3歩前のことを忘れる女のサブカルと介護の記録

神戸に住む40代波野なみ松の、趣味と母の介護と育児に追われる日々の記録。

離乳食はじめました。

今週は区役所の「すくすく赤ちゃんセミナー」と「離乳食講座」に参加してきた。


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母乳がうまく飲めない、ミルクの量が増えない、とか言っているうちに、もう離乳食である。
早い、早い。

セミナーではほぼ同じ月齢の赤ちゃんたちが一堂に会するので、隣になった人などとちょっとした会話を交わすのだけれど、
「成長はうれしいけど、あっという間に半年も過ぎて、なんだかさみしい」
と言ったママがいて、本当にそうだなぁ、としみじみしてしまった。

離乳食は5~6カ月になったら始めましょう、と言われている。
私は離乳食講座を受けたら始めようと悠長にかまえていたけれど、ほかのママたちは5カ月に入ったら早々に始めているようだった。
もう歯が生えている子もいて、ビックリ。
私がのんびりしている分、サトイモの成長ものんびりになっているのかもしれない。


まずは道具から

敬老の日の月曜日、夫に郊外のアカチャンホンポに連れて行ってもらった。
初めてのアカチャンホンポ

これまでベビーザらスに行っていたけれど、トイザらスと合体している店なので、赤ん坊に特化した並びにはなっていない。
その点、アカチャンホンポはその名の通り赤ん坊に特化しているので、必要なものがわかりやすい。
子供ができた人たちがアカチャンホンポに行くのがよくわかった。

アカチャンホンポのネットサイトはよく見ていた。
ネットは目的のものがはっきりしている場合すぐに探せるけれど、欲しいものがぼんやりしているときには時間ばかり浪費する。
店に来てみると、「こんなのもあるのか」「こういうのも便利そうだな」と、実際の商品を目で見て検討できるので勝負が早い。

その昔(20年くらい前かなぁ)、Amazonができてみんながネット書店を利用するようになったとき、友達と、
「これから本屋さんがいらなくなる時代が来るね」
という話をしたことがある。そのとき、ある友達が、
「世の中がネット書店ばっかりになったら、リアルな本屋さんが逆に重宝がられるんじゃないかな。実際に手に取って中身が確認できるんだもの。その場で買って帰れるし、『すげー便利な場所がある!』って思うに違いないよ」
と言っていた。

もうそのときの「将来」が今来ている。
アカチャンホンポでの私の感動は、
「私がずっとネットで探してた赤ちゃん用品の、実物が見れる! 類似品をすぐ検討できる!」
という「リアル店舗ってすげー便利!」というものだった。

そして同時に、
「もっと早く来ておけばよかった。もっとちゃんと必需品の検討をしてあげればよかった…」
と思った。

これまで、あらゆることにおいて余裕がなかったから、何でもネットで探して慌てて購入してきた。
ネットは「点」である。
つながりがない。
けれど、こうやって店舗で見れば、段階に応じて何が必要なのかが線でわかる。

店内には赤ちゃんを心待ちにしているらしい妊婦さんとその夫らしきカップルが、新生児用品を検討していた。
「ふつうはああやって、ちゃんと準備するものだもんねぇ」
と私がこぼすと、
「そりゃあ、受け入れ態勢が違うもん」
と夫。
待ちに待った待望の赤ちゃん、という夫婦と、うちみたいに不測の事態だった場合と。

それを考えると、サトイモがかわいそうになってくる。
すべてが後手後手に回っている分、愛情だけは注いであげないとなぁ、と親として思う。


ついで買いのメリージム

目的だった、離乳食を作るための調理器セット(すり鉢とか裏ごし器がセットになったやつ)と炊飯器でお粥が炊ける小さいジャーをカゴに入れ、店内をうろうろしていたら、メリージムのコーナーが目についた。
前々からずっと、メリージムが欲しいと夫と話していたのだ。
どんなのがいいかなぁ、いいのがないなぁ、と言いながら、日々はあっという間に経ってしまった。
メリーなんてものは、本来なら、新生児のうちから頭の上をクルクル回っているものである。
「今さら、ってことない?」
と躊躇したものの、売り場の説明を見ると1歳まで遊べるとなっているので、
「あと半年使えるんだし」
と、夫が買ってくれることになった。

買ったのは、「全身で!すくすくあそびDX」。

anpanman.bandai.co.jp


決め手になったのは、バンダイ日立製作所と大学が共同で開発している知育玩具だということ。
それに、小さい子供に絶大な支持を受けるアンパンマンだもの、好きになるに違いない。

家に帰って、夫に組み立ててもらい、さっそくサトイモを中に寝かせてみた。
大喜び…、かと思いきや、アンパンマンを見て泣き出した。

ショックを受ける私たち。

しかも、寝返りせずにはいられないサトイモは、ゴロンゴロンと寝返りをうちまくって、ジムの足に何度も体当たり。
初日にしてジムを壊してしまった。(たぶんなんとか直せる、はず。)

1歳まで遊べるのは確かだろうけど、スタート時期が遅すぎた。
これまで、メリージムを買ってあげられず5カ月も過ごしてしまったのが残念すぎて、またまたサトイモが不憫な気持ちになった。


初めての離乳食

 

離乳食講座を受けた翌日、初めての離乳食にトライした。
最初は十倍粥。
アカチャンホンポで買った、炊飯器でお粥を炊くジャーを使う。



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炊きあがったお粥を、さらにすり鉢ですりつぶす。
つぶしてもつぶしても、なかなかドロドロにはならない。

講座では、
「裏ごしをするのは葉物野菜だけでけっこうです。ほかも裏ごしをすれば、なめらかで食べやすいかもしれませんが、そこから粒を大きくしていくのにハードルが高くなってしまいます」
と言われた。

きっとそのとおりなんだろうけれど、最初の最初だから、裏ごしをすることにした。

パクパク食べてくれそうな子ならいいけれど、うちのサトイモは食が細そうだから、なるべく食べやすくしておきたかった。

最初はスプーンで1くちか2くち。

スプーンをサトイモの口に運んでみた。

もぐもぐ。



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よだれと一緒にお粥がだらだら出てくる。
飲み込んだかどうかわからない。
舌はベロベロ動いているけれど、そのせいで全部出ているような気がする。

そういえば、母の食事介助をしていたときも、舌が動くせいで食べ物が全部押し出されてくるのを、何度も押し返して口の中に戻してたっけ、と思い出していた。
「はら、ゴックンして」
とひとくちずつ気長に付き合ったものだ。

母の場合は固形からドロドロへと移行したけれど、サトイモの場合は逆になる。
なんだか人生がUターンしたみたいだ。

これから一週間は毎日1回、お粥を食べさせる。
早くうまくゴックンして、早くパクパク食べるようになっておくれ。

初めてのおんぶと童謡名曲大全集

低月齢のうちは寝てばかりだったサトイモも、だんだん起きている時間が長くなった。
起きている時間の長さに比例して、起きていて何をするのか、手を余すようになってきた。

一人にしておくと、自分で寝返りをして腹ばいになり、手を口に突っ込んで、よだれを垂れ流しながらウニャウニャしゃべっている。
ウニャウニャ、フニャフニャ言っているうちはよいのだけれど、やがでそこに時折、

キャーーーーーーーッ!!!

