3歩前のことを忘れる女のサブカルと介護の記録

神戸に住む40代波野なみ松の、育児と趣味と要介護両親の対応に追われる日々の記録。

(続)ヘルパー利用はやめられない

下記の回の続き。

ヘルパー利用はやめられない - 3歩前のことを忘れる女のサブカルと介護の記録

 

ヘルパー事業所の所長、事業部長、ヘルパー責任者の増子さんの3人が謝罪に来たときの話。

「宅間さんって人は、どんな人なんですか」

窃盗事件犯人について私が尋ねると、所長はすぐに、

「それについては増子から」

と話を丸投げした。

そして涙目の増子さんは、

「ごくごく、普通の主婦です」

「普通の主婦ということは、旦那さんやお子さんもいるってことですよね」

「はい…。ただ、すみません、詳しい家族構成まではわかりません」

「生活に困っていたとか、ブランド品や宝飾品が好きで身なりが派手になったとか、ギャンブルが好きだとか、そういうことは?」

「私も軽く話をする程度なので詳しく知らないんですけど、日常会話をする中ではそんなそぶりはありませんでした。派手なところもない、本当に普通の主婦です」

と言って、増子さんはすぐに、

「いえ、普通の主婦に見えました」

と訂正した。

「まさかまさか、こんなことをするなんて…、私達の見る目がなかったんでしょうけど、本当に本当に、勤務態度や見た目からはわかりませんでした…」

ニュースでよく耳にする「犯人を知る近所の人や同級生」が言うのと同じ、「まさかあの人が」コメントが出た。

 

「生活支援だけじゃなくて身体介助もできるので、仕事をよくこなしてくれることもあって、信頼してまかせていました」

「正規の職員だったんですか?」

「いえ、パートです」

「何件くらいヘルパーに行ってたんですか」

「だいたい20件くらい」

「20件も?! じゃあ、被害にあってるのはうちだけじゃないかもしれませんね」

私がそういうと、3人とも黙り込んでしまった。

 

「住まいは近くですか?利用者のところには、事務所から行って帰ってくるんですか?」

「基本はそうです。隣の市に住んでいるので通勤は車ですが、利用者さん宅にはヘルパー事業所の車を使って訪問します。ただ、場合によっては直行直帰のこともあります」

「じゃあ、例えば、うちから30万円が500円玉で入ってた貯金箱がなくなったんですけど、一旦自宅に持ち帰ったりすることはできるわけですね?」

「できないことはないです。もしくは、駐車場で自分の車に荷物を置いてから事務所に戻ることはいくらでもできたと思います」

 

何よりも今後だ

犯人宅間がどんな人なのか、それ以上は特に情報を持ってなさげだったので、

「宅間さんのことは今後の警察の捜査に任せるとして、今後どうするかです」

と私は話題を変えた。

 

「普通だったら、こんな事件が起きたらすぐにでも利用をやめます、って言いたいとこですけど、だからってヘルパーさんが来なかったら父の生活が立ち行かなくなるんで。他の事業所を探すにも、ニーズに合うところが見つかるとも思えないし…」

3人は神妙に、相槌とも同意とも取れないかんじで、わずかに頷いている。

「まだケアマネジャーさんには何も伝えてませんが、こういうことになった一旦には、ケアマネさんの責任もあると思うんです。増子さんに任せっぱなしで、ほったらかしだったでしょう? なので、まずケアマネさんを変えて、新しいケアマネさんになってから、新しいヘルパー事業所を紹介してもらおうかと思っています。」

「はい」

「ですので、それまでは現状維持で、と思っているんですが」

 

私の申し出は意外だったようで、

「こんなことになったのに、そう言っていただけて…」

と、所長は恐縮しながら言った。

「私はそう思っていますけど、かんじんなのは父の意向です。お父さんはどう思ってるの?」

と、私は父に話をふった。

 

すると父は、照れるように、

「俺は、来てほしいなぁ。助かるもん! コーヒーも淹れてくれるしなぁ!」

と無邪気に言った。

「ほんま助かっとんや。これまでどおり、来てもらえたらありがたいんやけどなぁ」

父は手のひらでひざを擦りながら、トツトツと言った。

それに対して、所長から発言を振られる前に、増子さんは自分から口を開いた。

「波野さん、ほんまにありがとう。でも、ヘルパー事業所はうちだけやないんよ。ほかの事業所に変わったって、同じようにしてくれるんよ」

「そうかもしれへんけど、増子さんにも来てほしいしなぁ。今までどおりじゃ、あかんか?」

父のその言葉に、また増子さんの目から涙がこぼれた。

「波野さん、ほんまにありがとうございます…」

増子さんは父のそばににじりよって頭を下げた。和室だから、頭を下げると土下座に近い体制になってしまう。

「泣かんでええがな」

父は増子さんの肩に手を置き、なだめるようにポンポンと叩いた。

感動の和解。

しかし私は、「なんじゃこれ痴話喧嘩の仲直りか?」と呆れてしまったのだった。

完全にギャラリーと化した所長と事業部長は微動だにしないので、それについてハートウォーミングになっているのかシラケているのかわからなかった。

 

次はケアマネだ!

というわけで、新しいケアマネさんが新しいヘルパー事業所を紹介してくれるまで、これまでどおりヘルパー利用を続けることになった。

ただ、訪問するスタッフはこれまでのように誰でもいいというわけではなく、増子さんと、信頼できるもう一人のスタッフの2人だけに限定するという条件をつけた。

たぶん、シフトを組むのが相当キツイだろうけど、それは仕方ない。

 

新しく変えた事業所のヘルパーに、また泥棒がいないとも限らないから、それよりは、こういう事件があったことを踏まえて再発防止を誓っている増子さんたちのほうが信用できる。

しばらくは大丈夫だろう。

 

となると、あとはケアマネだ。

ケアマネにはまだこのことをヒトコトも伝えていない。

それどころか、2年くらい私は口をきいていなかった。

さてどう切り出そうか。

 

そう考えながら、ヘルパー事業所の3人が帰ったあと、私はケアマネのいる居宅支援事業所に電話をかけるべく受話器をとった。