3歩前のことを忘れる女のサブカルと介護の記録

神戸に住む40代波野なみ松の、趣味と母の介護と育児に追われる日々の記録。

お食い初めと赤ちゃんの私

話は前後するけれど、土曜日にサトイモお食い初め式を行った。
食器はお食い初め用のものではなく、その後も使える実用的なベビー用食器をネットで買った。

ネットで調べてみるとお食い初めに必要なのは、

  • 歯がための石
  • 祝い鯛
  • 赤飯
  • お吸い物

といったところ。
歯がための石はお宮参りのときに神社でもらった。
赤飯は近所のスーパーで出来合いのものを購入。
お吸い物は同じくスーパーでパックのハマグリを買って私が作った。

そして、鯛と蛸といえば、これはもう釣りバカな夫の得意分野である。
両方とも明石の海で釣れる代表選手だからだ。
蛸は3週間前くらいに釣ってきたものを冷凍してあるのでOK。

問題は鯛である。
この日、是が非でも、絶対に絶対に釣ってくる、という約束で夫は海に出てくれた。

お食い初めは生後100日目に行うとされているから、本当は先週する予定だった。
けれども大雨が続いていたので、釣りに行けないので延期になっていたのだった。

内祝いを送ったお礼の電話をかけてきてくれた伯母にお食い初めの話をすると、
「“食い延ばし”って言うてなぁ、延期するのはええことなんやで」
と言ってくれた。

普段は釣りに行っても一匹も釣れない丸ボウズなこともあるのだけれど、この日、夫は約束どおり、魚焼きグリルにちょうど入るいいサイズの明石鯛を釣りあげてきてくれた。
さばいて塩焼きにするところまで、全部夫がやってくれて、私は見ているだけ。


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一応、手作りで質素ながら形になった。(と本人たちは自負しているのだけれどどうだろう。)

お食い初めで食べさせる真似をするのは父親の役目らしく、夫がサトイモを抱いてお箸を口に運んだ。
残念ながらサトイモはこのときも寝っぱなしで、目をつぶったまま渋い顔をして口をムニャムニャ。まったく、どこまで寝太郎なんだか。

豪雨で延期していたお食い初めがようやく果たせて、大満足。


どっちに似ているか

 

サトイモは周囲から夫にそっくりだと言われ続けている。

あんまり似ていると言われるもんだから、夫は自分の赤ちゃんのときのアルバムを引っ張り出してきた。

確かに、夫の赤ちゃんのときは今のサトイモにうり二つ。まるで同じ顔。
頭のハゲ具合も同じである。

でもしかし。
私も赤ちゃんのとき、ずっとハゲだった。
それでよく男の子と間違われたらしい。

夫にそっくりでもあるけれど、私の赤ちゃんの頃にも似ているはず!

それで実家に帰った際に私も自分のアルバムを引っ張り出してみたけれど、思ったよりも髪の毛があった。


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「でも、ちょっと似てない?」
「俺のが断然似とうわ」
「男の子と女の子やから。でも、全く似てないってことはないでしょ?」
「似てないよ」

納得がいかないので、父にも尋ねてみた。
サトイモと私の赤ちゃんの頃、似てるよねぇ?」

「似てへんな」

撃沈。

ちぇっ!

まあ考えてみれば、赤ん坊が父親に似ているというのは救いである。
母親は自分の身体で産んだから赤ん坊を自分の子として認識できて当然なんだけど、父親はそうでもないだろうから。
父親似で幸い。


やっぱり気になる発達

驚いたのは、お食い初めの写真で私はベビーチェアに座り、フォークを手にしていたことだった。


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サトイモは座るどころかまだ首が座っていないし、私の服の端をひっぱることはあってもまだまともに物がつかめない。

私が早かったのか、サトイモが遅いのか、うまく写真を撮っただけなのか。

発達は赤ちゃんの個性によってそれぞれだ。

よその子と比べて早いだの遅いだの言ってもしようがないし、スピードを気にすることはない。…と、わかっているものの、やっぱり比べてみてしまう。
今回は自分との比較だけれど、これから山ほどこんなことが起きるんだろうなぁ。

子供の頃から何度も何度も繰り返し見た、自分の赤ちゃんのときのアルバム。
けれど、こんなに発見があったのは初めてだ。

自分目線で懐かしく見るのではなく、サトイモとは別の赤ちゃんの成長記録として親目線で見てしまった。

客観視すると、これまで見えていなかった手書きの添え書きが目についた。
誰から何をお祝いにもらったとか、何か月でどんな状況だったとか、その写真は何月何日何のときに撮ったものか、写真に説明が書かれていたからだ。
父の字もあれば、母の字もあった。

