3歩前のことを忘れる女のサブカルと介護の記録

神戸に住むアラフォーOL、波野なみ松の、仕事と趣味と母の介護を両立させる日々の記録。

エンケンと劇団子供鉅人

ふだん友達から誘われることがない私に、珍しく連絡が入った。
「10月19日にこれを観に行きませんか?」

劇団子供鉅人はちょっと気になっている劇団。
何もなければ行くところなんだけれど、カレンダーを見ると、予定が入っている。

「あーすみません、その日は遠藤賢司のライブに行くんです」

梅田クラブクアトロにて、久しぶりのエンケンのライブ。
エンケンは去年、ガンで闘病中であることを公表した。

それ以降、大阪では初めてのライブになる。
エンケンの健在ぶりを楽しみにしていた。

ところが、その直後に入ったeプラスからのメール。
なんと、エンケンのライブが中止だと言う。

そりゃあ残念だけど、ご本人が1番くやしいだろうから、何も言えない。

今まで何度 倒れただろうか
でも俺はこうして 立ち上がる

がんばれよなんて言うんじゃないよ
俺はいつでも最高なのさ

という、『不滅の男』の歌詞が頭に浮かぶ

エンケンは不滅。
だからきっとまた復活してくれる。

そして子供鉅人へ

そんな流れで、
「やっぱり行きます」
と、梅田HEPホールへ劇団子供鉅人『チョップ、ギロチン、垂直落下』を見に行くことにした。

見所のひとつは、内田理央ちゃん。
小劇場演劇にこういうグラビアモデルが出演するのってすごく珍しい。

美しいことを商売にしている「美人」を見るのは、それだけお金を払う価値があるなぁ、と感じる今日この頃。
「そこそこキレイな素人さん」と「それで食べているプロフェッショナル」とでは格が違うものだ。
最近は特に、有名女優さんやモデルさんに反応してしまうのは、ないものねだりだからか。

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だがしかし!
その内田理央ちゃんが、女子プロレスラー役ですって?!?!

そう、このお芝居は女子プロレス団体が舞台。
かつてクラッシュギャルズvs極悪同盟が大好きだった私には、なかなか血が騒ぐ設定。

でも、内田理央ちゃんにプロレスなんかできるんだろうか。
理央ちゃんだけじゃなく、ほかの役者さんだって一朝一夕にプロレスなんてできないでしょ。
ヘナチョコな形式だけ見せられたら、ちょっと白けるよなぁ…。


舞台上に設置された四角いマットを見ながら心配していたけれど、それは開演前まで。

始まると、ちゃんとプロレスに見える。
理央ちゃんはあまりプロレスはしないけど、ほかの女優さんたちはそこそこやってる。

特に、メガトン鈴木という、女子レスラー役の女優(億なつき)さんが、しゃべり方からファイティングスタイルから体つきまで、ほとんど本物!!
主人公が憧れるベビーフェイスのスター選手という設定だけど、私まで、「メガ様ぁぁ!!」と声援を送りたくなった。

団体の看板選手であるメガトン鈴木は入団の体力テストをパスした主人公に、レスラーになっても夢や希望以上に辛いことや苦しいことが多いと諭す。

そして最後に、
「心の腕力はあるのかい?」

メガ様、カッコいい!!!

男子プロレスラー以上に、女子プロの世界は悲哀がある。
戯曲では必要以上に主人公をブス呼ばわりしていて、作家の性格の悪さを感じるほどだったけれど、実際世の中はそれくらい残酷だ。

だから、女が残酷な世界にタチムカウには、心の腕力が必要だ。
私ももっと強くなりたい。

プロレスはすごい

さながらプロレスの試合そのものが繰り広げられるにあたって、見ているほうは少し戸惑った。

なんだかつい、お芝居だということを忘れて、手を上げたり、声援を送ったりしたくなる。

最終的には観客も慣れてきて、煽られるとみんな手拍子をするようになった。
それでスッキリ。

だって、すごくプロレスだったんだもん。
盛り上がらないとつまらない。

作品紹介に「演劇をプロレスで描く」とあったけれど、まさにそのとおりだったかと思う。


この日はアフタートークがあって、大阪にあるプロレス団体「紫焔」から本物の男子プロレスラー3人がゲストに来ていた。
最後にちょっとだけ、本物のチョップとブレーンバスターを見せてくれて、大満足。

