長い話になってしまった
1月16日は想像以上に長い一日だった。
お姑さんのところで昼食を食べたあと神戸を出発して、実家で隠しカメラの映像を確認して、午後4時に警察が来て。
それで終わりかと思ったら、実はそこからが長かった。
昭和刑事は何度も、
「それで、カメラをつけたんは何日ですか?」
と私たちに尋ね、内心、「さっきも言うたやろ!メモくらい取れ!」とツッコミながら、
「1月10日です!」
と答え、一番に到着した小島よしお似の警官は、その横で私たちが作成した資料やヘルパー記録を見ながらずっと何かを書いていた。
昭和刑事は私たちに聞き取りをしながら、ときどき小島警官やメガネ刑事に指示を出す。
「おい、とりあえず2万の件でいっとけ」
そしてまた、
「えーと、カメラつけたんはいつでしたっけ?」
と尋ねるのだった。
私たちは、カメラ映像データはもちろん、盗られる前に撮影した1万円札の画像、Excelで作成したヘルパー記録データや想定被害金額データなど、データとして渡せるものは全部渡すつもりでいたし、実際に、
「これらは全部データでお渡しします」
と言ったのだけれど、不思議なことに彼らは折にふれ、
「これ印刷できますか?」
と尋ねてくる。
「ここにはプリンタがないので今は無理です。全部データでお渡ししますんで、好きなようにプリントアウトしてください」
と言っても、何かをパソコン上で提示するたびに、
「印刷は…」
と言うのだ。
昭和刑事だけじゃない。小島よしおまでその調子である。
もしかして、データで渡したらダメなのかしら、と心配していたら、メガネ刑事がジップロックにいっぱい入ったUSBメモリを持ってきた。
よかった、警察でも一応それくらいのことはできる。
昭和刑事が、「カメラつけたんはいつ?」以外に繰り返し口にした言葉は、
「一人の人間を裁くわけやから、そう簡単にはいかんのですわ」
ということだった。
私たちの、
「早くこの女を捕まえてください!」
という、はやる気持ちを抑えたかったのだと思う。
なので、2階の引き出し以外にも、食器棚の引き出しに入れていたお年玉も間引きされたことや、「30万円が貯まる貯金箱」もなくなっていることも伝えたのだけれど、
「まずは証拠があるこの2万円の件だけでいきます」
と言うのだった。
事件は、いわゆる5W1Hがないと成立しないという。
母が何年もかけてコツコツ500円玉を入れ続け、ギチギチの満タンになっていた30万円貯金箱。
カメラを設置しにきたとき、「そういえば!」と思い出してテレビ台の下を見たら、案の定なくなっていた。
私も父も、どこを探しても見当たらない。
もちろん、被害額にはこの30万円もカウントしたけれど、いつ消えたのか、これも宅間容疑者が持ち去ったのかどうか、何も証拠がないだけに、警察では取り上げてもらえなかった。
介護サービスの仕組みからですか?
3話目からだけど、宮藤官九郎脚本のドラマ『俺の家の話』を見ている。
能の家に生まれた長瀬智也が家出してプロレスラーになって、父親の西田敏行が介護が必要になって家に戻る話。
能、プロレス、介護と情報盛りだくさんで、クドカン天才だなぁ、とつくづく思う。
私が毎週楽しみに聴いているラジオ番組『東京ポッド許可局』でプロレスファンのプチ鹿島がプロレスの描き方について誉めていて、
「プロレスのディテールがちゃんとしてるということは、介護についての情報も信頼できる」
というようなことを言っていた。
なるほど、こういうドラマでもないと、介護に縁遠い人たちが介護サービスについて知る機会はあまりないのだろう。
警察に事情を話すとき、彼らが介護サービスの仕組みがどうなっているのか知らない点が若干ネックだった。
「それで、どういう経緯でこのヘルパーを使うようになったんですか。なんで複数人が来てるんですか」
いやいや、個人で選んでるんじゃないんです。
ヘルパーステーションのスタッフがやってくるだけで、スタッフのシフトをこちらが決めるわけにはいかないんです。
そのヘルパーステーションを選んだのは、ケアマネジャが勧めてくれたからで。
ヘルパーステーションとケアマネのいる居宅介護支援事業所は別の事業所です。
そのケアマネは前のケアマネが辞めるときに勧めてくれた人です。
前のケアマネは…、そこまでいります?
「週5回で、朝と昼と2回来ている日もありますね。来ない日もありますが、なんでですか?」
朝はゴミ出しを手伝ってもらうからです。
スケジュールはケアマネさんが月ごとに決めてて、ケアプランといって計画が立てられてて、それに沿って内容が決められてて…。
そもそも介護サービスというものは、要介護度によって利用制限があり、担当のケアマネジャがケアプランを作成してスケジュールを決めるものだ。
訪問介護にも、身体と生活援助があって、うちの父は生活援助(いわゆる家事)だけをお願いしているのだけど、それには利用制限がある。
なんで週5しか来ないのかと言われても、それが父の上限だからで、介護制度では制限があるというしかない。
「事業所の都合で休みなんですね」
ちがーう!
違うけど、そこを警察に理解してもらうのは面倒くさくて、もうスルーしておいた。
昭和刑事も小島警官も、たぶんケアマネが何なのか、理解してないままだったと思う。
彼らが『俺の家の話』を見てたら、荒川良々だよって教えてあげられたのに。
一通りの話が終わると、あとからやってきた警察官が黄色いプラスチックバッグを出してきて、
「これお借りしていいですか」
とヘルパー記録などを入れて持ち出していった。
黄色い袋は証拠物品を入れる専用袋で、思わずこっそり写真に撮りたい!と思ったけれど、撮ってるところがばれると怒られそうなのでやめておいた。
これから皆さん署に戻るという。
これでサヨナラ、おしまいかと思ったら、
「我々は先に署で待ってますので、ごはんでも食べてゆっくりしてから署に来てください」
と言うのだ。
実は、これからが本番の供述調書作成で、これまで話をしたことは事前打ち合わせでしかなかった。
警察の皆さんが帰る際、玄関を見ると同じ黒い靴が何足も並んでいた。
「靴までが制服なんですか?」
とこっそり手前にいた制服警官に尋ねると、
「支給される靴があるんですけど、履きつぶしたら自分で買います。そこの靴の半分は違うやつですよ」
と言う。
パッと見、全部同じデザインに見えるし、だいたいサイズも似たり寄ったり。
「よく間違えないですね。私だったら他人のを履いて帰りそう」
被害者にそんなところを感心されても、と苦笑いの警官。
彼らが帰ったあと、私と夫は警察署へ向かうこととなった。
時刻は午後6時ごろ。
「ごはんでも食べてってことは、まだまだかかるんかな…」
夫がお姑さんに連絡して、サトイモに夕食を食べさせてやってほしいと頼む。
お願いするまでもなく、すでにご飯は食べたとのことだった。
ごはんといっても、私はなんだか興奮して食べる気になれない。
途中にあるローソンに寄って、夫だけがパンを買って車内で食べた。
いつもなら、私が食いしん坊で食べたがり、夫は自制するのが私たちのパターンなんだけど、このときばかりは違った。
「実は俺、隠しカメラがちゃんと動いとうか心配で、この一週間食欲がなかってん。ちゃんと撮れとって安心したら、やっと腹が減ったわ」
夫は珍しく総菜パンにがっついた。