3歩前のことを忘れる女のサブカルと介護の記録

神戸に住む40代波野なみ松の、育児と趣味と要介護両親の対応に追われる日々の記録。

連休のわたしたち

21日は幼稚園の一学期終業式で、午前中にPTA会合と学級懇談会があった。

午後の預かり保育をしてもらえないというので、会社を休む。

ということは、なんと5連休になってしまった。

 

初めてのPTA会合

その前日、同じ幼稚園に通っている娘さんがいる中華料理店の店長に、

「PTA会合ではみんなどんな服来て着てるの?」

と尋ねると、

「みんなちゃんとした格好して来てるで」

と言うので、出張に行くときのスーツを着ていった。

行ってみたら何のことはない、みんな普段着で来ていて、

サトイモくんママは今日もお仕事ですか?」

と言われる始末。

ドレスコードを尋ねる人を間違えた。なんで奥さんに聞かなかったのか。

 

始まるまでの時間、同じクラスのママたちと少しおしゃべりをした。

サトイモの母です、というと、

「ああ!サトイモくん!うちの子がときどきサトイモくんのことを話してますよ!」

と言われた。

しかも3人から!

 

サトイモは家で幼稚園のお友達の話を一切しない。

先日の個人懇談で、担任の先生からも、

「まだ一人で遊んでいることが多いです」

と聞いていた。

夫がときどき、

「幼稚園でお友達できた?」

サトイモに尋ねても、何も返事をしない。

私はサトイモにはまだお友達がいないのだと思い、あえて友達について尋ねないように配慮していた。

 

だから、ママたちから、

サトイモくんと遊んでもらってるみたいで、お世話になってます」

と言われて本当に驚いた。

なんだ、それなりに園生活やってるやん。

ていうか、こっちはお友達たちの名前がわからず恐縮してしまう。

 

友達の家に行く

22日は、去年児童館で一緒だったお友達のお家に遊びに行った。

前までは窓から手を振ったら見えるくらい近所に住んでいたんだけど、子供の幼稚園入園を機にマンションを購入して転居。

新築ではないけど、眺めのいい立地で広いベランダがあって、私も引っ越しがしたくなった。

 

お友達はカオリちゃんという女のコで、サトイモと同学年。

4月生まれなので3月生まれのサトイモとはほぼ1年差がある。

しかも女のコなので言葉も早い。

 

久しぶりに会うと、カオリちゃんはずいぶん饒舌になっていた。

「これはね、カオリちゃんだけができることなの!みて!ひらがなの“は”はこうやってかくんだよ!みた?」

とひらがな練習帳を見せつけてきたかと思えば、持っているオモチャを次から次へと披露してくれる。

 

サトイモくんママにこの作り方を教えてあげるね!」

とカオリちゃんパパが作ったらしいブロックのトンボに、さらに脚をつけようとして、逆にどんどん破壊していった。

バラバラになったパーツを前に、

「これできない!サトイモくんママ、これとこれ、くっつけて!」

と無茶ぶりを言う。

「う〜んこれは、くっつけるの無理だなぁ。穴の大きさが合わないもの」

「無理じゃないよ!かして!こうやって、こうやって…。もう!かたくて入らない!サトイモくんママ、やって!」

「いやいや、そもそもこれはくっつかないよ。力づくでやったら壊れちゃうよ」

「できるったらできるの!やって!」

…ブロックよりも、彼女への応対にお手上げである。

 

そのときカオリちゃんママはキッチンでお茶を用意してくれていたんだけど、声に反応しつつ、

「カオリちゃん、ワガママ言わんとって!」

と口をはさむ。

しかし、そんな注意が効くはずもない。

「すみません、言い出したら本当に聞かなくって…」

ママの苦労が忍ばれた。

 

サトイモは「見たい」「触りたい」「やりたい」という好奇心に弱くて、やはり言い出したらきかないところがあって困るんだけれども、言葉が遅い分、口答えをすることはほとんどない。

だからアカリちゃんの、事実を伝えても受け入れてくれないパターンには戸惑ってしまった。

 

そういえば去年からもその傾向はあった。

公園のゴミ箱にギンバエがたかっているのを見て、カオリちゃんは、

「あ!ホタルだ!」

と嬉しそうに言った。

「またそんなこと言って。ホタルなわけないでしょ、あれはハエ」

とカオリちゃんママが間違いを正したけれど、カオリちゃんは、

「ちがう!あれはホタル!」

と言い張った。

「この子はまったくもう!」

と苦々しくしているカオリちゃんママに、私は、

「ホタルだなんて風流な。ハエがホタルに見えるなら幸せじゃない」

と笑った。

 

よその子のことだけど、どう対処するのが正解なのか悩む。

 

沼島旅行とオリンピック開幕

23日、夫が宿を手配してくれて、淡路島の離島沼島に遊びに行くことになった。

コロナ禍だけど、県内で、ほとんどクルマ移動で、人が少ない場所ならかまわないだろう、いっちょ経済を回しに行くか、という判断である。

沼島は淡路島の南端からフェリーに乗って渡る。
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海が大好きなサトイモは大変よろこんでいる。

