3歩前のことを忘れる女のサブカルと介護の記録

神戸に住む40代波野なみ松の、育児と趣味と要介護両親の対応に追われる日々の記録。

赤ちゃんは宝物

月曜日の休日、定例の実家帰省をしてきた。

帰省時、毎回悩みの種になるのはお昼ごはんだ。
実家近くのお弁当屋さんやスーパーでお弁当を買って行く。
私は何だって食べるけれど、夫は口が肥えている分、出来合いのお弁当ではあまりいい顔をしない。
かといって、家でお弁当を手作りする時間も腕もないし、実家で食事を作る時間なんてさらにない。
足の悪い父と乳児がいるから外食は難しいし、田舎だからデリバリーもない。

スーパーでお弁当を買うのならと、今回、いつも父のお弁当を配達してくれているセブンイレブンで、Web予約限定のお弁当を注文しておいた。
あらかじめ決めておけば、「お昼どうする?何食べる?」とグズグズ悩まなくてすむ。

配達時に在宅していなかったらまずいので、届けてもらわずに店舗に取りに行った。
父も含めて3人分のお弁当である。
レジをしてもらっているときにカウンターを見ると、地元の和菓子が並んでいるのが目についた。
いちじく羊羹、あゆ最中、醤油饅頭…。

久しぶりに醤油饅頭が食べたくなって、つい追加で買ってしまった。
播州をさらに西に行けば赤穂の有名菓子に塩味(しおみ)饅頭がある。塩味饅頭はご当地土産としてメジャーなので姫路駅の売店などでも買えるけれど、醤油饅頭は地元でしか知られていない和菓子。
夫に、
「知ってる?」
と尋ねると、当然、
「聞いたことない」
と言う。



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「あとで食べよう」
「美味しいの?」
「ふつうかなぁ。でも、醤油味のお饅頭なんて食べたことないでしょう?」
「ないけど、別にええわ。だいたい想像つくし」

何でも食べたがりの私と違って、食に対するチャレンジ精神があまりない夫はあまり興味を示してくれなかった。
つまらんなぁ。


父の様子

 

実家に帰ると、今回は父がちゃんと起きていてすぐに出てきてくれた。
歩き方は先月よりマシになっているように見える。
脚が悪いという自覚が出てきたのか、ちゃんと杖もついていた。

部屋もまあまあ片付いている。
すべて週5日来てくれるヘルパーさんのおかげだ。

和室の机にお弁当を並べ、父には折り畳みのイスとサブテーブルを出した。
イスもサブテーブルも、かつて母の介助のために買ったものだ。

「お父さんはここ座ってね」
「いや、お父さんはいらんわ。さっき朝ごはんのパンを食べたばっかりや」
「えーッ。でも、お味噌汁はお湯入れてしまったし、それくらい飲めるやろ?」
「ほんならそれだけ飲むわ」

それなのに、父は私が出してきたイスに座ろうとしない。
「なんで座らへんのよ?」
「いや…」
「何したいの?どこに行きたいの?」
「いや…」

昔からそうだけれど、父は自分がどうしたいのか口で言わない。
どうしたいか言ってくれれば、こちらは介助するのに。
何も言わずに、何かしようとしている様子を見ているとイライラする。

どうやら、畳に座ろうと頑張っているのだとわかった。
父の足では畳に座るなんて到底無理だ。
無理なことをしようとして、体勢を崩した。

私が手をつかもうとする間もなく、父は後ろ向きに転倒してしまった。
ゆっくり倒れたので勢いが弱かったからよかったけれど、運が悪かったら後頭部打撲で救急車だ。

慌てた私たちに対し、
「こけたん、久しぶりや」
と本人はけろりとしている。
「もう、気ぃつけてよ! せっかくイス出したんやから、文句言わんとイスに座って!」
転倒した反省からか、今度は素直にイスに座ってくれた。

お弁当は私と夫で分けて食べた。
あとで夫に聞くと、
「予約限定とか言うても、コンビニ弁当はコンビニ弁当やな。おかずが違っても全部同じ味付け」
と言われた。
見た目は野菜も多く品数もあってヘルシーそうに見えるけれど、確かにどれも同じような味付けで、どれも塩分が濃かった。

これまで父のお弁当をずっとセブンイレブンでWeb注文してきたけれど、そういえば一度も味見をしたことがなかった。
私の出産前、父が飽きたと言い出して注文を止めていた時期がある。
そのせいで父が栄養不良で脚が悪化したりしたんだけど、実際食べてみると「飽きた」という父の気持ちも理解できた。
父は濃い味が好きなので味付けについては文句を言わずに食べているけれど、決して良いことではない。

食事が終わって父が席を立つと、畳に鰹節がパラパラと落ちていた。
お弁当のが風で飛んで落ちたのかな?と思って手で触ろうとした瞬間、思いとどまった。

鰹節じゃないっ!

