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3歩前のことを忘れる女のサブカルと介護の記録

神戸に住むアラフォーOL、波野なみ松の、仕事と趣味と母の介護を両立させる日々の記録。

日本国憲法と『この世界の片隅に』

映画

友達の中で一番テレビに出ているのが本多力くんだとしたら、友達の中で一番新聞に載っているのは弁護士になった弘川欣絵ちゃんである。

もう10年近く前になるけれど、彼女が弁護士になった直後くらいの話。友達何人かで飲み会があって、そのとき彼女が私たちに出したクイズが忘れられない。

「あなたは憲法を守らないといけない、○か×か?」

いきなり憲法である。
ケンポーといえば、少林寺のほうがまだなじみがあるくらいな私は、面食らった。

「ええっ、け、けんぽ~!? いやそりゃ守らないといけないんじゃないの?!?」
「ぶーーーっ!!」
「えーっ、なんで~??」

彼女から教えてもらった答えはこうだ。
憲法というのは、国家権力が守らないといけないもの。
個人が守らないといけない「法律」とは性質が全く異なるらしい。
主権をもっている私たち国民は、憲法を守る側ではなく、憲法を政府に守らせる側なのだそうだ。
し、知らなかったなぁ~。

飲み会の席でさえ憲法を話題にするくらい、日本国憲法が大好きな彼女は、去年くらいから日本国憲法の素晴らしさを伝える活動をがんばっている。
憲法カフェというイベントだとか、憲法の話をする講演などに引っ張りだこだ。
そんな活躍もあって、ときどき新聞に取り上げられているというわけ。

もちろん普段は弁護士として働いているので、講演をするのは土日が多い。
私は週末の介護の関係で、参加したくてもなかなか行ける日がなかったのだけど、今回23日の祝日、ようやくその機会を得た。

尼崎の武庫川9条の会というところが主催しているイベントで、今回の彼女の話は「自民党改憲草案を斬る」というタイトル。

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時間がなくて駆け足だったけど、今の日本国憲法自民党改憲草案を比べながら、ポイントを教えてもらった。

欣絵ちゃんの解説でよくわかったことのひとつが、今の憲法によく出てくる「公共の福祉」という言葉の意味。

今の憲法で、国民には自由と権利が保障されているのだけど、それを制限するものが1つだけある。
それが、「公共の福祉に反しない限り」という部分だ。
「公共の福祉」って言われても何だかわからなかったけど、欣絵ちゃんの解説によれば、これは「ほかの人の人権」のことだそうである。

人が生きている限り、個人の利害はぶつかり合う。
人権だって、ぶつかり合う時がある。
だから、お互いの人権を侵し合わないように、というのが「公共の福祉」だ。
小さい話で言うなら、うちの実家で、父の「タバコを吸う自由」と、私の「煙を吸いたくない権利」がぶつかり合っているのが、きっとそれだな。

自民党改憲草案では、「公共の福祉」が消え、代わりに「公益及び公の秩序」に変わる。

私は、「良いようになるなら、憲法だって変えたらいいやん」と思っている。
でも、「公共の福祉」が「公の秩序」になるのは、かなり、いや相当、いただけない。

秩序。
個人の自由は往々にして秩序を乱す。
ロックの精神だって、常識という秩序を乱すこととも言える。

だって、こんな風に言われちゃったらどうする?
「ロックフェスは秩序を乱すから禁止」
「残酷描写のある映画は秩序を乱すから禁止」

うーむ、そんなの私には耐えがたい。

じゃあ、こういうのは?
「車イスで公共交通機関を利用するのは秩序を乱すから禁止」
発達障害の生徒は授業の秩序を乱すから別教室へ」
「赤ちゃんの泣き声は秩序を乱すから子連れの外出禁止」

自由と権利より秩序のほうが優先されるということは、そういうことになるんじゃないか?
そんな不自由な国なんて、すごく嫌だ。

日本人は秩序が好きな国民性だから、もともと自主規制が多くて、他人に迷惑をかけることに神経質だ。
んでもって、ちょっとでも秩序を乱すものに対して、不寛容になりつつある。
このうえ、憲法でまで自由より秩序が大事だと定められてしまったら、この先どうなることやら。
戦時中、江戸川乱歩谷崎潤一郎の文学が発禁処分になったことを思い出す。
つまんねぇ世界になるよ、絶対。

*********

さてさて、この日の夜は、シネ・リーブル神戸にて『この世界の片隅に』を見た。

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町山智宏周辺で絶賛されている、能年玲奈改め「のん」ちゃん主演のアニメーション映画だ。
シン・ゴジラ』のときもそうだったけど、公開初日はこの映画の感想で私のTwitterのタイムラインが埋め尽くされた。

よく言われている見所は、
★広島・呉の美しい風景
★不幸な時代を明るく生きる人物
★詳細な調査によって史実に基づいた設定
といったところだろうか。
確かに全部そのとおりだった。

そして、私の注目点は脚本、台詞のうまさだった。
会話のやり取りの楽しさから、登場人物たちの温かさが伝わってくる。
ふとした主人公すずちゃんの呟きに、胸が締め付けられる。
もっとも悲惨な時代なのに、ついつい笑ってしまう場面がたくさんある。

主人公すずちゃんと旦那さんのやり取りが特に秀逸で、キュンキュンしてしまった。
旦那さん、素敵!!
ある種、恋愛映画として見ても面白い作品だと思う。

水兵になった幼なじみとの三角関係の場面も、なかなかハラハラさせられる。
もともと秘かに両想いだった幼なじみ二人と、今は仲の良い夫婦である二人の、どこか遠慮がちな関係。
戦争で死ぬかもしれない出征前の兵士への複雑な思いがせつなかった。

食べ物がなくても、兄が戦死しても、憲兵に絵を禁じられても、毎日が少しでも楽しくなるように、主人公たちは生活を重ねていく。
淡々と描かれている時間が進むほど、時代は主人公たちからいろんなものを奪っていく。
大切なものを奪いつくす。

見終わって、昼間に欣絵ちゃんの説明にあったある言葉を思い出した。

日本国憲法には、「平和的生存権」という、世界でも先進的な権利が保障されているという。

「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」

この権利が本当なら、すずちゃんのように、穏やかで美しい日常を壊されてしまうことはもうないはずだ。
この権利が、ずっと、保障される国なら…。

あの悲しい時代を生き残ったすずちゃんたちのためにも、私たちはこの平和的生存権を守っていかなければ。
それには、私たちの「不断の努力」が必要だ。
ボーッとしてたら、すずちゃんみたいに、知らず知らずに奪われてしまう、脆い、大切な宝物。

ちなみに、自民党の草案からはこの部分は削られている。
平和は脆い。