コロナ禍で海水浴場は開設されていないにもかかわらず、行きのフェリーでは浮き輪と仔犬を抱えたノーマスクでタトゥーのチンピラ若者集団が乗船してきた。

行くまでは、

「屋外だし、海水浴場くらいやっててもよさそうなのにね」

と言ってたけれど、ああいう集団を見ると閉鎖もやむなしという気がする。


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やむなしと言えば、オリンピックだ。

コンパクト五輪はどこ吹く風で税金をジャブジャブ投入(都民一人当たり3万円くらい東京都の税金投入されるとか?)、コロナ対策も暑さ対策もろくにできずにいるようなので、私は「オリンピックやめたほうがよくないですか」派だったのだけど、さらに開会式のアレコレがサブカル方面にまで波及してきていろいろ悲しい。

小山田圭吾小林賢太郎も大好きではないけれど、それなりに好きな作品は多々あった。

コーネリアスの『FANTASMA』は昔よく聴いたし、『小林賢太郎テレビ』は毎回大笑いさせてもらった。

もちろん過去の過ちは許されることじゃないけど、オリンピックの開会式に抜擢さえしなければ、これほどまでに彼らの作品を知らない人たちからバッシングされることはなかったのに、と怨めしい。

 

今日は民宿に泊まる。

私は初めての民宿。

ホテルや旅館と何が違うのか知らなくて、夫に呆れられた。

オリンピックのことなんて忘れて、鱧をいただく予定である。

何もできなかったり何もしなかったり

土曜日、母の病院に行ってきた。

コロナ前は病棟に直接入れる入り口があったけれど、今は入り口は中央入り口1か所に絞られていて、逆にそこが密になっていた。

というのも、コロナワクチンを絶賛接種中だったからである。

 

当然ながら対象は高齢者だ。

付き添いの家族が必要だったりするし、そうでない人でも歩みはスローだから、ロビーや廊下が渋滞。

密もやむなし。

そんな場所で、面会の受付もやっていた。

入り口、むしろ分散したほうがよいのでは?

 

面会受付用紙に、何病棟の誰の面会で、どういう続柄の者が来たかを記入した。

「今日の面会予約をしている波野です」

と用紙を渡すと、

「娘さんお一人ですか」

と言われる。

「いえ、この子と二人です」

と、夫に抱っこされているサトイモを指差した。

面会は一度に2人だけ、と制限されているので、夫には入り口で待っていてもらう予定だった。

すると、病院スタッフは怪訝そうな顔をして、「少々お待ち下さい」

とどこかへ消えた。

 

サトイモは例によって、すぐマスクを外そうとする。

マスクをずらしたまま体温を測るモニターに近づくと、

「マスクを装着してください」

と機械がしゃべるので、サトイモはわざとマスクをせずに近寄って、キャッキャと喜んでいる。

 

しばらくすると、スタッフが戻ってきてこう言った。

「波野さんは状態も悪くないですし、子どもさんはご遠慮いただきたいんです」

意味がわからなかった。

状態が悪くないって?

それは何より。

だったら会わせてくれてもいいんじゃないの?

言い間違い?

思わず「Pardon?」とでも聞き返したくなった。

 

「お子さんの面会はどなた様もご遠慮いただいてるんです」

「そんな…、予約のときに3歳児ですって伝えたんですけど…」

私が口ごもっていると、

「こっちはちゃんと確認したから来たんですよ。今さらおかしくないですか!」

と夫が強めの口調で反論してくれた。

すると再び、

「少々お待ち下さい…」

とスタッフはまた奥へ引っ込んで行った。

 

待っている間も、サトイモはマスクを取るので、何度も注意する。

その様子を見て、夫が、

「今日はサトイモを連れて行くのはあきらめたほうがええかもしれんな」

と言った。

戻ってきたスタッフも、

「やはり子どもさんの面会は許可してないんです…」

と同じ回答だったので、

「わかりました。子どもは諦めます」

と、私一人で行くことにした。

 

いざ面会

それですぐ病棟へ行けるかというとそうではなくて、まず別室で承諾書にサインさせられた。

熱はないかとか、最近の海外渡航歴はないかとか、感染者と接触したことがないかとか、A4用紙にギッシリと項目が埋まっている。

ほとんどは、あ〜はいはい、という調子でチェックを付けていったけれど、

「面会に際しては患者の1メートル以内には近づかない」

というルールを読んだとき、思わずペンが止まった。

 

触れることができないどころか、近寄ってもダメなのか…。

その条件、キビシイなぁ…。

 

でも、そういうルールなのだから、条件を飲まざるをえない。

しょうがない…。

 

渋々、チェックのレ点を入れた。

 

書き終えた承諾書を渡すと、スタッフからフェイスシールドを渡された。

マスクをした上に、フェイスシールド。

鏡がないから自分がどんな姿かわからないけど、マジックテープで頭にフェイスシールドを巻いて止めているから、髪はぐちゃぐちゃだ。

廊下を歩いているだけで、透明な膜は息で真っ白に曇った。

 

母の病棟に着いて、ナースステーションで声をかける。

小太りで色の黒い、おばちゃんの看護師が出てきた。

「はいはい、たか松さんね」

とスタスタ廊下を歩き出したが、

「あっそうやそうや、病室が変わったんやった」

と今度は反対側に歩き出した。

これまでも病室の入れ替えは多かったが、会えなかった1年半で何度病室が変わったことだろう。

 

母は南の端の部屋にいた。

ナースステーションからは遠いけれど、窓からは明るい光が入っていて、悪くないかんじがした。

 

「たか松ちゃん、娘さん来たよ〜」

看護師は友達のように、母に声をかけた。

寝ている母の姿は、1年半前とさほど変わらなかった。

 

