愛されて満9か月
三連休最終日の月曜日にも、またサトイモに蕁麻疹が出て、こども初期急病センターへ行った。
顔中真っ赤に腫れるくらい前回よりもひどかったにもかかわらず、今度は夫がいてくれたおかげで、はるかに余裕のある対処ができた。
私は軽く受け止めていた一方で、蕁麻疹を初めて目の当たりにした夫はひどく心配した。
「早よ病院で診てもらったほうが安心や」
と言って車を走らせたけれど、病院に来たら待合にインフルエンザの子供がいて、
「こんなことやとわかってたら連れて来るんやなかった。サトイモにうつったらえらいことや」
とまた心配した。
今回も食事から蕁麻疹が出るまでに時間が経っているのと、嘔吐や唇の腫れなどがないことから、
「食べ物によるアレルギーではないと思いますね」
と医者は言った。
じゃなかったら何か、と尋ねても、
「原因の特定は難しいんです。『これは蕁麻疹です』としか言いようがないんですね」
と言う。
それだけ軽く扱われたのも納得できるほど、薬を飲んだら翌日には跡形もなく消えてなくなった。
「前のがまだ完全に治りきっていなかった可能性もあります」
という見立ても合っていたかもしれない。
それから数日経っているけれど、一度も再発していない。
このまますっかり治ってくれればいい。
幸せな赤ちゃん
病気のときの対応が物語っているように、夫はサトイモをものすごく可愛がっている。
歳をとってからできた子はかわいいというけれど、まさにその通りなのだろう。
夫はしょっちゅう、
「見てみ、この可愛い赤ちゃんを!」
と私にサトイモを見せてくる。
「…知ってます。24時間一緒におるんやで!」
と、呆れてしまう。誰に言うとんねん。釈迦に説法とはまさにこのこと。
そんな愛すべきサトイモも今日でちょうど満9カ月になった。
相変わらずのズリバイ状態だけれど、最近はハイハイを飛ばして、つかまり立ちをし始めて大変である。思わぬところに手が届くようになってきた。
やんちゃでわんぱくで毎日ヘトヘトにさせられるけれど、笑顔が可愛くてついつい許してしまう。
かつてお姑さんから、
「今も可愛いけれど、これからますます可愛くなるよ」
と言われたことがあった。
そのときはわからなかったけれど、振り返って新生児の頃の写真を見てみたら、まるでお猿さん。
「ほかの新生児って朝青龍かガッツ石松みたいだけど、うちの子は全然違うわ」
と本気で思っていたのだから、我ながらアホすぎる。
小さいだけでお猿さんみたいな新生児期より、今のほうが断然可愛い。
というか、今が可愛さのピークかもしれない。
「おまえはよう生まれてきたなぁ。こんなに愛されて幸せな奴やなぁ。どこの家やったら幸せになれるか、わかって生まれてきたんか?」
と夫が言うので、
「そうよ。サトイモは賢いから、ぜーんぶわかって生まれて来たのよ」
と私は言い返す。
サトイモが愛される存在で本当によかった。
夫もお姑さんも親戚も、みんなサトイモを愛して可愛がってくれる。
本当に、よかったなぁ、としみじみ思う。
そしてサトイモは本当に、こうなることをわかって私のお腹に宿ったのかもなぁ、と想像しては、「将来は見通しのきく大物になるぞ」と親バカぶりを発揮したりする。
生まれる前の話
妊娠が発覚したときは、サトイモがこんなに愛されるという確証はなかった。
もしかしたら、私一人で育てることになるかもしれない、と思ったこともあった。
妊娠がわかってから夫はしばらく、「頭が真っ白」だと言って物事を保留にしていた。
あまりにも真っ白が続くので、
「そんなに嫌だったら、逃げてもらってもいいよ」
と言ったほどだ。
逃げ出すことはないにしても、いつまでたっても話が進まないので、
「子供のことを考えたら、生まれるまでに入籍しておいたほうがいいと思うけれど、どう思いますか?」
と私が提案し、夫はようやく、
「それでいいと思う」
と言っただけだった。
今、その当時の話をすると、夫はすごく嫌な顔をする。
「真っ白になったのは一瞬だけやったで」
とウソを言ったり、
「その時は、こんなに可愛い赤ちゃんが生まれてくるなんて知らんやんか。知っとったら真っ白になんかならんかった」
とサトイモの可愛さでごまかしたりする。
結果オーライなんだけれど、ときどき、もし結婚せずにシングルのままサトイモを産んでいたらどうなっただろう、と想像してしまう。
実家に帰ることにしただろうけれど、父母の世話や介護をしながら育児だなんて、耐え難い苦労とストレスだったに違いない。
大槻ケンヂの息子になった可能性
桑名正博の隠し子を自称する男性をワイドショーで見た。
その男性は、銀座のホステスだった母親から、桑名正博の息子だと言われて育ったそうな。
ふと、もし私が夫と結婚せずにシングルマザーになっていたときのことを想像してみる。
サトイモに父親のことを尋ねられたら、どうしただろう。
「あなたのお父さんは…、あなたのお父さんは、…お、大槻ケンヂよ!」
夫に逃げられたことを消し去りたいがために、妄想もまじえてそんなウソを言ったかもしれない。
「弾き語りで神戸に来たときにそうなったのよ。でも、オーケンの名誉のために、絶対にこのことは内緒にしてね」
そして私が死んで、オーケンも他界して数年が過ぎたとき、サトイモはオーケンの幼馴染だという関西弁の男に出会う。
「もう名前を出してもええんちゃう?」
その人からカミングアウトを勧められ、サトイモは父親の足跡をたどる全国行脚の旅に出る。
顔にヒビを入れ、カラオケで「ボヨヨ~ン!」と叫ぶ長髪の青年。
彼は行く先々で金銭トラブルを起こし…。
…書いていて情けなくなってきた。
つくづく、シングルマザーじゃなくてよかった。