常人が持っていない肉体や、常人ができない技を見せる、ってことがエンターテイメントの根本だと、つくづく思う。

プロレスも見に行きたいなぁ。

ちなみに、紫焔の選手たちが言ってたけど、舞台上のマットはプロレスのリングに比べてめちゃくちゃ硬いのだそう。
出演者の皆さん、どうか千秋楽までケガがありませんよう。

結成20周年に思う極私的CKB

10月15日日曜日は、神戸こくさいホールにクレイジーケンバンドを見に行った。

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実はこの日、NHKカルチャー梅田教室でオーケン先生の講座があった。
いつか重なることがあるかもしれない、と恐れていたことが起こってしまって、苦渋の二者択一…。

しかし最愛のオーケン先生ではなくCKBを選んだのは、ずいぶん前からCKBのチケットを取っていた、というのもあるけれど、今年がCKB結成20周年記念だからだった。

今回リリースされた20周年のベスト盤はシンガポールが舞台になっていて、ステージのオブジェもマーライオン

周年を強く打ち出すような仕掛けは特になかったものの、1stアルバムの『Punch!Punch!Punch!』から去年の『香港的士』までまんべなく選曲されたセトリだった。

アンコール後、私が大好きな『発光!深夜族』を演奏してくれたときは、心が2000年当時にタイムスリップした。

振り返れば、私がCKBを聴き始めたのは、その『発光!深夜族』が入った2000年のアルバム『ショック療法』からだ。

川勝正幸安田謙一といったサブカル系好事家たちが夢中になっているバンドがある」
という噂をきき、今はなきヴァージンメガストアの試聴器のヘッドフォンを耳にかけたのだった。

ショック療法 [Analog]

ショック療法 [Analog]

『ショック療法』のプロデューサーは小西康陽で、アルバムジャケットのデザインは常磐響だった。
サウンドだけじゃなく、アルバムから漂ってくる雰囲気全体がインターナショナルにカッコよくて(グローバルじゃないとこがミソ!)、他とはまるで違っていた。

当時は、和洋関係なく60年代や70年代レアグルーヴがクラブシーンなんかで流行っていて、どこのCDショップでも、橋本徹(政治家じゃないほう!!)のサバービア系コンピレーションが試聴器にズラリと並んでいた。

個人的な事情だけれど

ちょうどこの頃の私は就職して2年が過ぎていた。
学生時代はキラキラした渋谷系音楽に背を向け、あえて遠藤賢司三上寛のようなアングラフォークを聴いていたくせに、就職してからは若者文化にすがりつくように、クラブ系のダンスミュージックばかり追いかけていた。

「何者かになるまでの腰かけ」のつもりで入った会社なのに、徐々にその環境にも慣れてきて、ぬるま湯にどっぷり埋もれて腐っていくような気がしていた。

「本当の私の居場所は、こんなおっさんくさい、退屈でつまらない世界じゃないはずだ」
と、頭を抱えてもがきなから、することといったら結局、「今一番キテる音楽」を聴くことだけだった。

かといって、もともとアングラオタクな私が、オシャレな音楽なんて付け焼き刃な情報の武装でしかない。
身に馴染まないままの自己満足と自己見失い感。


そんな中でのCKBだった。

絶妙な立ち位置に、どっぷりはまった。

「レコードでしか出会えないと思っていた昔のレアグルーヴを、生音で今やっているバンド」
と、誰か有名なDJ(コモエスタ八重樫だったかなぁ、違うかなぁ。)が言っていたように、CKBの音楽はちょうど当時クラブで流行っていた60〜70年代のグルーヴそのものだった。
そのうえ、GSサウンドや昭和歌謡など和モノと言われる日本のレアグルーヴも人気な時代だったけれど、CKBはそこへピッタリと寄り添っていた。

そんなカッコいい音楽に、独特な歌詞がのる。
ねじくれたサブカル心をわし掴みにするユーモアのセンス。


当時は剣さんをはじめ、他のメンバーもまだサラリーマンをしながらのバンド活動だった。
社会人とはいえまだ青二才の私は、そこに「大人のたしなみ、大人のお手本」を見た気がした。

