父の日を前に、父を恨む。
金曜日の夜は忙しい。
ほぼ定時で会社を退勤して新快速にのり、実家に帰る。
家に帰ったら、リビングでソファに座っている母の様子を確認して、必要ならベッドで横にならせる。
そして急いで夕食の支度。
白いご飯だけは父が炊いておいてくれているので、20分以内でおかずを作る。
出来上がったら、母を車イスに乗せてキッチンに連れてきて、夕食。
母に食べさせながら、自分も食べる。
「ごはんですよ」と声をかけても、父は飲みながらテレビを見ていて、なかなか食卓につかないこともある。
だいたい食事にかかる時間は1時間くらい。
終わったら母をトイレに連れて行く。
施設ではあまり出ないようだが、家に帰ってくると便がよく出る。
トイレに要する時間も、たいてい1時間。
母をトイレに置いたまま、その間にお風呂の用意をする。
母の調子がよければ、トイレから出たあとはリビングで父とテレビを見てもらう。
その間に私がお風呂に入る。
上がってきたら、母の顔を拭いて、歯を磨き、歯間ブラシをかける。
その後母を寝かせたら、私の一日も終了。
毎週、だいたいそんなリズムなのだが、昨日はトイレ後、母がしんどそうにしていた。
最初はリビングのソファに座ってもらっていたのだけれど、すぐに首を曲げて眠ってしまう。
そのまま眠らせていては、身体が傾いてしまってよくないので、すぐにベッドに連れて行って寝かせた。
母は横にしたとたんに爆睡。
体調がよくなかったのだろう。
父も晩酌の酔いが回ったらしく、リビングのテーブルに足を乗せ、ソファに寝そべって眠っている。
私は父に声もかけず、先にお風呂へ入らせてもらった。
母が寝てくれると、逆に私はゆっくりと自分の時間が持てる。
のんびり湯船に浸かっていると、ドタン!ドタン!と何かが暴れるような大きな音がした。
しばらくすると、またもや、ガタガタン!と物が落ちるような音。
同時に、ドタドタ、ドタドタ、ドタドタドタ、と切羽詰まった足音が聞こえた。
父が酔っぱらって、足がもつれてるんだなぁ、と、たいして気にもとめなかったが、お風呂から上がり、洗面所のドアを開けたとたん、状況が理解できた。
廊下に点々とこぼれている液体。
リビングからトイレへと続き、トイレに近づくほど量が多くなっている。
トイレの中には父。
「何これ!!」
「間に合わへんかったんや」
つまり、こういうことだ。
サイドテーブルに足を乗せて寝ていた父。
急におしっこがしたくなって目覚め、起き上がろうとしたところ、足がうまく動かず、ソファからひっくり返る。
起き上がってスリッパを履こうとして、また足がもつれて転倒。
慌てて立ち上がって、急いで廊下を移動するも、時すでに遅し。
少しずつ液漏れしながらトイレに駆け込んだ、というわけ。
「これじゃ汚くて廊下歩かれへんやないの!自分で掃除しなさいよ!」
と悲鳴を上げる私。
「(掃除)する、する」
とトイレ内で酔っ払った声を上げる父。
父がおもむろにトイレから出てくる。
「やめてよ!靴下でおしっこ踏んで、足跡で拡散しようやんか!」
またしても私の悲鳴。
「ほんならどうせい言うんや。トイレから動かれへんやないか」
「せめてトイレットペーパーで拭いて出てきてよ!」
しかし、父は私の言うことはまるで聞かない。
「お風呂、もう出来とうか?」
そう言いながら、父はお風呂の脱衣所へ移動し、漏らしたパンツや靴下を床に脱ぎ散らかし、浴室に入っていった。
「ちょっと!掃除するって言うたくせに、どうしてくれるんよ!」
「あとでする。置いといて」
できれば置いておきたい。
そして父に自分で片づけさせたい。
しかし、このまま廊下が汚れていては私が歩けない。
「汚い!臭い!情けない!」
父を散々罵倒しながら(でも父は耳が遠いので聞こえていない)、おしっこで汚れた廊下を拭き掃除した。
リビングのソファのところは、タバコの灰がまき散らされている。
渋々、そこも掃除機をかけた。
掃除がひととおり終わった頃、父が出てきた。
「何その格好!!!」
全裸である。
着替えを持ってこないままお風呂に入ってしまったので、上がってから着るものがなかったのだ。
いい加減にしなさいよ、平日いつもこんなんちゃうやろな、結局私に掃除させやがって、などなど、罵声を浴びせ続ける私には目もくれず、
「寝る」
父は一言だけつぶやき、全裸のまま二階へ上がって行った。
浴室の脱衣所になっている洗面所に入ると、おしっこで濡れたままのパンツとジーンズと靴下が放置されていた。
このままでは洗面所が使えない。
しかも、時間が経つにつれ、悪臭がきつくなってくる。
しかし、掃除はまだしも、これらを洗ってやるのは癪である。
汚れ物の洗濯くらいは自分でさせなければ。
パンツも靴下も、ジーンズはベルトごと、まめてポリ袋に突っ込んで、匂いが漏れないように口をしばった。
片づけた後、ズボンが置かれていた床が濡れていたので、そこもまた拭き掃除。
夜11時も過ぎてから、こんなに掃除をしなきゃならないなんて!
情けなくて情けなくて、唇をかむ。
母の場合は、病気だから仕方ない。
だから、全く腹が立たない。
まだ母の状態がましだったとき、排泄関係で失敗をしたときは、
「迷惑かけてごめんね」
と言ってくれた。
「どういたしまして。だって、私が赤ちゃんのときお世話になったでしょ」
私はいつもそう言い返す。
本心で、そう思っている。
しかし、父の場合はそうではない。
まず、脳梗塞の後遺症があるとはいえ、何もできないわけじゃない。
漏らしてしまうリスクがあるのなら、お酒を控えればいい。
わかっているくせに、誘惑に負けて、足がもつれるまで飲む。
そう、酔って漏らすのは、これが初めてじゃない。
漏らしてしまうのも仕方ない。
失敗するのはかまわない。
ただ、自分で後片付けをするべきなのだ。
でも、それをしない。
平気でほったらかして、逃げてしまう。
子供のとき母に世話してもらったという記憶と同じで、父には、
「お父さんは何もしてこなかったね」
という思いしかない。
父をフォローする人はこういうだろう。
「お父さんは定年まで会社勤めしてきたんだから」
だとすれば、言いたい。
一週間フルタイムで働いて、金曜日の夜、父がおしっこを漏らした床を拭いている私は何なんだ、と。
病気の妻と、介護する娘。
二人のためにしっかりしようと、なぜ思ってくれない?
少しでも負担を減らす。それが家族を守るということじゃないのか?
お父さんは私たちを大切に思っていないの?
母が病気になって以降、ずっとそう思い続けている。
明日の日曜日は父の日である。
本当は今日、プレゼントを買いに行こうと思っていたけれど、やめた。