3歩前のことを忘れる女のサブカルと介護の記録

神戸に住むアラフォーOL、波野なみ松の、仕事と趣味と母の介護を両立させる日々の記録。

童謡と読み聞かせ

赤ん坊に対してこれまで全く関心がなかったので、ベビー用品だとか子供服だとかの用意を考えると、非常におっくうな気分になる。

けれど、子供が産まれたら楽しみにしていることもある。


それは、

  • 絵本の読み聞かせをしたい。

というのと、

  • 歌や音楽をたくさん聴かせたい。

というものだ。

 

結局、子供のためというより自分が楽しむためかもしれない。

押し付けられる子供はたまったものじゃないかもね。

 

お料理も上手じゃないし、キレイ好きじゃないので、掃除や洗濯もずさんな母親になるだろう。家庭的とは程遠いから。
私が子供に与えてあげられるとしたら、本と音楽、あとは子供向け番組くらいなもの。

来年からダブルケアになるけれど、今でも介護と子育てに接点があるのは、童謡・唱歌だ。

母のお気に入りの音楽は美空ひばりと童謡・唱歌。
今もしょっちゅう、そういう音楽をかけている。

タブレットではYouTubeで検索して、スマホではGoogle Play Musicで、テレビならBS日テレの『BS日本・こころの歌』を録画して。
便利な時代になったので、いつでもどこでも音楽を聴かせてあげられる。


母が病気になってからもまだ家でお風呂に入っていたときには、私が一緒に入って母の身体と髪を洗っていた。
湯船につかりながら、一緒に歌を歌ったものだ。

少しでも頭の体操になればという思いからだった。
ついさっきのことは忘れているのに、歌の歌詞は忘れない。
音楽の威力はスゴいのだ。

トイレに入っている時間も長いので、そのときも退屈しのぎも兼ねて、ずっと歌っていた。
今でもトイレでは歌を続けている。

けれど、一緒に歌っていたのが、だんだんキーを外すようになり、一部しか歌わないようになり、最後はうなるような声しかでなくなり、今となっては黙って聴いているだけだ。
それでも、私が歌うと母は少し笑顔になる気がする。

母がベッドでじっとしているときも、退屈してたら可愛そうだと心配になって、できるだけ音楽をかける。

もう妊娠6ヶ月になる赤ん坊についても、同じことを考えてしまう。
暗いお腹の中でじっとしていて、退屈じゃないんだろうか。

もう耳が聞こえるらしいから、せめて音楽くらい聴かせてあげたいけれど、会社勤めをしているうちは、おじさんたちの打ち合わせの声か、カタカタとキーボードを打つ音くらいしか聞かせられない。

音楽でなければ物語でもよい。

実家には、私の子供の頃の絵本がまだたくさん、本棚にそのまんま置いてあるのだ。

神戸の部屋には、アメリカのSF作家カート・ヴォネガットの『お日さま お月さま お星さま』という絵本しか置いていない。

ヴォネガットが亡くなった後に邦訳が出版された、ヴォネガット唯一の絵本だ。

生まれたばかりのキリストの話で、ちょうど今の季節にぴったり。
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久しぶりに引っ張り出してみて、声に出して読んでみた。

う〜む、赤ちゃんどころか大きな子でも理解できない内容。

けど、私が楽しければまあいいや。

そしてお母さんの夢を見ているあいだは──

二度とやぶにらみになりませんでした。

酔っ払いは嫌われる。

昨日、叔父のことをあんなふうに書いてから、いろいろ考えてみた。

すると、ふと、あの発言はこういう意味だったんじゃないか、とひらめいた。

 

「姉ちゃんに何があっても、オレはもう面倒は見られないから」

という叔父の発言は、面倒を見る対象はうちの母ではないのではないか。

 

この真意は、

「姉ちゃんが死んだら、以後、オレは義兄の面倒は見ないぞ」

ということなんじゃないか。

 

姉ちゃんというのはうちの母、義兄はもちろんうちの父である。

血を分けたうちの母がいなくなったら姻戚であるうちの父とはもう関わりたくない、というなら意味が通る。

わざわざ父の妹に言いに行ったのも、それならうなづける。

 

 

酔っ払いほど迷惑なものはない

 

一度、叔父には大変迷惑をかけたことがあった。

もう2年ほど前になるが、その頃の父のマイブームが、徒歩で近くの回転寿司に行ってお酒を飲むということだった。

 