社会人として働いて、社会的責任を果たしながらも、好きなことを好きなスタイルでやりながら、スマートに生きる。


現代日本人はどこか、「若い」ことが素晴らしいような文化的価値観を持っている。
でも、青臭い若者よりも、成熟した大人のほうが面白いし楽しいしカッコいいよね、という新しい価値観をCKBが見せてくれた。

昭和歌謡ブームと重なってCKBが少し売れ始めた頃、どこかの雑誌がCKBのメンバーが40歳前後なのを揶揄して、「未来のないバンド」と評したことがあった。
(剣さんもそれにはすごく傷ついたらしく、インタビューなどで何度もそのことに言及されている。)

その「未来のないバンド」が今年は20周年。

私も同じく歳を取ったけれど、おかげさまで歳を取るのは嫌いじゃない。
大人は楽しい。

イイネ!イイネ!イイ〜ネ!!

父のパンツ問題

昨日、母の病院受診からの帰りの車内にて。

娘「お父さん、洗濯機の中に入れてたパンツ、漏らしてたでしょ」
父「漏らしとったかなぁ?」
娘「お尻の方まで黄色い染みになってたけど?」
父「アリナミン飲んだからや。あれ飲むと、ションベンが黄色くなるから」
娘「色の濃さの話と違うねん。前から言うとうけど、漏らしたパンツはそのまま洗濯機に入れんとってほしいねん。何回言うたらわかるんかなぁ?」
父「さあ、覚えがないな」
娘「嘘つけ!」


娘「ていうか、お風呂入るときにパンツ履き替えてるんやろうけど、漏らしたままお風呂に入るまでずっと同じパンツ履いてたわけ?」
父「漏らした言うても、ちょびっとやからな」
娘「ちょびっとやったとしても、普通、漏らした時点で履き替えなあかんの違うの?」
父「大丈夫や。すぐ乾くもん」


娘「乾く乾かないの問題と違うで。ほんなら乾いたら汚れてても洗わなくてええ、いうこと?」
父「ええんちゃうかなぁ?」
娘「あかん!そんなんやから、どのパンツも真っ黄色なんや!」
父「それはアリナミン飲んだからや」
娘「違う!漏らして洗わへんからです!!」


娘「私、お父さんのパンツとズボン下だけ、毎回漂白剤に付け置きしてから洗ってんねんで。あんまり酷いのは、洗わないで勝手に捨ててるからね!」
父「最近な、なんかお父さんのパンツの数が少ないんやけど」
娘「ゴメンゴメン、捨てすぎたかもね。新しいの買うてあげるわ。やっぱり尿漏れ対応パンツのほうがええよね?」

父「高いやろ?」
娘「値段には代えられへんやん。実際どうなん? 普通のパンツと尿漏れパンツと、どっちがいいの?」
父「どっちもおんなじや」
娘「同じじゃないでしょ。薄いパンツやったらさぁ、漏らしたときにズボンまで染みてしまうんじゃない? ズボンまで濡れてたら、外出先で漏らしたのがバレてしまうやん?」
父「そうなんや。こんなふうにな」

と、父の股間を見ると、ズボンが濡れて染みができていた。
おいいっっ!!!
今も漏らしとったんかいぃっっ!!!!

「家に帰ったらすぐにパンツもズボンも履き替えなさい!洗濯したげるから!」
と私は言い、実際帰宅してから、面倒がる父を急かした。
あれだけ言っても、
「もう乾いたし、ええで」
と言うので、
「今すぐ着替えなさい!!」
と仁王立ちで監視する。

あいにくの雨の週末。
乾かなくても洗わざるをえない。

「ついでなんやから、靴下も洗おか」
と言うと、
「靴下はええわ」
とまた言う。
「昨日の洗濯物の中に靴下がなかったやんか。履き替えなあかんの違うの?」
「洗わへんでええ。まだ3日しか履いてないのに
「3日も履くな!!! 普通はみんな毎日履き替えるものです!!!」
「へぇぇ、毎日?!呆れてまうわ」
「こっちのセリフじゃ!!!」

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ああ、神様。
いつからうちの父はこんな不潔な人間になってしまったのでしょうか。