今はスマホでばんばん画像が撮れるだけに、デジタルのままデータをためっぱなしになっている。
「やっぱり紙ベースで残してやらなあかんなぁ。こうやって手書きしたら、愛情がわかるやんか」
と夫が言った。
「これ見とったら、一人っ子で大事にされたのがようわかるな。そらワガママに育つわ」
「ワガママは余計!!」

夫が言うように、1歳の誕生日くらいには0歳の記録を紙のアルバムにまとめようか。
面倒くさがりだから、やっぱりアプリにお任せしちゃうかもな~。

3回目のお見舞い

日曜日は3回目の実家帰省。

「こんにちは!」
と玄関を開けると、出てきた父は白いステテコ姿だった。
「何その格好!」
と私が呆れると、まだ衣替えができていないという。

もう7月なのに!?
「夏服を探さなあかんあかんと、ずぅっと思とんやけど」
父が服を探すスピードより、夏が来るスピードのほうが速かったらしい。

そういえば先月来たとき、父はまだ長袖ネルシャツを着ていたので、夫が驚いていたっけ。

毎年、季節の変わり目には私が服の入れ替えを手伝っていたので、こうなるのも仕方ない。
しまっている場所は同じなのに、父は毎回忘れてしまう。
とりあえず夏服の場所を伝え、

「今からお母さんの病院に行くけど、服取って来ようか?」
と言うと、
「お父さんは行かへんわ。足がやばいんや」
と自分の腿を叩いた。

確かに、この猛暑の中、父に無理をさせないほうがいい。
父は脳梗塞を2回とも真夏に起こしている。
水分不足から血がドロドロになるせいだろう。

「トイレが近くなるかもしれんけど、お茶か水はちゃんと飲まなあかんのやで!」
うるさがられるのはわかっててお小言を言うと、

「大丈夫、紙パンツはいとう!」

と、父は自慢げに言った。

 

母の病院で

 

病院に行くと、いつもの病室に母がいない。
どうやら病室が変更になっているようだった。

引っ越し先は前の病室の向かいだったので、ナースステーションに尋ねなくてもすぐにわかった。
今度の病室と前の病室との違いは、部屋の静けさである。
前の病室では向かいのベッドのおばあさんがずっとテレビを見ていて、その音がもれて聞こえていた。
私は逆にそれがありがたかったのだけど、今度の部屋は静かで退屈そうなのが心配だ。

その静かな部屋で、母は起きていた。
私を認識すると、うれしがっているような、泣いているような、そんな顔をして「あ~~」と言った。
夫がサトイモを抱いて連れてきてくれて、母に見せてくれた。

「あ~~」

過去2回ともはちょっとだけしか対面しなかったけれど、今回は看護師さんがイスを出してくれたのもあって、夫に座ってもらって前よりも長く母に孫を見てもらえた。

「月イチでしか来れなくてごめんね。退屈でしょう」
目の周りにたくさん目ヤニがついているのを、清浄綿で拭きながら話しかける。
「そうだ! ひばりちゃんの曲でも聞く? スマホでかけてあげようか? あ~、しまった、イヤホン忘れてきちゃった。音、ちょっとくらいいいよね?」
私がそう言ってスマホを取り出すと、

バンバン、バンバン!!!

隣のベッドのおばあさんが、手でベッドを叩いた。
どうやら怒っているらしい。
うるさくするなという意味のようだ。

「あ、どうもすみません…。やめます…」

曲をかけるのは断念。
次来るときは、イヤホンを忘れないようにしよう。

「こないだサトイモお食い初め式をしたんだよ~」
などと母に話しかけながら、乾燥して粉がふいている母の手足にクリームを塗った。

それより驚いたのは、脚の硬さだった。
膝の間には床ずれ予防のためにクッションが入れられている。
クッションを外してクリームを塗ったあと、クッションを元に戻そうとしてもなかなか脚が開かないので入れられない。
すごい力で頑張って戻した。
身体全体に拘縮がきつくなってきているけれど、相当な硬さである。

クッションを入れるのでさえ一苦労なのに、オムツ替えはどうやっているんだろう、と看護師さんたちの苦労を思った。
いつもオムツ替えのときは二人体制で回ってきているのも納得だ。

母の最期を在宅で看取れないか、とときどき考えていた。
いよいよ、というときになれば、自宅に戻してもらって、家族と好きなように過ごせないか。
私が育児休業中なら、なんとかなるんじゃないか、と。

