3歩前のことを忘れる女のサブカルと介護の記録

神戸に住む40代波野なみ松の、育児と趣味と要介護両親の対応に追われる日々の記録。

カブトムシと松尾スズキ『ゴーゴーボーイズ ゴーゴーヘブン』

たまたま知ったカブトムシの生態に、衝撃を受けてしまった。
ケースにオスだけを入れて飼っていたら、オス同士で交尾をしてしまうらしい。

それだけならかまわない。ゲイけっこう。BL大歓迎。
ところが、そう平和にはいかない。
メスに間違われ乗っかられたほうのオスは、違う所に無理矢理突っ込まれるせいで、内臓を傷つけられて死んでしまうそうだ。

…ショック。
レイプされて殺されるなんて、残酷すぎる!!!
人間以外の生き物は、食べるため以外で相手の命をいたずらに奪ったりしないものだとおもっていたのに!

しばらく会う人ごとにこの話をして、
「ちょっと酷すぎない?!」
と訴えたが、たいてい、
「ムシだからねぇ」
と取り合ってもらえず。

リインカーネーションを信じている仏教徒の私としては、
「来世はカブトムシのオスにだけは生まれませんように…」
と祈るしかない。

そんなカブトムシの生態について考えていた木曜日の夜、森ノ宮ピロティホール松尾スズキ作・演出の『ゴーゴーボーイズ ゴーゴーヘブン』を見に行った。
ゴーゴーボーイズ(上)、ゴーゴーヘブン(下)なんて、まさにカブトムシのオス同士の交尾じゃないか!と、不思議な関連に身の毛がよだつ。

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かつて、松尾スズキプロデュースの『美しい男性!』というテレビ番組があり、毎週楽しみに見ていた。
『ゴーゴーボーイズ ゴーゴーヘブン』というタイトルを見たとき、すぐに浮かんだのはそのイメージ。
妖しくも美しい禁断のBLコメディ、そんな内容かな、という漠然とした予想は、完全に覆された。
それも、ライフルの銃身で頭を殴られた感じ。

もちろん、エンターテイメントとしてちゃんと楽しめる。
和風で攻めている演出や音楽も面白い。

けれど、それ以上に、描かれている内容が辛辣だった。
どこを取っても胸に突き刺さる。

テロリストによるジャーナリスト人質事件。
それに巻き込まれるライターの夫。
内戦が激化する国まで追いかけてきた女優の妻。
少年売春、女性運動家、お涙ちょうだいの安っぽいベストセラー、原理主義を生み出す宗教、外国では役に立たない日本での学歴にこだわる男、戦争によって生まれる障害者、日本ではヒットしないのになぜか外国で人気があるドラマ、死を認識してしまったヤギ、ゆとり世代、透明なダンス、亡命した芸術家の帰国…。
あまりネタバレしないようにと思って書くから、スッキリしないけれど、一見、笑いのためのギャグかと思いきや、すべての事柄がうまく繋がって、すべての登場人物が哀しい。

それにつけても、主演の岡田将生の美しいこと。
キャストはほぼ全員が何役も割り当てられている構成になっていて、岡田将生は主に男娼の少年と、女優のマネージャーの二役をやっていた。
あんなに美しい男娼は、もう金輪際見られない、と思う。
すごくセクシーなシーンも盛りだくさんだったのに、全然いやらしさをかんじない透明感。不思議なほどの純粋さ。

一方、マネージャーは軽薄な業界人を代表したような若者で、それも見事にはまり役だった。
うわべだけで生きているような中身のなさ。
同じ俳優が全く異なる二役をやっているのに、どちらもしっくりくるというのが面白い。
このマネージャー、内戦が続く国に行ってから徐々に人間が変わってしまうのだが、その辺りの演出のメタファーも秀逸だった。
イケメン岡田将生も、一皮むけば宍戸美和公なのである。

今までの松尾スズキ作品とちょっとだけ違うな、と感じたのは、私たちが暮らす現代社会と地続きなかんじがしたことだ。
『ふくすけ』はSF感があるし、『キレイ』は架空の国の戦争だった。
けれど、この作品は違う。
もしかしたら、こんな話はありえるかもしれないと思わせる近さがある。

すぐそばで銃撃戦や爆発がある状況でも、平和な日本とスカイプでつながる夫婦。
テロや内戦で国内がめちゃくちゃなときでも、有名女優との画像を撮ってインスタにアップしようとするおばさん。
20年前なら冗談に思えたかもしれないけれど、今は普通のことだ。
松尾スズキ作品が描く悲惨な世界が現実に近づいたのではなくて、現実が松尾スズキの世界に近づいたのだ。

そして、寺島しのぶのヌードにおいて、贅肉ひとつない背中に正しく通った背骨が、蛇のように美しかったことを付け加えておく。

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