パパっ子は不憫
もう10年以上前の話だけれど、職場で幼なじみのマーちゃんと偶然に出会ったことがあった。
彼は東京の大きな監査法人の会計士になっていて、うちの会社の監査に来たのだった。
マーちゃんは年齢以上の貫録を身にまとい、やはり会計士をしていた彼のお父さんそっくりになっていた。
業務終了後に少し時間が取れたので、お互いの近況などを少し話した。
マーちゃんは結婚して子どももいた。
仕事が多忙なので、家庭とのバランスが目下の悩みらしかった。
その多忙さは、業務上やり取りをしていたからこそよくわかった。
メールの送信日時は、平気で22時23時を超え、ひどいときは真夜中だったからだ。
あんまり父親が家にいないので、幼い息子が寝ぼけて、
「パパ~、パパ~」
と夜中にパパを探して歩いた、と奥さんが泣いて訴えたことがあったそうだ。
さすがにこんな働き方でいいのだろうか、とマーちゃんはつらくなった、と悲しそうに語っていた。
再会の少しあと、メキシコに海外赴任することになって、家族と一緒に移住するとメールがあった。
メキシコでなら家族との時間も取れるようになるのかなぁ、と思ったものだ。
それきり、マーちゃんとは連絡を取っていないけれど、今、マーちゃんはどんな働き方をしているだろうか。
日本に戻っているかもしれないし、また別の国に赴任しているかもしれないけれど、働き方改革によって夜中まで働くことはなくなっているかもしれない。
コロナの昨今では、在宅で仕事しているかもしれない。
でも、いずれにしても息子さんはずいぶん大きくなっているから、残念ながら父親と過ごすのをうっとうしがっていることだろう。
なぜそんなことを思い出すかというと、とにかく今、サトイモがひどくパパっ子だからだ。
朝起きれば、
「パパ?パパ?」
と夫を探す。
サトイモが起きるのは、たいてい夫がお仕事に行ったあとだ。
日中も、ふとした瞬間に、
「パパ?」
と夫を気にかけ、夫が帰ってくると飛んでいく。
もちろん、夫が家にいる間は、座っていればひざに乗り、立っていれば足にまとわりつき、寝ていれば懐に潜り込む。
コロナでステイホームとなって、サトイモが私以外に出会うのは夫くらいのものになってしまったうえ、外出できないゴールデンウイークのおかげで、サトイモと夫が一緒にいる時間がぐんと増えた。
結果、親子の絆がどんどん深められ、サトイモのパパっ子度がどんどん加速してしまった。
「こいつはホンマに俺のことが好きなんやな~」
と夫はデレデレだ。
サトイモが夫のことが好きになるのはしごく当然のことだと理解はできる。
車、バイク、ボート、とサトイモが憧れる乗り物に乗せてくれるし運転できるし、腕時計やiPadなどのアイテムも男子心をくすぐるのだろう。
大好きな「高い高い」や肩車も、私とは高さが違うから喜びも違う。
サトイモが「ザ・男の子」なので、「ザ・男性」な夫の趣味とぴったりなのだ。
それがつまり、父と息子ということなのかもしれない。
こんなはずではなかったのになぁ。
できればサトイモにはパパっ子になってほしくなかった。
夫は通常でも1日おきにしか帰ってこないうえに、仕事が普通に戻れば出張もまた以前どおりあるだろう。
『北斗の拳』の皇帝サウザーが「愛ゆえに…」と師匠の死が耐えられなかったように、パパが好きだとパパの不在が寂しくなるだけだ。
思い返せば、私も幼い頃はパパっ子だった。
いつ頃からあんなに父が嫌いになったんだろう。
実は今日は私の父の誕生日だった。
以前はちゃんとした服装をしてほしくて服をプレゼントしていたけれど、私が買った服は着ないことがわかって、最近はウイスキーを送ることに決めている。
アルコール類は必ず飲む。
今年は、Amazonのウイスキーと、「みてね」という写真アルバムアプリでサトイモのDVDを送った。
電話で「置き配」について説明したけれど、理解できたのかできなかったのか、年寄りは人の話を聞かずに自分の話しかしないので要領を得なかった。
今頃はウイスキーを飲みながら、サトイモのDVDを見ているだろうか。
…いや、あんなに言ったのに、荷物を取りに出るのをすっかり忘れているかもしれない。
そう、こんなふうに「子心、親知らず」を何度も経験してきたから、私は父に嫌気がさしてしまったのだ。
やはり、パパっ子は不憫なり。