けれど、足を開くのでさえ難儀をするような状況では、たとえ数日でも在宅で介護はできないな、と認識を新たにした。

鼻からチューブで入れる栄養にしろ、痰の吸引にしろ、私ができないことが増えていく。

病室から去る前に、サトイモの写真を病室の壁にメンディングテープで貼りつけた。
もし病院に写真を貼っていいかどうか尋ねたなら、きっとダメだと言われるに違いない。

だから、はがされるのを承知で勝手に貼った。

昨日病室に行った父に尋ねると、やはり写真を貼るのはダメだと注意されたらしい。
壁に貼るかわりにベッド柵ならかまわないからと看護師さんが写真を貼り直してくれたと聞いた。
「こっちのほうがよう見えるやろって言うとったで」
と父。
今の病院にいることが心配でしかない。

けれど、この病院なりによくしてくれていると信じて、あまり悲観しないようにしよう。

延命治療とおひるねアート

未曾有の大水害とかオウム真理教の死刑執行とか、心がざわざわするニュースがTwitterのタイムラインに流れてくる中、あるツイートが目に留まった。
大口病院の中毒死事件に関するものだった。

その事件についてはテレビのニュースで見ていたはずだけれど、詳細は聞こえてなくて、「また看護師による殺人事件か」というくらいにしか思っていなかった。
だから、そのモーメントが高齢者の延命治療について書いているのを読んで、背中が凍るような思いになった。

 

 

うちの母が今いるのも療養病棟である。
身体も動かせないし、しゃべれないし、ごはんも食べられずに鼻から栄養を流し込まれている。

延命治療と言われても仕方がない。

でも、救急で入った前の病院でも今の病院の転院時の説明でも医者と話したけれど、
「鼻からの栄養をやめたら数日で死にます。それでいいですか、という話です」
と言われてしまうと、とてもじゃないけどそんな決断はできなかったことを思い出す。
「目が開かなくなったら、そのとき中止を考えます…」
と答えたのが精いっぱい。

延命治療はやめましょう、と言うのは簡単だけれど、「やめます」の判断を任される家族はつらい。

かといって、延命治療をし続けて本人の苦痛が長引くのもつらい。

つらいのループ。


生きている意味をどこに見出すか

在宅と施設の半々で介護していたときは、まだ母に生きる楽しみを与えてあげられていたと思う。
口から食事が摂れていたのもあるけれど、ほかにも、音楽を聞かせてあげられたし、マッサージもしてあげられた。

介護スタッフの皆さんも優しく話しかけてくれていた。

でも今、療養病棟ではそのどれもを失ってしまった。

今だって、音楽を聞かせたり、マッサージをしたりすることはできる。
…私が帰りさえすれば。

サトイモを連れて実家に帰ろうか…。
でも、あんなニコチンまみれの家でサトイモを育てたくはないし、父の世話までしないといけなくなると私の身が持たない。

母のことをもっと父に頼めたらいいのだけど、リップクリームさえ塗ってくれない父には、母に楽しみを与えようなんて気持ちはサラサラ持っていない。
かといって、私が父に頼むのをやめてしまうと、つらい思いをするのは私でも父でもなく、母である。
母のためを考えると、根気よく父にお願いするしかない。

父のメールによれば、母はますます覚醒時間が減っているようだ。
「お母さん寝ていた頭さわっても起きない帰る」
というメッセージが定例化している。

目を覚まして苦しい思いをするなら、眠っていてくれたほうがまし。

そして楽しかった若い頃の想い出を夢に見ていてほしい。

人間は「肉体という牢獄につながれている魂」だと言ったのは誰だったか。
死によってだけ解放される。

苦痛は怖い。
でも、死も怖い。

考えていると、睡眠不足なはずなのに、夜眠れなくなった。


赤ん坊との日常は楽しくめぐる

母の療養病棟の現状と延命治療について暗い気持ちになった翌日、サトイモと「おひるねアート」の撮影会に参加してきた。
おひるねアートとは、床にシートを敷いてレイアウトをして、その上に赤ちゃんを寝かして撮影する写真アートのこと。

主催者の人に聞いたら、「お昼寝中の赤ちゃんを起こすなんてひどい!」と苦情を言ってきた老人がいて開催できなかった会場があるらしいけど、それこそまさに老害というもので、「おひるね」と名前がついているだけで赤ちゃんは寝てるわけではない。
立っているのではなくて寝ころんだ状態で撮影するという意味だ。

人気の講座で、かなりの倍率の抽選だったのを運よく当選した。
私はくじ運が良くないほうなので、サトイモのくじ運に違いない。

この調子で運の良い子に育ってくれますように。


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今度実家に帰るときにはこの画像をプリントして、母の病室の壁に貼っちゃおうか。

サトイモが自分の孫だってわかるかな?