父の足から剥がれた皮膚だった。

数年前から父の足のくるぶしあたりがカサカサに荒れていた。
一度、皮膚科にかかって塗り薬ももらっていたのだけれど、ものぐさな父は気が向いたときしか塗らない。
見た目が悪いだけで、痛くもかゆくもないようだからなおさらだ。

掃除機をかけたあと、父には毎日薬を塗るようにきつく注意した。
座っただけでこんなふうにポロポロ皮膚が剥がれ落ちるなんて、汚いったらありゃしない。
今はまだいいけれど、サトイモが這うようになったら大変だ。

実家では、サトイモを和室のベッドの上に寝かせている。
かつて母が寝ていた場所だ。

連れて来られてしばらくはおとなしくしていたものの、慣れてきたらお得意の寝返りでゴロゴロ転がって、足をバタバタして暴れまくっていた。
「おお、元気や、元気やなぁ」
その様子を父が嬉しそうにみていた。

食事が終わってからは、サトイモの近くにイスを移動して父に座ってもらった。
すると、
「ちょっと」
と父が言う。
「何?」
「ちょっとちょっと」
と父が手を出す。
「だから何よ?」
「ほれ、ちょっと」
「どうしたいのよ?」
「ちょっと、サトイモくん抱かせて」

これまで、「小さいから怖い」と言ってサトイモを抱きたがらなかったのに、ようやくだ。

「重いから気をつけてよ。7キロもあるんやから」
とそっと私から父に手渡す。
「おおそうか」
「絶対落とさんとってよ!」

サトイモは人見知りもせず、おじいさんのシャツに小さなお手てを伸ばす。
私はさっき父がタバコを吸っていたのが気になって、
「ニコチンが移る~」
と渋い顔をした。


母の病院にて

病室に入ると母は目を開けていた。
開けてはいたが、目の焦点が合ってないというか、まるで何も見えていないようだった。
しかし、顔をのぞきこんで、
「お母さん、なみ松が来たよ!」
と声をかけると、一瞬で目に精気が戻った。

今回はベビーカーでサトイモを連れてきたので、ゆっくり姿を見せることができた。
いつものように、爪を切ったり手足にクリームを塗ったりしていると、
「オムツ交換の時間です~」
と看護師が入ってきた。
「わぁ~、かわいい! 何か月ですかぁ?」
「5カ月です」
「わぁ~、すべすべや!」
ベビーカーからはみ出ているサトイモの小さなあんよをひとしきり触ったあと、
「交換が終わるまで出ててね。談話室ででも待っててください」
と言われた。

「今日はお風呂でよう足を洗わなあかんな」
と夫と話しながら談話室に行くと、中央にある大きなテーブルにおばあさんが一人でポツンと座っていた。
何をするでもなくただボンヤリと座っている様子はちょっと普通ではなくて、認知症を患っているのかな、と推察された。
夫に言わせるとヨーダのような顔の、小さくてしわくちゃのおばあさんだった。

すると、さっきの看護師がやってきて、
「終わりましたよ」
と知らせてくれた。
それに加えて、彼女はおばあさんにも声をかけた。
「△△さん、ええもん見せてあげるわ」
「ええもんって何?」
「見たらわかるわ」

聞いている私も、一体何だろう、と思ったら、看護師はおばあさんの手をとってこちらに向かってきた。
ええもんってまさか。

サトイモのベビーカーの真ん前まで来て、おばあさんは、
「あっ!赤ちゃんや!」
と小さく叫んだ。そのとたん、虚ろだった目が輝いた。

「かわいらしいなぁ!」
「な、'“ええもん”やろ?」
と看護師は笑った。
これまた勝手に、二人でまたサトイモの足を触る。
すると、おばあさんは私に話しかけてきた。

「初めてのお子さんですか?」

あまりにしっかりした口調に戸惑いながら、そうです、と答えた。
「かけがえのない宝物やね。大事にしてあげてね」
「ありがとうございます」

最初に見たときはまるで自我を失っているような様子だったのに、おばあさんはしゃべり方も受け答えもしっかりしていた。

「病室戻ろうか」
「連れてって」
「そこやんか」
「どこやったかな?」
「右の3番目」

そうしておばあさんと看護師は私たちより先に出て行った。
あまり高齢者に接したことがない夫は衝撃を受けたらしく、
「あんなちゃんとしゃべれる人やと思わんかった」
と驚いていた。

産後、会社の先輩がうちに遊びに来てくれたとき、産後うつどころか前よりストレスがない、という私に、
「赤ちゃんの癒しのパワーってすごいのよ」
と言ってくれたのを思い出す。

サトイモを連れて歩いていると、本当にそれを実感する。
多くの人が笑顔になってくれる。

赤ちゃんは宝物、「ええもん」だ。

その宝物がこの世界に生まれて今日でちょうど6ヶ月。

ハーフバースデーおめでとう。そして、

生まれてくれて、ありがとう。