3歩前のことを忘れる女のサブカルと介護の記録

神戸に住む40代波野なみ松の、育児と趣味と要介護両親の対応に追われる日々の記録。

不満爆発!

夫がときどき口にする話で、我慢がならないことが二つある。

ひとつは、

「出産の痛みより帯状疱疹のほうが痛い」。

もうひとつは、

「放っておいても子供は育つ」。

日曜日の夜、夕食時に夫がまた、

「放っておいても子供は育つもんやなぁ」

と言ったところから火がついた。

「私が普段放ってると思ってるの? 私が『家事する間サトイモをみてて』って頼んでも、あなたはちゃんとみててくれないじゃないの」

「ちゃんとみてるで」

「『そっち行ったで』とか平気で言うし!行かないように管理してほしいから頼んでるんでしょう!」

「そんなことない。ちゃんと捕まえてる」

「居眠りしてたもの! その間サトイモは部屋を出てウロチョロしてたのに!」

「そんなことない! 」

「あります!」

「今日友達が遊びに来てくれたけど、彼女のほうがよっぽどちゃんとみてくれてた。他人の彼女にできるのに、どうして…」

「もうええ」

「ちゃんとみてるって言うけど、いつも口だけで…」

「その話はもうええ!」

大きな声で言われた瞬間に、これまで溜まっていた不満が爆発した。

 

ああ、わかりました。

もうええんですね。

 

こちらももうウンザリ。

子供の面倒を見てくれないことにではない。

対話に応じない態度に、だ。

面倒な話や非難・批判される話になると逃げる。

言い訳ばかりで謝らない。

その態度にもう我慢がならなくなった。

積もり積もっていた不満、大爆発!

 

さかのぼれば、私が妊娠していることがわかったときから、その不満は始まっていたのだ。

「もし私が妊娠したらどうする?」

と尋ねると、

「オレは全然困らないよ」

と彼は言った。

ところが実際妊娠したことがわかると、

「頭が真っ白で何も考えられない」

と言ってあらゆることから逃げてしまった。

結婚するのかしないのか。

住居はどうするのか。

すべて五里霧中。

何を考えているのかさえわからない状態が続いた。

「生まれてくる子供のためにも籍は入れておいたほうがいいと思うんだけど」

という私の提案に、

「それでいいと思う」

と彼が答え、入籍した。

だから私は、

「入籍はしたけど、結婚したわけじゃない」

と思っている。

 

それを裏付けるのが、住居の問題だ。

中古マンションを買うことになって、ようやくひと安心、と思ったとき、

「オレは住所を移すつもりはないから」

と言われて愕然とした。

忘れもしない、元町の路地にあるうどん屋でのことだ。

「住所を移さないって住民票はどうなるの? 別居で子供を扶養家族に入れられるの? 面倒なことにならない?」

あまりの驚きに私は事務的な話しかできなかった。

それに対して彼の答えは、

「オレの家はあるからなぁ」

というものだった。

実はいまだに、どうして別居なのか理解できない。

お義母さんの扶養家族手続きの問題かと思ったけれど、そうではないと言う。

 

最初はシングルマザー覚悟だったから、

「入籍しただけましか」

「子育て手伝ってくれるだけましか」

と、これまで我慢してきたけど、いい加減何を考えているのかハッキリさせてもらおう。

こちらの要求は、経緯に対する説明、謝罪と心からの反省(つまり口先だけで謝ってほしくはないということ)、今後はきちんと建設的な対話を心掛けること。

徹底抗戦の構えである。

 

…という調子で、今週は夫と口をきいていない。

火曜日に夫がうちに来ても無視した。

夫の洗濯物は畳まず、食事も用意しない。

翌朝、出張に出かけていくのにも、

「パパ行くんだって。バイバ〜イ」

と子供を介してしか声をかけなかった。

その後ろ姿を見て、ふと気がついた。

もしかして、アイロンをかけてないシャツを着ているのでは?!

ノーアイロンシャツとはいえ、シワはわかってしまう。

なんだかそれがひどく可哀想に思えてきてしまった。

夫にしてみれば、ちょっと子供から目を離しただけでなんで私がそこまで怒っているのか理解できないだろう。

 

話を妊娠発覚まで蒸し返すか、何事もなかったように子育てに関する言い合いで蓋を閉じるか、現在まだ悩んでいる。

明日夫が出張から帰ってくるまで、もうしばらく悩もう。