男性は家族との会話が短い場合に生命予後が短い
ジェロントロジー、日本語にすると老年学という学問があって、その講演会のレジュメを見せてもらう機会があった。
一言でいうと「いい感じに老いるには?」みたいなことの研究で、医療や心理学や社会学やいろんなことが包括されているらしい。
その資料の中で、ほお、と思ったのが、ある調査によれば、
「男性は家族との会話が多いほうが、女性は家族以外の人との会話が多いほうが元気で長生きする」
らしい。
それを読んだとき、私は、
「男のほうが面倒くせえ!」
と思ってしまった。
ご近所やサークルでお友達と交流して元気になるのがお婆さん。
家族にウザがられながらも、家庭で団らんしたいお爺さん。
そんな構図が見えてくる。
家族以外の人、外の世界は無限に広がっているが、家族には限りがある。
「寂しいならどっか行って、友達見つけてきなよ!」
という理屈が、お爺さんには通用しにくいわけだ。
ああ、面倒くせえ!
だけど、そんな統計を見せられては、私も父と会話してあげなきゃいけないかな、と思ってしまった。
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そんな昨日。
実家に帰って、父のヘルパーさんの日誌ファイルを読んだ。
ヘルパーさんは、毎週火曜日朝8時に、ゴミ捨ての手伝いに来てくれている。
父は脳梗塞の後遺症で足をひきずって歩いているので、大きなゴミを持って歩けない。
それがヘルパーさんに来てもらっている表向きの理由だが、本当の理由は、父が朝一人で起きられないことにある。
昔からだが、夜中に寝付かれず、朝方から眠りに入ってしまうので昼前まで寝ているのだ。
典型的な夜型ニート生活である。
ボケてきたら夜中に徘徊しちゃうパターンである。
鍵をロック式のキーボックスに入れて、もし父が起きていなかったら鍵を開けて家に入ってください、ということにしているが、
「チャイムを押しても反応がありませんでしたので、鍵を開けて中に入らせていただきました」
と毎週記載されている。
そして父は、ヘルパーさんに起こされるまで眠っている。
「起こされんように頑張ろうと思うんやけど、あかんな」
と父は言う。
「目覚まし使ってないの?」
「かけとっても、起きられる日と起きられへん日と半々や」
「半々でも効果があるんやったら使えば?」
「それが、目覚ましかけるんを忘れるんや」
そして毎週ヘルパーさんに2階の寝室まで来てもらって、起こされるわけだ。
「今週もまたヘルパーさんに起こされてたね」
と私が言うと、
「昨日の夜はナポレオンやったんや」
と父が答えた。
意味がわからない。昔からだが、父は日本語がメチャクチャすぎるのだ。
けれど、ジェロントロジーの件があるので、いつもみたいに「はあ? 何言うてんのアホか」と切り捨てない。
「ああそう、昨日はナポレオンやったんやね」
と受け流した。
ナポレオンのテレビかなんかを見ていて夜更かししていた、ってことだろう。
今朝も、父は昼前に起きてきた。
「お母さん、もうデイサービス行ったん?」
と尋ねるので、
「何時やと思ってるのよ、とっくに行ったよ」
と答えると、
「お父さんは昨日ナポレオンやったんや」
とまた言う。
「ナポレオンは一昨日でしょ」
と指摘すると、
「一昨日もやけど、昨日もや」
と答えた。
連続ドラマか? いや、昨日のテレビにナポレオンの番組などなかった。
いよいよボケてきたのか?
昼食を食べるとき、会話もなかったので、どうでもいいと思いつつも父に尋ねた。
「その、ナポレオンって何なん?」
「何って?」
「いやだから、夜にナポレオンって。ナポレオンの、何?」
「何って何や?」
「映画?ドラマ?ドキュメンタリー?」
「ドキュ…? 何の話や?」
「だから、ナポレオンって何なんよ!」
「ナポレオンは、皇帝になったフランスの軍人やないか!」
「そんなこと聞きたいんちゃうわ!」
会話がまるでかみ合わない。
わけのわからないやり取りが続き、最終的にやっと理解できたことには、
「寝付かれなくて3時間程度しか眠っていない」
ということを、父は「ナポレオン」と呼んでいたということが判明した。
わかるわけねーだろ!!
ジェロントロジーの専門家さん、これでも家族が会話しなきゃダメ?