ある日、酔った挙句に叔父の家に押しかけ、歩けなくなってしまった。

あいにく、叔母が車を使って出かけていたので、叔父には足がない。

仕方ないので、叔父は父に肩を貸しながら、歩いてうちまで送ろうとしてくれたらしい。

 

ところが、叔父もひざが悪い。

途中まで歩いたものの、二人して歩けなくなってしまって、道路で座り込んでしまった。

真昼間のことである。

 

偶然、父のケアマネさんが車で通りがかり、二人の様子をみてびっくりして、家まで送ってくれて事なきを得た。

 

そのときはケアマネさんから私に報告があったから、私もその事件を知っている。

けれど、私の知らないところで父はもっといっぱい叔父に迷惑をかけているかもしれない。

 

自分が美味しかったらそれでいい人

 

父は酔って暴れるようなタイプではないけれど、自分の限界を超えて飲む悪い癖がある。

最悪のケースは、ついつい飲んで、トイレに立とうして立ちあがれなくてひっくり返り、漏らしてしまうことだ。

加齢とともにお酒に弱くなっているにも関わらず、若いころのペースで飲んでしまう。

 

去年、やはり回転寿司の帰りに道路で転倒してひざの皿を割ってからは、外食で飲むのは控えるようになったものの、油断するとすぐに飲みたがる。

 

「だって美味しいもん!」

注意しても聞く耳を持たない。 

他人に迷惑をかけてしまうことよりも、飲みたい欲がすべてに勝ってしまう。

 

私の彼氏について、父が唯一、私に質問したのが、

「あの人は、酒は飲めるんか?」

だった。

 

「飲めるけど」

「何が飲めるん?」

「ビールが多いかな…」

と言いかけて、その魂胆が分かった私は、ピシリと制す。

「飲めたとしても、お父さんとは一緒に飲みに行かへんよ!」

「ちぇーっ!」

やはり反省がないのだ。

 

金曜日から神戸ルミナリエが始まった。

まだ父も母も元気だった頃、家族で見に行ったことがある。
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しかし、先に夕食にもつ鍋を食べたせいで、父は上機嫌で酔っぱらってしまい、ルミナリエの通りを歩いている間中ずっと、私と母が両脇から父を担いで歩いた。

そのことを話しても、

「あのときのもつ鍋は美味しかったな」

と、父は私と母に迷惑をかけたことは一切覚えていない。

酔っ払いは大嫌いだ。

親戚って虚しい。

大人になるまでは、大人が怖かった。

ところが自分が大人になってみると、「敵意を持ってませんよ」という態度でこちらが接すればさほど怖いものではないことがわかってきて、知らない人と話すことにも慣れ、人間関係のバランスのとり方もなんとなく覚えてくるようになった。

 

…と、タカをくくっていたのは、まだまだ私が世間知らずのあまちゃんだからだろう。

 

実家に帰ってきて、父とドラッグストアへの買い物に出かけた車の中で、父から嫌な話を聞いた。

 

母の弟が、父の妹夫妻にわざわざ会いに行って、

「姉ちゃんに何があっても、オレはもう面倒は見られないから」

と言ったというのだ。

ちなみに「姉ちゃん」というのはうちの母のこと。

またそれを、父の妹の旦那が父に報告してきたわけだ。

 

最初意味がさっぱりわからなくて、何度も聞き返し、情報を整理した。

父はただでさえ話が下手なので、誰が誰に誰の話をしているのか、理解できるまで時間がかかった。

今、この文章を書いていても、読んでくださる皆さんが理解できるように書けている自信もない。

 

理解しづらいのは、父の話下手だけではなく、理解しづらい行動だからだ。

だいたい、なぜ普段交流がないのに、母方の親戚が父方の親戚に会いに行ったのか。

だいたい、なぜ母の弟が、やってもいない母の面倒を見られないと言い出したのか。

 

さっぱりわからない。

 

例えば、私や父が

「うちの母に万が一のことがあったら、頼みます」

と言ったなら、その行動は理解できる。

ただ、そんなことは絶対あり得ないし!!!

