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3歩前のことを忘れる女のサブカルと介護の記録

神戸に住むアラフォーOL、波野なみ松の、仕事と趣味と母の介護を両立させる日々の記録。

呑めばコケ、膝が痛くてまたコケる。

木曜日の昼間、父のケアマネさんからショートメールが入った。
「お父さんのことで、少しご相談があります。急ぎませんので、お電話頂けないでしょうか。」

用件はだいたい察しがついた。
先週実家に帰ったとき、父のアゴにひどいアザが出来ていた件だ。
父にどうしたのか尋ねたところ、道で転んだと言った。

「どこで?」
「回転寿司食べに歩いて行って、その帰り」
「どうせ酔っとったんやろ?」
「いいや、2杯しか呑んでへん」
「何が『いいや』や!呑んでるやん!普段からあれほど呑んでも1杯だけにしときなさいって言うとうのに!」
「もう行かへんわ」
「いや、行くね! だって、回転寿司の帰りにコケたんは2回目やし」
「2回もコケたか?」
「ほら、酔うてるから覚えてないやんか。家でも何回も転けとうけど、反省せえへんもん」
「ほんまやな、反省せえへんな」
「自分のことやで!!」

アゴだけではなく膝も打ったらしく、立ち座りのときに痛むと言う。
しばらくリハビリも休むことにしたそうだ。
ケアマネさんの話というのは、きっとそれだろう。

ケアマネさんには私の仕事終わりの時間まで待ってもらい、電話をかけた。
「コケて膝が痛い件ですよね?」
と私が切り出すと、
「それがね、昨日おうちでまた転けたらしいんですわ」

ケアマネさんの話によると、水曜の夜、父はお風呂に入ろうと2階からパジャマが入ったカゴを持って階段を下りた。
もちろん、夕食後だから呑んでいる。
痛む膝をかばいって手すりを持ち、片方でカゴを持っているのでバランスを崩し、足を踏み外したそうだ。

階段から転げ落ち、肘をケガ。
脳梗塞の治療薬として血がサラサラになる薬を飲んでいるので、傷口からの血がなかなか止まらない。
自分ではそれに気が付かないまま、翌朝コメダ珈琲にモーニングを食べに行き、店員さんに血だらけなのを指摘されたそうだ。
肘をついたテーブルが血で汚れたらしい。

コメダ珈琲の店員さんに、絆創膏で手当てしてもらったそうですよ」
もお、なんちゅうこっちゃ。

その話を聞いて、私が真っ先に考えたことは、父の傷の心配でもコメダの店員さんの親切さでもなかった。
「きっと家じゅう血で汚れてるんだろうなぁ、掃除するのやだなぁ」
ということだった。
父が階段から落ちたのは自業自得。
でも、掃除をするのは父ではない。
私だ。

コメダ珈琲の人に申し訳ないことしましたねぇ」
と私が言うと、
「ほんま、いろんなところでいろんな人に助けてもうてますよね」
とケアマネさんが笑うので、ほかにも何かあるのか聞くと、
「あ…、お父さんから聞いてないですか。…聞いてない話だったら内緒にしててくださいね」
と言って教えてくれたのが、回転寿司からの帰りの話だ。

交通量の多い車道の交差点の手前で転んだのだが、見ず知らずの女性と男性(カップルではなくその二人も他人)が助け起こしてくれて、なんとその男性が車で家まで送ってくれたのだそうだ。
「名前も何も聞いてないらしくてねぇ」
手がかりは、たつの市から来ていた若い男性、というだけ。
父はお金を払おうとしたけど、受け取らずに帰ってしまったという。

なんとまあ親切な人がいたことか!!
見ず知らずのおじいさんが道で倒れたのを、わざわざ送り届けてくれるなんて!!
ありがとう、たつの市の男の人!!