「お母さん!なみ松が来たで!お母さん!」

私はベッドのそばにしゃがみこんで、大きな声で呼びかけた。

母は目を開けていたが、くぼんでいる目の奥が私を捉えているかどうかはわからなかった。

見えていたとしても、私はマスクをしているうえに曇ったフェイスシールドである。

誰だかわからなくてもしかたない。

 

横にいた看護師が、

「寝とったんかな? さっき食事終わったばっかりやから、お腹いっぱいで眠いんかもしれん」

と言った。

食事といっても鼻からチューブで流し込まれるだけだが、それでも満腹感から眠くなるんだろうか。

せっかく来たのだから起きてほしいけど、普段から満腹感を感じて眠くなるなら、それはそれで良い事だと思った。

 

「お母さん!なみ松が来たよ!」

何回か呼んでみたけれど、最後までわかっているかどうかわからなかった。

「長い間来れなくてごめんね、お母さん」

そう言うと、泣きそうになって言葉につまった。

サトイモくんは幼稚園の年少さんになったよ。一緒に来てるんやけど、入れてもらえへんかったから外で待ってる。大きなったよ。今度は連れてくるからね」

すると、そばで立っていた看護師が、

「お子さんってこの子?」

とサイドテーブルに置いてあった写真立てを手に取った。

昨年の母の日に、父を経由して持ってきてもらった写真だ。

「そうです」

「今はお子さんの面会は全部断っとんやけどね。誰がええって言うたんかなぁ」

「病状説明の電話がかかってきて、そのときに聞いたんですけど」

「この4月から担当の先生が変わってね。センセ、なんか勘違いしたったんかなぁ」

「担当は院長になったんですか」

「違う違う、息子さんのほうよ」

ああ、あの横柄な医者は院長じゃなくて院長の息子だったのか。

あまりにそっくりだから呆れてしまった。

 

「どうしてもお孫さんに会わせたかったら、ベッドの向きを変えて、そこの窓から顔を出すこともできるけどね」

窓は駐車場に面しているので、確かに窓際から顔を出せば、外から覗くことができそうだった。

ただ、サトイモが母を見ることを望んでいるわけではないし、母自身の視力がどれだけ残っているのかわからないので、窓の外の子どもを認識できるかどうかわからない。

せっかく提案してもらったけれど、どちらにしろ近づけなければ意味がないと思ってしまった。

 

「じゃあ、面会は5分程度で切り上げてくださいね」

と言って看護師は出ていった。

いなくなったことをいいことに、私はそっと母の手を握った。

痩せて硬くなった手。

動かすことができないので、拘縮した細い指。

腕には、指が当たってできたのであろう内出血跡が3つほど残っていた。

禁止令が出てなかったら、持ってきた保湿クリームでマッサージしてあげるつもりだった。

 

せっかく会いに来たのに、何もできなかった。

 

ちゃんとしてるかしてないか

病院の入り口を出ると、夫とサトイモが待ってくれていた。

「お義母さんどうやった?」

と夫に尋ねられても、私は言葉に詰まって、下を向いて首をふった。

すぐには何も話す気にはなれなかった。

 

家に帰ってから、病院でのことを少しずつ夫に話をした。

「残念やったかもしれんけど、それだけ厳しくしとういうことは、それだけちゃんとしとういうことちゃうかな。子どもを入れへんのは腹立つけど、それもちゃんと対策しとう証拠やと思とこ」

普段ネガティブ思考の夫にしては珍しく、前向きなことを言った。

そして、

「でも普通に考えたら、病人のほうじゃなくて、面会に行く人がワクチン接種を終えとったら許可するんがホンマやろうけどな」

と言った。

言われてみればそのとおりだ。

 

夫はワクチン接種推進派で、7月になったら予約ができると接種の日を首を長くして待っていた。

ところが神戸市では予約がすべてキャンセル。

私だって本来だったらとっくに予約して打ててるはずなのに、目処さえわからない。

海外出張が多かった夫は、

「よその国と比べたら、やっぱり日本はちゃんとしとうわ!」

と言うのがかつての口癖だったのだが、最近は、

「ほんまに日本はおかしな国になってしまった。情けないなぁ」

とボヤいている。

夫は行ってないけど、アメリカやヨーロッパへ出張に行った同僚は、出張に行ってワクチンを打って帰ってきている。

それくらい、欧米ではワクチンが足りているのに、日本は一体何なんだろう。

 

私が最近見た(ほとんど音声だけ聞いたというのが正しいけど)YouTube番組で、当然のように高齢者から接種しているが実は別の意図があったのではないか、という話があった。

ダースレイダー×神保哲生

ダースレイダー x 神保哲生 4度目の緊急事態宣言と東京五輪 - YouTube

 

政治家にとって高齢者は、投票率が高い「票田」だから、高齢者から接種が始まったのだ、と。

高齢者が重症化リスクが高いからという理由もあるので誰も疑問に思わないけど、

「仕事をしていて、出歩いたり活動せざるをえない世代から打つべきでは?」

という視点もあるはずだ。

経済活動のことを考えても、労働者層から打ったほうがいい。

でも、何の議論も検討もされなかったよね、という話。

 

若い頃は、政治なんて自分と関係ない話だと思っていた。

でも、その政治がデタラメなせいで、病人とまともな面会すらできない。

私はお皿を洗いながらYou Tubeを聞き、トホホとため息をつくしかない。

人間になってきた

サトイモは3月下旬生まれなので、同学年の子と半年以上差があることも珍しくない。

幼児ではその差はすごく大きくて、学習面ではこれからハンデになっていくだろうけど、これまでの「子育て」面では、児童館や幼稚園のママ友から「先輩」アドバイスをたくさんいただけるので助かってきた。