 

「おじさん、またえらく変なこと言いだしたね」

「そやから、もう年賀状書かんとこと思とんや」

ということで、話題は年賀状の話になったわけだけれど、思い返すたびに癪にさわる。

 

母の弟夫妻は、うちの実家から一番近い親戚だ。

母が元気なうちは頻繁に行き来して仲良くしていたので、リタイアした夫婦同士、一緒に旅行に行ったり食事に行ったりしていた。

だから、母の病気発症後もまだ歩けて右手が使える頃は、私が帰れなくて食事の準備ができないときに、

「4人で一緒に食事に行ってもらえないでしょうか」

と私が頼んだことはあった。

 

叔父は畑仕事や庭仕事が得意な人で、父の家庭菜園や庭いじりのアドバイザー的存在だった。

父も甘えて、

「うちとこの庭木も切りに来てくれよ」

と頼んだりしていた。

実際、昔はときどきうちの庭の手入れを手伝ってくれたりしたものだ。
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母が家事をできなくなって、父が最低限のことは自分でやらないといけなくなった当初、父は家事についてわからないことがあれば母の弟の嫁(つまり叔母)を訪ねて、アドバイスをもらっていた。

ただ、私の印象では、レクチャーしてもらうと言っても、世間話の一環だったろうと思う。

食器の洗い方についてわざわざ教えてほしいと言い出した話を聞いたとき、私は恥ずかしくて卒倒しそうになったけれど。

 

思い返せば、その頃からおばさんも、

「そんなことは、なみ松ちゃんに聞いたらどうですか」

と言っていた。

ということは、いちいち頼ってくる父が面倒臭かったのかもしれない。

 

そういうのも親戚ならではの心やすさからくるコミュニケーションのうちだと思っていたけれど、向こうには迷惑がられていたんだな、と思うと、ひどく虚しくなった。

母は自分の兄弟が大好きだっただけに、裏切られた気がする。

 

私が子供の頃に知っていた大人は、学校の先生と、親戚やご近所のおじさんおばさんだけだった。

そりゃ大人嫌い、人間嫌いにもなるわな。

 

子供が産まれたらしばらく実家に戻るのもアリかと思っていたけれど、実家では誰も頼れる人がいない。

親戚はこんな調子だし、ご近所には超面倒臭い「進撃のおばはん」(拙ブログお向かいのおばさんに辟易している話。 - 3歩前のことを忘れる女のサブカルと介護の記録参照)がいる。

 

実家の周囲は味方どころか敵だらけ。

考えただけでもストレスだ。

 

友達は選べるけれど、親戚とご近所は選べない、という事実に、ああ私はやはり世間知らずだったなと思い知らされる。

出生前診断は、しない。

ベネディクト・カンバーバッチ主演のBBCドラマ『SHERLOCK4』で、シャーロックの兄マイクロフトがワトソンの赤ん坊の画像を見せられる、というシーンがあった。

そこでのマイクロフトの感想は、
「見たところ、完全に機能している。」
(※うろ覚えなので正確ではないです、ごめんなさい。)

SHERLOCKシリーズは、数あるシャーロック・ホームズものの中で最もマイクロフトを魅力的な人物に描いている気がする。
当時は、ホームズ兄弟の変人ぶりがよく表されているいいセリフだなぁ、と思って見ていたものだ。

妊娠発覚後、ときどきこのセリフを思い出す。
「完全に機能している」

素晴らしい。
それに越したことはないし、そうであってほしいと切に願う。

 

出生前診断をするのかしないのか

初めて産婦人科に行った時に、高齢出産のリスクについて尋ねると、真っ先に医者が言ったのがダウン症のリスクだった。
そして、
出生前診断を受けることもできますから、ご家族とよく相談して決めてください」
と言われた。

診断を受けてそうだとわかったらどうなるのか、とさらに訊くと、産むか産まないか選択して、産む場合は早くから準備ができます、と言う。

何か手が打てるなら別だけど、そんなんだったら悩むだけ損。

検査するのに痛かったりお金がかかったりするうえ、命の選択を迫られて、不安になったり落ち込んだりするなんて、割に合わない。

私はそう考えていた。

もともと望まない妊娠だったのを、
「こうなっちゃぁしょーがない」
と受け入れたのだ。
もう、どんなことがあったって、
「こうなっちゃぁしょーがない」
とすべてを受け入れるしかない。


楽観主義者の私と、悲観主義者の彼氏

ところが、彼氏の考えは違っていた。

私が軽く、
高齢出産だからダウン症のリスクが高いんだって。で、出生前診断をどうしますか、って訊かれたけど、そんなんわかったってどうしようもないから、しないでおこうと思うんだけど」
と言うと、
「わかっても産むの?!」
とものすごくビックリされた。

