赤ちゃんの世話を手伝ってあげるね、と言ってくれる彼女に、
「だったら、赤ちゃん預けてライブ行ってもいい? 今年は筋少30周年のお祝いの年なのに、記念ライブすら行けないなんてつらいわ〜」
と私がこぼし、
「そーいえば、炎上中の『あたしおかあさんだから』にそういうフレーズあったよねぇ」
と思い浮かんだのだった。

もしも おかあさんになる前に戻れたなら
夜中に遊ぶわ ライブに行くの

という部分である。

ちなみに、筋少のライブは夜中になんかやらないけどね。(オーケンがネタで「笑点より早く始まるんだから!」と言ったくらい。)

「お母さんになる私としては、我慢に思えるのはライブくらいかなぁ。ほかは自然と“お母さんらしく”なっちゃうだけだと思うけどねぇ」
と私が言うと、友達は、
「あれは読む人の年齢によって受け取り方が全然違うと思うよ」
と言った。

そうか、そうだな。
あの歌詞の「あたし」は20代であろう。
私のような40代とは感覚が違う。

「痩せてたのよ お母さんになる前」
と「あたし」は言うが、私にしてみれば、母になるならないは関係なく、
「痩せてたのよ おばさんになる前」
というだけなのだ。
太るのは加齢による代謝の低下だよね。

この「あたし」は、母になることでいろんなことをあきらめたみたいだけど、私のように40オーバーともなると、たいていのことはもうやってきて、飽き飽きしてきたところもある。

ハイヒールなんて足が痛いだけ、無理してはかなくてもいい。
ということを、母にならずとも学んでいくだけだ。

特に仕事はその最たるもので、「あたし」は「立派に働けるって強がってた」らしいけど、私の場合で言うと、そこそこ長く勤めると、組織での自分の立ち位置やキャリアや仕事内容の限界が見えてくる。
「どんなに頑張っても、ここどまりだな」とか。
先輩の女性社員があまり評価されず、たいして仕事もできない男性社員が昇進するのを見てくると、「立派に働く」意味すらわからなくなってくる。
(そしてそれが性差別ではなく、評価のポイントが男女で違うからだと最近わかってきた。男性が評価するから男性ウケする人が昇進するんだよね。)

母になることで諦めることなんて、私はほとんどない。
ほんと、ライブや観劇だけ。


20年目の長いお休み

そして、とうとう一昨日を最後に、私は産休を迎えた。
続けて育休も目一杯取らせてもらう。

大学を卒業してから20年間勤めた会社だ。
ここ2〜3年は介護休暇でも休み倒し、挙げ句の果てに産休・育休まで取るのか!という贅沢三昧。

もしかしたら復帰することなく、休んでいる間に退職しちゃうかもな〜、と考えたりもした。
なにしろ、仕事に飽き飽きしていたところだから。

けれど、もうすぐ産休というとき、いろんな人が声をかけてきてくれて、
「育休明けたら、また復帰するんでしょ?」
と言うので、
「そのつもりです」
としか答えられなくなった。

かつて上司だった女性の管理職なんかは、
「何年休んでもええけど、絶対戻ってきてね。待ってるからね」
と言ってくれた。
仕事に厳しい人だけに、その人から言われるとグッときた。

(ちなみに、直属の上司である部長と課長だけは、年度途中で休まれて迷惑しているせいか、そんなふうには言ってくれなかったけれど。直接業務に影響があるわけだし、気を悪くされて当然か。)

そんなふうに、かつての上司だとか同僚だとかに温かく送り出してもらったことは、正直とても意外で、しみじみしてしまった。
仕事の成果や内容やキャリア、自分の発展や成長なんかはたいしてなかったかもしれない。
けれど、声をかけてくれるたくさんの知り合いができたことだけは、20年勤めた成果だった。

「20年も働いたし、もうそろそろ会社やめちゃおっかな〜」
と、去年は何度言っていたことか。
休むことにならなければ、職場のこんな温かさや有り難さには気付かなかっただろう。