3歩前のことを忘れる女のサブカルと介護の記録

神戸に住む40代波野なみ松の、育児と趣味と要介護両親の対応に追われる日々の記録。

オーケンの京都ハチドリツアー

日曜日は、またもや母を預けて、オーケンのライブへ。
タイトルは「大槻ケンヂ 弾き語りLIVE  もう一度歌い始めるハチドリ ~声帯ポリープ手術から復活したオーケンがまずは弾き語りの旅へ」という長いもの。
長野、金沢、奈良、京都と回る。
遠征ができない身としては、オーケンが近畿圏に来てくれたらできるだけ行きたいのだけど、奈良はチケットが取れず、京都へ。

京都SOLE CAFEでのオーケンのライブはおそらくこれで3回目だけれど、私は初めての参加。
狭い狭いと聞いてはいたけど本当に小さなカフェだった。
お店に着いたとき、「えっ、ここ?!」とびっくり。

ライブ会場というか普通のお店のサイズ。
でも、センスの良いとても素敵な空間。

もちろん、客席はファンでぎゅうぎゅう。
そのぶんオーケンまでの距離が近いから、どんなに狭くても文句は言いません。

5月7日に声帯ポリープ除去手術をしたオーケン
実はまだリハビリ中なのに、たくさん歌ってくれた。

しかも、なんと、ギターを弾きながら!!

弾き語りライブなんだから当たり前なんだけど、昔からのファンとしては、オーケンがギターを弾いていることがもう奇跡。
ギターを弾くようになってだいぶ経つのに、いまだにそう思ってしまう。

なぜなら、オーケンは30代まではギターも鍵盤も弾けない、コードも知らない、楽譜も読めないミュージシャンだったからだ。
それまでも、「ギターを弾けるようになりたい」とか「きちんと歌えるように歌の勉強をしたい」とか、ときどきオーケンはMCやインタビューで語っていたけれど、実現した試しがなかった。
だから、「ギターの弾き語りができるよう練習している」とオーケンが言い出したとき、「どうせまた…」と思っていたのだ。

ところが。
本当に弾き語りができるまでになってしまった。
そのあたりは、オーケンの『FOK46 突如40代でギター弾き語りを始めたらばの記』に書いてあって、とてもとても感動的なおススメの一冊だ。

『FOK』は本人談なので、あえてファンの目線を付け加えさせてもらう。
ずっと追いかけてきたファンから言わせてもらうと、最初の頃は、とてもじゃないけど、プロのミュージシャンがお金をとってオーディエンスに聴かせるレベルのものではなかった。
今だから言えるけれど、「これでお金取るのはひどいよ!」と終演後に口をとがらせたこともある。

ギターの演奏を間違えるのはいいとしても、ギターを弾くのに必死で肝心の歌がおざなりになる、歌詞を間違える、手拍子されるとリズムが狂うから歌えない、などなど。
ギターは初心者であっても、ボーカリストなんだから歌くらいはちゃんと聴かせてほしかったのに、ギターに気を取られて歌が下手になるという本末転倒が起きていた。

ファンはみんなオーケンを愛してるから、
「ステージに立っているオーケンが見られたらそれでいい」
と、甘やかしてきたんだと思う。
憧れのアーティストの素晴らしいプレイを聴きに行くオーディエンスというより、息子の発表会を見守る母親の気持ちだった。
毎回ハラハラするプロのライブってどうよ?

それでも、ファンは愛にあふれていた。
「今日は3曲も弾けてたね! すごく上達してすごいよねぇ!」
と友達同士で話しながら、内心、自分たちの母性にあきれ返ったものだ。

それが、今や、弾き語りでツアーができるほど。
母としては、本当に誇らしい!

そのうえ、心底心配していた、声帯ポリープ除去手術後の歌声。
声が出せない間、すごく練習したんじゃないか、と想像して感無量。


私の中で、オーケンの曲(筋少・特撮・電車・ソロ全部ひっくるめ)の中で、何曲か、聴くと泣いてしまう曲がある。

『生きてあげようかな』
『お別れの背景』
『Guru』
アザナエル
『香菜、頭をよくしてあげよう』
『じゃあな』

なんと、驚いたことに、この日京都では、これらの曲を全部歌ってくれた。
なんでそんなに私を泣かそうとするんだい。

特に、最近、弱くなってしまったのが『生きてあげようかな』だ。
ライブ中、オーケンがセリフ部分で詰まってしまったのだけど、それがあって助かった。
あれがなかったら感極まってボロボロ泣いてしまったかもしれない。

2年前に友達の旦那さんが若くして癌で亡くなった。
昨年、友達の恋人が睡眠薬で亡くなった。
彼女らの姿がどうしても思い起こされて、涙がこらえられなくなる。

彼女の恋するやさ男はわけあってすでに天国にいた。
ひねもす男は下界の少女を見守っていたのだ。
空の上からは、少女の頭しか見えない。
いいお天気だから、もう少し生きてみよう、と
彼女が天を仰ぐそのときだけ、
瞳を見ることができるのだ。
だからなるだけ、上を向いてお歩きなさい。
それから、あまり甘いものばかり食べ過ぎぬように。

この曲が入っている筋肉少女帯のアルバム『エリーゼのために』を買ったのは高校生のときだった。
当時もこの曲は大好きだったけれど、女子高生の私は泣いたりしなかった。

歳を取ると涙もろくなる。
なぜかというと、一説には、
「経験を積んで、共感しやすくなっているから」
と言われている。

いいのやら悪いのやら。
勝手に共感した涙をこらえるために、私も上を向いて歩いている。
私の瞳を見たがっているやさ男なんていないのにな。