「え?!じゃ、逆に言うけど、わかったら胎児を殺すってこと?」
「殺すんじゃなくて堕ろすんだよ。まだ生まれてないんやから」
「エコー見てないから知らないかもしれないけど、もう心臓が動いてるんだよ。もう堕ろすには手遅れだよ」

「だからって、生まれてくる子供のことをちゃんと考えてる? 仕方ないからって産んで、それでほんまに子供は幸せやと思うか? なんで自分は生まれてきたんやろ、こんなことやったら生まれて来んかったらよかった、って子供が思うかもしれん。それでも産むっていうのは、親のエゴとちゃうか」

「ハンディキャップがあったって、不幸になるとは限らへんでしょ。勝手に不幸やって決めつけて、命を奪うなんて、そんなん、相模原の障がい者殺人事件の容疑者と同じやんか…」

妊婦だからか、最近ちょっとしたことですぐ涙があふれる。
しゃべりながら、こらえきれなくなって泣き出してしまった。

「泣かすつもりはなかったんやけど、ゴメンな」

私があんまり泣くので、彼氏は優しく抱きしめてくれたけど、
「でも、なみ松は『大丈夫』とか『なんとかなる』とか軽く言うけど、ほんまにちゃんと子供の幸せを考えてる? 子供を育てるっていうのは、なみ松が言うほど簡単なことじゃないよ。自分がそれでいいと思っても、子供自身がどう思うかはまた別やから」
と言った。

大丈夫、なんとかなる。

私はいつもそう言ってしまうけど、「大丈夫」で「なんとかなっている」のは私だけ。

でも、
「子供だってなんとかなる。生きていれば幸せになれるかもしれないよ」
という楽観的な私と、
「なんとかならないかもしれない。幸せになれるとは限らない」
という悲観的な彼氏。

中島らもの言葉だったと思うけど、

めったにない、何十年に1回くらいしかないかもしれないが、「生きていてよかった」と思う夜がある。
一度でもそういうことがあれば、そういう思いだけがあれば、あとはゴミくずみたいな日々であっても生きていける。

というのがあって、私はそれを信じている。
生きてさえいればどんな人にだってきっと、「生きていてよかった」という夜がやってくるはずだ。

「364日が不幸でも、1日幸せな日があれば生きてきた意味はある」
という私と、
「たとえ幸せな日があっても、不幸な日々が人生すべてを否定する」
という彼氏。

こんな哲学的な話を語り合ったことはなかったけれど、暗い子供時代を過ごしたらしい彼氏は、
「どうして自分は生まれてきたんだろう。生まれて来なきゃよかった」
と思う子供だったらしい。

だからこそ、自分の子供には、「生まれて来なきゃよかった」と思わせたくない、というのが彼氏の主張なのだった。


ダウン症の子供は多幸感を持つ

それは彼氏なりの優しさであることは間違いないんだけど、どうしても、私は納得できない。
「障がいがある」と「生まれて来なきゃよかった」は必ずしもイコールじゃないはずなのに。

そう思った私は、大学の先輩である清田さんにSNSで相談した。
清田さんは障がい者福祉のNPO法人「月と風と」の代表で、障がいがあってもなくても面白楽しく暮らせる地域づくりを目指している人だ。

状況を説明して、
ダウン症でも幸せに暮らせるという実例を知りたい!」
とリクエストすると、こんな動画を紹介してくれた。

 

90%以上のダウン症の人が、毎日幸せだと感じているなんて!!

きっと、悲観主義者の彼氏よりもダウン症の子供のほうがよっぽど幸せを感じながら生きてるかもしれないな。

そりゃあ、完全に機能している赤ん坊が生まれるに越したことはない。
染色体異常だって、ないに越したことはない。

でも、どんな子供にだって、生きてきて幸せを感じる権利はあるはずなんだ。
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正直にいうと、お腹が大きくなるにつれ、不安になってくる。

もしそうだったらどうしよう、どうしよう、と黒い靄がかかる。

 

でも、きっとなんとかなる。

道端に生えた四つ葉のクローバーだって奇形じゃないか。

いろいろな反応と介護ベッド

今朝、朝刊を取ってきたら一面の見出しが、「改元19年5月1日」というのでビックリした。

というのも、私の出産予定日が5月1日だからである。

改元で満1歳。

予定日だから前後するんだろうけど、こうなったら予定通り5月1日のほうが面白い。

面白い面白くないとかで産むもんじゃないんだろうけど。

www.huffingtonpost.jp

 

そういえば、私が妊娠したことを告げた人の中で、最も喜んだ人は整体の先生だった。

「今日は最高に幸せな気分や! あんまりうれしいから、今すぐ嫁さんにLINEで教えたい!」

え~ッ、そんなに!?