 

今年の春先、幼稚園で出会ったお友だちのママに、私はこうもらした。

「そうちゃんはしっかりしててうらやましい。うちなんて言葉が遅いからまともなコミュニケーションも取れなくて、まだ動物だもの」

すると、

サトイモくんまだ3歳になったとこでしょ? うちの子だって人間らしくなってきたのは3歳半を過ぎた頃じゃないかなぁ。それまではうちも動物でしたよ」

と励ましてもらった。

 

そうか、3歳半までは動物なのか。

そうちゃんママの言葉は謙遜もあるだろう。

けど、ママの実感として3歳半くらいから何かが楽になった実感があるのだろう。

3歳半までのガマン。

 

祝!脱・動物

そう思って過ごしていたが、ここのところサトイモの進歩は目覚ましい。

3歳半を待たなくても、3歳3か月にして人間になったな、という手応えがある。

 

一番大きいのは、やっとオムツが外れたこと。

トイレトレーニングは長かった。

布パンツをはかせればオムツは早く外れる、と聞いていたのに、うちの子には全く効果なし。

理論的には、濡れる感覚が嫌だから漏らさなくなる、ということなのだけれど、サトイモはボトボトになっても平気のヘイザだった。

布パンツをはかせるようになって、何よりもストレスだったのは、布パンツでユルうんち(お姑さんの言葉を借りればビチグソ)をもらされるのが本当にキツかった。

パンツにべっとり、ズボンにも滲出、シャツにまで浸透…。

それが今では、ちゃんとトイレでうんちができる。

それだけで、ぐ〜んと精神的にラクになった。

 

次に大きいのは、会話の発達である。

会話らしい会話ができるようになった。

まだまだ言葉は拙いけれど、言葉によるコミュニケーションが取れるようになってきたのは本当に大きい。

 

不正受給かしら?!

幼稚園に慣れてきたからか、生活のリズムが整ってきたからか、発達支援教室の成果が出ているからか、問題行動が出たり、私が泣きたくなるほど手こずったりすることもなくなった。

 

発達支援教室では、同じ時間に受講するお友だちがいればグループセラピーになるけれど、半分以上は個別指導。

体操や知育玩具によるコミュニケーション指導だけじゃなくて、運筆練習や知育プリント、ひらがな練習もやってくれる。

 

それだけのプログラムを、市から発行してもらった受給者証があるので無料で受けられる。

正直、

「これを無料で利用できるなんてすみません」

と申し訳なくなるほどだ。

最近のサトイモは問題行動もなく、ADHDかも、と心配していた傾向も薄まってきたので、なんかちょっとズルしてるような後ろめたさを感じてしまう。

ただ、そういうときは、

「これまでどれだけ税金払ってきたと思ってんだ!こういうときに使わせてもらうために高い税金払ってきたんだぞ!オリンピック費用のこと考えたら安いでしょ!」

と逆ギレ気味に思うようにしている。(誰からも批判されてないけど。)

夫や私が払ってきた税金を返してもらってるだけ。文句あるか。

 

昭和歌謡フリーク児童

サトイモに人間らしさを感じるときの1つに、一緒に歌を歌えるようになったということがある。

これまでもサビだけなら歌っていたけれど、フルコーラスをちゃんと歌えるようになったのは最近である。

 

ただ、サトイモの気の毒なところは、親が年寄りなので、昭和歌謡に親しみすぎるところだ。

最近サトイモがよく歌っているのが、

の3つである。

 

拙い口で、

♪エテコがマネしてあかっぱじ〜

と歌っているのを聞くとすごくほのぼのする。

 

この間、サトイモがブロック遊びをしながら、

♪モテめーじっ、モテめ〜じ〜、モテめーじっ、モテめ〜じ〜

と歌っていた。

どこかで聞いたような…。

でも何の曲かわからない。

そもそも「モテめ〜じ」の意味するところがわからない。

 

「それ何の曲?」

と聞いても、

「ママがかけてたよ〜」

というばかりである。

何度も何度も、「モテめ〜じ」という謎の呪文を繰り返し、やっと、

「ああっ!モンキーマジック!!」

と思いついたときは爽快だった。

モテめ〜じか。

そりゃミッキー吉野もびっくりだ。

 

感謝しろ症候群

そんなサトイモは、最近私のお世話をよくしてくれる。

先日、お風呂で背中を流してくれた。

「ママ、おててここまでしかとどかないから、サトくんがあらってくれてうれしい?」

「うれしいよ」

「サトくんはとどくからアワアワしてあげるね〜。へっちゃらさ〜」

何がへっちゃらなのか知らないが、なんか可愛らしいではないか。

 

そして、そのあと、

「ママ!すごくたすかったって言って!ありがとうって言って!」

と感謝を強制した。

「たすかったよ。ありがとうね」

まあ、そう言った。

感謝感謝。

 

けれど、これが事あるごとに続くから、そこそこウンザリする。

 

別にしてほしくないことでも、

「ママ、○○したよ。ありがとうって言って!」

と言われるのだ。

サトイモにしてみれば、これまでお世話されるばかりだったのが、自分が逆にしてあげられるようになった。その自信がそう言わせてるんだろう。

 

けれど、朝、干したばかりの洗濯物を勝手に取り入れてきて、

「せんたくものもってきたよ!ありがとうっていって!」

と言われたときはさすがに、

「何がありがとうじゃ!余計なことしくさって!」

と怒ってしまった。

我ながら大人気ないけど、忙しいときにやられるとイライラくる。

日々は時間のやりくりとの闘いなのだ。

 