すべてのものが珍しい

今日でサトイモは生後100日目を迎えた。
100日といえばお食い初め式なのだけれど、こんな大雨なのでひとまず延期。

それより、昨日は2回目の予防接種だった。

雨の中の病院通い。

思えば1回目の予防接種も雨だった。
2週間健診のときも1か月健診のときも雨。

はい、雨男確定!

そりゃ100日目で記録的大雨になるはずだよ。


自分の手を認識しました

そのスーパー雨男は、最近しきりに自分の手をしゃぶる。
お腹の中にいた頃も指しゃぶりをしていたのはエコーで知っていたけれど、最近は指どころかげんこつごと口に入れようとする。


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子育て情報によると、これをハンドリガードというらしい。

これくらいの月齢になると、自分の手を認識するらしいのだ。
「目の前にあるひらひらしたの、これが僕の手なんだ! 自分で動かせるんだぞ!」

赤ちゃんの発見てすげー!

かまやつひろしの『ゴロワーズを吸ったことがあるかい』という曲にこんな歌詞がある。

できる事なら一生赤ん坊でいたかったと思うだろう
そうさすべてのものが珍しく
何を見ても何をやってもうれしいのさ
そんなふうな赤ん坊を
君はうらやましく思うだろう


この世界に生まれてきて、まだ100日。
自分の手でさえ珍しくて面白いんだな。


足の指にお宝を発見しました

先日、元町商店街の中にある子育て支援センターに行ってきた。
神戸常盤大学が運営していて、登録すれば無料で参加できる。
とてもにぎわっていて、入り口前にはベビーカーの列ができるほどだ。

 

サトイモはまだお友達と一緒に遊ぶことはできないけれど、常駐の保育士さんによると、
「こういう場でお兄ちゃんお姉ちゃんが遊んでいるのを見ているだけでも良い刺激になりますよ」
とのこと。

このときはおしゃべりをし始めたばかりくらいの子供たちが何人か遊んでいて、知っている人知らない人の区別なく、
「みて~!サンドイッチできた~」
などとブロックを積んで持って来たりする。

こっちは不慣れなので、
「あっ、そう? …サンドイッチなの?」
とどこがサンドイッチかわからないただのブロックに戸惑いながらも、
「中の具は何かな?」
などとまともに相手をすると、幼児は黙りこくってしまった。
手加減を覚えなきゃいけない。
「たまごかな?ハムかな?レタスかな?」
とヒントをあげると、
「レタス!」
と答える。
「そっかぁ、レタスのサンドイッチかぁ」

認知機能が落ちていたうちの母に、そうやってよく選択肢を投げていたことを思い出す。
「飴ちゃんどれがいい? いちご、ぶどう、メロン、みかん」
「みかん」
「もう一回聞くよ? ぶどう、メロン、みかん、いちご、どれがいい?」
「いちご」
…それ、最後のしか覚えてないだけちゃう?
そんなやり取りも懐かしく思い出す。

サンドイッチとは別の男の子がやってきて、足の指を見せた。
「これ~!」
親指と人差し指の間を開き、
「これ~?」
と尋ねる。

指の股にホコリが詰まっている。
「ゴミが入っとうなぁ」

すると、次は人差し指と中指の間を開き、また、
「これぇ~!」
と言う。

足の指の間を開くと何かが入っているというのがうれしいらしく、いろんな人に見せて回っていた。

足の指の股にゴミが入っている!
しかも指によって異なる!
なんという世紀の大発見!!

ゴロワーズの歌詞のごとく、大人もこんなふうに毎日を過ごせたらどんなにか楽しいだろう。


老人もそれに近い

母のお見舞いを父に頼んでいるけれど、タオルの交換しかやってくれない。
特に、「リップクリームを塗ってあげて」という依頼は全く果たしてくれない。

何度言ってもダメなので、もう諦めた。

どうしてリップクリームを塗らないのかずっと疑問だったけれど、先日やっと理由がわかった。

「で、リップクリームて何や?」

今さら?!?!