 

ずっと通っている整体院で長い付き合いではあるけれど、なんでそんなに喜ぶのか訳が分からない。

奥さんにしたって、そんなメッセージ送られても面倒くさいだけだろう。

 

「予定日はいつ?」

というので、5月1日だというと、

「ヤッターーっ!!」

とさらに喜ぶので意味不明。

理由を尋ねると、

「俺の誕生日と一緒やから!!」

と言われて納得したし、ちょっと安心した。

誕生日占いを信じるわけじゃないけど、同じ誕生日の人が悪い人生じゃないなら、子供にとっても良い誕生日な気がする。

 

私がそうやって少しずつ情報を解禁しているのに対して、彼氏は家族以外は誰一人として私の妊娠のことをしゃべっていなかった。

今後もギリギリまでしゃべらないらしい。

そんなだから、

「なみ松はなんでそんなにペラペラ、みんなにしゃべるん」

と呆れて言うけれど、そもそも男女で身体の負担が違うのだからしょうがない。

 

男性は何も変化がないからいいけれど、こっちは黙っていたっていずれバレるんだもの。

というか、もうずいぶんお腹が出ているのだから、敏感な人はもう気づいているだろう。

毎日毎日、ワンピースばかり着て出勤しているのだって、これまでの私のファッションからして何か変だと思われているかもしれない。

通勤時には外しているけれど、バッグにつけているマタニティマークに、会うやいなや気が付いた友達もいた。

 

産休を取らせてもらう段取りもあるので、部長と課長にも、

「お話があるんですけど」

とそれぞれ呼び出して打ち明けた。

 

意外だったのが部長の反応で、

「ものすごくビックリされるかと思いますが」

と前置きをして、

「実は、現在妊娠しています。」

と告げたのだが、

「ああそう。おめでとうございます」

と至って普通だった。

 

「驚かないんですか?」

「それくらいで驚かへんよ。まあそういうこともあるかな、と。」

そういわれて、こっちが驚いた。

自分で言うのもなんだけど、未婚だぞ!42だぞ!

…人生経験の差かねぇ。

長い会社人生の中で同様の事例をそこそこ経験してきたのか、それとも、大好きな夜の街の中でお姉さんたちが同様の事例でお店をやめていく様子を見てきたのか。

あと、産休・育休を取るにあたって、私は戦力外だからたいして問題じゃないと思われたのか。

 

ドッキリカメラやモニタリングのようなテレビ番組じゃないけれど、「実は妊娠しました」と告げて、その人がどんなコメントをしてくれるかで人間性や人生が表れて面白い。

 

ごく一般的な「おめでとう」とか「よかったね」ではないコメントもありがたい。

ずっとシングル同盟として遊んできた友達は、

「マラソン大会一緒に走ろうね、って言ってたのに、置いていかれた気分でちょっと寂しい」

と正直に言ってくれて、実際私も生涯シングルで生きていこうと思っていただけに、その生活を逸脱する寂しさに気づかされた。

 

同様に、既婚者だけど子供は欲しくない、子育てする自信がない、と言っていた友達は、

「私だったらもっと動揺してしまうと思う。冷静に受け入れてて立派だと思う」

と同情してくれた。

私だって子供なんて望んでなかったわけで、動揺していないわけじゃない。

でも、「いらない」というのはあまりに子供が不憫すぎるので言えないだけだ。

彼女がネガティブな気持ちを代弁してくれたおかげで、少し救われた気がした。

 

彼女のように子供は欲しくないという人はまれで、多くの人(特に女性)は赤ちゃんができるという事象にロマンを抱いているようで、母のケアマネさんなどは、すでに成人している娘さんがいるにもかかわらず、第一声が、

「わあ!いいなあ、私もほしい~!」

だった。

 

