3歩前のことを忘れる女のサブカルと介護の記録

神戸に住む40代波野なみ松の、趣味と母の介護と育児に追われる日々の記録。

停電と心医と憂鬱

幸い、私のうちは台風21号による被害がなかった。
逆に、夫の会社が自宅待機で家にいてくれたおかげで、家事や育児を手伝ってもらえるという恩恵を受けたくらいだ。
夫は今年二度も帰宅難民になっているので(大阪府北部地震台風20号)、会社は今回早々に自宅待機命令を出していた。さすがに学習したらしい。

台風が接近するにつれて、見知った場所の惨状がどんどんネットに上がっていた。
停電が起きて、「冷凍庫の冷凍食品が心配」「アイスクリームが溶けちゃう」なんていう呑気なつぶやきに混じって、こんな深刻な発信があった。

障がい者福祉のNPO法人「月と風と」のインスタグラムである。

 


難病ALSの利用者さんのお宅での停電。

呼吸器、たんの吸引器、エアマット…。
命をつなぐ医療機器が止まってしまう…。

幸い90分ほどで復旧したらしくてよかったけれど、長引いたらと思うとゾッとする。

そうこうしていたら、北海道で地震
停電が続いているというニュースを聞くたび、医療機器が必要な人たちは大丈夫だろうかと思う。

医療機器じゃなくても、エアコンが使えないことで熱中症になる可能性も高くなる。
岐阜の病院でエアコンが故障して、80代の入院患者4人が熱中症で亡くなるという事件があったばかりだ。
停電が長引くと、そんな危険性も出てくる。

おまけに水道が使えなかったら、高齢者は特に水分不足も心配だ。
血液の濃度が高くなって血栓ができやすくなると、脳梗塞心筋梗塞のリスクだって高まる。

いつもどおりの生活ができるよう、一刻も早くライフラインが復旧しますように。

 
岐阜の病院の話題で

 

先週日曜日、たまたま『サンデージャポン』を見ていたら、岐阜の病院のニュースをやっていた。


20日にエアコンが故障したのに、病院が適切な対応をしていたのかどうかが話題の中心だった。
それについて、ひな壇の西川史子がしたコメントは、「家族にも問題がある」というようなものだった。
一週間も異変に気が付かないで放っていた家族に問題があると。

んんんん????

みちょぱとか藤田ニコルとかの女の子が言うならだけど、この発言が一応医師免許がある人によるものだからショックだった。

確かに、高齢の親をほったらかしにし、ろくに見舞いに来ない子供もいるだろう。
けれど、子供が遠く離れていたり、身寄りがなかったり、老々介護だったり、見舞いに来る家族がいない患者だっている。
患者に携わっている医師ならばこそ、家族の数だけ事情があることはわかっているはずだ。
彼女には、親を見捨てる子供しか記憶に残っていないのか、そもそも患者の家族の事情に寄り添う心を持ち合わせていないのか。

もし、私の母が同様の目にあっても、彼女からは同じように言われるんだろうな…。
「1か月に一度しか見舞いに来ない娘に問題がある」
そう思うと悲しくなってしまった。

正直、母が入院している病院も、安心できる病院ではない。
けれど、転院時にそこ以外に選択肢がなかった。

そんなどこか不安のある病院だったとしても、
「ちゃんと対応してます」
と看護師とかに言われてしまえば、それ以上、突っ込んでどうこうできるものでもない。
患者は、病院や医師を信頼するしかないのだ。

想像だけれど、もしお見舞いに行って病室が暑いことに気がついたとしよう。
「冷房故障してるんですか? 大丈夫ですか?」
と病院側に尋ねたとして、
「今、対応中です」
と言われたら、信じて引き下がらざるをえないのが現実じゃないだろうか。

「これ大丈夫なんですか?」「今やりますから大丈夫ですよ」「そうですか」…。
そんなやり取りを、私はこれまで何度も交わしてきた気がする。

だから、見舞いに行かない家族や、行ったとしても異変に気が付かなかった家族に問題がある、という西川史子のコメントはどうかしているにもほどがある。

信頼に応えられなかった病院に責任があるのが当然だからだ。
西川史子がどんな医者なのか知らないけれど、この人には絶対に診療してほしくない。


理想の医者像

今、『ホジュン~伝説の心医~』という韓国ドラマを毎日見ている。
朝鮮王朝時代に実在した伝説の医者の話だ。
ホジュンの師匠がこんな言葉を言い、ホジュンはずっと心に止めていた。

「医者は人から尊敬されていようがいまいが、命を扱っているという点でどんな職業よりも崇高である。だが、医者にとって大事な一点が欠けていたら真の医者とは言えん。それは“愛”だ。病に苦しむ人々とその痛みを分かち合い、心から患者を慈しむ気持ちがあってこそ心医となれるのだ。この世が待ち望む医者とはまさしく心医のみである」

患者の身分や貴賤にかかわらず、患者のために全力を尽くす主人公ホ・ジュンに対して、ライバルであるユ・ドジは出世欲が強く、王様の主治医である御医になるために必死な人だ。
この二人の対比が、現代にも通じる、医者という職業をうまく表しているなぁと思う。
今も昔も、患者のために医療を志す医者がいる一方で、ステイタスや肩書きや金儲けのために医者をやっている人がいる。

心医は一握り。
ツチノコみたいに幻の存在。
だからドラマになる。


人の数だけ憂鬱の形はある

先日行ったサトイモの4か月健診の問診票に、「産後、憂鬱になったことはありますか」というおなじみの質問があった。
私はそういうところで嘘を書けないので、面倒くさいのはわかっていたけど、「ある」に丸をしてしまった。

結果、ヒアリングでやはり、
「憂鬱になるのはどういうときですか? どんなことが不安ですか?」
と尋ねられる。

適当にごまかすことができずに、赤ん坊ができたために親の介護ができなくなったことを話した。
「介護サービスをうまく利用してはどうですか。入院中なら病院でちゃんとしてくれるでしょう。ご両親のことはプロにまかせて、あまり心配せずに、今は赤ちゃんの世話に集中してもいいんじゃないでしょうか」
と区役所の人は言う。

そんなことはわかってるんだよ。
とっくにやってる。

でも、ときどき憂鬱になる。

憂鬱ってものは、そういうものでしょう?

夜中に授乳をするのに起きると、そのあと目が冴えて眠れなくなることがときどきある。

身体が動かない母が、テレビもない病室でじっと退屈に耐えているのを想像する。
私が母だったら、と思うと、とたんに身体のどこかがかゆくなる。
かゆくなっても、母だったら身体を掻けないので、私もじっと我慢してみる。
つらくて、悲しくて、息苦しくなってくる。
呼吸がうまくいかない気がして、窒息死のことを考える。
窒息は苦しい。
死ぬのは怖い。

心が弱いと、そんな考えにおぼれてしまいそうになる。

いかんいかん。

そんなときは、いっそのこと起きて、何かを食べるようにしている。
お腹が減っているから、心のエネルギーが減るのだ。
お腹がいっぱいになると、眠くなれる。

食べてもダメなら、YouTube桂米朝の落語を聞く。
同じ部屋で寝ているサトイモには悪いけれど、幸い、一度寝てしまったら小さな音じゃ起きない良い子だ。
名人の落語に集中すると、いつのまにか眠っている。
さすが人間国宝。やっぱり米朝師匠の落語が天下一品やなぁ。

そうして朝が来てお日様が出てくると、夜の闇と一緒に憂鬱はどこかへ出かけていく。
憂鬱は心に住む犬のようなものだから、飼い慣らすしかない。