ときどき他人様は、
「あなたがしてしまうから、お父さんが家事をしなくなるんだよ。ほっておけば、自分でするようになるよ」
と言います。

でも、ほっておいた結果、家事はせず、不潔が増すのです。
年々、不潔が常態化して、加速していきます。

歳を取ったら、私もそうなるのでしょうか。
高齢社会になったら、日本人の半数は不潔になるのでしょうか。
怖いです。

カズオ・イシグロと文豪ストレイドッグス

英米文学の存命の作家の中で、一番好きな作家はカズオ・イシグロだったりする。
だから、ノーベル文学賞受賞は本当にうれしかった。

でも、声を大にしてファンだと言えないのは、最新作の『忘れられた巨人』をまだ読んでいないから。

あと、『充たされざる者』は、買っても手付かずに置いたままだ。
だって、文庫なのにこんなに分厚いんだもの。
(ちなみに、私のオススメは短編集『夜想曲集』。面白さでは『私を離さないで』と『日の名残り』だけど。)

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私の中では、全作品をちゃんと読み込んでこそ、好きだとかファンだとか言えるもんだ思っているのだけど、ときどき、1作品くらいしか知らないくせに「ファン」を自称する人達に出会うと感覚の違いを思い知らされる。

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ファンって一体何なんだろう。

それより何より、ニュースを見ていると、
「日本人として誇らしい」
というようなコメントが多数寄せられている反面、皆が口をそろえて、
「読んだことがないので、これから読みます」
と言うのが気になった。

こうやって流行で読む人達の何人が、イシグロ文学の良さをわかってくれるだろうか、と思ってしまう。
きっと、
「読んだけど、何が良いのか全然わからなかった」
なんていう感想がたくさん出るだろう。

それが予測されるだけに、自分の好きな作家が汚されるような気分になる。

入り口は広いほうがいい

そういえば、8月に文学博士の友人Mと会ったときに、カズオ・イシグロの話をした。
彼はハルキストで、私はカズオ・イシグロ派で、どっちがノーベル賞に近いか、という話題になった気がする。

でも、そんな話題よりも、私がそのときM博士と話したかったのは、『文豪ストレイドッグス』や『文豪とアルケミスト』のような文豪関連のコンテンツについてだった。

文豪ストレイドッグス』については、高校の国語便覧に載っている程度の、上っ面の薄い情報だけで作られている感じがして、私は全く楽しめなかった。
「なるほど、そう来たか!」と通を唸らせる遊び心を期待していたのだけど、作家のイメージが一面的で幼稚なかんじがする。
そのうえ、作家の顔写真が残ってるのに全然違う見た目で描いて、なのに同じ名前をつけるなんて、違和感がないんだろうか?!

と、嘆く私に、M博士は、
「ああいうところから文学に興味を持ってくれる学生がいるから、否定はできないよ。入り口は広いほうがいい」
と言った。
ストレイドッグスきっかけでも、文学を読む若者が増えたらそれでよし、という教育者らしい発言。

カズオ・イシグロの件にしても、同じかもしれない。
10人に1人であれ、読んで良さを知ってくれる人が出ればよい、ってことかなぁ。

父の秋の発作

秋のこの時期になると、毎年父にイライラさせられる。

まるで発作のように、

南京町中秋節に行きたい!」

と言い出すからだ。

今年はこの三連休らしい。

www.nankinmachi.or.jp

 

自分のブログを振り返ってみると、去年も全く同じことを書いていた。

naminonamimatsu.hatenablog.com

 

今年もやっぱり叔父と友人のOさんを誘ったらしいけど、やっぱり断られ、「一人でも行く」と言ってきかない。

 

JR三ノ宮駅で降りて、にしむら珈琲でコーヒーを飲んで、高架下をぼちぼち歩きながら元町まで行って、南京町の広場で獅子舞を見て、劉家荘で焼鶏を食べて、お土産に老祥記の豚まんを買うて帰るんや」

という、お決まりのフレーズを、壊れたテープのようにループする。

 

父はリハビリを頑張っているけれど、どんどん足の引きずりはひどくなるばかりである。

そんな足で三ノ宮から元町まで歩くなんて!と思うけれど、本人は、以前元気に歩いていた自分を捨てられない。

変わらずに歩けると思っているのだ。

 

「ハイハイ」と言って聞き流すしかしょうがないからそうしているけれど、聞いているだけでもイライラする。

 

