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3歩前のことを忘れる女のサブカルと介護の記録

神戸に住むアラフォーOL、波野なみ松の、仕事と趣味と母の介護を両立させる日々の記録。

お母さんお願いだから食べてよもう。

母の食が進まない。
ご飯はお粥にし、メインのおかずはミキサーにかけ、お豆腐や介護食などをプラスした軟らかい食事を用意しているけれど、なかなか効果が上がらない。

食べようとするけれど飲み込めないときもあるし、口に含んだまま眠ってしまって、起こしても起きないときもある。
どちらにしろ、スプーンで口に入れてモグモグしても、ダラダラ口からこぼれてしまうのだ。

介助している側からすれば、入れた食べ物を出してしまわれるとイライラする。
スプーンで食べ物を口に運び、モグモグするのを見守って、やがて口からこぼれ出てくるのを待ち構え、スプーンで再び口の中に戻す。
入れる、出てくる、戻す、の繰り返しで、食事が終わらない。

「お母さん食べてよ、お願い!」
こちらが半泣きになる。
「匙を投げる」とはまさにこのこと。
諦めるタイミングを見計らいながら、苛立ちを隠せない。

あまりにイライラするので、これじゃあ施設でも介護スタッフさんたちに迷惑をかけてるなぁ、と心配になる。
自分の母親だから腹が立っても食べてほしいと思うけれど、他人だったらもう、
「吐き出すなら勝手にしなさい!」
って気持ちになるんじゃないだろうか。

いや、逆に家族だからイライラするのかもしれない。

南京町の中華料理屋の店長がこんなことを言っていたのを思い出す。
「仕入れ担当と調理人は別のほうがええねん。値段を知っとったら、ついケチってまうときがある。仕入値のせいで、料理の質を優先できんようになるから」

それと同じ理屈で、食事を吐き出されると値段を計算してしまうのだ。
自分で買ってきているので、介護食が決して安くないのを知っている。
だから吐き出されると、
「今お母さんが口から出したそれ、なんぼするか知っとう?!」
と声を荒げたくなる。

また、食事を作っているのも私なわけで、手間をかけて作ったものを吐き出されるのも気が悪い。
介護施設で調理担当と食事介助担当が別であれば、私ほどイライラすることはないかもしれない。

また、時間に追われているのでゆっくり食べさせられない、という点でも、自宅ならではだと思う。
特に朝ごはんは、デイサービスのお迎えの時間が迫ってくると焦ってしまう。
施設にいたら、どこかへ出掛けて行くというわけではないから、焦る必要はないのかもしれない。

ともあれ、苛立ちはしょうがない。
吐き出すことがあっても、まだ口から食べてくれるうちが花。
これ以上食べられなくなったとしたらどうするか。

栄養補給の医療処置といえば、まずは点滴。
だけど、先週失敗したから点滴には不安がある。

あとは鼻からチューブを入れる方法。
これは苦しいらしいから、かわいそうだ。

結局、最終的に胃瘻にするかしないか、というところに行きつく。

胃瘻を造設しても、口から食べることはできる。
とりあえず造ってしまおうか、と思わなくもない。

胃瘻を造設するには、1週間程度の入院が必要らしい。
入院するときにはやはり付き添わないといけないだろうから、また会社を休まないといけない。
何かあるとすぐ会社を休む話。
多くの人が介護離職してしまうのも仕方ないよなぁ。

「今月ならまだ休めそうだから、早めに胃瘻を造設しちゃうのもアリかも。来月から忙しくなるし…」
と彼氏にこぼすと、
「そんな、会社の都合で胃瘻を決めるの?」
と驚かれてしまった。
確かにそのとおり。
でも、後手に回って、何もかもが立ち行かなくなることも怖いのだ。

ただ、身体が動かない、おしゃべりもできない母が、機械的に栄養だけ送り込まれて生かされている状態になって、それでいいのか。
痛かったり苦しかったりしても、何も言えないまま、つらさを訴えることができないまま生かされている。
そんな状況を考えると、造らないほうがいいとも思う。

食べてくれなくてイライラするから。
仕事を休めないから。

そんな理由で母を延命させるのか?
私の勝手で?

せめて延命治療について本人の意思表示があったらよかったのになぁ、と思う。
今となってはもう遅いけど。