臨終の1日(1)
7月23日土曜日18時30分、母が他界した。
自分の備忘録のために、スケジュールを含めてこの日から葬儀まで記録しておく。
土曜日朝7時半、病院から「臨終に間に合わない可能性があるので、少しでも早く来てください」と電話がある。
朝10時頃、姫路の病院に到着。急かされた割には、到着してから受付に時間がかかり、しばらく待たされる。
病室は前と同じだけれど、6人部屋に母一人。
そういう配慮らしい。
母は6月の肺炎のときよりはマシだけど、それでも少し苦しそうな息。
呼びかけに応じる気配はないけれど、手を握ったり、顔を拭いたりしながら話しかける。
11時半頃、父が到着。車椅子を借りる。
サトイモは父の車椅子を押すのを面白がり、オモチャのように遊んでいた。
12時半、食事のために外出。
取るものも取りあえず出てきたので、サトイモのオモチャなどが皆無だったため、マクドナルドでハッピーセットを頼み、テイクアウトして実家へ戻る。
15時過ぎ、再度病院へ。
様子は変わらず。
父もサトイモも病院にいることに退屈してしまって、帰ろうと言い出す。
入口で「見舞いは15分」と言われたのもあり、また実家へ戻る。
17時43分、病院から呼び出しの電話。
容態が変わったとのこと。
急いで病院へ行く。
ところがまた、入り口で待たされる。
裏口のドアの鍵を取ってくる時間、検温、コロナのアンケート記入。アンケートはこの日3回目。
おまけに廊下を進む父の足がのろのろ。
病室の扉を開けると、看護師が、
「あっ、たったいま…」
と言った。
ドラマとかでよくある、モニターの線がまっすぐ状態、心拍数0。
えーーっ?!
ええーーっ?!
「いつですか?!」
「まさにたった今です。さきほど息を引き取られたところです」
と看護師は言った。
「苦しそうだった息が穏やかになってきましてね、最後は眠るようにスーッと息を引き取られました」
その瞬間が見たかったのに。
その場に立ち会うはずだったのに。
そこを看取ることができず、一人で旅立たせてしまった。
手を握る。
少し温かい。
顔を触る。
びっくりするほど冷たい。
サトイモが、
「ばあば、おにんぎょうさんみたいになっちゃったの?」
と言った。
「ママが大好きな、ママのママが死んじゃったんだよ」
自分で言って、涙が止まらなくなった。
父はあとでゆっくりゆっくり入ってきた。
看護師から知らされて、
「ああそう」
とだけ答えた。
しばらくすると、医者が来た。
「心拍が止まっています、息をしていません、瞳孔が開いていません。死亡時刻は、7月23日、えーっと何時?18時35分? 死亡を確認しました」
「あのぅ、私が部屋に入ってきたのが18時30分で、そのときもう息をしてなかったんですが」
「まあそれはね、ええ、まあ」
どうやら死亡時刻はそれほど厳密ではないらしい。
その後、葬儀屋に電話。
昼間実家に戻っていた間、父が母のために入会していた互助会の連絡先を出しておいてもらったので、スムーズに話が進む。
実家から一番近い会館は予定が入っていて使えないとのことで、二番目に近い会館を手配してもらう。
そこも十分近く、空いていてラッキーだった。
そこがなかったら、遠い葬儀場になるところだった。
葬儀の形態について父はとにかく「家族葬がええ」と言う。
「家族っていうか、親族は呼ぶから親族葬でしょ?」
「そうやな」
「お母さんの友達には、参列してもらってもいい?」
「来てもらわんでええ」
「なんで?」
「めんどくさい」
私は母と仲の良かった人達にはできるだけ来てもらって見送ってほしかった。
母はしょっちゅう「同窓会に行きたい」「お友達に会いたい」と言っていたので、最後に会えることを望んでいるはず。
「お父さんが面倒くさいだけ?」
「そうや」
「ほんなら呼ぶからね。お父さんの葬式ちゃうで。お母さんの葬式なんやからな!」
「好きなようにせえ」
基本的には親族葬、香典辞退にして、親しい友人の参列はかまわない、という形にした。
通常だと日曜がお通夜、月曜が告別式だけど、月曜は友引ですがどうされますか、と葬儀屋が言う。
慌てたくないので、1日延ばして月曜お通夜、火曜に告別式をすることにした。
その場合、遺体を安置すると1日分の延長料金がかかるとのこと。
問題は母を自宅に戻すか、葬儀場に直送するか。
気持ちとしては一旦家に帰してあげたい。
でも、家はゴチャゴチャしているし、和室のエアコンは壊れているし、何より、道路から玄関まで急で長い階段がある。
どうしようか、と父に一応尋ねても、父は、
「わからん。好きなようにせえ」
としか言わなくなった。
迷った挙げ句、実利をとって直送してもらうことにした。
看護師から、遺体を拭いたり着替えをしたり、 搬送準備と片付けをするのに1時間くらいかかるので、外で待っているように言われる。
「着替えの服はお持ちですか?」
と尋ねられ、そんなことすっかり考えていなかったので、困ってしまった。
「大丈夫ですよ、病院でご用意できますよ。患者様の服を着せて帰られたいという方がいらっしゃるので、聞いただけですので」
そう言われたら、確かに病院の寝間着なんかじゃなく、最後くらいお気に入りの服を着せて退院させてあげればよかった、と思う。
葬儀屋には、病院の準備が終わる時間に迎えに来てもらうよう連絡。
その後、母方の親戚2人と母の親友に訃報を知らせる電話をかけ、そこから連絡を回してもらうようお願いする。
父はその間、自分の妹に電話。
夕食を食べる暇がないので、近くのコンビニに買い出しに行く。
サトイモは大好きな「あめりかのどっぐ」を買ってもらって噛りながら病院の駐車場へ戻ると、すでに葬儀屋の車が病院の出入り口に駐車しようとしているところだった。
葬儀屋の車には私とサトイモが同乗する。
サトイモはまだ呑気にアメリカンドッグを食べている最中だったので、
「ばあばが来るまでに食べてしまいなさいよ」
とせかす。
サトイモが座る補助シートにシートベルトがなく、サトイモはそれをひどく気にしていた。
やがて、医者や看護師数名がストレッチャーに乗せて母を連れてくる。
遺体はそのままスムーズに車に入る。
お世話になりました、とご挨拶をして、見送る病院職員を後にする。
もうここに来ることはないのか、という気持ちになる。
遺体を葬儀場に直送することになったので、葬儀屋は自宅前を経由することを提案してくれる。
横のスライドドアを開けて、母に自宅を見せてあげることもできるとのこと。
ぜひお願いします、ということになったが、着いてみると車のドアの向きが逆方向で、向きを調整するために何度か家の周辺をグルグル回る。
母は目をつぶっているのに自宅を見せるというのも変だけど(根本的に死んでるから見れないわけだけど)、布をとって、顔を玄関に向けて、
「お母さん、やっとおうちに帰ってきたよ」
と声をかける。
葬儀場である会館に着くと、これまたビックリするくらいスムーズに遺体は中の部屋へ運ばれて行った。
さすがプロの仕事。
こちらは初めて立ち会う臨終の場に、戸惑うことばかり。
それに対して、病院スタッフや葬儀屋の手際の良いこと。
そしてまだまだ、夜は続く。