父の栄養失調
あんなに孫を見たがっていた父だったけれど、私たちが病院にいる間に面会には来なかった。
今日で息子が生まれて29日目になるけれど、まだ父は孫の顔を見れていない。
思いがけず出産することになったので、父には生まれてしまってからメールを送った。
それに対する返信がこれ。
「おめでとう。元気ですか。部屋掃除する」
…どういう脈略で部屋を掃除するのかよくわからなかった。
孫が来たときのために掃除する、ということかなと思うけれど、帰省できるのはまだまだ先だ。
その後、電話で連絡をすると、
「また駅員に迷惑をかけたらあかんから、神戸に行くには誰かについてきてもらおうと思とんや」
と殊勝な心がけを口にした。
父の妹の夫(私にとっては叔父)についてきてもらう約束をしているらしい。
けれど、自営業だった叔父は引退した今でも何かと忙しくて、なかなか時間が取れないという。
「しばらく病院にいるから、急がなくても大丈夫だよ」
と言っているうちに、2週間の入院は終わり、退院が決まっても父は来る気配がなかった。
「来るなら日を決めて、連絡してから来てよ。いきなり来んとってよ」
と、これまでの父の悪しき行動パターンから私は非難がましく電話したら、
「ちょっと足の調子が悪いんや」
と、父にしては珍しく素直に不調を訴えた。
その間も、父はちゃんと母の病院には通ってくれており、お見舞いに行った日には、
「今病院。お母さん元気。ミライくんの写真見せたらウンウン言った」
「お母さん寝ていた。オイと言っても起きない。洗濯物持って帰る」
などなど、メールで様子を送ってくれていた。
心配していた洗濯物も、小さい失敗(よごれ物と洗濯済みの区別がつかなくなるなど)はあるものの、なんとかこなせているようだ。
推奨したコインランドリーは、
「トイレがない使えない。ションベンしたくなったら困る」
との理由で拒否のメールが届いた。
その場で待たなくても喫茶店でも行けばいいって教えたのに…、とは思うけれど、言うだけムダだと思ったので、黙認した。
家でちゃんと洗濯できているなら、それでいいんだし。
ケアマネさんからの間違い電話
なんとか父は父でうまくやってくれている、と思っていたところ、父のケアマネさんから電話がかかってきた。
「ごめんなさい、お父さんの携帯と間違ってかけてしまいました。こちらは娘さんの番号でしたね」
と言う。
父のケアマネさんは今年2月に替わったばかりで、まだあまり慣れていない。
前のケアマネさんの引き継ぎのときに、1度だけ会っただけだ。
「何かありましたか?」
「実は最近、お父さんリハビリを休みがちで。今日も先ほどお休みの電話連絡があったそうなんで、様子をうかがおうと思いまして」
初耳である。
理由は足の調子が悪いから、ということらしい。
足が悪いから通ってるリハビリなのに、本末転倒だ。
時間をおいてから、様子を尋ねようと父に電話をしてみた。
「リハビリを休みがちらしいやないの。どないなん?」
と尋ねると、
「お父さんな、大失敗してもうた」
と言う。
また転倒してケガをしたり、車をぶつけたりしたんじゃ?!と心配になり、
「一体何を失敗したん?!」
と肝を潰した。
「テレビでな、コレステロールを下げる、いう薬をやっとったから買うたんや。4日飲んでな、どうもあれを飲んでから足の調子が悪なったみたいや。高かったのに損した」
なんだそんなことか!
「だいたい、なんでコレステロールを下げる薬なんか買うたん?」
「電話で注文するとき訊いたら、コレステロール下げたら脳梗塞にも効く言うたんやけどな」
「コレステロールの値が高い人にはそうかもしれんけど、お父さんコレステロールの値は高くないでしょう? 関係ないやん?」
「そうか…」
父は、足の調子が悪くなったのはそのコレステロールを下げる薬(父は薬と言っているけれど、おそらくは健康食品)のせいだと言いはった。
またテレビの宣伝にだまされた、と。
おそらくは低栄養
私が思うに、コレステロールの薬は原因じゃない。
おそらく、食事をちゃんと摂っていないせいで、父は低栄養状態になっているんだと思う。
母が入院してから、父はセブンイレブンの宅配弁当をやめてしまった。
宅配に来る時間に、病院に行っていて不在の日が続き、配達担当者から小言を言われたのだ。
時間の管理ができない父が悪いのだけど、すねてしまって、
「味も飽きたし、もういらん」
と言い出してしまった。
病院の帰りにスーパーで買ったり外食したりするから大丈夫、と言うので、それを信じて私も注文をストップしてしまった。
結局、何も大丈夫ではなかったのだ。
私が毎週帰っていたときには、一応私が食事を作っていた。
だから、曲がりなりにも週末はちゃんとした食事を食べていたのだけど、それも私が帰れなくなって途絶えてしまった。
きっと、1日1食、それもインスタントラーメンばかり食べているに違いない。
そんな低栄養状態で、コレステロールを下げたら、調子も悪くなるに決まっている。
本人に言うと、
「栄養失調かなぁ」
と自覚たっぷりに呟いた。
昔の人間は「栄養不足」でも「低栄養」でもなく、「栄養失調」という言葉のチョイス。
そこで、宅配弁当の再開をすすめたら、しぶしぶ了承してくれた。
リハビリがある日、週に3回だけならさほど飽きないだろうし、病院に行っていて不在ということもないはずだ。
お弁当の種類は、工夫していろんなものを選ぶようにする。
「リハビリも休まずに行くように」
としつこく言い聞かせた。
「わかっとんやけどな。どうもあかん」
栄養が足りてないせいで、父の言葉は覇気がなかった。
母の病院に行ってもらってるだけありがたいけれど、父にはもう少し自分の体調管理もできるようになってもらいたい。
こっちは赤ん坊を抱えて手一杯なのに。
お爺さんの面倒までみきれない。