父は何度説明しても、リップクリームが何なのかすぐ忘れてしまうのである。

何かわからないのだから、塗るのを忘れるのは当然だ。
何度も現物を見せ、塗ってみせ、リップクリームにマジックで「唇」と書いたにもかかわらず、忘れるのだ。

父も認知症なのかもしれないけど、昔からこういう人だった。

慣れなきゃいけないけど、いまだにため息が出る。

 

毎週実家に帰って食事を作っていた頃、父によく、
「これはなんていう料理や?」
と尋ねられて気を悪くしていた。
料理が不得意なのでどうしても被害妄想に陥り、ディスられている気分になってしまう。

特に決まった料理名がないものだと、こんなやり取りになる。
「豚肉と小松菜のグチャグチャ炒め!」
「そんな料理があるんか?」
「気にいらんかったら食べんでええで!」
「いや、食べる」

料理名がハッキリしたものだと、こう。
「ハンバーグに見えへんかもしれんけどハンバーグですわ!」
「ほう、これがハンバーグか」
「すんませんなぁ、わけのわからんもん出して!」
「いやいや。お父さんハンバーグ初めて食べるからな」
「嘘つけ!!」

母の世話でいっぱいいっぱいなのに父の相手までしていられない。

いつもイライラしていたせいもあるけれど、必要以上に私はケンカ腰だった。
けれど、父が料理名を尋ねるのは、イヤミや皮肉ではなく、どうやら本気で言っているらしいというのにやがて気が付いた。

ハンバーグを食べたことがない、というのも、本気なのだった。

もちろんそんなわけはない。

全部忘れているだけ。

それ以後、注意してきいてみると、父はいろんなものが初めての人になった。

「いっぺんシチューいうもんを食べてみたいなぁ」
「先週シチューやったやんか」
「ええっ?残念、覚えてないわ!」

「ポン酢買ってきてって頼んだのに、お父さんが買ってきたの、コレみりんやで」
「ポン酢とみりんって何が違うんや。ポン酢なんか食べたことないからわからんかった」
「…昨日の鍋はポン酢で食べたやないの」
「あれがポン酢か! 調味料の名前なんか気にしたことなかったしなぁ」

父のこのエピソードは数年前の話。

当時も認知症を疑ったけれど、病院での認知症検査にはパスした。
一体どういう脳の働きなんだろう。脳梗塞の後遺症だろうか。

父はあらゆるものを知らない。
毎日未知のものに遭遇する割に毎日がしょぼくれているのは、発見しても驚きがないからだ。

新しいものに出会うんだから、もっとワクワクしてほしい。

そうしたら老人だって、赤ん坊みたいに毎日がキラキラするのに。

大丸のエレベーターで怒られた。

子育てをやってみて初めて知ることが多い。

最初に感心したのは、赤ちゃん用オムツだ。

病院で看護師さんたちがパッと見てすぐに、

「おしっこ出てますね」

なんていうので、どうしてわかるんだろう、経験なんだろうか、と不思議に思っていた。

あるとき、

「おしっこ出てないか確認してください」

と言われて、オムツを開けてチェックしたら、

「何やってるんですか?ここを見ればいいんですよ」

とお知らせラインについて教えてくれた。

黄色いラインが青く変色するのだ。


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知っている人からしたら当然のことなんだろうけど、教わらないとわからない。

あとでパンパースのパッケージを調べてみたら、「便利なおしっこお知らせラインがついています」とだけ書いてあった。


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…気付かんかったなぁ。
 

母の介護をしていたとき、オムツを開けてチェックしていたから、

「こんな便利なものがあるなら、大人用紙オムツにだってつけてくれたらいいのに!」

と思ったけれど、自分で尿が出たかどうかわかる人が大半だろうし、オムツだけじゃなくて尿取りパッドを併用する人も多いから意味がないのかもしれない。

 

車イスとベビーカー

ベビーカーを初めて使ったときも、車イスとの違いに戸惑った。

ひとつはストッパーとかブレーキの存在。

車イスならグリップにブレーキがついているし、レバーで固定もできるから安心なんだけど、ベビーカーには個々の車輪にしかついてない。(機種によって違うんだろうけど、うちのにはない。)

もうひとつは、車イスにはちょっとした段差を乗り越えるときに踏むバー(今調べたけど、ティッピングレバーというらしい)が後方についているけど、ベビーカーにはない。

これが一番不便。

ベビーカーは軽いから、丸ごと抱えてもたいしたことないから不要かもしれないけれど、ティッピングレバーがついていたら便利なのになぁ、と思ってしまった。

 

各レバーなどの使い方や車イスの安全な利用方法については、ケアマネさんや療法士さん、レンタル業者さんが教えてくれた。

ベビーカーの場合はそういうのがない。

ちゃんと取扱説明書を読んだのだけれど、あまり詳しくは載っていなくて、いくつか疑問点が残ってしまった。(例えば、前輪と後輪で全方向動くのと固定されてるのがあったりとか。)

