3歩前のことを忘れる女のサブカルと介護の記録

神戸に住む40代波野なみ松の、育児と趣味と要介護両親の対応に追われる日々の記録。

正月2日から警察を呼ぶ

お年玉の異変

例年、父はサトイモだけでなく私達にもお年玉をくれる。

それも、10万円。

大の大人が老人からそんなにお年玉をもらうなんて恥ずかしいけれど、私がおせち料理や正月用品、親戚へのお歳暮などを手配をするようになってからの習慣だ。

当然、お正月にそれだけもらうからこそ快く、父に必要なものがあれば買って送ったり、服などをプレゼントすることもできる。

結婚してからは夫にも同額をくれるようになった。

 

お年玉はいつも銀行ATMの袋に入っている。

常識人ならポチ袋やそれなりの祝い封筒を使うだろうけれど、父にそんな配慮はできない。香典でさえ茶封筒で持って行こうとするような父だ。

夫は、初めてお年玉をもらったとき、

「銀行の封筒…。もらっといてなんやけど…」

と呆れていたものだ。

 

「お年玉、なんぼ入ってた?」

「あ、まだ見てへんわ」

お金が消える問題が発覚したこともあって、私達はもらった封筒を確認した。

 「6万円や」

「私のも」

「なんで6なんやろ」

「お父さんの考えてることはさっぱりわからん」

「お義父さん、金がないのをそれだけ気にしとんかな。それやったら無理して俺にまでくれんでええのにな」

「にしても、減らすなら普通は5じゃない? 常識ないわ〜」

 

夫婦でそんな話をしたのちほど。

私がお風呂掃除をしていると、父がやってきて私にこっそり尋ねた。

「お年玉、10万入っとったか?」

 

えっ!?

「6万円やったよ!?」

 

私は慌てて夫のところに行き、

「お年玉、二人とも6万円しか入ってなかったよねぇ!?」

「6万円やった」

夫が、

「お義父さん、10万円入れてたんですか?」

と尋ねると、

「二つとも10万入れたはずなんやけどなぁ。おかしいなぁ」

と父は首をかしげた。

 

「封筒はどこに入れとったん?」

「水屋の引き出しや」

私は父と一緒に、どこに入れていたのか場所を確認した。

父によると、年末にお年玉を用意し、その封筒を何日間かキッチンにある食器棚の引き出しに入れていたそうだ。

 

犯人は10万円が入った封筒を全部盗まず、それぞれ4万円のみを抜き去ったわけだ。

 

お年玉封筒は、父がいつも引き出しに入れている10万円の封筒と同じ銀行封筒である。

まさかそれがお年玉とは思わなかったんだろう。

「何枚か抜いたってあのジジイは気ぃつかんやろ、と思われとんやで」

ところがどっこい、これは娘夫婦のお年玉で、抜かれたことがこれで判明してしまったのである。

 

「お父さん、これは窃盗や。泥棒されたんやで!」

 

私が声を荒げる。

それでも父は、

「そんなことあるかなぁ~」

とまだ事態を飲み込めていなかった。

父にすれば、泥棒だったら全部持っていくやろ、と言うのである。

 

「これは泥棒です!警察を呼びます!」

父は、

「そんなんせんでええ!」

と迷惑顔をした。

夫は、

「そうしたいならしたらええけど、今の状況やったら警察呼んでも意味ないんちゃうか」

と賛成も否定もしなかった。

私は、無駄かもしれなくても、まず誰かに被害を訴えたかった。

警察が来れば父も目が覚めて、大事件が起きている現状がわかるかもしれない。

 

とはいえ、110番をする勇気はなかったので、私はネットで調べて最寄りの交番に電話した。

電話は転送されて、警察署につながった。

どう話せばいいか迷いつつ、だいたい下記のようなことを訴えた。

 

10万円入っていたお年玉封筒2枚から、4万円ずつ、合計8万円がなくなったこと。

これまでも、どうやら50万円入りの封筒からたびたび現金が抜き取られたと推測されること。

父は一人暮らしで介護が必要なため、家の鍵を使って複数の介護ヘルパーが出入りしていること。

 

しばらくして、制服を着た警官が一人やってきた。

私の免許証を確認しながら、名前、住所、連絡先などを聞きとって書いていく。

バインダーに挟んだA4用紙は白紙のコピー用紙で、フォーマットなどもなく旧式な手作業。江戸時代の岡っ引きから進化してなさそうだ、などと思う。

上がってもらって、先ほど通報の際に警察署で話したこととほぼ同じことを繰り返し伝え、お年玉の封筒を見せ、通帳を見せた。

父には同席してもらい、夫は別室でサトイモの相手をしてくれていた。

 

