3歩前のことを忘れる女のサブカルと介護の記録

神戸に住む40代波野なみ松の、育児と趣味と要介護両親の対応に追われる日々の記録。

ロングロング供述調書

まだまだ1月16日は続く。

警察署に着いたときには、あたりはすっかり暗くなっていた。

署まで来てくれとは言われたけれど、誰を訪ねればいいんだろう? 警察の人たちは誰一人名前を名乗らなかったしなぁ、と心配していたら、玄関のドアを開けた瞬間、机に座っていた署員たちがみんな、あ、来た来た、という雰囲気になった。

そのうちの一人が2階の部屋に案内してくれる。

 

通された部屋は大会議室で、デコラ机がいくつも並んでいた。

テレビドラマとかで、たくさんの警官に捜査方法なんかを説明するような部屋だ。

壁には、額に入れられた署訓や警察官の心構え、事件を解決したときの表彰状が飾ってあった。

書道で書かれた、

「初動は警察の命」

がカッコいいではないか。私の最初の通報では何もしてくれなかったけど。

 

その広い会議室の後ろ2、3列に、家へ来てくれた人たちがいて、証拠品が入っている黄色の袋や借りていった資料などが置かれていた。

うしろの隅にパーティションで区切られた一角があって、その中にパソコンとプリンタなどが置いてある机があった。

机には小島よしお警官が座っていて、パソコンに向かって何かを作成している。

仮設の捜査本部ってかんじ。

 実はそのパーティションが供述調書ブースだった。

その後何時間も、私は小島警官と向かい合わせで座り、話をし続けることになった。

 

ただ、徹頭徹尾、警察の皆さんは自分たちが何をしているのか私たちに教えてくれない。

今から供述調書を取ります、という言葉すらなかった。

ただ質問をするので答えてください、お話を聞かせてくださいというだけ。

また、供述調書には書き方というかセオリーがあるみたいで、小島警官はそれにそって私に質問をしてくるのだけれど、こっちはその意図がわからないので、なんでそんな質問をされるのだろう?と戸惑うことが多かった。

こっちはとにかくお金を盗まれた話がしたいのに。

 

だいたい、最初の住所表記からつまづいた。

「うちは『番地』じゃないんです。『1の111』っていう住所なんです」

と私が主張しても、

「『の』じゃないはずです。『1番地111』としますが、いいですか」

という。

こっちはもう45年もそこの住所を「1の111」としてきたのだけど、そっちが「1番地111」だというなら好きにすればいい。

なんなら登記簿とかで正しい表記を調べたらどお?と、細かいところにこだわられてちょっとふくれっ面になる。

 

小島警官の供述調書の組み立てはだいたいこんなかんじだ。

1.現在の家族状況

2.父の生活状況と我が家の経済状況

3.ヘルパーを入れた経緯

4.事件を認識した経緯

5.カメラを設置して犯人を特定した経緯

 

事件の前段階となる、1と2がとにかく長かった。

「お母さんはなんで入院しているんですか」

という質問ひとつとっても、うちの母の場合は簡単じゃなかった。

大脳皮質基底核変性症という難病で2009年から徐々に進行してきた病気だから、例えば〇月にガンが見つかって〇月から入院しています、というような明確な答えにならない。

「入院まではお父さんとお母さんの2人暮らしだったんですか」

と言われても、母は平日ずっとショートスティで施設にお泊りをしてもらっていたので、イエスとは答えられないのだ。

母の病気が進行して介護サービスを使うようになったこと、父と2人では生活がままならなくなってショートスティをするようになったこと、私が週末は帰って面倒をみていたこと、私が妊娠して思うように介護できないようになった矢先に母が救急車で運ばれたこと、など、すごく前から順を追って話すしかなかった。

小島警官は家族状況を把握するために母について質問するものの、どうまとめればよいか頭を悩ませていた。

挙句、母の病気については詳しく書かず、入院しているという記述だけに省略された。

めちゃめちゃ長い時間詳細に話したのに!

まあ、事件とはあまり関係ないから省略でいいと思うけど。

 

家族の状況以上に細かかったのが、父の経済状況と生活状況だった。

小島警官が書きたかったのは、

「これくらいの財産を持っている人で、年金はこれくらい入ってきてて、でも月々これくらいしか使ってなくて、でも今の残高これくらいっておかしいでしょ?」

ということで、私もそれには賛成なのだけれど、とにかく細かい。

月々何をどれくらい使っているかを詳細に書いていく。

日用品や食費はもちろん、電気代、水道代、ケーブルテレビ代、NHK代、電話代、新聞代、葬儀屋の互助会費、ガソリン代、散髪代、などなど。

「えっ、新聞代って4,400円もするんですか!」

意外なところで新聞代に食いつく小島警官。

「どこの新聞ですか!?読売!?巨人ファンでもないのになんで読売なんですか?うちは以前神戸新聞でしたけど3,600円でしたよ!」

これがもし13紙も新聞をとっているプチ鹿島だったら、新聞代の高額さにどれだけ仰天されることだろう。

私もまた必要ないのに、最初はうちも神戸新聞だったけど配達員ともめて…とか余計な話をするから、供述調書は一向に終わらなくなっていく。

 

21時過ぎまで、父の生活状況の話をしていた。

少し休憩となったが、調書はまだまだ続く。

広い会議室は底冷えがして、足が冷えてしょうがなかった。

夫が近くのコンビニで買ってきてくれたカフェオレもすぐに冷めてしまった。

一緒に買ってきてくれた使い捨てカイロが唯一の暖房器具。

 

小島警官は、

「長くなってすみませんね。ただ、これが通常の事件だったらこんなにやらないですよ。本件は2万円の事件です。でも、背景には1,600万円もの被害が隠れている大事件だから、それも含めて書いているんです。だからもうちょっと辛抱してくださいね」

と私に言った。

細かいとこにこだわるとか話が長いとか、私もつい意地悪を書いたけれど、小島警官が丁寧に話を聞いてくれて、本気でうちの家の事情も理解しようとしてくれているのには感謝しかない。

本当に真面目な人なんだ。

小島警官はさらに言った。

「今回のカメラの設置は百点満点ですよ。それに、データや記録を用意して、質問にもちゃんと答えてくれている被害者の方なんてなかなかいないです。こうやって証拠が出て、我々警察が動けるようになるのって、同じような事件が100件あったとして1件くらいじゃないかと思います。氷山の一角ですよ。警察の歯がゆいところです。せっかくこれだけ頑張ったんですから、絶対犯人を捕まえましょう!我々も全力でやりますから」

 

私はただただ、

「よろしくお願いします」

と頭を下げた。