時間のやりくりといえば、私がサトイモを寝かしつけるときに、夫が悠然とテレビを見ているのに腹を立て、

「テレビ見る暇があるんだったら食器洗っといて」

と訴えたことがあった。

 

夕食後、お風呂に歯磨きを終え、サトイモを寝かしつけながら10時くらいに寝てしまう生活。

食器洗いは翌朝早く起きてやるのが日課になっていた。

「ええよ、オレやるわ。してほしいことがあったら、なんぼでも言うて。」

と、その日以降、夕食後の食器洗いは夫がしてくれるようになった。

言ってみるもんだ。

言わなくても気付いてくれ、というのは思い上がりというもんだ。

 

けれど、洗ってくれた翌朝は必ず、

「食器洗いしといたよ。助かった?」

と夫は必ず聞いてくる。

「すごく助かったよ。ありがとう」

もちろん、私はそう答える。

自分の分の食器も含まれてるんだからやって当然でしょ、という余計なことは言わない。

 

ありがとうありがとう。

 

井上陽水奥田民生の曲でもサトイモに聴かせようか。

やっと、会える

コロナウイルスが蔓延し始めた2020年3月以降、母が入院している病院は、入院患者の面会を一切受け付けなくなった。

そのため、2020年2月上旬を最後に、私は母に会えていない。

 

病院によっては、アクリル板越しに面会できたり、Webでリモート面会できたりという話も聞くけれど、母の病院は何もなし。

病院からはときどき、「面会謝絶期間を延長するけど我慢してください」とか、「コロナ陽性者はまだ出てないから安心してください」といった内容の一斉通知文書が届くだけだった。

 

一度だけ、母を担当している看護師さんから状況報告が送られてきたことがあった。

母の顔写真が印刷された用紙に、手書きで近況が書かれていた。

あの病院で唯一感じた心遣い。

お礼のお手紙を送ろうかどうしようかと考えているうち、日が経ってしまった。

 

Xデーがそこまで

先日、知らない電話番号からスマホに着信があった。

最近のスマホは電話番号を勝手に検索して相手先を表示してくれるのだけど、ワールドなんとかと表示されている。

仕事中だし知らない会社名だし、出ようか出まいかギリギリまで悩みつつ、怪訝そうな声で電話に出てみると、母の病院からだった。

医療事務を委託してる会社の名前なのか知らないが、スマホのおせっかいのせいであやうくスルーするとこだった。

 

電話は若い女性の声。

「お仕事中だったのではないですか? お電話大丈夫ですか? 医師からの病状説明のためにおかけしたんですが、いかがされますか?」

と言う。

「短時間なら大丈夫です。ぜひお願いします」

と答えると、横柄な男性に代わった。

院長だった。

先程の女性がすごく優しくて丁寧だったから余計にエラそうさが際立った。

 

そして院長は次のようなことを言った。

病状は安定しているので、これまでどおりの治療と療養を続けること。

1回目のコロナワクチン接種が済んだけれど、特に副作用もなく過ごしていること。

接種後は面会が可能になること。

 

「ありがとうございます!じゃあ、もう面会に行ってもいいんですか!」

ここ最近の出来事で一番うれしい電話だった。

 

そのあとはまた女性に代わり、面会のルールについて説明を受けた。

面会は平日と土曜日で、土曜日は午後のみ。

一度に入るのは2名まで。

時間は5分程度で、事前予約が必要。

さっそく一番近い日で予約をとった。

 

何かは何かを表す

その後、病院からは医師の病状確認の書面が届いた。

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…読めない。

 

相手に伝わらない文字で書いたところで文字の意味をなさない。

相手のことなんてこれっぽっちも思いやる気持ちがない。

「書けばいんだろ書きゃあ!!」

みたいな乱暴な性格が文字に宿っている。

こんな医者、診察ですらポーズでしかないんじゃないかと思ってしまう。

 

泥棒ヘルパーが記録票に書いていた文字は丁寧できちんとしていた。

まさかこんなキレイな文字を書く人が泥棒だなんてねぇ、と意外に思ったものだが、医者の文字は横柄な人格そのものである。

 

それでも、もうすぐ面会できる嬉しさから、いつものように腹立たしい気持ちにはならなかった。

 

2度ほど、母の病室に面会に行く夢を見た。

1回目は母がベッドに座ってしゃべっていた。

「長い間お見舞いに来れなくてごめんね」

と言うと、

「退屈やったわ〜」

と言っていた。

 

2回目の夢では、母は普通に寝ていた。

母は皮膚が荒れて炎症を起こしていて、看護師さんに話を聞いて、保湿クリームを渡した。

リアルな母のままで反応もなく、当たり前の世界だった。

そんな予行演習いらないし。

せっかく夢なんだから、元気に起きたりしゃべったりしてくれればいいのに。

 

夢の中ではサトイモは出てこなかった。

でも、面会には連れて行くつもり。

 

母はサトイモを覚えているだろうか。

下手したら私のことも忘れているかもしれないから、きっと孫だなんてわからないだろうな。

サトイモは病院や母を怖がらないだろうか。

泣いたり暴れたりされたらせっかくの面会が台無しだけれど、それでもやっぱり母に孫を会わせてやりたい。

7月までもうすぐ。

(続)ヘルパー利用はやめられない

下記の回の続き。

ヘルパー利用はやめられない - 3歩前のことを忘れる女のサブカルと介護の記録

 

