3歩前のことを忘れる女のサブカルと介護の記録

神戸に住む40代波野なみ松の、育児と趣味と要介護両親の対応に追われる日々の記録。

宇宙最強の男ドニー・イェンの『イップ・マン 継承』

毎年、学生劇団時代の友人と忘年会をする。
参加者は年によってさまざまだが、参加率が高いのは、私と、NPO法人『月と風と』代表の清田さんと、現在三重大学で講師をしている文学博士Mで、映画好きのその3人が決まってその年に見た映画の振り返りをする流れになっている。

2010年くらいだったと思うのだけれど、私が、
「今年はドニー・イェンの当たり年だったね!」
と、とにもかくにもドニー・イェンの映画を推した。
孫文の義士団』、『イップ・マン 葉問』、『レジェンド・オブ・フィスト 怒りの鉄拳』と立て続けに良質な主演映画が公開されていたからだ。
この頃からドニー・イェンは「宇宙最強の男」と言われるようになり、カンフースターとして不動の地位を築いた。エポックメイキングな年だった、と記憶している。

ところが、私が熱心に語れば語るほど、みんなが笑った。
「なんで笑うの?!」
と聞くと、
「だって、ドニー・イェンなんて知らないし!」
と言う。
映画をほとんど見ない人ならともかく、年に20~30本は映画を見る人たちがこれ!?!

日本人が思い浮かべるカンフーアクションスター、といえば、ブルース・リージャッキー・チェンジェット・リー。(あと、チャウ・シンチーが微妙。でも私は彼をコメディスターだと思っている。)
ドニー・イェンは、ジェット・リーの次に名前が出てくるほどの大スターなのに、どうして日本ではまだ知名度が低いのだろう?

私が考えるに、ドニー・イェンは正統派すぎるのだ。
真面目で、ストイック、清廉潔白なかんじがする。

でも、そんなドニー・イェンだからこそ、イップ・マンがはまり役なんだろう。

知らない人のために言っておくと、イップ・マンというのは人の名前で、漢字で書くと姓が「葉(イップ)」で名が「問(マン)」。
ブルース・リーの師匠でもある詠春拳の達人。

そのイップ・マンの半生を描いた映画シリーズが『イップ・マン 序章』、『イップ・マン 葉問』、『イップ・マン 継承』で、3作目の『継承』は今年の春に公開された。

実は私、すごく楽しみにしていたのに見逃してしまって悔しい思いをしていたのだが、今週から我らが塚口サンサン劇場が上映してくれることに!
ありがとう、サンサン劇場!

しかも、サンサン名物のウーハー上映である。
重低音、大音量。
ふだん、耳の遠い父がテレビを爆音でかけているので大音量には慣れているのだけど、そんな私でも驚くような迫力だった。(ただし、発砲や爆発やカークラッシュがあるようなアクション映画ではないので、爆音のおかげで面白さがアップしたかどうかはわからない。)

ウーハーの有無にかかわらず、『イップ・マン 継承』はカンフー映画のトップクラスと言える面白さだった。
同じイップ・マンを描いた映画でもウォン・カーウァイ監督の『グランド・マスター』なんかカンフーシーンがスカスカだったけれど(比べるのも気の毒か)、ドニー・イェンのイップ・マンシリーズは詠春拳の強さをこれでもかと堪能できる。
特に今回は盛りだくさんだった。
地あげ屋のチンピラたちと、そのアジトである造船所の工員たちと、その黒幕である不動産王(なんとマイク・タイソン!)と、同じ詠春拳の達人と、闘って闘って闘いまくる。
そして、どれだけ闘っても無敵の強さ!

特に、一人で何十人もを倒していく造船所のシーンはカンフーが鮮やかで、息もつかせぬ迫力だった。
息子が拉致されて、イップ師匠は単身で乗り込んで行くのだが、そのとき持って行くのが長い竹の棒。
中国の工事現場で足場を組むときによく見るやつで、めちゃめちゃ長い。
え、イップ師匠、これ持ってずっと街中を歩いてきたの?
と、心配になるような長さだが、ただの棒である。歩くと揺れてしなる。
チンピラのボスが、
「竹棒持参で来たか!」
と言うのだけど、竹棒だよ? 刀でも銃でもないんだよ? 長いだけでそこらへんの棒と変わらないよ?
冷静に見ると、なんだか可笑しくなってしまった。
どちらにしろチンピラは息子にナイフを突きつけて、
「竹棒を置け!」
と脅し、イップ師匠は竹棒を放してしまうのだけど、そもそも武器になんて頼らなくても十分強いのがカンフーマスター。
こういうところは、銃の名手とか剣術の達人とかと違って安心感がある。

イップ師匠だって、剣とか槍を使おうと思えば持って来れたはず。
だけど、武器として竹棒を選んだのは、あえて殺傷力が低いものにし、悪者といえども殺さないようにという配慮だろう。
一緒に映画を見た彼氏は、この映画を、
「なみ松に連れてこられた映画の中で一番面白かった」
と評したうえで、
「この映画の素晴らしいところは、誰も死なへんかったところやな」
と言った。
確かに、めちゃくちゃな死闘なんだけど、ケガだけで誰も死なない。
特にイップ師匠の拳は致命傷を避けるような体さばきで、優しさと余裕が感じられる。

そんなイップ師匠に対して、同じ詠春拳でもライバルの張天志は後遺症を遺しそうな荒々しい拳だった。
そのあたり、武術の見せ方や演出がうまい。

張天志役の俳優さんはマックス・チャンというらしいんだけど、ドニー・イェンにひけをとらないカンフーなうえ、演技もめちゃくちゃかっこよかった。
ウィキを見ると下積みが長かったみたいだけど(覚えてないけど『グランド・マスター』にも出てたんだね)、これからどんどん活躍してもらって、彼の武術を見せてもらいたいものだ。

ちなみに、物語のもうひとつが、イップ師匠の妻の病気だ。
イップ師匠は試合を放棄してまで妻に付き添う。
夫婦の話が実は『継承』のテーマだったりする。
だから、彼氏が言った『誰も死なない』というのはある意味正しくなくて、正確には最後に愛妻をガンで亡くすのだ。(シーンはなくて字幕だけど。)
最強の男イップ師匠が唯一恐れるのが妻。
でも、その妻でさえ、病気には勝てない。