一方、母は母で、最近喉の奥で痰か唾がからむらしく、食事のときにやたらむせる。

咳こむのは本当に苦しそうで可哀想なのだけれど、背中をさするか、口腔スポンジで痰を絡め取るくらいしかできない。

そうしたところで、ちっとも治まらない。

それもまたイライラさせられる。

ムセが「ときどき」なら必死に対処していたけれど、こう頻繁になってくると「またか」という思いしかない。

父の話と同じく、「ハイハイ」と言いながら母の背中をやる気なくなでる。

 

少し回復してきたものの、やっぱり「元気」な状態じゃないから、ちょっとしたことで疲れてしまう。

だめだな、HPもMPもまだ満タンじゃない。

 

ランチのついでに南京町で父にお土産を買い、金曜日、実家に帰るときに持って帰った。

「月餅買ってきてあげたんやから、中秋節に行くのはなし! わかった?」

とりあえず、父は「わかった」と返事をした。

何等分かに切って、私もちょっと食べたが、美味しい月餅だった。

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土曜日。

車に乗って買い物に行くとき、一緒に乗り込んだ父が、

「ちょっと、これ教えて」

と言う。

「これって?」

「カーナビの設定のやりかた」

「なんで?」

「浜坂まで行くから、目的地を設定したいんや」

「浜坂って、誰と行くの?」

「ひとりで。」

「あほか!」

 

浜坂というのは、兵庫県の北の端。

私の体力が落ちている今、父にそんな遠くまで徘徊されたらたまったもんじゃない。

疲れてきたらますます足が動かなくなることを、何度言い聞かせても理解できないらしい。

なんでこう父は、私を逆なですることばかり言うのだろう。

 

しかも、その土曜日、午前中雨が降っていたので、夕方になっても洗濯物がまだ乾いていなかった。

だからわざと干しっぱなしにしていたものを、普段やらない父が勝手に取り入れてしまった。

「まだ乾いてなかったでしょうが!」

「ちょっと湿っとっただけや」

怒り心頭で、再び干し直す私。

 

もう私の心の安らぎは『おそ松さん』の第3期にしかない。

絶不調からの漢方薬体験《後編》

漢方薬局の先生は実直そうな男性だった。
すでに閉店時間だったけれど、予約をしていたのでお店を開けていてもらった。
もちろんその時間、お客さんは私ひとり。

症状をいろいろ問診されるところから始まった。
そして漢方といえば定番の、舌の状態を診る。
allabout.co.jp

質問項目は簡単なものが多かったので、サクサクと終わった。

あなたは気功を信じるか!?

そのあと、両腕を前に出し、手のひらを上にして、真っ直ぐ前を見るように言われる。
バカ真面目に、真正面に飾ってある大きなアメジストの置物をじっと見ていたので、周りで先生が何をやっているのか全然見えなかったけれど、どうやら気功か何かをやっているようだ。
オーケストラの指揮みたいな動き。

そしてときどき、私の手のひらに紙片が置かれたり除かれたりする。
ああでもない、こうでもない、ってかんじで、置いたり、のけたり。
紙片には手書きで薬の名前が書いてあるだけ。

…えっ?!
まさか、この紙を置いて手をかざすのが診断?!
こんなことで、不調の原因や治療法がわかるのかよっ?!

これは…
お、オカルトだぁっ!!

そういえば、ホームページに「糸練功」っていう医療気功について書いてたっけ…。
あまり深く考えなかったけど、これがそうかぁ…。

だ、大丈夫なのかなぁ…。

にわかに不安になってくる。
だいたい、漢方薬がどれくらいのお値段がするものかも、全然考えてなかった…。

私はオカルトについて、信じもせず否定もしない中立派だ。
だから、一概に「これはインチキだっ!」とは思わない。

限りなく怪しいけれど、ここを選んだのは自分なのだし、ここまでやってきたからには先生のやり方を信じて身を任せることにした。
診断が的外れだったら、そのときは自分で判断したらよい。

やってもらっている最中、あまりに非科学的なのにびっくりしてしまって、そんなことをグルグルと考えていた。

診断結果は「不調のミルフィーユ」

そこそこ長くかかった診断の結果告げられたことは、
「内臓が冷えて固まって動かなくなっています。ただし、食道は炎症を起こして熱を持っています」
とのこと。

これを例えるなら、下は冷えて冷たい水になっているのに、上だけ温かいお湯が残っているお風呂のようなもの。
循環して対流が起こっていれば温度は均一になるのに、まったく動かないものだから分離が起きているのだそうだ。