ヘルパー事業所の所長、事業部長、ヘルパー責任者の増子さんの3人が謝罪に来たときの話。

「宅間さんって人は、どんな人なんですか」

窃盗事件犯人について私が尋ねると、所長はすぐに、

「それについては増子から」

と話を丸投げした。

そして涙目の増子さんは、

「ごくごく、普通の主婦です」

「普通の主婦ということは、旦那さんやお子さんもいるってことですよね」

「はい…。ただ、すみません、詳しい家族構成まではわかりません」

「生活に困っていたとか、ブランド品や宝飾品が好きで身なりが派手になったとか、ギャンブルが好きだとか、そういうことは?」

「私も軽く話をする程度なので詳しく知らないんですけど、日常会話をする中ではそんなそぶりはありませんでした。派手なところもない、本当に普通の主婦です」

と言って、増子さんはすぐに、

「いえ、普通の主婦に見えました」

と訂正した。

「まさかまさか、こんなことをするなんて…、私達の見る目がなかったんでしょうけど、本当に本当に、勤務態度や見た目からはわかりませんでした…」

ニュースでよく耳にする「犯人を知る近所の人や同級生」が言うのと同じ、「まさかあの人が」コメントが出た。

 

「生活支援だけじゃなくて身体介助もできるので、仕事をよくこなしてくれることもあって、信頼してまかせていました」

「正規の職員だったんですか?」

「いえ、パートです」

「何件くらいヘルパーに行ってたんですか」

「だいたい20件くらい」

「20件も?! じゃあ、被害にあってるのはうちだけじゃないかもしれませんね」

私がそういうと、3人とも黙り込んでしまった。

 

「住まいは近くですか?利用者のところには、事務所から行って帰ってくるんですか?」

「基本はそうです。隣の市に住んでいるので通勤は車ですが、利用者さん宅にはヘルパー事業所の車を使って訪問します。ただ、場合によっては直行直帰のこともあります」

「じゃあ、例えば、うちから30万円が500円玉で入ってた貯金箱がなくなったんですけど、一旦自宅に持ち帰ったりすることはできるわけですね?」

「できないことはないです。もしくは、駐車場で自分の車に荷物を置いてから事務所に戻ることはいくらでもできたと思います」

 

何よりも今後だ

犯人宅間がどんな人なのか、それ以上は特に情報を持ってなさげだったので、

「宅間さんのことは今後の警察の捜査に任せるとして、今後どうするかです」

と私は話題を変えた。

 

「普通だったら、こんな事件が起きたらすぐにでも利用をやめます、って言いたいとこですけど、だからってヘルパーさんが来なかったら父の生活が立ち行かなくなるんで。他の事業所を探すにも、ニーズに合うところが見つかるとも思えないし…」

3人は神妙に、相槌とも同意とも取れないかんじで、わずかに頷いている。

「まだケアマネジャーさんには何も伝えてませんが、こういうことになった一旦には、ケアマネさんの責任もあると思うんです。増子さんに任せっぱなしで、ほったらかしだったでしょう? なので、まずケアマネさんを変えて、新しいケアマネさんになってから、新しいヘルパー事業所を紹介してもらおうかと思っています。」

「はい」

「ですので、それまでは現状維持で、と思っているんですが」

 

私の申し出は意外だったようで、

「こんなことになったのに、そう言っていただけて…」

と、所長は恐縮しながら言った。

「私はそう思っていますけど、かんじんなのは父の意向です。お父さんはどう思ってるの?」

と、私は父に話をふった。

 

すると父は、照れるように、

「俺は、来てほしいなぁ。助かるもん! コーヒーも淹れてくれるしなぁ!」

と無邪気に言った。

「ほんま助かっとんや。これまでどおり、来てもらえたらありがたいんやけどなぁ」

父は手のひらでひざを擦りながら、トツトツと言った。

それに対して、所長から発言を振られる前に、増子さんは自分から口を開いた。

「波野さん、ほんまにありがとう。でも、ヘルパー事業所はうちだけやないんよ。ほかの事業所に変わったって、同じようにしてくれるんよ」

「そうかもしれへんけど、増子さんにも来てほしいしなぁ。今までどおりじゃ、あかんか?」

父のその言葉に、また増子さんの目から涙がこぼれた。

「波野さん、ほんまにありがとうございます…」

増子さんは父のそばににじりよって頭を下げた。和室だから、頭を下げると土下座に近い体制になってしまう。

「泣かんでええがな」

父は増子さんの肩に手を置き、なだめるようにポンポンと叩いた。

感動の和解。

しかし私は、「なんじゃこれ痴話喧嘩の仲直りか?」と呆れてしまったのだった。

完全にギャラリーと化した所長と事業部長は微動だにしないので、それについてハートウォーミングになっているのかシラケているのかわからなかった。

 

次はケアマネだ!