もちろん、ベビーカーの性能によってまちまちなんだろうけど、そもそも購入前に選ぶポイントからして自分で調べまくらないといけないのも面倒だった。(実際、ベビーカー選びは夫に丸投げしてしまった。)

その辺りも介護の場合、うちの母に適したものをケアマネさんやレンタル業者さんがアドバイスしてくれた。

そんなふうにアドバイザーがいたらなぁ…。

 

子育て全般について、介護サービスみたいだったらいいのになぁ、とよく思う。

ケアマネさんがいて、いろんなサービスを統括してアドバイスしてくれたらありがたいのに。

だって、欲しいサービスはよく似ているのだ。 

ね?

すごく似てるでしょ?

 

先日、保健師さんからアフターフォローの電話があって大変ありがたかった。

そのとき「区役所の保健師さんってまるでケアマネさんみたいだなぁ」と思った。

興味本位で担当している赤ちゃんの人数を聞いたとき、百人単位だったのでビックリした。

当たり前だけど、介護保険の事業として確立しているケアマネさんとは全く比べようがない。

子育て支援っていうけど、もっと本腰入れれば制度としてやれることがもっとあるってことだ。

介護のほうがサポートが進んでいる。

少子高齢化だから、政治が力を入れているのは高齢者のほうってことか。

じゃ、ますます少子高齢化の拍車がかかるんじゃね?

 

ステータスの高いデパートだと思っていたのに。 

夫が、「サトイモに買ってあげたいオモチャを見つけた」というので、先日、大丸神戸店に行った。

ウオッチ型の、腕につけるラトル。

 
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これまで縁がなかった子供用品売り場。

子供のための遊び場もあるし、ベビーステーションにはオムツ替え台やミルクを作るための浄水のお湯も用意されているという充実ぶり。

「さすが大丸やなぁ」

と言いながら、お買い物が一通り終わったあと、私たちは大丸友の会カウンターを目指した。

 

去年入会した友の会の積立が満期になっていたからだ。

毎月1万円ずつ1年間積み立てると、1万円分のお買物券がもらえるお得な仕組みなので、満期が来るのを楽しみに待っていたのだ。

 

移動には、車イス・ベビーカー優先エレベーターを使う。

そういう配慮があるのも、ちゃんとしてるなぁと思う。

 

ところが。

友の会カウンターは地下2階にあるのだけれど、エレベーターは地下1階までしか行かない。

優先エレベーターだけなのかな?と思ったけれど、そうでもない。

南のエレベーターだけじゃなく、東側にあるエレベーターも地下1階どまりだ。

 

じゃあ、車イスやベビーカーはどうやって地下2階に行けばいいの??

 

これまで何不自由なくエスカレーターを使っていたから、そんなこと気付きもしなかった。

「しゃーない、エスカレーター乗ろ」

と、夫がベビーカーを抱えてエスカレーターに乗り込んだ。

「大丈夫!?」

「俺がしっかり持っとうから」

私もサポートのつもりで後ろからベビーカーを支えた。

もちろんエスカレーターは混んでいなくて、乗っているのは私たちだけ。の、はずだったが。

後ろからすごい勢いで白髪のおばちゃんが近づいてきた。

「ちょっとあんたら!ベビーカーあかんって知ってるでしょ!!」

「あっ?えっ!?」

「ここにも!ここにも!ベビーカー禁止って書いてあるでしょ!!ほら!ここにもここにも!」

 

確かに、おばちゃんが指さすところにはベビーカー禁止マークが。

普段なにげなく乗っているエスカレーター。足元にそんな禁止事項が書いてあることすら気付かなかった。

「すみません、知りませんでした」

私としては丁重に謝ったつもりなのだけれど、

「知らんかったわけないでしょ!ちょっと考えたらわかるでしょ!ほんまあんたらどういうつもり!ケガしたって知らんよ!」

と攻撃をやめない。

エレベーターなので、降りたくても階下まで降りられない。

「すみません、これから気を付けます」

下に着くまでの間、ずっと怒られ続けた。

「まったくもう!」

ていうか、おばちゃんは降りてからも独り言のように文句を言いながら去って行った。

 

友の会のカウンターで、

「ベビーカーで地下2階に来るにはどうしたらいいんですか?」

と尋ねると、

大丸内にエレベーターがございませんので、地下鉄の連絡口にある外のエレベーターをお使いください」

とのことだった。

まじか、大丸神戸店。

 

何年か前まで友の会カウンターは確か8階にあった。

それが地下2階に移動したってことは、車イス・ベビーカーの人は友の会には入らなくて結構ってことだな(怒)