という奇声が混じる。
泣き声というか叫び声というか、とにかく耳を覆いたくなるような、すさまじい高音の周波数だ。
かなりの音量なので、ご近所さんに迷惑になっていないか、気が気ではない。
冷房のために締め切っていた夏と違って、最近は窓を開けているだけに余計気にかかる。

これまでのように泣き声やぐずり声だったら、
「ちょっと待ってね」
と言いながらだましだまし待たせておくんだけれど、

キャーーーーーーーッ!!!

と叫ばれてしまうと、放っておくわけにはいかない。
慌てて飛んで行って、
「シーッ!叫ばないで!」
と口を覆いたくなる。

叫び声をやめてもらうためには、とにかく抱っこである。
いったん抱っこをしてしまうと、今度はおろせなくなる。
おろすそぶりをみせただけで叫び出すのだ。
腕は疲れてくるし、家事は停滞するし、スマホの操作も何もできないしで、ほとほと困り果てる。

そういうときのために、家の中だけで使うための簡易抱っこ紐を買った。
エルゴの大仰な抱っこ紐と違って、布がクロスになっているだけのものなので、簡単にささっと抱っこできる。

腕の疲れを軽減するにはそれで十分で、買ってしばらくは満足していた。
けれど、何もできないという点では、抱っこは抱っこ。
抱っこでも洗濯を干したり取り込んだりくらいはできるけれど、抱っこでキッチンには立てない。

おんぶができればなぁ…。
おんぶなら、たいていの家事ができるのに…。

おんぶができるようになるのは、首がすわってから。
だから首がすわるのを首を長くして待ち続けてきた。

そのくせ、やっと首がすわったというのに、なんとなく怖くておんぶができなかった。
抱っこと違って、おんぶは後ろが見えないから不安だったのだ。

今朝、叫び声を上げ続けるサトイモに、意を決してエルゴの抱っこ紐でおんぶをやってみることにした。
洗わないといけない食器もたまっているし、洗濯機の終了ブザーも鳴ったばかりだ。

おんぶにチャレンジするには今しかない!

説明書の手順を見ながら、まずは横に抱いて、くるりと背中に回す。
見えないから不安だけれど、何度も鏡で確認しながらやってみた。

初おんぶ成功。

やってみたら、なんてラクチンなんだろう!と目からウロコがボロボロ落ちた。
両手が完全に空くので洗濯物は普通に干せるし、ぐずり出したら適当にゆすれば泣かないし。
抱っこに比べて効率200パーセントアップ!(←実感比。)

そういえば、妊娠中に父親から、
「ほんで、ネンネコは買わんでええんか?」
と聞かれたことがあった。
「今どきネンネコなんて使わないよ~」
と私は一笑したのだけれど、先人の知恵をバカにするものじゃなかったな。
抱っこもおんぶも、今も昔も、母親がやっていることは同じなのだ。

おんぶなんて、みんな当たり前のようにやっている。
でも、初心者にはおんぶでさえ未経験。
子供を持たなかった頃には、「初めてのおんぶ」がエピソードになるなんて思いもしなかった。

こうやって、ちょっとずつ親の階段を上がるのだな。


どうやって遊んでいいかわからない

 

活動時間がだんだん長くなってきたサトイモ
かといって、おもちゃを与えても一人ではなかなか遊んでいてくれない。

今のところ、本を読んであげるか、童謡を歌ってあげるかくらいしか、過ごすバリエーションがない。
散歩に出かける、という手もあるけれど、ちゃんと計画を立てておかないと、出かける準備をしている間泣き通しになってしまう。

赤ちゃんと遊ぶには手遊び歌がいい、というのを見て、YouTubeでやっている『ぞうきんの歌』を覚えた。(下リンクの動画がそれ。)

www.youtube.com


最初はあまり反応がなかったけれど、最近では笑ってくれるようになった。
ほかにも手遊び歌はあるけれど、この『ぞうきんの歌』が一番喜んでくれる。

とは言っても、1曲1分程度で終了。
もっと一緒に遊べる方法はないか、と思い、一昨日「親子ヨガ教室」に参加してきた。

生後2か月から2歳のお誕生日までの赤ちゃんとその親が対象だったので、サトイモと同じくらいの赤ちゃんがたくさん来ていた。
ヨガといってもほとんどが軽いストレッチのようなもので、赤ん坊を抱いたままでもできたり、一緒に動いたりするものを紹介してくれた。
(軽いストレッチといっても、身体の硬い私にとっては、脚は開かないし腕は上がらないし、昨日から軽い筋肉痛。)

座って開脚した足の間に赤ん坊を置いて、赤ん坊の身体を左右に揺らしながら『どんぐりころころ』を歌ったり、赤ん坊の身体をなでながら『まつぼっくり』を歌ったりするのは、赤ん坊には遊びになり、親にはストレッチになって一石二鳥だった。
おかげで遊びのレパートリーが増えた。

そんなふうな、サトイモのご機嫌取りで毎日が終わる。


おもちゃのチャチャチャ

『ぞうきんの歌』に次ぐ、サトイモのヒット曲第2位は『おもちゃのチャチャチャ』だ。

抱っこしながら歌って踊るとすごく喜ぶ。

特に、「チャチャチャ」の部分でステップのように足踏みすると、ケタケタ笑ってくれる。

この曲、元祖プレイボーイ、野坂昭如の作詞。

当時「チャチャチャ」は音楽ジャンルとしてオシャレな大人のための最先端のダンスだったんじゃないか。

私は小学校の音楽会でこの曲をピアニカで演奏したけれど、「チャチャチャ」なんて音楽ジャンルがあるなんて知るよしもなかった。

おもちゃとチャチャチャのダジャレだったなんて。

大人になって発見することも多々ある。

 

私の童謡バイブル

私が童謡を歌うときに使っているのが、この歌集だ。


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いざ童謡を歌おうと思っても、歌詞がうろ覚えだったりする。

ネットで調べてもいいけれど、一曲ずつ歌詞検索をしないといけなくなるので、こういう歌詞本はとても便利だ。

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実はこれ、『たのしい童謡名曲大全集』という5枚組レコードについているブックレットで、レコードは私が子供のときに買ってもらったものだ。

私は父がこれを買ってきてくれたときのことをよく覚えている。
幼稚園の年長さんだったと思う。小学校に上がる手前だったかもしれない。

1枚目の1曲目が『ぞうさん』だった。

正直、幼稚園児の私は、
「エーッ! お父さんには悪いけど、私、こんな童謡を聞くほど小さい子じゃない!」
と思った。
思ったけれど、箱入りの立派なレコードが申し訳なくて、言えなかった。
子供ながらに、父が自分をいつまでも子供でいてほしいと思っている気がして、自分は童謡を喜ばないほど大きくなってしまったのがやるせなかった。