言われてみれば、お腹を触るとみぞおちから下腹にかけてずっと冷たい。
整体の先生からも、
「固いお腹やなぁ。胃も腸もカチカチや」
と言われたのを思い出す。

指摘されると身に覚えがあるものの、内臓が冷えたり固まったりということを、普段考えてもみなかった。

振り返ると、この夏はつい冷たい飲み物をガブガブ飲んだ。
筋トレをするようになってから手足の冷えがなくなったので、冷房もよく付けたし、服装も薄着が多かった。

そんなふうに蓄積された夏の冷えが、秋になって祟って来たらしい。

「そのうえ、緊張が入ってこわばりがあります。いろんな原因が複雑な層になっていて、不調がミルフィーユのように重なり合ってます」

不調のミルフィーユ!
そんなステキな洋菓子に例えられても!?!

でも、心当たりがないわけでもなくて、ここのところ行き詰まり感があってリラックスできない日々が続いている。
そのこわばりが、冷えて固まった内臓を、より動かないものにロックしてしまっているらしい。

ストレス、ないようでいて、実はあったんだな、という話。

意外だったのは、飲む水の量

先生に1日に摂取する水分量を訊かれた。
「だいたいマグカップ7~8杯ですかねぇ」
とドヤ顔で答える私に、先生から、
「それは…、多すぎです!」
という答えが返ってきた。

「でっ、でもっ、1日1リットルから2リットル飲みましょうって言うじゃないですかぁ!」
「欧米のモデルさんがそうしてるからと言って、誰もが合うとは限らないんですよ。欧米のような乾燥した気候と、日本のような湿気の多い気候でも違います。たとえただの水でも、内臓はそれを処理するのに負担がかかっているんです」

そ、そうなのか…。
だから、飲み物を飲んでさえ胃が重くなっていたのか…。

とにかく、冷えて固まった私の胃腸は、入ってくる食事や飲み物が処理しきれなくなって負担になっているとのこと。
代謝も落ちるわけだ。


ちょうどNHKスペシャルの『人体』で腎臓についてやっていたところだけど、私の腎臓はめちゃくちゃ悲鳴を上げていただろうなぁ。

www.nhk.or.jp

もしかしたら、腎臓の悲鳴が食道と胃腸に伝わったのかも。

そんな私に処方されたのは、お薬ではなくて、お茶だった。

というわけで、まずは身体のこわばりを取るところから、始めることになった。

「今のミルフィーユ状態では、いきなり胃腸を治すお薬を飲むわけにはいきませんので、今回はお茶を出します」
と言って、お茶を調合してもらった。

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この1パックをお湯で煮出して、3日に分けて飲むらしい。
そして4日空けて、もう1パックを3日また飲むという2週間コース。

その後、お茶で一つの不調が改善されたら、次のステップ、本当の漢方薬に進むということになった。
それまでは、お茶で体質改善に努める。

調合してもらったお茶は、漢方薬局のキャラクターらしいパンダちゃんの紙袋に入れてもらって、2パックで4,800円!

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値段のことばっかり言うけど、…高っ!

保険適応じゃないからそんなものかもしれない…。
けど、う~ん、どうなんだろう?
ただひとつ納得したことは、お客さんが少なくてもこんなに広々した小ギレイなお店が構えられるわけだぜ。

そして飲んだお茶は

お湯に入れたとたん、立ち上がる匂いに、
「これ、お茶じゃあないぞ…!」
と理解した。

匂いも味も葛根湯そっくり!
煎じ薬の漢方薬そのものだ。

沸かしている湯気を吸うだけでも身体が良くなる気がする…。
と思っていると、とたんにお腹がグルグル言い出し、トイレに駆け込んだ。
…なんて信じやすい体質なのかしら、私。

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出来上がったお茶を三等分したのがこれ。

もらったお茶はもう全部飲み終わって、内臓の不調はずいぶんマシになってきた。

本当にお茶が効いたのか?
胃腸に優しい消化がいい食事を心がけているからかもしれないし、水を控えているためかもしれないし、お腹を冷やさないように気をつけているからかもしれない。

