警察での長い1日の終わり
カメラ映像以外に有力な証拠品となったのが、オトリに使った10万円の残り8万円とそれが入っていた銀行封筒だった。
もちろん、10万円を引き出しに入れる前に画像におさめ、番号を記録していたのも大きかった。
当然、盗まれた2万円のシリアル番号がはっきりわかっている。
8万円と銀行封筒も、机の上に並べて指をさして写真を撮った。(何度も書くけど、指をさす必要ある????)
8万円と封筒を証拠品として出す書類も書いた。
封筒は、引き出しに入れるときも出すときも私だけにして、夫や父が触らないようにしていた。
つまり、私以外に触ったのは犯人だけなのだ。
供述調書を取る間に、私の指紋を採る作業も行われた。
「指紋を採りたいんですけど、かまわないですか?これも捜査上大変重要なので…」
とメガネの刑事さんは非常に恐縮している。
こっちは、
「犯人と私の指紋しか出ないはずです!どうぞ調べてください!」
とやる気満々だったので、恐る恐る言いに来たのが意外だった。
私のような人間が例外で、指紋は重要な個人情報だから嫌がるのが通常で、警察も慎重に扱っているのだろう。
メガネ刑事が持ってきたスタンプ台に、言われるとおりに指を回すようにつける。
指には色がつかないけれど、用紙につけると黒い指紋がとれた。
おお、手が汚れない!
一本一本、回すように採ったあと、指を4本並べて採ったり、手のひらを採ったりといろんなバリエーション。
重ならないようにつけるのに気をつかった。
私のように女性で小さめの手でさえギューギューなんだから、男性で大きい手の人だと苦労するに違いない。
もうちょっと広い用紙にしたらいいのに。
ていうか、改善するなら、紙を大きくするより手が汚れないインクより、デジタル化だ。
またドラマの話だけど、FBIだったらデジタルスキャナーとか使ってた気がする。
こういうところでも、日本のデジタル化がまだまだなんだなと思う。
メガネ刑事に、
「2万円が犯人の家から出てきたら、返してもらえるんですか?」
と尋ねると、
「もちろん犯人に、『盗ったもんは返せ』と言うことはできますし、持ってるならそう言います。ただ、理解してもらいたいんは、僕らができるんは犯人を捕まえることだけなんです。申し訳ないですけど、僕らにお金を返させる強制力はないんです。お金を返してもらうには、示談とか民事裁判とかで争ってください。ほんま申し訳ないですけど、僕らにはどうしょうもないんですわ」
と言った。
それは弁護士のよしえちゃんに聞いてわかっていたけれど、
「えぇ~…」
と肩を落としてしょんぼりして見せた。
一番してほしいところが抜けてるんだよなぁ…。
結局、どうやればお金が返ってくるのか、戦いはまだまだこれから、入り口にすぎない。
供述調書完成!