そんなことだから、このレコードはあんまり聴かなかった。
高そうなレコードセットなのにもったいないなぁ、という気持ちだけが残った。

妊娠していることがわかったとき、このレコードのことが真っ先に頭に浮かんだ。

今、こうやってこの歌集を使っている。

本自体は劣化しているけれど、内容は全く色褪せていない。
子供に聴かせたい童謡にはどんな曲があったかな、と思い出すにもすごく優秀なリストだ。(もくじ画像を最期に並べますので、ご参考に。)
神戸の家にはレコードプレーヤーがないので、スマホAmazon Musicで同じ曲を再生しながら歌っている。

レコードからスマホになっても、歌の良さは変わらない。


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停電と心医と憂鬱

幸い、私のうちは台風21号による被害がなかった。
逆に、夫の会社が自宅待機で家にいてくれたおかげで、家事や育児を手伝ってもらえるという恩恵を受けたくらいだ。
夫は今年二度も帰宅難民になっているので(大阪府北部地震台風20号)、会社は今回早々に自宅待機命令を出していた。さすがに学習したらしい。

台風が接近するにつれて、見知った場所の惨状がどんどんネットに上がっていた。
停電が起きて、「冷凍庫の冷凍食品が心配」「アイスクリームが溶けちゃう」なんていう呑気なつぶやきに混じって、こんな深刻な発信があった。

障がい者福祉のNPO法人「月と風と」のインスタグラムである。

 


難病ALSの利用者さんのお宅での停電。

呼吸器、たんの吸引器、エアマット…。
命をつなぐ医療機器が止まってしまう…。

幸い90分ほどで復旧したらしくてよかったけれど、長引いたらと思うとゾッとする。

そうこうしていたら、北海道で地震
停電が続いているというニュースを聞くたび、医療機器が必要な人たちは大丈夫だろうかと思う。

医療機器じゃなくても、エアコンが使えないことで熱中症になる可能性も高くなる。
岐阜の病院でエアコンが故障して、80代の入院患者4人が熱中症で亡くなるという事件があったばかりだ。
停電が長引くと、そんな危険性も出てくる。

おまけに水道が使えなかったら、高齢者は特に水分不足も心配だ。
血液の濃度が高くなって血栓ができやすくなると、脳梗塞心筋梗塞のリスクだって高まる。

いつもどおりの生活ができるよう、一刻も早くライフラインが復旧しますように。

 
岐阜の病院の話題で

 

先週日曜日、たまたま『サンデージャポン』を見ていたら、岐阜の病院のニュースをやっていた。


20日にエアコンが故障したのに、病院が適切な対応をしていたのかどうかが話題の中心だった。
それについて、ひな壇の西川史子がしたコメントは、「家族にも問題がある」というようなものだった。
一週間も異変に気が付かないで放っていた家族に問題があると。

んんんん????

みちょぱとか藤田ニコルとかの女の子が言うならだけど、この発言が一応医師免許がある人によるものだからショックだった。

確かに、高齢の親をほったらかしにし、ろくに見舞いに来ない子供もいるだろう。
けれど、子供が遠く離れていたり、身寄りがなかったり、老々介護だったり、見舞いに来る家族がいない患者だっている。
患者に携わっている医師ならばこそ、家族の数だけ事情があることはわかっているはずだ。
彼女には、親を見捨てる子供しか記憶に残っていないのか、そもそも患者の家族の事情に寄り添う心を持ち合わせていないのか。

もし、私の母が同様の目にあっても、彼女からは同じように言われるんだろうな…。
「1か月に一度しか見舞いに来ない娘に問題がある」
そう思うと悲しくなってしまった。

正直、母が入院している病院も、安心できる病院ではない。
けれど、転院時にそこ以外に選択肢がなかった。

そんなどこか不安のある病院だったとしても、
「ちゃんと対応してます」
と看護師とかに言われてしまえば、それ以上、突っ込んでどうこうできるものでもない。
患者は、病院や医師を信頼するしかないのだ。

想像だけれど、もしお見舞いに行って病室が暑いことに気がついたとしよう。
「冷房故障してるんですか? 大丈夫ですか?」
と病院側に尋ねたとして、
「今、対応中です」
と言われたら、信じて引き下がらざるをえないのが現実じゃないだろうか。

「これ大丈夫なんですか?」「今やりますから大丈夫ですよ」「そうですか」…。
そんなやり取りを、私はこれまで何度も交わしてきた気がする。

だから、見舞いに行かない家族や、行ったとしても異変に気が付かなかった家族に問題がある、という西川史子のコメントはどうかしているにもほどがある。

信頼に応えられなかった病院に責任があるのが当然だからだ。
西川史子がどんな医者なのか知らないけれど、この人には絶対に診療してほしくない。


理想の医者像

今、『ホジュン~伝説の心医~』という韓国ドラマを毎日見ている。
朝鮮王朝時代に実在した伝説の医者の話だ。
ホジュンの師匠がこんな言葉を言い、ホジュンはずっと心に止めていた。

「医者は人から尊敬されていようがいまいが、命を扱っているという点でどんな職業よりも崇高である。だが、医者にとって大事な一点が欠けていたら真の医者とは言えん。それは“愛”だ。病に苦しむ人々とその痛みを分かち合い、心から患者を慈しむ気持ちがあってこそ心医となれるのだ。この世が待ち望む医者とはまさしく心医のみである」

患者の身分や貴賤にかかわらず、患者のために全力を尽くす主人公ホ・ジュンに対して、ライバルであるユ・ドジは出世欲が強く、王様の主治医である御医になるために必死な人だ。
この二人の対比が、現代にも通じる、医者という職業をうまく表しているなぁと思う。
今も昔も、患者のために医療を志す医者がいる一方で、ステイタスや肩書きや金儲けのために医者をやっている人がいる。

心医は一握り。
ツチノコみたいに幻の存在。
だからドラマになる。


人の数だけ憂鬱の形はある

先日行ったサトイモの4か月健診の問診票に、「産後、憂鬱になったことはありますか」というおなじみの質問があった。
私はそういうところで嘘を書けないので、面倒くさいのはわかっていたけど、「ある」に丸をしてしまった。

結果、ヒアリングでやはり、
「憂鬱になるのはどういうときですか? どんなことが不安ですか?」
と尋ねられる。

適当にごまかすことができずに、赤ん坊ができたために親の介護ができなくなったことを話した。
「介護サービスをうまく利用してはどうですか。入院中なら病院でちゃんとしてくれるでしょう。ご両親のことはプロにまかせて、あまり心配せずに、今は赤ちゃんの世話に集中してもいいんじゃないでしょうか」
と区役所の人は言う。

そんなことはわかってるんだよ。
とっくにやってる。

でも、ときどき憂鬱になる。

憂鬱ってものは、そういうものでしょう?