私が母の介護と子供の世話を両立させるには、ケアマネさんの手助けが最も重要だ。

ケアマネさんは介護の専門家だから介護に詳しいのは当然として、子育ての経験者であるのはとても心強い。

 

一番考えないといけない難問は、出産のために私が入院している間に母をどうするか、その後の1カ月~3カ月くらいまでをどうするか、ということなのだが、私の次の住まいも決まってない状態では何も決められない。

それで差し当たって提案されたのが、まずは自宅の母のベッドを電動の介護ベッドにしませんか、ということだった。

 

それは以前から療法士さんからも言われていたことで、ベッドの上下の高さを変えられることで車イスとの移乗がラクになりますよ、とずっと提案されていたのだ。

ただ、今のニトリで買った2万円の簡易ベッドでも私としては不都合を感じていないし、

「私、ジムで鍛えてるから大丈夫ですよ。腹筋を使って重いものを持つトレーニングをしてるんで」

と断り続けていたのだった。

 

けれど、身重になった今、腹筋を使って重いものを無理して上げると何かと危険である。

まだ今のところは大丈夫だけれど、出産が近づいてくると早産の危険性が高まり、腹筋に力を入れた瞬間破水するということにもなりかねない。

 

「じゃあ、介護ベッドにします」

と返事をするやいなや、ケアマネさんがすぐに手配をしてくれて、木曜日にはもうベッドが運ばれていた。
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昨日の金曜日の夜から電動介護ベッドを使っている。

車イスからベッドに移すときにはベッドを低く、ベッドから車イスに移すときにはベッドを高く。

重力に逆らうことがないというだけで、どんなにラクなことか。

これなら、お腹がもっと大きくなっても大丈夫。 

 

2017年の流行語には「ワンオペ育児」がノミネートされていたが、来年以降の私はワンオペ育児に加えてダブルケアだ。

ものすごく大変なはずなんだけど、それほど不安ではない。

なんとかなる、と思うのは甘いだろうか。

『スマートモテリーマン講座』でモテを考察する。

モテとは何か?

女性向けファッション雑誌の表紙などで、
「冬のゆるふわモテ髪コレクション」
とか、
「この冬はマニッシュだけどモテコーデで決める!」
とか、何を言ってるんだかよくわからない表現を見かけるけれど、頻繁に見かけるからには「モテ」は重要らしい。

モテ。

…よくわからない。
意中の特定の男性(私の場合オーケンとか)に好かれたい、良く思われたい、振り向いてほしい、というのはわかる。
好きな人から好かれたい。
でも、好きでもない男性なら、人として良好な人間関係が築けたらいいな、と思う程度だ。
好きじゃない人からはどうでもいい。

モテというのは不特定多数から異性として好かれることみたいなので、どうも「モテたい」心理がわからない。
だいたい、配偶者や恋人がすでにいるにもかかわらず、さらにモテたいなんて、どういうことなんだろうか。
ややこしく煩わしいだけじゃないのか。

それでも、モテたい、とにかくモテよう、という人間の姿はそれだけで滑稽である。

『スマートモテリーマン講座』という舞台のタイトルを見たとき、モテに興味があった私はビビっときて、こりゃあ見に行かなきゃと思ったのだった。
しかも、福田雄一の作・演出で主演が安田顕
福田雄一演出のドラマ『アオイホノオ』でヤスケン演じる庵野秀明がお気に入りだった私だから、さらに触手が動く。
さらにさらに、シソンヌも出てるじゃないか。
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というわけで、11月30日木曜日の夜、友達二人を誘ってシアタードラマシティへ『スマートモテリーマン講座』を見に行った。

二人ともこの舞台のことをよく知らないままついてきてくれたのだけど、終演後、
「誘ってくれてありがとう!めっちゃ面白かった!」
と言われて、そんなふうに感謝されることも珍しく、戸惑ってしまったくらいだ。

それくらい面白かったわけだけど、ネットに予告的に出ている動画などではどんな舞台か想像もできないので、簡単に説明すると《ネタバレ含みます》、2次元ヲタクで中二病の若い非モテ会社員が可愛い同僚の女の子を射止めようと試行錯誤する様子を、安田顕のモテ解説とモテアドバイスをはさみながら追っていく話。

