3歩前のことを忘れる女のサブカルと介護の記録

神戸に住む40代波野なみ松の、育児と趣味と要介護両親の対応に追われる日々の記録。

初孫初対面

こどもの日の一昨日、出産後初めて実家に帰った。

チャイルドシートを買って、夫に車で連れて行ってもらったのだ。

約1ヶ月と1週間ぶりの実家。

玄関を開けると、びっくりするほどタバコ臭かった。

 

「ただいま!」

とフルボリュームで声をかけるものの、父は出てこない。

「帰ったよ!赤ちゃん連れてきたよ!」

リビングを覗くと、父がのっそりと立ち上がろうとしているところだった。

立ち上がることすら困難なのである。

「えっ?!そんなに脚動かへんの?」

「そうなんや。さっぱりわやなんや」

 

父の脚は驚くほど悪化していて、家の中を移動するのもやっと、という状態になっていた。

幸い、母の介護のために家の中はバリアフリーで至るところに手摺がついているので、なんとか歩けてはいる。

 

私たちは唯一タバコの毒に犯されていない和室に陣取って、買ってきたお惣菜などのお昼ご飯を広げた。

「少し多目に買ってきたから、お父さんもちょっと一緒に食べたら?」

と勧めたが、

「今日は弁当もう食べたんや」

と言って、座に加わらない。

足が悪いので、畳が無理なのはわかるけれど、だったらイスを持ってくれば済むことだ。

なのに、父は和室に入ろうともせず、よたよたと玄関に向かっていった。

「ちょっとちょっと! どこ行きよん?」

「新聞取ってくるんや」

 

せっかく連れてきた孫のサトイモをちらっと見ただけで、父はポストへと歩いて行った。

新聞を取り、そのまま玄関でタバコをふかしはじめた。

 

孫との対面をさぞや楽しみにしているだろうと思っていたのに…。

しかもタバコ!!

「何よ、あれ!」

と憤慨する私に、夫は父をかばってみせた。

「足が悪いのをあんまり見せたないんやろ」

男性だからこそ気持ちがわかるものがあるのかもしれない。

 

父のケアマネさんから数日前に電話を受けており、父の調子が悪いことは聞いていた。

脚が動かないせいで、トイレに間に合わず、廊下もしくはトイレの中で漏らしてしまっていることも知っている。

それで、先日からヘルパーさんの日数を増やしてもらい、掃除もお願いすることになった。

ヘルパーさんが来てくれているおかげで、久しぶりの実家でもびっくりするような汚さではない。

父一人だったら、もっと無惨な様子になっていただろう。

けれど、いろんな場所、いろんな物が劣化していた。

何がどうというわけではないけれど、家の中のすべてが色褪せてしまっていた。

 

母の病院へ

赤ん坊サトイモのオムツ替えと授乳を済ませたあと、父も伴って母の病院へ出掛けた。

2週間健診のとき小児科で、

ゴールデンウィークに、母が入院している病院へ赤ちゃんを連れて行きたいんですけど大丈夫でしょうか」

と尋ねたら、小児科の先生はこんなふうに言った。

「そうですねぇ、たくさんの人がいる場所は避けたいので、赤ちゃんを病室まで連れていかないほうがいいですね。知らないおばちゃんたちが寄ってきて、『抱っこさせて〜』って触られるのは、病院あるあるですからね〜。可能なら、お母様に駐車場まで出て来てもらうとか」

 

そのアドバイスを受けたあと、母のケアマネさんに、

「母を車イスに乗せて、駐車場まで連れ出せないかと考えているのですが」

と相談したら、わざわざ病院に連絡してくれて、許可を取ってくれた。

まだ担当ケアマネではあるけれど、もう介護サービスは受けてないのに、親切にしてもらって本当に感謝しかない。

 

事前にそんなふうに話がついていたので、私が病棟を訪ねると、看護師さんがリクライニングの車イスを貸し出してくれて、二人がかりで母を移乗させてくれた。

 

「お母さん、なみ松が来たよ!」

と声をかけると、母は、

「あああ〜」

と声を出して破顔した。

笑顔でも泣き顔でもないから、「破顔」という言葉がぴったり来る。

ウェットティッシュで目ヤニなどの汚れを拭き取って、車イスを押して病棟を出ると、入り口でサトイモを抱いた夫と父が待っていてくれた。

 

病棟の玄関には大きな桜の木があって、前回3月に訪れたときはちらほらと開花が始まっている頃だった。

今は葉っぱが青々と繁っている。

その代わり、垣根にはたくさんの鮮やかなツツジが咲いていた。

 

桜の木の葉陰で、母にサトイモを見せた。

「待ちに待った孫さんだよ〜」

わかっているのかどうかわからないけれど、母はああ〜、と声を出した。 

 

サトイモはクルマに揺られてすっかり眠りについていて、ちっとも目を開けてくれない。

サトイモは目をつぶった顔のまま、記念写真を撮った。

 

大切にしてくれる人の不在

記念撮影をしたあと、母はすぐ病室に戻した。

母をベッドに戻してもらったあと、母の身体の様子をチェックした。

 

あんなにすべすべだった母の顔はカサカサになり、小じわができていた。

腕も足も、皮膚が乾燥して粉をふいている。

唇も固くなって、皮がめくれてしまっていた。

気になるところにクリームを塗りながらマッサージすると、どこもましになったようだった。

 

皮膚のカサカサなんて、たいした問題じゃないだろう。

でも、肌のうるおい不足は、「大事にされて」いれば解消される。

 

老人はすぐに肌がカサカサになって、乾燥から痒みがでたりする。

そういうこともあって、介護施設の小規模多機能では持参したボディローションを塗ってくれていた。

病院では、そんな無理を言えない。

父に言っても、リップクリームすら塗ってくれない。

母を大切に思って、手入れをしてくれる人がいなくなったことが寂しかった。

 

それ以上に、左の手の甲の全面に青アザがあり、左ひざは包帯が巻かれていた。

サトイモたちを待たせているので、原因などを尋ねる時間がなかったけれども、不注意でぶつけられたのではないか。

 

病院の転院先を選んでいたとき、ケアマネさんから、

「娘さんが無理なく通える神戸の病院か施設、ということは考えられませんか?」

と提案してもらっていた。

そのときは、

「父が通える範囲の地元のほうがいいと思うんで」

と全く考慮しなかった。

 

けれど、父が通えなくなったら、母を地元に置いておく意味がない。

落ち着いたら、母を神戸に呼び寄せよう。

状況は刻々と変わる。