日付が変わるころ、ようやく供述調書が完成した。
小島よしお警官がパソコンで作成したものをプリントアウトして、それを夫と私が見ている前で読み上げる。
「間違っている点、少しでも気になる点があれば言ってください。もちろん、誤字脱字も指摘お願いします」
小島警官がそう言うので、
「あの、先ほどの『ベットメイク』ってところ、『ベッド』じゃないですか?」
と指摘すると、小島警官はムッとして、
「ヘルパー記録票の記載が『ベット』になってるんで、そこに合わせたんですけど!」
と反論する。
不機嫌そうだったので、
「それならいいです。すみません、誤字脱字もチェックって言われたんで、言っただけです」
と私はなだめるのだけど、長時間勤務の疲れか小島警官もムキになって、
「いえ、波野さんの供述ですから、気になるところはどんどん指摘してもらってかまいません!」
と言う。
お互い面倒くさい性格をしている。
そっちがそう言うなら…、と、そのあとも私が「てにをは」だとか動詞の使い方だとかを指摘したが、小島はその都度ムッとして、言い訳をしては直さないのだった。
「あの、ここ、『株と定期を下ろし』っておかしくないですか。『株と定期預金を解約し』にしてはどうですか」
「おかしいですか!?意味はわかりますよね!?そんな引っかかります!?」
「すみません、指摘してと言われたものですから指摘しただけです」
「いいえ!指摘してください!」
本人たちはイライラする。しかし客観的にはコントのような状況が続いた。
あとで夫が言うことには、
「あれは行送りを嫌がってたんやで」
ということだった。
「あそこで修正して文字数が変わったら、行が変わるやんか。行送りが面倒くさいんや」
供述調書は、罫紙の中に文字が入っているというスタイルで作成されていた。
私の職場でも、かつてこのスタイルを使わされていた。
Microsoft Wordで表に文字を入れて文書作成するのは、すごく面倒くさい。
例えば下記のようなかんじ。
おそらく、小島警官はこんなふうに供述調書を作成していて、行送りが嫌で修正を渋っていたのではないか、というのが夫の推理だった。
「あんだけ長時間がんばってくれたんやから、正しい文法かどうか知らんけど、意味が通じるんやからええやんか」
と夫は言う。
「指摘してって言われたから言っただけなのに…」
と私は納得がいかない。
「だったら最初から、『細かいことにはこだわらないで』って言ってくれたら、私だって何にも言わないのに!」
「そんなん、言わずもがなやんか」
私が空気を読まなかっただけで、私以外はみんな「細かいことにこだわらないで」というのが本音だった。
だって、時刻は0時をとっくにまわり、警察署を出たときはすでに午前1時半になっていたのだから。
「今後、何か連絡があるんですか?また警察署に来ないといけないんですか?」
と小島警官に尋ねると、
「来ないといけないかどうかはっきりしたことはわかりませんが、必要があれば刑事課から連絡があると思います」
と言う。
私は今後どういう段取りがあって、どういう心づもりをしておけばいいのか知りたかったのだけれど、小島警官はそこは刑事課の担当だという。
誰が刑事課だとか、小島警官が何課だとか、教えてもらってないからわからないんだけどなぁ、と思っていたら、帰り間際、昭和刑事が挨拶にやってきて、自分がこの件の担当の橋口だと名乗った。(もちろん仮名!)
警察の人の名前を初めて聞いた。
長時間お世話になった小島警官でさえ、供述調書にサインするとき、これを作成した警官として記載があって初めて名前を知ったのだ。
あまりに名乗らないので、警察官というのはみんな匿名で仕事をするのかと思ったくらいなので、昭和刑事も名前があるんだなぁ、と当たり前のことを思った。
昭和刑事は、
「明日は日曜日で裁判所が開いてないんで、月曜日、令状が取れたら、遅くても火曜日には逮捕できるかなぁ、いうところですわ」
と、相変わらず夫に言った。
「ご連絡はご主人にしたらええですか?」
と言うので、
「いえ、私に!」
と私が手を挙げる。
夫にしても、「仕事中電話かけてこられたら困るわ」ってなもんである。
父に話を聞きに行った警官が戻っていて、出口で見送ってくれた。
「お子さんは2歳ですか。かわいいでしょう。お父さんお母さんがいなくて寂しい思いをしたでしょうから、早く帰ってあげてください」
とにこやかだった。
夫がお姑さんにLINEで確認したところ、サトイモは待ち疲れて10時くらいに寝たらしい。
まさかこんなに遅くなるとは思わなかったから、普通の服の着替えしか持たせていなかった。
こんなことならパジャマも用意しておくんだった。
それにしても、刑事さんたちは何時まで仕事をするんだろうか。
明日の日曜日も捜査は進むんだろうか。
どんなことを調べるんだろうか。
その間にも犯人が盗んだお金を使い込んでいたら嫌だな。
帰りの車の中でそんな話をしながら、私たちは神戸に戻った。
長い長い1日だった。