夜中に授乳をするのに起きると、そのあと目が冴えて眠れなくなることがときどきある。

身体が動かない母が、テレビもない病室でじっと退屈に耐えているのを想像する。
私が母だったら、と思うと、とたんに身体のどこかがかゆくなる。
かゆくなっても、母だったら身体を掻けないので、私もじっと我慢してみる。
つらくて、悲しくて、息苦しくなってくる。
呼吸がうまくいかない気がして、窒息死のことを考える。
窒息は苦しい。
死ぬのは怖い。

心が弱いと、そんな考えにおぼれてしまいそうになる。

いかんいかん。

そんなときは、いっそのこと起きて、何かを食べるようにしている。
お腹が減っているから、心のエネルギーが減るのだ。
お腹がいっぱいになると、眠くなれる。

食べてもダメなら、YouTube桂米朝の落語を聞く。
同じ部屋で寝ているサトイモには悪いけれど、幸い、一度寝てしまったら小さな音じゃ起きない良い子だ。
名人の落語に集中すると、いつのまにか眠っている。
さすが人間国宝。やっぱり米朝師匠の落語が天下一品やなぁ。

そうして朝が来てお日様が出てくると、夜の闇と一緒に憂鬱はどこかへ出かけていく。
憂鬱は心に住む犬のようなものだから、飼い慣らすしかない。

4カ月健診に行ってきた。

神戸市では、区役所で乳児の4カ月健診とBCG接種を同時に行う。
金曜日、うちの息子サトイモも受けてきたばかりだ。

もう満5カ月になっているのに4カ月健診だなんておかしいけど、もともと2週間前に受ける予定だったのを、予防接種の関係で変更してもらった。

予防接種は満2カ月から受けられる。
最初スケジュール表をもらったとき、あまりの数にクラクラした。
Hiv、小児用肺炎球菌、B型肝炎、ロタ、四種混合、ポリオ、BCG、日本脳炎…、まだまだある。
案内冊子とカレンダーを突き合わせながら、漏れや間違いがないようにスケジュールを組んだ。

ほとんどの予防接種は自分で病院に予約を入れて受けにいく。もう前半の山場は超えた。
けれどBCGだけは例外で、神戸市から指定された日に区役所で一斉に受けることになっている。
当日の説明によると、神戸市は結核患者の多さにおいてワースト5に入る状況らしく、そのために4カ月健診と同時に一斉に受けることになっているのだとか。

私は自分で列に並んでツベルクリンとBCGを受けたのを覚えている。だから、幼稚園か小学校低学年だったはずだ。
子供だからなんの注射だか全くわからず、ただ嫌だった記憶しかない。
今回、接種にあたって説明を読んで初めて、それが結核予防なのだと知った。
だったら、結核予防接種って言ったらいいのに、なんでBCGなんだろう。


そんなに大きくなかった

 

4カ月健診では、まずBCGや離乳食に関する説明をみんなで聞いて、そのあと順番に身体測定、診察を受け、BCG接種を受ける、という流れだった。

身体測定は身長、体重、頭囲、胸囲を計測する。
オムツ一丁の赤ちゃんたちが、母親に抱かれて列をなす。
ついつい、ほかの子がどんな様子か、気になってしまう。
ここでも、うちのサトイモは一番髪の毛が薄かった。

計測している最中、サトイモは頭囲・胸囲を測るメジャーの端っこをつかんで離さない。
「あらあら、つかむのが上手ねぇ」
保健師さんが優しく言ってくれたのをいいことに、サトイモはそれを口に入れようとする。
この日だけでも何十人の赤ちゃんを計測しているメジャーだ。そんなのナメナメしたら、また口にカビが生えちゃう!

計測値は母子手帳の4カ月健診の欄と乳児身体発育曲線の欄に記録してくれた。
発育曲線のグラフを見ると、生まれたときは標準を示す色付きのエリアから外れていたのが、今は追いついて、中に入ってきている。


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健診後の栄養相談コーナーで、
「できれば粉ミルクを減らして母乳メインにしていきたいんですが」
と相談すると、
「発育曲線グラフの色のついたところは、100人赤ちゃんがいたらどのあたりか、という目安です。真ん中が平均です。今は色のついたところに入っていているものの、まだ下のほうですよね。これまでは欄外だったので学年の一番前だったのが、前から三番目くらいになってきたくらいです。これまで頑張ってぐーっと追いついてきたのに、今ミルクをやめてしまったら、このまま下のラインで推移することになるかもしれません。平均を超すまでは混合をお勧めします。」
と言われてしまった。

色がついた帯部分については特に説明がないので、入っていたら大丈夫なんだと思っていた。
鵞口瘡を診てもらったとき、小児科の先生に「大きい」って言ってもらったので勘違いしてしまった。
当分、ミルク混合はやめられそうもない。

がっかり。

そのうえ、ミルクの回数についても相談すると、
「間隔が5~6時間も空くのは空きすぎです。水分不足が心配です。うんちが毎日出ないのもそのせいかもしれません。欲しがらなくても4時間くらいのペースであげてください。」
と言われた。
サトイモはよく寝る子で、長時間眠ってくれる。
こっちは楽ができるけれども、それでいいのか心配だった。
やっぱり起こしてでも授乳したほうがよかったのか…。
3カ月のときに病院で相談したときは、
「何時間に1回と決めなくてかまいません。この子のペースに合わせてあげてください。寝てくれたら、お母さんは『ラッキー!』と思って休んでいいんですよ」
と先生が言ったのに。
相談する人によってまちまちなのは困るけれど、それだけ子育てに正解はないってことなのかな。
ただ、「水分不足」という指摘が気になるから、あまり時間が空かないよう気を付けよう。


新たな四文字熟語に遭遇!

 

身体測定のあとは診察を受けた。
聴診器で胸の音を聞いて、診察台ではガラガラを見せて目で追うか、振り向くか、とか、うつ伏せにして首を上げるか、などの検査をした。
先生はたくさんの赤ちゃんを次々を診察しなければならないから、テキパキ、パパパっと処理していく。

突然オムツを外すやいなや、人差し指でサトイモの睾丸を触り始めた。

な、何!?

グリグリ、グリグリ、グリグリグリ…。

何度も触る。

私が戸惑っていると、
「う~ん、ちょっと水が溜まってますね」
と先生が言った。

「何か悪いんですかっ!?」
「ちょっと水が溜まってるだけです」
「それって何なんですかっ!?」
「いえ、多かったら針で抜くこともありますけど、ちょっとだけですからね~」

こちらは意味がわからないので非常に不安になっているのに、先生は何も説明をしてくれない。
悪い病気なのか、原因は何なのか、それが悪化するとどうなるのか…。

カルテには「陰嚢水腫」と書かれる。

だから一体何なのよ~!?