福田雄一らしく、全編を通してアニメのパロディ満載。
主人公のヲタクっぷりを過剰にデフォルメして描いている向きもあったけれど、バカにしているかんじがなく、どこか愛すべきキャラクターになっていたのは理解度の深さゆえか。

ヤスケンが教えるモテ技の数々にしても、主人公たちのモテ行動にしても、実際はモテとは遠いものばかり。
花火で告白するとか、羊の毛を刈るところからマフラーを手作りするとか、さらにそのマフラーをマワシのようにワイルドに締めるとか、まあ、それはよろしい。
本気に取るほうが悪いのだけど、ひとつだけ私が許せないモテ技があって、それが海が見えるバーでのシチュエーションだった。

「マスター、いつもの」
初めて来たのにそうオーダーする主人公。
「君は何にする?」
「え〜、わかんない」
「じゃあ、マスター、彼女にもいつもの」

おいおい。
じゃあ何が運ばれてくるかわからないじゃないか。
自分はいいけど、彼女はどうなるんだよ。

私がアルコールに弱いから余計気になるのかもしれないが、やたら強くて訳のわからない味のカクテルを出されたら絶対飲めない。

知らない店に連れていかれて、知らない飲み物を出されて、さあ飲めと言われるんだぞ。闇鍋か!
ほかの非現実的なモテ技と違って、これだけ実在しそうなケースだったのも、私の「これダメ!」ラインに触れた要因かもしれない。

女性からすると、思いやりがある男性が最もモテるんだけど、モテたい男性ほど相手の気持ちはほっといて、
「カッコよく見られたいオレ」
を演出しようとする。
それが滑稽なんだけど。

モテたいという気持ちがモチベーションになることもあるので否定はしないけれど、モテリーマンの皆さん、モテ技もほどほどに。

先週から今週までのこと

妊娠発覚前から予定はびっしり入れた状態だったので、遊びの予定に加えてやるべきことや考えないといけないことがどんどん増えてしまった。 

なので、覚え書きも含めて先週からの昨日までの出来事総まとめ。

 

ブレードランナー2049

11月21日火曜日はミント神戸で映画『ブレードランナー2049』を見た。

前作の『ブレードランナー』が好きなので期待して観に行ったんだけど、今作の荒廃した世界観は前作ほどのワクワク感がなく、途中で寝てしまう始末。

レプレカントが子供を産んだという奇跡が事件の発端となっていて、妊婦としては複雑な気分で見た。

主人公のレプレカントが、

「自分は人工物ではなく、女性の身体から産まれてきたと思いたかったんでしょ」

と言われるやりとりがあるのだけど、確かに、人が人を産むというのはそれだけで奇跡に思える。

 

でも、母体のレプレカントは出産時に亡くなっていて、そういえば出産って死ぬほど危険なんだよね、と改めて思い知らされたり。

レプレカントじゃないけど、私も死なないように気を付けねば。

 

2度目の産婦人科受診

11月24日金曜日は2度目の産婦人科受診だった。

驚きだったのは、USBメモリをプレゼントしてもらったこと。

この中に赤ちゃんのエコー動画を毎回録画してくれるらしい。

すごい時代になったものだ。

 

筋肉少女帯のライブ

11月25日土曜日は、筋肉少女帯の「一本指立ててFuture!と叫べ!ツアー」の大阪BIGCATの日だった。
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ニューアルバム『Future!』は楽曲も素晴らしいし、オーケンのビジュアル(衣装やヘアメイク)が卒倒するほどカッコいいので、本来ならできるだけ前に行って見たいところ。

けれど、もうこの頃はうつ伏せになれないほどお腹が出てきていて、いつものように前の方でもみくちゃになってしまったら赤ん坊が潰されてしまう。

 

渋々、空間に余裕がある少し後ろのほうで見た。

そのおかげさまで、普段のライブより疲れることなく、『訳あり物件』や『釈迦』での折り畳みも余裕でできた。

 

胎児はもう耳が聞こえているという。

私の子供だもの、きっと筋少の音楽にうっとりしてくれただろう。

 

このライブが近年での参戦の最後になるかもしれない。

そのラストライブで『新興宗教オレ教』が聴けたことは何よりうれしかった。(ヴォーカルが半拍ズレてもズレてなくても。)

オーケンを生で見られるのはあと何年先になるんだろう…。

 