というわけで、新しいケアマネさんが新しいヘルパー事業所を紹介してくれるまで、これまでどおりヘルパー利用を続けることになった。

ただ、訪問するスタッフはこれまでのように誰でもいいというわけではなく、増子さんと、信頼できるもう一人のスタッフの2人だけに限定するという条件をつけた。

たぶん、シフトを組むのが相当キツイだろうけど、それは仕方ない。

 

新しく変えた事業所のヘルパーに、また泥棒がいないとも限らないから、それよりは、こういう事件があったことを踏まえて再発防止を誓っている増子さんたちのほうが信用できる。

しばらくは大丈夫だろう。

 

となると、あとはケアマネだ。

ケアマネにはまだこのことをヒトコトも伝えていない。

それどころか、2年くらい私は口をきいていなかった。

さてどう切り出そうか。

 

そう考えながら、ヘルパー事業所の3人が帰ったあと、私はケアマネのいる居宅支援事業所に電話をかけるべく受話器をとった。

 

みんなかつては子どもだった

なかなか咳と鼻水が治らないサトイモ

土曜日に小児科を受診し、

「鼻風邪ですね」

と言われたものの、幼稚園はRSウイルス感染者も出たし、そもそもこのご時世で咳をするのは非常に感じが悪い。

 

小児科の受診も大変だった。

前回、

「3歳以上はマスクを着用してください」

と看護師さんに注意されたので、病院に入る前にマスクをつけさせた。

「びょういんでのおやくそく」

として、

「びょういんではマスクをつける。はしらないで、よばれるまでしずかにじっとまつ。わかった?」

「わかった!」

ちゃんと返事をしてくれたけれど、我慢できたのはほんの数秒。

すぐにもぎ取ってマスクを投げ捨てた。

サトイモの「わかった」は、ただのオウム返しにすぎなかったんだとガッカリする。

 

そこからは、

「マスクつけなさい」

「マスクはいや!」

「つけなきゃいけないんだよ」

「マスクしたくない!」

の繰り返し。

 

走って逃げ出そうとするのを捕まえて、

「そんなにマスクが嫌ならタオルでも被ってろ!」

とタオルを頭にかぶせて力づくで押さえつけた。

「マスクはいや!マスクはいや!」

と泣き叫んで暴れるサトイモ

左腕で押さえ込みながら、右手で問診票を書く私。

 

あとで夫にその話をしたら、

「ほかの人に迷惑がられへんかった?」

と尋ねるので、

「別に。小児科の待合室なんて、泣いてる子がいて当然でしょ」

と私は返した。

これが大人の病院の待合室なら、気がとがめるところもあったかもしれないが、小児科なんてお互い様。

 

そう考えたあと、大人が大半の場所だったとしても、

「お互い様でしょ」

と平然としてられる世の中なら気が楽かもしれないなぁ、と思った。

 

ときどき、「子育てをしない人」が「お互い様」を受け入れないという話を耳にする。

もしかしたら、かつての私もそうだったかもしれない。

でも、子どもの問題は子育てと関係ない。

みんなかつては子どもだった。

だから、みんなお互い様なはずなのだ。

子どもがうるさい、と言う人には、あなたの子ども時代、本当に一度も騒がなかったんですか?と問いたい。

騒ぎたくても騒げなかった、淋しい子ども時代の気の毒な人かもしれないが。

 

ボクが幼稚園のとき

もう職場復帰して2か月が経つが、いまだに復帰後初めて会話を交わす人がいる。

「どう?元気?」

と聞かれて、

「私自身はぼちぼちやってますが、子どもがなかなか…」

と言うと、子育て経験者の女性はスイッチを押されたように自身の子育て経験談を語り出す。

 

道向かいにある保育所なのに、子どもが家に帰りたがらず、お迎えから帰宅まで毎日30分以上かかっていた人。

オムツがとれたのはいいけれど、保育所の昼寝で毎回オネショするから、帰りには毎日保育所の敷き布団をお土産にもらい、大荷物なうえに洗濯が大変だった人。

早く職場復帰したくて赤ちゃんから保育所に入れたけど、今となってはもう少し長く育休を取って子どもと過ごせば良かった、と後悔してる人。

みんなそれぞれに苦労し、いろいろな思いを抱えているのだ。

 

そんな中、昨日、階段でM部長とすれ違った。

かつて私の上司(課長)だった人で、長くお世話になった。

「毎日子どもを幼稚園へ連れて行くのが大変なんですよ。嫌がるのを無理やり抱きかかえて、幼稚園まで片道10分、抱っこで行かないといけないからしんどくて」

と言うと、

「大変やなぁ。ボクもそうやった」

と言う。

「部長の息子さんもそうだったんですか?」

と聞くと、

「いや、ボク、ボク」

とT部長。

子どもがいる人は、たいてい自分の子育て経験談を語るものだけど、自分の思い出語りとは思わなかった。

三つ子の魂百まで。

50代ならまだまだ覚えてて当然か。

 

「ボク、左利きやったからな、お絵描きとかハサミとか、みんなみたいにうまくできんくて、幼稚園が嫌になって」

「わー、かわいそう」

「行くの嫌がるから、毎日先生が迎えに来て、幼稚園まで連れて行ってもらっとったんや」

部長もそれなりに忙しいので、口はしゃべっていても、足は上の階に向かう。

私は下の階に向かおうとしているので、本当にすれ違いのスタイル。

なのに、部長はおしゃべり好きに火がついて、さらに言葉を足す。

 

「また先生が、『ふつうはこうなのに、どうしてみんなと同じにできないの』みたいなこと言うんやな。それで余計に萎縮してしまったんやな」

「わー、部長、繊細やったんですねぇ!」

「今も繊細ですけどね」

そして部長はひとつ階段を上がる。

 

「例えば、塗り絵とかするやんか。ボクが空を紫色に塗ったりしたら、先生が『普通は水色をやのに変ね』とか言うわけよ。ほんなら、『ボクふつうと違うんかな。ボクはおかしいんかな』と思って傷ついてな」