こういう話を聞くたび、人の情けの温かさを感じる。
思っているより、世界は冷たくない。
ほんとに世の中捨てたもんじゃないと思う。

けれど、捨ててしまいたいのは我が父だ。
どれだけ人に迷惑かけたら気が済むんだもう!

「そうやって周りに助けてもらえるのも、お父さんの人柄ですよ。そやから、娘さんもあんまりお父さんを怒らんとってあげてください。『怒られてばっかりや』って気にされてますから」

ケアマネさんからいつも「あまりお父さんを怒らないで」と注意される。

私だって、怒りたくて怒ってるわけじゃない。
父が母のように病気だというなら、腹が立つこともないだろう。
けれど、どうしても怒ってしまうのは、父が「できない」はずはないと思うからだ。
できるけど、「やる気がない」から「しない」からだ。
呑んだらできなくなるのがわかってて、あえて呑むからだ。

不公平じゃないか。
自分のやりたくないことはせず、お酒やタバコで人に迷惑をかける父。
私が知る限り、父は昔からそうだった。

子供が父親を批判すると、人はよくこんな風なことを言う。
「お父さんという人種は、ウチではグウタラでも、外で働いて頑張ってるんだ。そうやってあなたを養ってくれたんだよ」

そりゃ養ってもらったのは感謝する。
けれど、外で働くのは免罪符になるの?
私だって会社員としてフルタイムで働いている。
でも、帰ったら週末は家のことだってしている。

それに比べて、会社員時代の父はどうだったか。
残業も少なく、あったとしてもバブル期の日本では残業代もそれなりの対価が得られた。
家に帰れば家事は母任せ。
「酒!ごはん!お茶!風呂!おーい、着替えがないぞー!」
ぜーんぶ、やってもらえる。

母が苦労をする様子は見てきたけれど、父が苦労をする様子は見たことがない。
母が祖母の介護などで悲鳴を上げていても、テレビを見てうたた寝していた父。
今私が母の介護で手一杯でも、平気で「お茶入れて」という父。

不公平だよ!
なんでお父さんばっかり楽チンができるの?
勝手なことをしても他人から助けてもらえる人生を過ごせるの?
好きなお酒を呑んで、勝手に転んだくせに、また私に迷惑をかけるつもり?
これ以上、私と父の「苦労の格差」を広げないで!

父には一度、苦労をしてほしい。
大変な目にあい、苦痛で悲鳴をあげてほしい。

ケアマネさんに言われたように、頭ごなしに叱りつけるのはやめようと思うけれど、ケガをした父を労る気持ちは起きなかった。

身内で介護をする難しさは、「今」のその人だけを見ることができないことだと思う。
どうしたって、過去のあんなこと・こんなことを引きずってしまう。

親子だから許せることもあれば、親子だから許せないこともある。
いくらケアマネさんが、
脳梗塞の後遺症があると、やる気が起きなくなるものですよ」
と言ってくれても、
「いいえ、父は昔からそういう人でした」
と思ってしまうのだ。

父は一度、外に女を作って、私と母を捨てようとしたことがある。
もう大昔のことだ。
けれど、そういうことはいつまで経っても水に流せない。
今この瞬間でも、
「今からでもその女と一緒になって介護してもらえ!」
と怒鳴り散らしたくなる。
向こうでも要介護1のジジイはお断りだろうけど、もしもその人が引き取ってくれるなら、熨斗をつけて差し上げたい。
微々たる相続なんか、喜んで放棄してやる。

一度、私が父をボロカスに怒っているのを目撃した母の介護スタッフさんが、
「びっくりしました…。娘さん、あんなに怒るんですね…」
とショックを隠しきれずにビビっていたことがある。
高齢者を虐待する鬼のような娘だと思われたことだろう。

家族のことを考えるとき、いつも心に浮かぶ一節がある。

「彼は或郊外の二階に何度も互いに愛し合うものは苦しめ合うのか考えたりした。その間も何か気味の悪い二階の傾きを感じながら。」
――― 芥川龍之介或阿呆の一生