コロナ禍なのに密
私と夫は映像が入ったPCを携え、意気揚々と警察署へ車を走らせた。
車内から私が警察署へ電話をかける。
元旦からのことをかいつまんで説明し、今回は証拠の映像があることを伝えた。
「今からそちらへ向かいますので」
と言うと、
「いえ、警官がそちらへ向かいます」
と言う。
「もう向かっている途中なんで、そちらへ行きます」
「では引き返していただけませんか? 」
「半分くらい来てるんですけど」
「じゃあ何分くらいで戻れます?」
あくまで警察は行くといってきかない。
若干押し問答。
こっちは行くつもりをしていたので、なんだよもう、という気持ちになる。
結局、午後4時に実家で待ち合わせということになった。
のちほどわかったことには、警察は犯行現場をおさえたかったらしい。
じゃあそう言ってくれよ。
警察はぽろぽろやって来る
実家のインターホンが壊れているので、一人目の警官が来たとき私はキッチンにいて気付かなかった。
玄関で待っていた夫が応対した。
なかなか私が気付かなかった理由は、2人がずっと玄関先にいて中に入って来なかったせいだ。
正月2日にやってきたお巡りさん同様今回来た警官も、バインダーにはさんだ白紙のコピー用紙に、夫の免許証情報などを書き写していた。
しかし、夫がどうぞ入ってくださいと言っても、うちの敷居をまたがない。
どうやら現場保全のために、話を聞き終わるまでは入らないつもりらしい。
こちらはご近所の手前、できるだけササっと入ってほしいのに。
四角四面で手順に生真面目なその制服警官は、マスク越しに見ても濃い顔立ち。
キャスティングするなら小島よしお。
こちらが先に話そうとしても、とにかく自分の質問に答えてください、という融通のきかないかんじだった。
そうこうしていると、地味なジャンパーを着た私服のおじさんがふらりとやってきた。ああどうも、とこちらに一声かけて、小島よしおに、
「もうカメラ見た?」
と尋ねた。小島が、
「これからです」
と言うと、
「ほんならお邪魔させてもらおか」
と言いながら入ってきた。
あれだけ小島が入らなかったのは何だったのかというあっけなさで、2人は和室に上がった。
私服の刑事は、目がぎょろりとして色は赤黒く、いかにも叩き上げといった雰囲気である。(キャスティングするなら中野英雄!)
松本清張作品に出てきそうな昭和の刑事である。
唯一、昭和と違うのはタバコを吸わないところくらい。
小島警官と昭和刑事、私と夫が和室の机を囲み、元旦からの流れを説明する。
昭和刑事は夫に向かって質問ばかりするので、主に夫が話す流れになった。
私の実家で、夫は実家の金銭状況のことはあまり知らないのに、主体が夫になっていることに違和感を感じた。
最初に玄関に出たのが夫だったせいかなと思ったけれど、すぐに、これは女性差別だと気が付いた。
昭和刑事は「家長」である夫に話を聞いているのである。
長年染みついたもので悪意がないのはわかるけれど、私としてはなんだかヘソを曲げたい気持ちになった。
ただ、カメラを設置したのは夫なので、夫がメインで話をしてくれたおかげでスムーズに応対できたのは否めない。
とにかくカメラが重要なのだ。
そうしている間にも、警察がポロリポロリとやってきた。
誰一人、自己紹介はしない。
こんにちは、とか、到着しました、とか、お邪魔します、とか、ひとんちに入るときには何かあるだろうと思うけれど、何の声掛けもない。
当然のように玄関を開けて入って来て、すーっと和室の末席に座っている。
気付いたら制服が3人、私服2人の5人の警官がいた。
また来た、また増えた、と思っているうち、父も含めると6畳の和室に8人である。
コロナ禍になって以降、こんなに密なのは初めてだ。
お~い、ソーシャルディスタンスという言葉を知ってますか~?
しかも窓も開けてないし、換気扇も空気清浄機もない部屋なんだけど、誰も気にしない。
何名かはマスクから鼻も出ている。
このあたりから、警察ってシュールだぞ、と可笑しくなり始めた。
現場撮影
説明が一段落すると、2階に上がって現場を見せてください、という話になった。
私を先頭に、一団がぞろぞろと階段を上がる。
「ここの引き出しです」
と私が説明すると、
「引き出しを開けて、人差し指を入れてください」
と言う。
指?
意味がわからないまま、
「こうですか?」
とポーズをとる。
「いいですね」
パシャ。
何か証拠になるものがあると、ここですよ、と示すために人差し指でさして写真を撮るのが警察流らしい。
「カメラ設置してたのはどこですか?指をさしてください」
言われたとおり、まず上に設置したカメラをさして、人差し指を上に向ける。
笑顔でハイ、ポーズ。
私の脳裏に突然大場久美子が去来し、コメットさん気分でポージング。(下記YouTubeの感じ。)
しかし、アイドル気分を打ち砕く、
「じゃあお母さん、次は横のカメラを指さして」
という警官の呼びかけ方。
お母さんって…。
確かに私はサトイモのお母さんだけどさぁ…。
あんたたちまさか、未婚子無しの40代女性にも「お母さん」って呼びかけてないでしょうね、と唇を尖らせてしまった。
少々笑顔を曇らせつつ、その後も何カ所か人差し指を立てて写真撮影をした。
ワクワク映像鑑賞会
和室に戻ってから、いよいよパソコンで映像を見てもらう。
「ええっと、それでカメラを設置したのは何日?」
「1月10日です」
一応、10日に私が現金10万円を入れたときの映像から見てもらった。
「よう映っとうなぁ」
昭和刑事が感心する。
偶然だけれど、この日の私も映像と同じカーディガンを着ていた。
これしか服持ってないのかよ、となんだか非常に恥ずかしかった。
そしてメインの1月14日の映像。
まずは犯人が封筒を触るだけのシーン。
「盗らんかったな」
「でも、戻って来るんです」
私たちは自慢げに披露する。
「また来たな」
刑事が身を乗り出す。
「ここで札を数えます」
「おう、10枚数えて…、抜いた!ここやな!時間出とうか?11時8分?」
そこで映像は一時停止させる。
昭和刑事が、眼鏡をかけた私服刑事にカメラの時間が合っているかどうか確認するように指示を出した。
「おい、時報だせ」
スマホで時報に電話をかけてスピーカーで音を出し、カメラと時間の差を計る。
カメラはネットにつなげていないので、確かに時間に差があってもおかしくはない。
設定してから少し電源を抜いていた時間があるせいか、2分ほど時差があった。
11時6分。
修正した時間で犯行時間が確定した。