3歩前のことを忘れる女のサブカルと介護の記録

神戸に住む40代波野なみ松の、育児と趣味と要介護両親の対応に追われる日々の記録。

親の葬式には着物を着るのが常識らしい。

母が肺炎になったとき、これは覚悟をしないといけないなと思った。
実際は抗生剤が効いて肺炎は治ったのだけれど、
「そろそろ準備を始めなさいよ」
と母がサインを出しているような気がした。

そこで一番気がかりなのは喪服である。


あんたの喪服は用意している、と母は言った

 

母は着物が好きだった。
とはいっても、自分で着付けもできなくて、着物を着ているところなんていとこの結婚式くらいしか見たことがない。
そのくせ、15年くらい前、着物を買うのが母のブームだった。
親戚に京都の丹後ちりめんの業者がいて、その知り合いの呉服屋さんがしょっちゅう家に出入りしていた。

値段は知らないけれど、安い買い物じゃなかったはずだ。
「高いお金出して、着もしない着物なんて買ってどうすんの!?」
と私が非難すると、
「持っとうだけで嬉しいんや、ほっといてくれ」
と言うのが母の言い訳だった。

自分で必要なものを買ってしまうと、次は私の分まで買うようになった。
「あんたの訪問着買うといたったで」
「いらんわ! だいたい訪問着って何よ? どこへ訪問するんよ?」
「どこなと訪問するときに着たらええんや。結婚することになったら、お婿さんのご両親に挨拶するとき着たらええわ」
「だから結婚なんかせえへん言うてるやんか」
最後にはどうしてもその話になるので、うっとおしくてまともに語り合うこともなかった。

あるとき、
「あんたの喪服、ちゃんと用意しとうからな。お父さんのお葬式で着れるように」
と母が言い出した。
そのときは自分が病気になるなんてつゆとも知らないので、絶対に父が先に死んで自分が後だと思い込んでいた。
「これでお父さんがいつ死んでも大丈夫」
と言っていた。
人生はわからないものだ。

「お葬式って着物着なあかんのん? 洋服の喪服でええやんか~」
と言う私に、
「親の葬式に洋服なんか着る人がおりますか! きちんと着物着るのが常識です。恥ずかしいで!」
と母は諭した。
そんなものなのかなぁ、お母さんの常識は疑わしいからなぁ、と私は適当に受け流していた。
訪問着もそうだけれど、用意したという喪服を一度も見たことがないし、どこにしまっているかも聞いていない。

そして今。

いくら覚悟をしているとはいえ、もし母がいよいよとなったら平静としていられるかどうかわからない、と思う。
そんなハードな精神状態の中で、普段着慣れない着物を着るのはひどく負担が大きい。
もう洋服でええやん、勘弁して、こっちは悲しくてそれどころやないんや、と言いたいところだけれど、
「せっかくお母さんが用意した喪服を、お母さんの葬式に着ぃひんのか、あんたは!」
と母に怒られそうな気がして、何が何でも着ないといけないと思う。


喪服を探そう

 

喪服について、母方の親戚である大分の伯母に電話をかけて相談してみた。
大分の伯母は着付けの先生をしていたこともあって、冠婚葬祭があればいつも親戚みんなの着付けをしていた。
今は大分だけれど、もともと神戸に住んでいて、親戚の中で最も私のことを気にかけてくれる人だ。

伯母の話でも、親の葬式なら着物を着るのが当然で、お通夜には色無地を着るということだった。
たいていは娘の親が準備をして、実家に置いたままということも多いらしい。
嫁に行ったあとで実家の葬儀について迷惑をかけないようにということじゃないか、と伯母は言った。

「最近は、お通夜は洋服を着る人もいるらしいよ。でも、お葬式本番はやっぱり着物だわ。心配しなくても葬儀社に着付けの人がいるから大丈夫よ」

そうは言っても、親の葬式自体初めてなうえに、着物を着る段取りまでできるんだろうか。
着物を家に取りに帰って、葬儀場まで持ち込むような時間の余裕があるんだろうか。

「それに、着物の着付けには、長襦袢だとかだて締めだとか必要な道具が多いのも不安です。私、何が必要なのかもわからないんです。」
と私がこぼすと、
「あなたのお母さんのことだから、全部揃えて用意してくれてると思うけどねぇ」
と言いながら、後日、伯母は必要なもの一覧を紙に書いて、帯枕や襟芯や半襟などを送ってきてくれた。

ありがたいやら申し訳ないやら。

それより何より、まだ実家のどこに喪服があるのかすらわかっていないのに。
まずは喪服を探すところから始めないと。

昨日、例によって夫とサトイモとともに実家に帰った。
クローゼットの中を調べて、喪服の大捜索である。
久しぶりに開けたクローゼットを見ると、スーツケースのような着物バッグを発見。
小物類は葬式用のもの一式が入っていて、バッグと草履にいたるまですべて新品で揃えられていた。
伯母が言ったとおり、うちの母は抜かりなく準備していたのだ。

着物は購入時の箱に入ったまま積まれていた。
タンスの上に積んであるので、夫に手伝ってもらいながら中身を確認していった。
箱は何箱もあった。

ひとつひとつ夫に箱を下してもらい、ふたを開ける瞬間はわくわくした。美しい着物が新品のまま眠っている。
開けたついでも防虫剤を入れながら、もったいなくてため息が出た。

こんな素敵な着物や帯なのに、宝の持ち腐れもいいとこ…。

喪服は一番大きな箱の中に入っていた。
しかも、4着も入っている。
私の推測だけれど、私の分と母の分、それぞれ夏用と冬用なのではないかと思われる。
グレーの色無地も2着あった。

どれを着るのかまではわからないけれど、この中のどれかが当たりだろう。
今回はここまで。

あとは、伯母さんによれば襟をあらかじめ縫っておかないといけないらしい。
着物って面倒臭い。