 

ベビーカーのマナーブックが欲しい

 

おばちゃんが言うのは正論である。

ベビーカーをエスカレーターに乗せるな。

じゃあ、もしエレベーターがなくて、でも目的の階に行きたい場合はどうすればいいのか。

よく考えたら、サトイモを抱っこし、ベビーカーはたたんで乗ればよかったのだ。

 

考えが足りなかったし、知識もなさすぎた。

 

けれど、正直、どうすればいいのか知る機会がなさすぎる。

せいぜいネットで検索するくらいで、教えてもらえる機会もない。

怒られるばかりで正解がない。

ベビーカーのマナーがどうとか言われるけれど、初めて扱うんだもの、こっちはわからないことだらけだ。

母子手帳にベビーカーのマナーブックがついていたらいいのにな、と思う。

いちいち追いかけてきて説教する暇があるおばちゃんは、マナーブックの編纂をすればよろしい。

攻撃者じゃなく、指導者がいる社会を望む。

筋少は30周年、サトイモは3ヶ月。

生後1ヶ月を過ぎたら、赤ん坊も大人と一緒に入浴していいらしい。

と言われても、まだまだ首がすわっていない赤ん坊を深い浴槽に入れるのは怖くて、私はいまだにサトイモをベビーバスに入れている。

 

ベビーバスに浸かっている間の、放心したサトイモの顔はとても愛らしい。

画像におさめたいなぁと思うものの、私がお風呂に入れていたらシャッターは押せない。

いつも遊びに来てくれる友達に、沐浴中の写真を撮ってもらえないかと頼んで、先週木曜日に来てもらうことになった。

 

前日になって、その日が筋肉少女帯ニコニコ生放送の日だということに気が付いた。

それも、「デビュー30周年記念日ライブ独占生中継」!

これは画面にかじりついて見たいところ。

 

来てくれる友達に、

「ニコ生始まったら、集中して見たいんやけど、それでもいい?」

と伝えると、それでも快く来てくれるという。

一緒にニコ生を見つつ、彼女はサトイモのミルクを飲ませたり泣き出したらあやしたりなど、世話を手伝ってくれた。

 

妊娠がわかったとき、1番困ったなと思ったのは母の介護のことだったが、2番目にツラいなと思ったのは今年が筋肉少女帯の30周年記念イヤーであることだった。

せっかくのお祝いの年なのに、ライブに行けないなんてなぁ…。


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幸い文明の利器によって今回は生中継があって、友達のサポートもあって、画面でライブが楽しめた。

ありがたいこっちゃ。

 

ただ、秋にはライブツアーも決定した。

それには行けるだろうか。

もちろん誰かにサトイモを預かってもらわないといけないわけだけれど、そこまでして行くのか行かないのか、というところに葛藤が生まれる。

なかなか気軽に「預かってもらおう」という気分になれない。

 

預かってもらうために行う準備や段取りが面倒なのもあるし、預かってもらう人に対する責任もあるし、親としての体面の問題もある。

 

欧米では、子供をベビーシッターの学生アルバイトなんかに預かってもらって、両親が夜に遊びに行くことは当たり前だそうだ。

けれど、日本ではまだまだそんな人は少ない。

日本では、「遊びに行くから預かって」のハードルが高い。

そんなことをしようものなら、批判してやろう、説教してやろう、という人たちが手ぐすね引いて待っている。

 

いろんなところで感じるけれど、社会はどんどん寛容さを失って、すぐに人を断罪する。

それに伴って、日本人はいろんなところで「楽しむ権利」を放棄させられている気がする。

 

ところで、サトイモは明後日で満3ヶ月になる。

「やっと」3ヶ月だけど、この3ヶ月はめちゃくちゃ早かった。

 

サトイモの画像をまとめるのに、「みてね」というアルバムアプリを使っているんだけど、このアプリがこれまでの動画を勝手に編集して総集編動画を作ってくれた。

これがすごくよくまとまっていて、何度も何度も繰り返し見ている。

生まれてから3ヶ月までの成長がよくわかり、大きくなったなぁ、としみじみする。

 

出てきたとき2,064グラムだった体重が、もう5キロを超えた。

20ミリリットルしか飲めなかったミルクが、今や120ミリだ。

たった3ヶ月なのに、すでに小さかったときのサトイモが懐かしい。

 