鵞口瘡もそうだったけど、漢字の病名って怖い。
うちの母親が「パーキンソン病関連病」と言われたとき両親ともにあまり深刻にならなかったのも、病名が「パー」から始まる響きだったからだ。
あれが漢字の羅列だったらもっと怖がっていたじゃないかと思う。

結局、陰嚢水腫については、
「次に予防接種に行くときにでも、主治医に経過を診てもらってください」
と言われただけだった。
「陰嚢水腫」だなんて数が多い四文字の漢字を書かれ、なんの説明もなく「経過観察」と言われても…。

家に帰ってからネットで調べたら、乳児にはままあることで、かつ、自然に治癒することが多いみたいだ。確かに大した問題ではないようだった。
まったく、ネットがなかったら子育てやってられんぞ。
インターネットがある時代、万歳。


多国籍な健診

 

区役所の健診会場には同じ月齢の、いろんな赤ちゃんがやってくる。
親もさまざま。

さすが神戸だなと思ったのは、外国人の赤ちゃんが複数いたことだ。
私と同じ回には、インド系のママ、ヒジャブをつけたイスラム系のママ、アフリカ系黒人のママ、金髪碧眼の白人のママがいた。
アジア人は見た目にはわからないのではっきりわからないけれど、中華系の人もいた。韓国人もいたかもしれない。

その中で、私が気になったのは白人のママだった。

私はその白人のママを知っていた。
出産で入院していたとき、向かいの病室だったフランス人のカトリーヌさんだった。(仮名。)

カトリーヌさんには赤ちゃんのほかに二人息子がいて、病室によく出入りしていた。
上の息子さんは小学校低学年くらい、下の息子さんは3、4歳くらい。
兄はいつも病院の廊下を走り回っていて、一人で運動会をやっていた。
挙句の果てに転んで口を切って、院内の小児科の先生に診てもらうというハプニングがあった。
兄に負けず弟もウロウロする子で、一度間違って私の病室に入ってきたことがあった。
そのときはお父さん(やはりフランス人)がすぐに連れ戻してくれた。

この日、カトリーヌさんは下の息子と赤ちゃんの3人だった。
ほかの外国人はみんな夫も同伴で来ていて、夫婦で健診に臨んでいた。
言葉や文化の壁を二人で乗り切ろうとしていたのだろう。

一方、カトリーヌさんは一人で赤ちゃんと幼児の二人を面倒みなくてはならない。
日本人でも大変だろうに、カトリーヌさんは日本語ができないからなおさらだろう。
そんなママの傍らで、息子は会場内を自由奔放にかけ回っていた。
ほかにも上の子供を連れてきたママはたくさんいたけれど、カトリーヌさんの息子ほどやんちゃをしている子はいなかった。

カトリーヌさんはあまり笑顔のでない人だった。
常に息子を注意しながら、不機嫌で、ひどくイライラしているように見えた。

身体測定だとか診察だとかの待合で一緒になるたび、私は話しかけようかどうしようか迷った。
「私、あなたを知っています。同じ病院で、向かいの病室だったんですよ。」

彼女は日本語ができないのは知っていたから(病院で看護師が話していた)、話しかけるとしたら英語だけれど、その勇気が出なかった。
向こうもフランス人だから英語で話しかけられたってうれしくないかもしれない。
突然下手な英語で話しかけられたって迷惑だろうか…。

躊躇するうち、BCGのコーナーでカトリーヌさんはスタッフの人たちと何やらやり取りをしていた。
言葉がうまく通じてないらしく、しばらくしたら「Interpreter」の腕章をつけた通訳スタッフがやってきた。
「英語、中文」と書かれていたから、彼女はどうやら中国人で、英語も日本語も話せる人のようだった。
カトリーヌさんはその通訳スタッフともやり取りをしていたけれど、しばらくしたら会場からいなくなってしまった。
BCGを受けずに帰ってしまったみたいだった。

英語が下手だとか、そんなことを気にせず話しかければよかったな、と後悔した。
初めての子供である私と違って、カトリーヌさんは3人目の子供だから、それほど心配することはないかもしれない。
それに、話しかけたところでなんの役にも立たない。
けれど、もし自分が逆の立場だったら、あいさつをする人がいるだけで孤立感が少し和らぐだろう。

なんとなく、カトリーヌさんのことが気にかかってしょうがなかった。

この先、もしカトリーヌさんに出会うことがあったら、勇気を出して話しかけてみよう。
フランス語は無理だから、もうちょっと英語の勉強をしなくちゃ。

孤立しがちな日本の子育てを思うと、なんかせつない。

鵞口瘡とオムツサイズ

ゲップをしていても、サトイモはよくミルクを吐く。
飲んだ直後ならミルクそのまんまを、時間が経ってからならヨーグルトの乳清みたいなものを出す。
乳清みたいなものだとミルクかすが口の周りにつく。
放っておくと出来物ができるので、友達がくれたベビーワセリンをしょっちゅう塗っている。
汚れがつくのを防止できるし、肌トラブルを起こしても早く治るので重宝している。

お盆過ぎのある日、サトイモの唇についたミルクかすをぬぐっても取れないことに気が付いた。

何これ?
ミルクかす、じゃ、ない!?

例によってグーグル先生を頼り、「赤ちゃん 唇に白い」と検索してみると、なんとそれはカビだというじゃないか!!!

カ、カビっ!?!?!?!?

それは鵞口瘡(がこうそう)という病名らしい。
漢字が怖いよもお!!

哺乳瓶やおもちゃなど、赤ちゃんが口に入れるものからカンジダ菌に感染すると起きるという。

最近はものをつかむのが上手になって、気が付いたら何でも口に入れようとしている。
ちょっと前までは手でつかんだだけで、
「上手につかめたね!」
とほめていたのがバカみたいだ。

こちらがそのスピードについていけてないから、目を離すとこれまで手がとどかなかったものを口に入れていて、慌てることもしばしば。
抱っこしていたら私の服をなめていたこともあった。
自分の服、バスタオル、枕、ハンカチ、おもちゃ…。
手でつかめるものなら何でも口に入れる。

それより、最も頻度が高いのはサトイモ自身の手だ。
四六時中、どちらかの手が口の中に入っている。
それなのに、手を洗うのはせいぜいお風呂の中くらい。
バイキンが口に入らないわけがない。

考えたら私自身も油断していた。

生後まもなくの頃、私の手はガサガサだった。
頻繁な石鹸での手洗い、アルコール除菌ジェル、哺乳瓶を洗ったときのミルトンの消毒液…。
あんなひどい手荒れは人生で初めてで、手をなでたらサンドペーパーかと思うほどの荒れようだった。

それが今すっかり治ったということは、それだけ手洗いの回数が減ったということ。(哺乳回数が減ったのもあるけど。)
手をきれいに洗わずにサトイモの手を握ったこともあるかもしれない。
…反省。


念のための病院受診

 

鵞口瘡は自然治癒することもあるらしいけれど、やっぱり気になるので病院を受診することにした。

何かあればすぐに病院に行けるのはいい。

思えば、母の介護をしていたときは、しょっちゅう介護施設やケアマネさんから病院で受診するように言われていた。
皮膚に湿疹が出た、表皮剥離した、歯茎が腫れた、足がむくんだ、、床ずれが悪化した、血圧が200を超えた…etc。
そのたびに、会社を休む算段をして日程を調整しなければならないのがウンザリだった。
最終的には、
「土曜日に連れて行きますから、それまで様子をみてやってください」
と言うのが常套句で、介護スタッフさんからは、
「なるべく早いほうが…」
と渋い返事をされていた。

今は育休中なので、そういう悩みから解放されているのが本当にありがたい。
気になることがあれば、いつだってすぐに病院に連れていける。

小児科の先生に診てもらうと、上下の唇の裏以外に両方の頬っぺたの裏にもカビがはえていた。
ひええ、カビだらけ!

