3歩前のことを忘れる女のサブカルと介護の記録

神戸に住む40代波野なみ松の、育児と趣味と要介護両親の対応に追われる日々の記録。

ザ・ぼんちは漫才界の『イレイザー・ヘッド』である。

縁あって、ザ・ぼんちの漫才を見る機会があった。
寄席などではなく、いわゆる営業のステージだ。

けれど、「漫才を聞けるよ」と知人に誘われて出演者名を聞いたとき、思わず、
「ぼんちかぁ…」
と思ってしまった。
「おさむちゃんでーす、って大きい声で騒ぐだけだもんな…」
というのが私の印象だったからだ。

ザ・ぼんちといえば、漫才ブームを牽引したトップ漫才師。
言わずと知れた漫才界の大御所だ。
過去の栄光で営業の仕事は引く手あまただろうけど、今はどうなんだろう?

だから、たいして期待もせずに客席の末席に座らせてもらった。

漫才は最初、物忘れとか頻尿とかの加齢ネタから始まった。
《※うろ覚えなので、言い回しは正確ではありませんのでご了承くださいね。》

「2階まで上がったところで、あれ、何を取りに来たんか忘れてしまうんや。こんなことない?」
「僕はないです、だってうちには2階がないから」
みたいなネタ。

演者も観客もみんなそういう年代なので、老化現象あるあるネタはウケがいい。
みうらじゅんが言うところの「老いるショック」。
まさに高齢化社会を象徴する題材。
大木こだま・ひびきも、綾小路きみまろも、似たようなネタをしゃべってた気がする。

加齢ネタはよくある話だけにちょっと普通だな、と思いながら聞いていると、脳の老化防止に連想ゲームをやろう、という流れになってから漫才が加速していった。
「正解、ピンポン!
と言うと、
「は~い、お客さんや」
と、おさむちゃんが玄関のチャイムと間違えてステージをはけていこうとするので、
「今のピンポンは違う!」
とまさとさんが連れ戻す。

まさとさんが「ピンポン!」と言うならともかく、自分で「ピンポン!」と言っても「は~い!」と出ていこうとするおさむちゃん。
その度に連れ戻される。
「正解!ピンポン!は~い!」「違う違う」の繰り返し。

ボケというか、繰り返し方がほとんど認知症のそれ。
身近にいるだけによくわかる。
認知症をネタにするのはよくあるだろうけど、認知症そのものを再現しているのは新しいかも。

なんかこの漫才、相当シュールだぞ、と気付いたのは中盤。
飛行機での乗客と外国人の男性CAとのやり取りになっていた。
「Would you like beef or kitchen? 」というやり取りから、「キッチンやないです、チキン!」と指摘すると、「チキン、テッチャン、ミノ、ハラミ…」と焼肉になっていく。
「ナイショで生レバーもあるよー、なあ、お母さん」
と、舞台はなぜか関西の(鶴橋あたりの?)焼肉店のご夫婦に変わってしまう。
ちょっとネタをはさむにしては長すぎる。
場面の切り替わり方が、まるで夢の中の話のようだ。

一番仰天したのが、最後の締めくくり。
あまりに話が支離滅裂すぎるおさむちゃんに、
「この漫才終わったら病院行ったほうがええわ」
と言うまさとさん。
「今時ね、予約もなしに診てくれる病院なんてありません」
「救急病院があるやないの」
「嫌ですよ、そんなキューキュー病院なんて。そんな苦しい病院!」
ここまでは、理解できる普通の漫才。
客席も小さい笑いが出ている。

しかし、おさむちゃんの話は続く。
「キューキュー病院て知ってますか? 入り口がこーんなに狭くってね、廊下もこんなに細くってね、こんなんなって進んでいった先に、先生が注射器を持って待ち構えてるんです。こんなふうに振りかぶって、バーーーン!!! 注射を刺されて…、先生はね、…オスのカマキリだったんですよ!!」

ええーっ?!?!
このオチを聞いたときの私の衝撃がおわかりいただけるだろうか。
な、なぜカマキリ!?!?

「そのオスのカマキリもね、最後はメスのカマキリに食べられて死ぬんですよ! 海ガメはね、百個ちかい卵を産むんです。でも、そのほとんどが鳥に食べられてしまうんです。やっと海にたどり着いた残りの赤ちゃんも魚に食べられてしまうんです! セミもね…」

…なんと例えればよいのだろう。
シュール?
不条理?
いや、やっぱり悪夢の世界かもしれない。

バリー・ユアグローという作家が、悪夢のような奇妙な世界を短い小説にしているのだけど、なんだかそれを思い出した。

一人の男が飛行機から飛び降りる (新潮文庫)

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もしくは、ルイス・ブニュエル監督の『アンダルシアの犬』やデビッド・リンチ監督の『イレイザー・ヘッド』。
いずれも、なんでそうなるのかわからない、つながりのないコマ切れの世界。
私はなぜだかその奇妙な味わいが大好きで、わけがわからなくなるほど魅力を感じてしまう。

そう。
漫才だって、こうなってしまったら、笑えるかどうかの問題じゃない。
過去のビッグネームとあなどるなかれ。
ザ・ぼんちの漫才は異次元に入ったようだ。

衝撃を受けた漫才だけれど、家に帰ってからYouTubeで検索したら、オスのカマキリの話は鉄板ネタのようで、しょっちゅうしゃべっていた。
すごいぞ!ザ・ぼんち

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今回のステージは二部構成になっていて、後半は歌のコーナーだった。
カラオケだけれども、往年のヒット曲『恋のぼんちシート』に客席は大拍手。

『恋のぼんちシート』は80万枚を売り上げた大ヒットだったらしい。
私も「A地点から、B地点まで」という出だしくらいは知っていたけれど、全部をちゃんと聞いたのは初めて。
改めて聞いてみると、すごくいい曲だ。

誰が作った曲なのかが俄然気になり始めた。
うなずきトリオの『うなずきマーチ』が大瀧詠一イモ欽トリオの『ハイスクール・ララバイ』が松本隆細野晴臣の黄金コンビだという例もある。

さっそくスマホで検索すると、出た!
作詞・作曲が近田春夫
編曲が鈴木慶一
しかも演奏にムーンライダースがかかわっているなんて!!
いい曲なはずだよ!!

今聞くと、「そうなんですよ川崎さん」「ちょっと待ってください山本さん」というやり取りも意味不明。
下記のブログによると、『アフタヌーンショー』という番組の司会者とレポーターなのだろうだ。

「恋のぼんちシート」 ザ・ぼんち|昭和歌謡ブログ マンボウ 虹色歌模様

当時は自明のことだったんだろうけど、時代を経て、川崎さんと山本さんが誰なのか深読みしたくなる奇妙な味わいを感じる。

タイトルも、ずっとどういう意味なのか不思議だった。
ぼんちシート????
シートって敷くシート?
一体何のこと???

今回調べてみて、近田春夫がプロデュースしていたジューシー・フルーツの『恋のベンチシート』をもじったものだとわかった。
なーんだ、たいして意味はなかったのか…。

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ステージでは、『恋のぼんちシート』以外にもナットキングコールの『ROOT66』などジャズのスタンダードナンバーを流暢な英語で3曲ほど。
おさむちゃんはずっとジャズを歌ってきたらしい。
それも含めて、ザ・ぼんちのイメージが変わった夜だった。