実のところはわからないけれど、漢方薬局に行ったことによって体調改善のきっかけになったことは間違いないと思う。
あとひっかかるとしたら、オカルトな気功術くらいかな。
否定はしないけどね。

絶不調からの漢方薬体験《前編》

9月中旬くらいからずっと体調不良が続いている。
母でも父でも彼氏でもなく、私自身の話。

8月の健康診断で胃カメラを飲んだのだけど、その結果、好酸球食道炎(疑い)と慢性胃炎というお知らせが返ってきた。

胃炎は軽いものだし、昔からだけど、問題は食道炎のほうだ。
年々、というか、月々?週々?日々?悪化してきている気がする。

特に、少し大きめのサプリメントを飲むとテキメンで、いつまでもいつまでも食道あたりにつっかえて、胸のあたりが痛い。
夜に飲むと、眠りにつくまで苦しみもがくことが多くなった。

仕方ないので、サプリメントを飲むのをやめた。
ミドリムシをやめたら、とたんに便秘になった。
セサミンをやめたら、とたんに元気がなくなった。

そうこうしているうちに、身体全体が重苦しくなって、水を飲んでも胃にもたれるようになった。
食べるもの飲むものすべてが内臓にのしかかる。

そのくせ、すぐにお腹が空いて、空腹になると気分が悪くてフラフラする。
そのせいで、先週の週末なんか、ほとんどを横になって過ごしてしまった。

何なんだ、この不調は?!

医者にかかるなら、何科?
内科? 胃腸科? 消化器内科?
胃腸科とか消化器内科とか、そんなのどこにあるか知らないし。
会社休んで行くほどではないし。
長い時間待たされて胃酸を抑える薬とか出されても納得できないし。

そんなことを考えた挙げ句、ふと、漢方ってのはどうだろう?と思い付いた。

漢方薬局を選ぶ

そういえば、春先もやっぱり物を飲み込んだら胸につっかえる気がしていたところ、この薬のテレビCMを見た。

stress-jidai.jp

さっそくドラッグストアで買って、しばらく飲んでいたら治まった。
このとき、「漢方っていいかも」と初めて気が付いた。

よくよく考えてみたら、日ごろ愛用している胃薬も大正漢方胃腸薬である。
漢方の味って、全然嫌いじゃない。

さて、じゃあ漢方薬を買うとしても、今回はドラッグストアとはいかない。

三ノ宮・元町近辺にはいくつか漢方薬局がある。
でも…、正直言って、どこも雰囲気が怪しい。

そういえば、三宮高架下で有名な二つ頭の奇形動物の剥製があるお店も漢方薬局じゃなかったっけ。

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剥製がなくても、不妊治療とかEDとか頻尿とか痔とか、ちょっとデリケートな治療を、看板の前面に出しているせいで、どこの漢方薬局もある程度怪しいかんじがする。

それでも、漢方薬を試してみようかな、と思ってしまったのは、ここのところ、漢方薬の良い噂をよく耳にするからだ。

一番興味をひかれたのが、西洋医学のような部分的な対処療法ではなく、身体全般を考えた病のもとの根本治療を目指すものだということ。

これまで母の病気に付き合ってきて、西洋医学の「人間を見ないで病気の部分しか見ないやり方」にウンザリしきっているのだ。
あっちの不調もこっちの不調も全部つながっているのに、「それは〇〇科を受診してください」といわれる。
痛みがあっても、「異常はありません」と言って「つらい気持ち」は置き去りにされる。

どこかで「人」を診てくれる医者はいないものか。

西洋医学に対して、中国医学の考え方は、基本的に身体全体がつながっているものとして考えるようだ。
だとしたら、私が今苦しんでいる、飲み込むところから出すところまで一連の不調を全体的にとらえてくれるかもしれない。


ネットで検索すると、最初にひっかかったのが南京町の外れにある漢方薬局だった。

www.pandade.com

もちろん、今までに店の前を通りがかったことは何度もあるけれど、店構えが小ギレイで、怪しそうに見えない。
(少なくとも動物の剥製が置いてあったり、ベタベタ貼り紙がしてあったりはしてない。)
ネットのクチコミも悪くないようだ。

電話で予約をして、会社帰りに行ってみることにした。

《長くなるので、続く。》