「お薬を塗ればすぐ治りますからね。ただし、治ったからといってやめるとすぐ再発する可能性があるので、1週間はお薬を続けてくださいね」
と朗らかに言う先生に、
「この子、ずっと手をしゃぶってるんですけど、それが原因でしょうか…」
と尋ねると、
「菌自体はどこにでもある菌で、口の中のバランスが崩れると誰だって感染してしまうものです。気にしないでください」
と言われた。

これまでも、目ヤニが出たとき、くしゃみや咳が出るが多いときなど、いろんなことを小児科で尋ねたけれど、ほとんど、
「気にしないで大丈夫ですよ、赤ちゃんはそんなものです」
という回答しかもらったことがない。
きっと何百何千という母親たちが同じ心配をし、同じ質問を繰り返してきたのだろう。

薬は塗り薬で、1日5回、1週間分だった。
「綿棒で塗ってもいいですが、ガーゼを指に巻いて塗るほうが、口の中の感覚がわかっていいと思います」
と先生は言った。

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薬局で薬を出してもらうとき、薬剤師さんが、
「塗り方について説明は聞かれましたか?」
と聞いてきたので、
「ガーゼを指に巻いて塗るように言われたんですけど、家に使い捨てのガーゼがないんです。ここに置いてますか?」
と尋ねると、
ガーゼじゃなくても、ラップでいいんですよ~
と年配の女性の薬剤師さんは優しく笑った。

なるほど、ガーゼよりラップを使うほうがよっぽど清潔だわ。
いろんな人に話をきいてみるもんだ。

その日から、指にラップを巻いて、サトイモの口の中に軟膏を塗った。
まだ2回しか塗ってないのに、病院に行った日の翌朝にはすっかり白いものは消えていた。

薬の威力、すげえ。


いつのまにか追いついた!

 

病院の診察室で、鵞口瘡の診察より印象深かったのは最初のやり取りであった。

先生はカルテを見ながら、
「えーっと、今4カ月…」と言ったあと、サトイモを一瞥して、「…にしては大きいねぇ! 身長もあるし」
と言った。

え?そうですか?
やっぱり、大きいですか??

そばにいた看護師さんは産後の入院中にお世話になった人で、
「あれ? サトイモくんって生まれたときすごくちっちゃかった、あのサトイモくんですよね?!?!」
とびっくりしていた。
そうなんです、あんなにちっちゃかった、あのサトイモです。

「首ももうすわっているし、順調にすくすく育ってますね」
と言われると、ちょっとうれしかった。

そうなのだ。

3カ月以降、サトイモは急成長をとげていた。
現在6.5キロ。

どんどん大きくなる。

最初あんなに余裕があったベビーベッドやベビーバスもだんだん狭くなり、おむつ交換台からは足がはみ出てしまう。
ブカブカだった服も今やピチピチ。
そして何より実感するのは、オムツのサイズだ。

 

夫婦の会話

 

長い間お世話になった新生児サイズからようやくSサイズに変えたのは先月のことだった。
けれど、先週くらいからおしっこが足回りから漏れたり、ウンチが背中から漏れることが増えた。

オムツはたいてい夫にホームセンターで箱で買ってきてもらう。
「これがなくなったら、次はMサイズにしてほしいんだけど」
と言うと、
「こないだSにしたばっかりやのに?!」
と不審がられた。

パンパースのサイズ表を見ると、Sサイズは4~8キロの「ねがえり」期、Mサイズは6~11キロの「おすわり」期となっている。
「まだこいつ、おすわりできへんやん」
「でも、6キロは超えてるし」
「Sサイズは8キロまでいけるんやで」
「それはそうなんやけど…」

夫がSを推すのは、Mサイズになるとパックに入っている枚数が少なくなる、つまり単価が上がるからで、
「おい、サトイモ、うちはビンボなんやからちょっとは遠慮してくれよ」
と無理なことを言う。

おしっこやウンチが漏れることを話すと、
「逆に、こいつの足が細くて漏れてるってことはない?」
と訊いてくる。
だったら、ウンチの背中漏れのほうが説明がつかない。
私は、オムツ替えをしない人が意見しないでよ、と内心思ってしまう。

「どっちにしたって、いずれMサイズを使わないといけなくなるんだから」
と私が押し切って、Mサイズを買ってきてもらった。

するとやはり、
ジャストミーート、じゃなかった、ジャストフィッート!

パンパースのサイズ表とは異なるけど、ああいうのは目安でしかなく、母親の直感のほうが正しいってことだな。

それ以降、おしっこやウンチが漏れることがなく、快適に過ごせている。
オムツひとつとっても、試行錯誤の毎日だ。

一昨日から寝返りができるようになった。
サトイモの中では寝返りブームが起きていて、仰向けにしてもすぐにひっくり返ろうとする。
頭をぶつけたり、窒息の危険性もあるので目が離せない。

そして今日から、サトイモは満5カ月。

お盆の庭

月に一回の帰省が定着しつつある。
8月はちょうどお盆に重なった。
本来お盆の帰省となれば、お墓参りをしたり仏壇にお供え物をしたりするところだけれど、母の病院に寄っているとお墓参りに行く時間はないし、仏壇に花や食べ物をお供えしても、次の帰省までほったらかしになるのでやめにした。
結局、お盆らしいことは何もしない、普通の帰省になった。

最近どう?と尋ねるまでもなく、父は開口一番、
「ここんとこ、さっぱりアカンのや」
と言った。
「ここんとこ、足の動きが悪いんや」

歩き方を見ていると、先月、先々月と変わりない。

「リハビリはちゃんと行ってるの?」
「行っとうで。でも、ここんとこ、朝起きるのが遅うてなぁ」

朝起きられないのも、いつもどおり。

「ここんとこ、夜遅うまでテレビ見とって、寝るのが夜中なんや」

それも、今に始まったことじゃない。

「“ここんとこ”じゃないでしょ!」
「“このところ”?」
「言葉の問題じゃなくて!」

父は、10年前でも「こないだ」と言う。
そりゃあ、数カ月間の出来事は全部「ここんとこ」かもしれない。
でも、毎月毎月同じことを聞かされると、どうしてもツッコミたくなる。


