3歩前のことを忘れる女のサブカルと介護の記録

神戸に住む40代波野なみ松の、趣味と母の介護と育児に追われる日々の記録。

出生届を出しに行く。

赤ん坊の黄疸の光線治療が終わった日からは母子同室になったものの、赤ん坊は「ミルク飲み」、母親の私は「母乳出し」のトレーニングの日々が続いている。

頑張れ頑張れと励まされながら無理やり目標の量を飲まされる息子は、本来ならまだ妊娠36週目の胎児だった。

お腹にいたなら、何もしなくても胎盤から栄養が送り込まれ、肺呼吸もせず、羊水の中で快適な環境だったにもかかわらず、うっかり生まれてしまったがために、自分で息をし、自分でミルクを飲まないといけない。

自立心が半端ない。

嫌そうにミルクを飲む息子に、

「そうまでして早く生まれなくてもよかったのに」

と私が言うと、授乳のアドバイスをしてくれる助産師さんは、赤ん坊の小さい手を握りながら、

「どうしてもその日に生まれたかったんだよね〜」

と言ってくれた。

そう言われてみれば、きっと何か意味があって出てきたんだろう、という気がする。

 

息子の名前のこと

私の産後の入院は一区切りついて、あとは息子の付き添い入院ということになった。

外出したければ、ナースステーションに届を出せば外へ出られる。

それで、授乳と授乳の合間をぬって、区役所へ出生届を出しに行くことにした。

 

息子の名前は「みらい」にした。

直感的に、配偶者と二人で決めた名前だ。

 

英会話教室に通っていたとき、先生から、

「日本人の名前にはそれぞれ意味がある、と言うけれど、これまで生徒に名前の意味を尋ねてもみんな『特に意味はない』って答えるんだ。一体どうなってるんだ」

と言われたことがある。

私の名前も字画がよかったから付けられただけで、特に意味はない。

だから、息子が海外に出たときに、

「I am the future!」

と自己紹介でツカミができたらいいなぁ、なんて考えた。

 

名付けについては何一つ迷わなかったけれど、出生届を書いていると、

「これを出せば、この子の名前が正式に決定してしまうのだな」

と緊張してしまった。

覚悟を決めるためにも、母子手帳にある名付けのページを埋めた。


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ふと、どうしても息子にこの言葉を贈りたくなった。

明日世界が滅びるとしても

今日あなたはリンゴの木を植える

これは、配偶者が好きな小説家の開高健が好んで使っていた名言で、もとはマルティン・ルターの言葉らしい。

書きながら、その言葉をかみしめていると、なぜかものすごく感動してしまって、涙があふれて止まらなくなった。

悲しいわけでも、うれしいわけでもないのに。

 

産後のヒダチは…

区役所はさほど遠くなく、病院の看護師さんたちからも、

「ゆっくり外出を楽しんできてください」

なんて言われたけれど、いざ出かけてみると、妊婦以上にノロノロとしか歩けず、ひどく疲れてしまった。

産後まだ10日にもなってないのに、うろうろするには早かったかも。


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行き帰りに、散り行くばかりの桜を見た。

急に破水して出産・入院するまでは、まだ咲き始めたばかりだったのに、病院にいるうちにすっかり盛りを過ぎてしまった。

これからは桜の時期になるたびに、息子が生まれたときのことを思い出すかもしれない。