動画を見てくれた親戚が、

「これからもっともっと可愛くなるよ」

と言ってくれた。

生まれたてのときよりもずっと、サトイモは私の宝物になっていく。

地震と連絡

一人で育児をしていると困るのが、朝のゴミ出しである。

角を曲がった先のゴミ取集所まで行かないといけないので、サトイモを置いていくかどうか迷うのだ。

ぐっすり眠っていてくれたらいいけれど、眠りが浅くて泣き出してしまったらどうしよう、と思案する。

 

月曜日の朝はプラスチックゴミの日だった。

先週は量が少なかったから見送った。

そのせいで、今週はもう袋がパンパン。

絶対に捨てないと!と意気込んでいたのに、こんな日に限ってサトイモが朝からグズる。

ふにゃふにゃ言って、ほっておくと泣き出す。

抱くとピタリとやむ。

仕方ないので、抱っこ紐で抱いてゴミ出しに行った。

 

せっかく装着したので、抱っこしたまま家事を済ませよう、とそのまま洗濯物干しをすることにした。

雨の予報なので浴室乾燥だ。

洗濯物をかがんで籠から取るときにサトイモが落下しないように気をつけながら(抱っこ紐からの転落事故が一番怖い)、サクサクと干していく。

調子よくやっていると、リビングで変な音が鳴っているのが聞こえてきた。

すでに浴室乾燥のスイッチを入れていたので音がうるさく、鳴っているのが何の音なのかよくわからなかったが、スマホだというのはわかった。

 

で、次の瞬間、ぐらぐらと揺れた。

 

やばい、地震だっ!!

 

何かの下に隠れないといけないことはわかってたけど、とっさに隠れられる場所が思いつかない。(あとから思えば、正解はリビングのテーブルの下だ。)

とりあえず浴室を出る。

オロオロして、そのまま玄関を出た。

 

その時点で揺れは収まっていたけれど、これが余震であとから本震が来る場合もあると思ったので、しばらく共用部分の廊下にいた。

上の階に住んでいるらしいよその赤ちゃんが泣き叫ぶ声が聞こえていた。

一方サトイモは抱っこ紐の中ですやすや。

 

運よく抱っこ紐でサトイモを抱いていたので、それほどパニクらないで済んだ。

これがちょっとでも離れていたとしたら、どれだけ肝を潰しただろう。

 

部屋に戻っても、サトイモはしばらく抱っこ紐で抱いたまま、テレビを見ながら夫とLINEで連絡を取り合った。

夫は出勤途中で、西宮で電車が止まってしまったとのこと。

車内に閉じ込められるかと思いきや、ちょうどホームに着いたところだったらしくて、すぐに降りられたらしい。

けれど、中途半端な西宮駅で降りたところで、会社へ行くことはできず、家に戻ることもできず。

「帰宅難民とか、情報で知っとってもたいしたことないやろうとナメとった。いざ自分がなってみたら、どんだけしんどいかようわかったわ」

阪神淡路大震災のときはすぐには家族と連絡が取れなかったから、こうやってすぐにやり取りができることに安堵した。

 

スマホを酷使?!

 

その後、何人かの知人と安否確認のような連絡を取り合った。

それほど酷使したつもりはないのだけれど、スマホを使っているうちに、だんだん操作性が悪くなってきた。

夕方くらいから、電源キーが反応しなくなってきて、ちょっとさわると画面に音量コントロール画面が表示されるようになった。

 

なんとかしようと設定をいじっていたら、システムのアップデートがあったのでやってみたら、そこから完全におかしくなってしまった。

やってはいけないことをやっちまったらしい。

セーフモードになったまま、再起動できなくなってしまったのである。

 

セーフモードだと、インストールしたアプリが全く表示されない。

SNSが全滅。

FacebookTwitterもLINEも使えない。

前者はPCからでも起動できるけれど、LINEはこういうとき困る。

 

どうしよう!!夫と連絡が取れない!!

と焦ったけれど、ふと、メールという基本機能が生きていることに気が付いた。

そうか、メールすればいいんだ。

というか、逆に普段、どれだけメールという連絡手段から遠ざかっているかに改めて気付いた。

もちろん、電話という手段だってあるんだし。

 

ひとつのことにこだわらず、普段から代替手段を何か考えておくというのが重要かもしれない。

くしくもそれが、地震のときだというのが皮肉だった。

交通にしてもインフラにしても、普段使っているものが使えなくなった場合どうするか。

 

というわけで、このブログは久しぶりにスマホじゃなくてPCを使って書いている。

今日はこれからソフトバンクショップへお出かけだ。

 

もちろんサトイモは抱っこ紐で抱いて。

雨が降りませんように。

 

 

※雨は降ったけど、予告どおりソフトバンクショップに行って、スマホは無事復旧しました!