のたり、のたり、

11月26日日曜日は、心斎橋ウイングフィールドで遊劇体の公演『のたり、のたり、』を見た。

戯曲は亡くなった劇作家の深津篤史さんの作品。

そういえば、この作品は大学生のときに見たなぁ、と思い出した。

当たり前だけど深津さんは元気だった…。(その頃はよく知らない人だったけど。)

 

二人の友達と先輩が出演していて、いずれも大学のときの劇団仲間である。

終演後会いに行けばさながらプチ同窓会。

 

劇場を出てから、落としていたスマホの電源を入れると、母の施設から留守電が入っている。

朝から2回嘔吐したらしい。

吐瀉物は茶色をしているので、施設の看護師が、

「もしかしたら吐血かも?!」

と心配している。

 

3年ほど前、逆流性食道炎がひどかったときの母は頻繁に嘔吐していて、そのときも吐瀉物はいつも茶色かった。

慣れっこになった私としては血ではなく薬の色じゃないかと思うけれど(コムタンという薬が茶色いのだ)、とりあえずデイサービスからは早めに帰宅させるという話になり、慌てて大阪から実家へ。

 

帰宅しても母はしんどそうにしていたけれど、飲み食いしても吐くことはなかったのでホッとする。

 

バタバタの病院受診

翌月曜日の午前中は、いつもの訪問リハビリを受けたあと、施設で保管してくれていた昨日の吐瀉物が入った袋を持って外科を受診した。

なぜかわからないけど、逆流性食道炎の担当は外科なのだ。

 

逆流性食道炎の診断が下ってからずっとネキシウムという薬を飲んでいるけれど、よく効く薬で、飲めばパッタリと嘔吐しなくなった。

なのに、昨日の嘔吐。

ネキシウムが効かなくなった?

そこが私も気がかりだった。

 

昨日吐きました、というだけでは、医者にしたって何の手掛かりもない。

「貧血になっていないか調べますので採血します」

と言って血を採られる。

いつもながら、手の甲からの無理やり絞り取るような採血。

逆に採血で貧血になるんじゃないか。

 

病院を出たら、午後の会社に間に合うよう超特急で出勤。

昼ごはんを食べる時間が取れない。

 

これまでは昼を抜いたとしても、「ダイエットの良い機会」とくらいに思ってきたが、妊婦になるとこんなことでも栄養不足が気になってしまう。

日々の栄養は葉酸のグミサプリとミドリムシが頼り。

 

初めてのドラゴンゲート

 11月28日火曜日は、神戸サンボーホールドラゴンゲートのプロレスを見に行った。
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プロレス大好き芸人のアメトークを見た彼氏が、

「今度見に行こうよ」

と初めてプロレスに興味を持ってくれたのと同じ日、ちょうど私がネットカフェに置いてあったドラゴンゲートの優待券をもらったのだった。
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一緒に行く予定だったけれど、彼氏の仕事が忙しくなり、結局私一人で行くことに。

妊娠発覚後、一応私の身体を気遣ってくれている彼氏は、

「一人で行くの?! やめとき!場外乱闘に巻き込まれたらどうするん?!」

と心配したけれど、

「当日優待券なのに、そんなリング近くの席なわけないやん」

と一笑。

 

実際、最も後ろの席だったけれど、おかげで選手の入場ゲートに一番近く、間近でレスラーを見ることができた。
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ドラゴンゲートのジムは西元町にあり、うちのすぐ近所。

「いつか観に行こう、観に行かなきゃ」といいながらも、これまで一度も観ていなかった。

 

赤ん坊が産まれたら、元町を離れるかもしれない。

その前に、このタイミングで行けて良かった。

もうこれで元町暮らしに悔いはなし。

 

発熱で再び病院へ

11月29日水曜日、午前中に施設から電話が入る。

母が熱を出したらしい。

昨日の朝が37度6分、午後には下がって、また夜に37度、今朝は38度だそうだ。

 

2009年から母の介護をしているけれど、発熱は初めて。

また会社を休むのかぁ…、とウンザリだけれど、午後から休みを取って、再び実家近くの病院へ。

 

「嘔吐したあとの発熱ということですので、吐瀉物の細菌が肺に入っている可能性がありますから、レントゲンを撮りましょう」

ということになった。

 

レントゲンの結果に異常は見られなかったけれど、先日の血液検査の結果で白血球の値が高くなっていることから、抗生物質の点滴をすることに。

 

そして現在。

まさに点的なう。
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