実家の庭問題

 

今回の帰省ではひとつ目的があった。
乳腺炎には薬草のユキノシタをシップするといいと教えてもらったので、ユキノシタを探したかったのだ。

そうえいば、子供の頃に祖母から、擦り傷などを作ったらユキノシタをちぎって揉んだものを貼ればいいと教わったものだ。
ユキノシタはジメジメしたところに生える。
祖母の家では庭の手水鉢の周りに生えていたし、うちの実家では裏の日当たりの悪いところに生えていた。

庭は母のテリトリーだった。
花を育てるのが好きだったし、お花を習っていたせいか、千両や万両、万年青といった伝統的な縁起物も大事にしていた。
その一方、枇杷やアボカド、キウイフルーツといったフルーツの種を取っておいて植える趣味もあった。
「タダで育って実をつけたら儲けもんやろ」
という、ドケチ精神のなせる業だった。
意外とどれも芽を出す。
キウイフルーツは今やフェンスいっぱいに蔦を這わせている。
実もなるけれど、食べて美味しいものはできたためしがない。

庭の管理については、いつも父と母のケンカの種だった。
母が手塩にかけて育てている植物を、父は勝手に荒らした。
荒らした部分に父が植えた植物はどれも植えっぱなしで、気が向いたときにしか世話や手入れをしない。
結局母が水やりをすることになる。
母が怒るのも当然だった。

大きな樹々の枝は母の手には負えなくて父に頼むのだけれど、生返事ばかりで自分の都合でしか動かない。
植木屋に頼めばいいんだろうけど、ケチな我が家はお金を出すということはしなかった。
父がようやく伐採を始めても、素人なので樹のことは何もわかっちゃいない。
すると母は、
「あの樹をあんなふうに切って! そことちゃうやろ!」
と難癖をつけるので、
「エラソーに文句言うんやったらおまえがやれ!」
と父も怒り出す。

振り返って二人のことを考えると、計画性、報連相、お互いのコミュニケーションと配慮が足りなさすぎる。
どんな庭にしたいかちゃんと話し合わないとダメだし、新しく植える前には相談しないといけないし、自分が庭をいじったらお互いに報告し合わないといけない。
担当を決めたっていい。どの樹の何はどちらの担当か、どのエリアはどちらの担当か、ちゃんと分けて分担していたら、ケンカは減ったかもしれない。

…そもそも、それを話し合う段階でケンカになったのかもしれないけど。

大人になって両親のことを客観的にみると、いつも「なんとかならなかったもんかなぁ」ともどかしくなる。
もっと頭を使って、お互い賢く付き合えば、幸せな夫婦になれただろうに。

そんなうちの庭は、母が病気になって以降、荒れ放題だった。
去年まではまだ父も手入れをしていたけれど、この春以降は全く手つかずで、植木の枝は伸び放題、葉は落ち放題、雑草も生え放題だった。
父には業者に頼むように言っても、
「お父さんがやる」
と、父はいまだに自分で手入れすると言う。

「やるやるって言って、ずっとしてないやん」
と、これまでやってないことを咎めると、
「やろうと思とんやけど、なかなかやる気が出ぇへんのや」
と中学生のような言い訳をする。

サトイモを夫に任せ、めったに行かない実家の裏口に回った。

アジサイが大きくなりすぎて、枝が通路をふさいでいた。
反対側を回ると、今度はローズマリーの枝が邪魔をする。
なんとか枝をかきわけながら、あると思っていたところを探す。
けれど、ユキノシタはどこを探しても見つからなかった。

たくさん生えていたはずのユキノシタ
湿っているところなら自生しているものだと思っていたけれど、あれは母がちゃんと管理していたんだな…。

結局、ユキノシタを得ることはできず、庭の荒み方を再確認しただけになった。

けれど、転んでもタダでは起きたくない私。
庭木には月桂樹があって、せっかくなので月桂樹の枝を何本か切って持って帰ることにした。
月桂樹の葉は乾燥させて、ローリエとして料理に使う。


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枝は、父にガイドしてもらいながら、夫が切ってくれた。

ちょっと庭に出ただけなのに、半ズボンをはいていた夫は5か所も蚊に刺されてしまった。
蚊にしてみたら、めったにないごちそうがなってきて大喜びだっただろう。
不思議と、一緒にいたはずの父は蚊に刺されなかった。
タバコ臭いと蚊も寄ってこないのだろうか。

「今度、ほかの庭木も切ってもらえない?」
と夫に頼むと、
「剪定はようせんけど、切るくらいやったらやるで」
と言ってくれた。
夫は都会っ子で、これまでマンションにしか住んだことがない。
所ジョージの世田谷ベースに触発されて、庭や畑に興味が出てきたらしい。

今度来るときは、虫よけスプレーをちゃんと持参しよう。
秋に葉が落ちるまでに間に合うかな。

ダイエットと乳腺炎

ゴールデンウイークのこと。
お出かけをするのに、ノースリーブのワンピースを着た私を見た夫が言った。

「ビックリした! どこの小太りのおばちゃんがおるんかと思った!

ひどい!ひどすぎるっ!!

けれど、鏡に映った私は小太りのおばちゃんそのものだった。
妊娠前と比べると、体重は7キロも増えていた。

出産後、出したら凹むものだと思っていたお腹は半分くらいしか凹まず、妊娠のせいにしていた身体のラインは崩れっぱなしだった。

産後1か月目は、いわゆる「産後の肥立ち」というやつだ。
赤ちゃんの世話以外はできるだけ何もせず過ごすように言われているので、ほとんど外出もせず、家の中でもできる限り横になって過ごした。

そのうえ、
「母乳を出すためにしっかり食べること」
と周囲から言われるのをいいことに、食事もおやつも倍食べた。

母乳の出が良くないので、
「母乳を出すためにはもっと食べなきゃ!」
とばかりに、さらに食べる量を増やした。
母乳がザクザク出るようになれば、粉ミルク混合から完全母乳に移行できる。
目指せ、脱・粉ミルク!

先輩ママである友達は、
「授乳期って、食べても食べても太らへん魔法の期間やったわ。人生の中であんな奇跡はもうないな」
と言う。
ふふふ、「魔法の期間」かぁ。
その言葉に安心して食べ続けた。

たくさん食べて胃が大きくなっているので、量もたくさん入るようになった。
授乳のために夜中も起きているので、時間関係なく四六時中、お腹が空いたら食べる。
お腹が空かなくても、口寂しいだけでも食べる。

そりゃ太るよ!!!
太らないわけがない!!!
「魔法の期間」に騙された!!!