「当時はガラスのハートやったんですね!」

「今もガラスのハートですけどね」

そしてまた部長は階段を上がった。

 

「だから子どもさんも、ちょっとした先生の言葉で幼稚園が嫌になっとうかもしれんで。ボクも今は大人やから、どんなに嫌でも会社来るけどな。来なあかんから我慢するし。でも、子どもは違うやん。ちょっとしたことで幼稚園行けへんようになるから」

「ほんまに昔はナイーブだったんですね」

「今もナイーブですけどね」

最終的に部長は次の階の踊り場まで上がって、手すりから顔を出してしゃべっていた。

どんなソーシャルディスタンスやねん。

ていうか、部長、会社来るのそんなに嫌なんや…。

 

こっちが泣きたいよ

毎朝毎朝、幼稚園に行くまでが苦行である。

朝5時半に起きても、なぜか時間がない。

サトイモはギリギリまで寝ているか、早く起きたと思ったら朝一から遊び始め、

「ママ、こっちでいっしょにあそばないといけないよ!」

と強制してくる。

 

今朝は、抱っこ抱っこで引っ付きまわり、自分の支度はしないし、やらせてくれない。

どんなにトイレでオシッコをしなさいと言っても嫌がって行かなかった。

なんとか無理やり整えて、出かける直前に私がトイレに入っていたら、

「ママ〜!あ〜け〜て〜!ママ〜!」

とドアを叩いてきた。

「ママはうんちしてるのよ」

「ママはうんちしなくていいよ!」

「させてくれよ!」

「ママはうんちしちゃダメだよ!」

「なんでやねん」

「ママ〜!でてきて〜!!」

最後には泣き出したけれど無視。

んなもん、かまってられん。

 

終わってから、

「お待たせ〜」

とドアを開けると、ドアの前で大量にオシッコをもらしていた。

「オシッコしたいならそう言ってよ!!」

とパニクって激しく怒ってしまった私。

 

もう出発時間なのに、床掃除。

大泣きしているサトイモにシャワーを浴びさせ、全着替えさせて、幼稚園の服は軽く水洗い。

泣きたいのはこっちだよ!!

 

こんな具合に、毎日、

「会社に遅刻する!!!もう間に合わないよ!!」

と泣きそうになりながら、泣き叫ぶサトイモを抱えて出る。

 

サトイモが大人になったとき幼稚園時代を振り返って、毎朝行くのが嫌だったと回想すると同時に、ママも辛いししんどかったんだとわかってくれたらうれしい。

あ、部長は母親についてのコメントはヒトコトもなかったな。

 

好転するきざし

毎日が時間との闘いである。

子育てのための時間短縮勤務制度を利用しているので、通常9時18時のところ、10時17時で勤務させてもらっている。

若い頃はウンザリするほど長いと思っていた勤務時間も、たった2時間短くなるだけでほんの一瞬だ。

単に私が歳を取っただけなのか。

40代でこんな速いと、高齢者になったときの時間の速度が怖い。マッハマッハ。

あまりにあっという間すぎて、会社に来てから帰るまでトイレに行ってなかったとか、お茶も飲んでなかったとかがザラにあった。

これではいかん、と最近はちょっと仕事も慣れてきたのもあって、少しずつ水分補給くらいするように心がけている。

 

給湯室でお茶を入れていると、たまたまT常務もお茶を汲みにやってきた。

かつて私の上司だった人で、その頃の彼女は係長になりたてだった。

ほかの人の倍速で仕事をするような人だった。

出身大学が同じだったり、高齢の親を抱えた未婚の一人娘だったりという共通項もあって、よく目をかけてもらった。

ときどき親の介護の話をしたりもした。

彼女は能力どおりに出世して、私が育休中には、とうとう女性で初めての役員になっていた。

 

「どう?仕事慣れた?」

と声をかけられた。

「課長や係長に迷惑かけながらやってます」

と答えると、

「まあ大丈夫や。いうても課長やし係長やからな」

と彼女はお気楽な返事をした。そして、

「波野ちゃんの必死のパッチの顔見とったら元気が出るわ。こっちもネジ巻き直さなあかんな、思て」

と、T常務はにこやかに言った。

いやいや、あなたがネジ締めすぎなんですよ、とは思ったが、あとからあとから、その言葉がじんわりきた。

私がどんな「必死のパッチの顔」をしているのかわからないが、マスク越しにでもそれを見てる人がいて、それで元気になってくれる人がいる。

それが私の勇気になった。

 

ダイバーシティのおおらかさ

サトイモの発達支援教室通いは続いている。

教室ではトラブルがほとんどない。

送迎をしてくれているファミリーサポートさんとも順調に日々を過ごせている。

 

雨具を持たせ忘れたとき、ファミサポさんを訪ねて行き、少し話をした。

「幼稚園ではまだ悪いことするんで気になって…」

「悪いことってどんなこと?」

「靴のまま教室に上がってを走り回ったり…」

「それ子どもはそんな悪いことと思ってないでしょ。クツ脱ぐのは日本だけでしょ?」

とファミサポさんは穏やかに言った。

さすが台湾人!

いちいちガミガミ怒りたてず、おおらかに接してくれているんだなぁ、と、この言葉だけでも推し量られた。

 

今朝、初めてサトイモは泣かずに自分で歩いて幼稚園の門をくぐれた。

園長先生が、

「今日は調子いいね!」

と褒めてくれた。

 

 

あたたかな人たちによって、ちょっとずつ、日々が落ち着いていく。