どうかリハビリを続けさせてください。
昨年の今頃、父は脳梗塞で入院した。
といっても、「めまいがする」のと「足がもつれる」のとで、周囲がさんざん病院に行くよう勧めた挙句、自分で病院に行って判明した程度。
手術はなく、二週間入院して点滴するだけで終わった。
退院はしたものの、後遺症というか、左足はうまく動かないままだ。
ちょっと引きずって歩く。
そのため、入院してすぐに介護認定を申し込んだ。
退院後の生活が不安だったからだ。
ケアマネさんからは、
「取れても要支援かもしれませんよ」
と言われていたけれど、なんとか要介護1が取れた。
せっかく認定が取れたのだから、何か介護サービスを利用してほしいと思っていたけれど、父にその気がないので、しばらくは何も使わないでいた。
何を言っても、
「いらん、大丈夫や」
の一点張り。
介護保険を使ってリハビリに通うようになったのは、つい1か月半ほど前のことだ。
「お父さん、足の引きずりがひどなっとうやん。歩く練習するって言うけど、ほんまにしとん?」
「してへん」
「せなあかんのちゃうん?」
「先生がしてももう治らん言うたもん」
「治らへんけど、運動なり練習なりせんかったら、脚の筋力が落ちて、今以上に歩けんようになるよ!」
「そうかなぁ」
「一週間に一回でもええから、リハビリに行っといでよ」
退院後から何度も何度もその会話を繰り返した。
ようやく承諾してくれたのが6月。
そして7月から通所リハビリを始めたのだった。
協調性のない父は、
「みんなでゲームしたり歌たりするのはあかんで。せえへんで」
というので、ケアマネさんにはレクリエーションがないリハビリ施設をピックアップしてもらった。
なるべく父に抵抗感がないように、私も「リハビリ」と言わず、
「トレーニングに行っておいで」
と言葉を変えて説得したりした。
結果、通所を始めてどうだったかというと、行ってみたら楽しかったらしく、
「リハビリでな、こんな運動やるんや。もっとできるのに、『ゆっくりやってください』言うて止められるんや」
とうれしそうに話す。
「こっちはうまいことできるんやけどな、こっち側はどうもあかんな」
「ほんなら両足とも上手にできるように、続けて練習せんとあかんね」
「そうや~」
あんなに渋っていたのに、8月からは週3に通う回数が増えていた。
週1がいきなり週3というのは多すぎるんじゃないかとも思ったけれど、新しいことに挑戦して、楽しみながら頑張っているのだし、よかったよかった、と思っていた矢先。
ちょうど一年が経つので、要介護認定の更新時期が来てしまった。
ケアマネさんから、
「もしかしたら、要介護1が要支援に落ちるかもしれません。要支援だと、今通ってるリハビリは対象外になるんですよ」
という連絡を受けたのだ。
え~~っ!
せっかく機嫌よく通うようになってくれたのに…。
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木曜日は筋肉少女帯人間椅子のライブがある日で、会社は夏休みを取っていた。
タイミングが良いことに、ちょうどその日に介護認定の調査が入ることになった。
調査員がまず父本人にヒアリングを行い、そのあと家族である私に電話でヒアリングを行う流れ。
要介護1が取れたのは、「トイレに間に合わない」ということが大きかったのだと私は思っている。
今回もとりあえずそれをアピール。
そして、便座を上げずにおしっこをするのでトイレが汚れることも。
ケアマネさんから、
「物忘れのことも話しておいたほうがいいですよ」
と事前にアドバイスをもらっていたので、普段から父に対してイライラしている物忘れの話をここぞとばかりにまくしたてた。
「時間の感覚がめちゃくちゃで、一週間前の出来事を、昨日だとか平気で言うんです。大昔のことを『こないだ』って言ったり、3日前のことを昨日って言ったり」
「でも、日付はきちんと答えておられましたよ」
「日付や曜日は大丈夫なんです。ただ、『いつの出来事か』がデタラメなんですよ。父が買ってきて冷蔵庫に入れているお惣菜なんか、いつのかわからなくて困るんです。本人は昨日買ったって言うんですけど、明らかにその前の日は買い物なんて行ってなくて、4日くらい前のもので」
「親戚や知り合いの名前は覚えていますか?」
「かなり忘れてます! 父は昔から人の名前と顔は覚えられない人でしたけど、最近特にひどくて。先日法事で親戚が集まったときも、半分くらい誰かわからなかったと言ってました」
「お食事はあまり食べられていないそうですが」
「目の前に出されないと食べないんです。私がおかずを作って冷蔵庫に入れていても、食べないことも多いです。冷蔵庫から出してレンジで温めることすら面倒くさいんですって」
「それはご本人もおっしゃってましたねぇ」
「そのくせ、カップ麺ばかり食べているみたいです。私がいくら言ってもダメなんですけど、同じリハビリ利用者のおばあさんが、『カップ麺は塩分が高いからやめなさい』って言ってくれたらしくて、それから本人もちょっと気にするようになりました」
とにかくたくさんしゃべった。
気づけば30分以上かかっていた。
去年は会社で仕事中に電話を受けたので、席を外して廊下で話したものの、大きな声で話す内容じゃないし、さすがに気が引ける思いがしたものだ。
今年は休みの日でよかった。
「とにかく、リハビリに通うようになって生活が良くなりましたし、どうか続けさせてください」
「なるべくご希望に添えるように検討します」
実家に帰ってから、父と介護認定について話をした。
父のほうでは、認定調査員の訪問の翌日、かかりつけ医に診断書を書いてもらいに行ったらしい。
認知症テストを行ったら百点満点だった、と自慢そうに言った。
確かに、図形を描いたり認識したりするテストは、父の得意とするところ。
そういうペーパーテストはできるんだけど、生活力がないんだよなぁ。
「冷蔵庫の中からベーコンを出してください」みたいな問題にしてほしい。きっとできないから。
「満点やったら要介護はあかんかもしれんなぁ。あかんかったら、リハビリに行けんようになるらしいなぁ」
百点はうれしいものの、リハビリに行けなくなるのは、父も残念そうだ。
もし認定取消しになったら、実費で通うことはできるんだろうか。
通い始めたばかりだから、余計に惜しい。