でも、冷静に考えれば、彼女が授乳していたのは20代。
しかも、母乳パッドがなければアウターまでびしょびしょになるくらい、母乳があふれ出ていたらしい。
あんまりザクザク出るので、お子さんの飲みが悪いときには乳腺炎になったと言う。

40代で母乳の出が悪い私とは全く前提が違うのだった。

母乳のためにと思って食べていたカロリーは、ほとんど私の脂肪になっていた。


そしてダイエット

 

夫に「小太り」と言われてから、ダイエットを始めた。

授乳中にダイエットなんてとんでもない、と言われそうだけれど、たいして出もしない母乳のために「小太りのおばちゃん」と言われたくない。
母乳の量を増やすのはもうあきらめた。

1か月健診のときに母乳の量が増えないことを病院の先生に相談したら、
「母乳を飲ませること自体に意味がありますから、量は気にしなくてもいいですよ」
と言ってくれていた。
少しずつでも毎回飲ませることで、粉ミルクには入っていない母乳による免疫力はつくはずだ。

とはいっても、全く出なくなったら困るので、あまり極端な食事制限はできない。
食事は無理せず摂ることにしたうえで、炭水化物の量はできるだけ減らした。
偶然これまでのお茶碗が割れたので、一回り小さなお茶碗を買った。

おやつは廃止した。
間食したくなったら、トマトや豆腐、納豆、卵を食べた。

そのほか、口にしたほうが痩せると言われているものを毎日摂るようにした。

そして運動。

赤ん坊を置いて外にでられないので、ジョギングやウォーキングはできない。
家の中でできるのは、ストレッチや筋トレである。
すぐに飽きてやめてしまったり、忘れてしまうのを防ぐために、チェックリスト機能があるアプリでメニューを管理するようにした。(ちなみにアプリはリズムケアというもので、下記画像。)


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まとまった時間が取りにくいので、隙間時間にひとつづつでもできるように、できるだけ動作は細かい単位で設定した。 

決まったメニューだけだと飽きるので、テレビでやっている運動やストレッチもよく利用した。
特に参考になったのは、Eテレの『体の硬い人のための柔軟講座』とBS-TBSの『美木良介のロングブレス講座』。
録画しておいて、時間のあるときに行った。

体重は毎日測る。
これもアプリに記録してグラフにする。
ずっと家にいるから、毎日どころか朝昼晩測る。
食べた後、排せつの後はもちろん、朝と夜で体重が変わるのがわかった。

そんなコツコツしたダイエットの結果、3カ月で体重は4.5キロ減った。

授乳中は妊娠前より2~3キロ重いくらいが望ましいらしい。
だったら、おやつは解禁してもよかろう、と8月に入ってからスイーツを食べてもよいことにした。
とたんに、これまでずっと下降していた体重のグラフが一向に減らなくなった。
スイーツの威力、恐るべし。


おっぱいが痛い!

 

7月くらいから、サトイモがミルクを途中で残す回が出るようになった。
生後3カ月くらいから「満腹感」がわかるようになり、満腹になるとミルクを残すようになるらしいのだ。

うちは母乳と粉ミルクの混合なので、まず母乳を左右順番に与えて、そのあとに粉ミルクをあげている。
粉ミルクの量は1回120~140ミリだ。
ミルクの缶に表示されている、標準的な生後3~5カ月の赤ん坊の「1回あたりの調乳量の目安」は200ミリリットルとなっている。
ということは、母乳で60~80ミリは飲めていないと標準量に達しない。

ちゃんと飲めているんだろうか…。
そもそも母乳がちゃんと出ているんだろうか…。

ベビースケールがあれば、飲む前の体重と飲んだ後の赤ん坊の体重を測って、その差で母乳量を測れるんだけれど、家には大人用の体重計しかない。
家では、大人用の体重計でサトイモを抱いて測り、あとで私の体重を引いてサトイモの体重を出している。
100グラム単位でしかわからないけれど、サトイモの体重は着々と増えている。

ということは、ミルクが足りないということはないのかな…。

母乳の量は気にしないでおこう、と思っているけれど、ダイエットをしているのがこういうところで引っかかってくる。
いっそのこと、全部ミルクにしてしまえばスッキリするのだけれど、やっぱりちょっとでも母乳で育てたいと思うジレンマ。

私の場合、母乳の出が左右で違う。
側弯症で身体が歪んでいるから、元から胸の大きさが左右で違っていた。
胸の大きさと比例するように、母乳の出も左右で差があり、最初はよく出る左のほうを多く飲ませていた。

するとどんどん左右差が広がっていった。
左右差をなくすためには、出が悪いほうを優先して長い時間吸わせるようにすればいいらしい。
それで、最近は努めて出の悪い右を優先し、左は後回しにしていた。

そんな矢先、左の乳首がひどく痛むようになった。

最初は、サトイモが強く吸いすぎたのだろうと思っていた。
生後0~1か月の頃は口が小さかったから乳首を浅くしか咥えられなくて、強く吸われるといつも痛かった。
ドラッグストアでこんなグッズを購入したくらいだ。(つけたらさらに咥えにくくなったので、ちっとも役に立たなかったけれど。)


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最近は口も大きくなって、おっぱいを飲むのも上手になったから、授乳時に痛みが出ることはなくなったのだけれど、きっと今回角度だとかタイミングが悪かったんだろう。
痛みがあるので、半日ほど左での授乳を控えることにした。

しかし、痛みはひくどころかひどくなる一方。
それに、乳房全体が重くてつっかえるような感じがしてきた。

よく見ると乳頭に白い出来物ができているじゃないか!!

もしかして、と検索すると、乳頭の白いのは「白斑」といい、母乳が詰まってできたものらしい。
これがひどくなると乳腺炎になるらしいのだ。
乳腺炎になると、高熱が出たりして大変らしい。

ヤバい!!
乳房が張って硬くなるのも、乳腺炎の兆候だ。

慌てて張りをほぐすために搾乳機で搾乳することにした。
痛みをこらえながら、硬くなっている部分をマッサージしながら搾乳した。

そういえば、産後1~2か月までは使っていた搾乳機を、最近あまり使っていなかった。
搾乳してもたいした量が取れないし、3~4時間おきに授乳しているから、搾乳する時間も取れなかった。
このままでは、「買ったわりにあまり使わなかった育児グッズ」のランキング1位になるな、と思っていたところだった。

それが、こんな時期になって役に立つなんて。
搾乳機がなかったら、張りの解消はもっと大変だっただろう。

おかげで、今もまだ白斑はあるし痛みはあるけれど、張りや硬さがなくなって改善してきている。

にしても、乳腺炎になるのは、母乳がザクザク出る人だけだと侮っていた。

いや、逆だ。

知らず知らずのうちに、自分が思っている以上に母乳が出るようになっていたのだ。
いつもそうだけれど、私は自分の身体のことを知らなさすぎる。

生後6か月になったら離乳食が始まる。
一般的にはそのタイミングで乳腺炎になる人が多いらしい。
何事もタカをくくらずに、気を付けなければ。