一通り私の話を聞いたあと、警官は父に、

「なんでこんなに現金を下すんですか?」

と尋ねた。

父は私に答えたのと同じように、

「何度もATMに行くのが面倒くさいから限度額いっぱい下ろしてるんです」

と答える。

「何に使ってるんですか?」

「買い物はヘルパーにやってもらっとうけど、酒とタバコは買うてくれへんから、ときどきイレブンピーエムに酒とタバコを買いに行って、ついでに百円のコーヒー飲んで帰るんです。ちょっと使い過ぎよんかもしれへん」

父はいつものようにセブンイレブンのことをイレブンピーエムと言い間違える。

恥ずかしいけど、それを突っ込んでいる場合ではない。

私は警官に、

「父の生活からして、月に何十万も使うなんてありえないんです」

と訴えたが、父は、

「11月は車検があったからなぁ」

とはぐらかす。

ただ警官も私の話を疑っているわけではなく、

「車検もそんなかからんでしょう」

と言ってくれた。

「何に使ったんかなぁ? 覚えがないんや。でも、俺が使い過ぎなんかもしれん」

あくまで父は、自分が使ったけれど忘れているのだというスタンスを崩さなかった。

 

私は話を整理した。

「50万円の話は置いておいても、お年玉から8万円が消えたのは事実です。うちはヘルパー用に暗証番号付きのキーボックスで合鍵が使えるようになってます。合鍵の存在を知っている誰かが、キーボックスを開けて入ってきている可能性もあります。考えたくないですけど、ヘルパーさんのうちの誰かが盗っている可能性もあります。そんな家で現金が消えているんですよ!」

 

だいたいの話が済んだ頃、

「2人でお話できますか」

と警官が言うので、父を残して廊下に出た。

そして小声で遠慮しながら、

「お父さんは認知症と言われたことはありますか?」

と聞いた。

私は言葉に詰まった。

「う~ん、あの…、モウロクはしてるんです…。昔から天然ボケなんで、すごく変な人なんですけど、認知症かと言われると…、診断はされてないです。運転免許の更新もできてますし…」

 

どう説明すればいいのか、判断に迷った。

50万円もの現金を毎月下して、それを引き出しに入れるほど、父はボケている。

ATMに行く頻度が増えていることに気付かないほど、日付の時間感覚はマヒしている。

けれど、10万円を6万円と数え間違えるようなボケではない。

現金を下したことを忘れていたり、現金の置き場所を間違えたりはしない。

ただ、残金がいくらなのか確認しない、ずさんな管理をするモウロクジジイなのだ。

 

それを理解してもらうのは難しいのかもしれないと、「認知症」というワードが出てきたときに私は理解した。

 

その後、警官はお年玉が入っていた引き出しや、50万円を入れていた引き出しを確認した。

現場の写真などは撮らなかった。

 

警官の所見

そして父や夫たちがいる玄関先に戻ってきて、言った。

「普通の泥棒やったら、家の中をひっくり返して荒らします。あの引き出しに現金が入っている、ということを、家の中をよく知らない他人がすぐに見つけられるもんじゃないです。探すときに手当たり次第やるでしょう。つまり、ヘルパーが使う合鍵の存在を知った、全然知らない他人が入ってきた可能性は低いです」

私は尋ねた。

「家の中を荒らさずに現金だけ持ち去るような、同様の盗難被害はないんですか?」

「この辺りではないですね。たいてい荒らしてますね」

私は、それを確認しただけでも警官に来てもらってよかったと思った。

「鍵は暗証番号付きのキーボックスでしょう? キーボックスを開けるのに暗証番号をごちゃごちゃやるリスクはたぶん犯しませんよ」

確かに、泥棒ならキーボックスを開けるより、ドアの鍵そのものを開けるほうが早そうだ。

 

「となると、家のことをよく知っている人、ということになります。ヘルパーさんの可能性も考えられます。ただ、何の証拠もない状況で、『あんた盗ったやろ』とは言えません」

「まあそうなんですけど…」

「現時点では、ヘルパーさんが盗ったかもしれないし、ほかの誰かが盗ったかもしれないし、お父さんが使ったかもしれない。どの可能性もあります」

 

対応してくれた警官は、決していい加減な人ではなかった。

まだお正月2日だというのに、ちゃんと話を聞いてくれて、丁寧な応対はしてくれた。

けれど、

「確実に盗まれたという証拠がない以上は何もできない」

というスタンスだった。

被害届という話も出なかった。

 

「でもお年玉は絶対に盗まれているんです」

と私は訴えたけれど、警官が何も言わなかったのは、父がボケているかもしれない以上、入れ間違いという可能性があると思ったのだろう。

 

すると、傍らで話を聞いていた夫が、

「もしね、自分たちで監視カメラをつけて、盗るとこの証拠が撮れたら動いてくれますか?」

と尋ねた。

警官は、

「それはもちろんです」

と請け合った。

とても頼もしく聞こえる返事だったけれど、結局は何もしれくれない。

「とにかく、今後は家の中に現金を置かないようにする、通帳の管理は娘さんがする、ということに尽きます。それでお願いできますか」

警官はそれで去って行った。