3歩前のことを忘れる女のサブカルと介護の記録

神戸に住む40代波野なみ松の、育児と趣味と要介護両親の対応に追われる日々の記録。

コロナ禍なのに密

私と夫は映像が入ったPCを携え、意気揚々と警察署へ車を走らせた。

車内から私が警察署へ電話をかける。

元旦からのことをかいつまんで説明し、今回は証拠の映像があることを伝えた。

「今からそちらへ向かいますので」

と言うと、

「いえ、警官がそちらへ向かいます」

と言う。

「もう向かっている途中なんで、そちらへ行きます」

「では引き返していただけませんか? 」

「半分くらい来てるんですけど」

「じゃあ何分くらいで戻れます?」

あくまで警察は行くといってきかない。

若干押し問答。

こっちは行くつもりをしていたので、なんだよもう、という気持ちになる。

結局、午後4時に実家で待ち合わせということになった。

のちほどわかったことには、警察は犯行現場をおさえたかったらしい。

じゃあそう言ってくれよ。

 

警察はぽろぽろやって来る

実家のインターホンが壊れているので、一人目の警官が来たとき私はキッチンにいて気付かなかった。

玄関で待っていた夫が応対した。

なかなか私が気付かなかった理由は、2人がずっと玄関先にいて中に入って来なかったせいだ。

正月2日にやってきたお巡りさん同様今回来た警官も、バインダーにはさんだ白紙のコピー用紙に、夫の免許証情報などを書き写していた。

しかし、夫がどうぞ入ってくださいと言っても、うちの敷居をまたがない。

どうやら現場保全のために、話を聞き終わるまでは入らないつもりらしい。

こちらはご近所の手前、できるだけササっと入ってほしいのに。

四角四面で手順に生真面目なその制服警官は、マスク越しに見ても濃い顔立ち。

キャスティングするなら小島よしお。

こちらが先に話そうとしても、とにかく自分の質問に答えてください、という融通のきかないかんじだった。

 

そうこうしていると、地味なジャンパーを着た私服のおじさんがふらりとやってきた。ああどうも、とこちらに一声かけて、小島よしおに、

「もうカメラ見た?」

と尋ねた。小島が、

「これからです」

と言うと、

「ほんならお邪魔させてもらおか」

と言いながら入ってきた。

あれだけ小島が入らなかったのは何だったのかというあっけなさで、2人は和室に上がった。

私服の刑事は、目がぎょろりとして色は赤黒く、いかにも叩き上げといった雰囲気である。(キャスティングするなら中野英雄!)

松本清張作品に出てきそうな昭和の刑事である。

唯一、昭和と違うのはタバコを吸わないところくらい。

 

小島警官と昭和刑事、私と夫が和室の机を囲み、元旦からの流れを説明する。

昭和刑事は夫に向かって質問ばかりするので、主に夫が話す流れになった。

私の実家で、夫は実家の金銭状況のことはあまり知らないのに、主体が夫になっていることに違和感を感じた。

最初に玄関に出たのが夫だったせいかなと思ったけれど、すぐに、これは女性差別だと気が付いた。

昭和刑事は「家長」である夫に話を聞いているのである。

長年染みついたもので悪意がないのはわかるけれど、私としてはなんだかヘソを曲げたい気持ちになった。

ただ、カメラを設置したのは夫なので、夫がメインで話をしてくれたおかげでスムーズに応対できたのは否めない。

とにかくカメラが重要なのだ。

 

そうしている間にも、警察がポロリポロリとやってきた。

誰一人、自己紹介はしない。

こんにちは、とか、到着しました、とか、お邪魔します、とか、ひとんちに入るときには何かあるだろうと思うけれど、何の声掛けもない。

当然のように玄関を開けて入って来て、すーっと和室の末席に座っている。

気付いたら制服が3人、私服2人の5人の警官がいた。

また来た、また増えた、と思っているうち、父も含めると6畳の和室に8人である。

コロナ禍になって以降、こんなに密なのは初めてだ。

お~い、ソーシャルディスタンスという言葉を知ってますか~?

しかも窓も開けてないし、換気扇も空気清浄機もない部屋なんだけど、誰も気にしない。

何名かはマスクから鼻も出ている。

このあたりから、警察ってシュールだぞ、と可笑しくなり始めた。

 

現場撮影

説明が一段落すると、2階に上がって現場を見せてください、という話になった。

私を先頭に、一団がぞろぞろと階段を上がる。

「ここの引き出しです」

と私が説明すると、

「引き出しを開けて、人差し指を入れてください」

と言う。

指?

意味がわからないまま、

「こうですか?」

とポーズをとる。

「いいですね」

パシャ。

何か証拠になるものがあると、ここですよ、と示すために人差し指でさして写真を撮るのが警察流らしい。

「カメラ設置してたのはどこですか?指をさしてください」

言われたとおり、まず上に設置したカメラをさして、人差し指を上に向ける。

笑顔でハイ、ポーズ。

私の脳裏に突然大場久美子が去来し、コメットさん気分でポージング。(下記YouTubeの感じ。)

 

www.youtube.com

 

しかし、アイドル気分を打ち砕く、

「じゃあお母さん、次は横のカメラを指さして」

という警官の呼びかけ方。

お母さんって…。

確かに私はサトイモのお母さんだけどさぁ…。

あんたたちまさか、未婚子無しの40代女性にも「お母さん」って呼びかけてないでしょうね、と唇を尖らせてしまった。

少々笑顔を曇らせつつ、その後も何カ所か人差し指を立てて写真撮影をした。

 

ワクワク映像鑑賞会

和室に戻ってから、いよいよパソコンで映像を見てもらう。

「ええっと、それでカメラを設置したのは何日?」

「1月10日です」

一応、10日に私が現金10万円を入れたときの映像から見てもらった。

「よう映っとうなぁ」

昭和刑事が感心する。

偶然だけれど、この日の私も映像と同じカーディガンを着ていた。

これしか服持ってないのかよ、となんだか非常に恥ずかしかった。

 

そしてメインの1月14日の映像。

まずは犯人が封筒を触るだけのシーン。

「盗らんかったな」

「でも、戻って来るんです」

私たちは自慢げに披露する。

「また来たな」

刑事が身を乗り出す。

「ここで札を数えます」

「おう、10枚数えて…、抜いた!ここやな!時間出とうか?11時8分?」

そこで映像は一時停止させる。

昭和刑事が、眼鏡をかけた私服刑事にカメラの時間が合っているかどうか確認するように指示を出した。

「おい、時報だせ」

スマホ時報に電話をかけてスピーカーで音を出し、カメラと時間の差を計る。

カメラはネットにつなげていないので、確かに時間に差があってもおかしくはない。

設定してから少し電源を抜いていた時間があるせいか、2分ほど時差があった。

11時6分。

修正した時間で犯行時間が確定した。

ビンゴ!決定的瞬間!

1月16日土曜日。

私たちはこの日を決戦の日に決めた。

もし隠しカメラに犯人が映っていたら警察へ直行だ。

 

この日も正午前後にヘルパーさんが来ているので、私たちは昼イチくらいに到着する予定で動いた。

まず、私の実家へ行く前に、夫の実家へ。

私の家にはプリンタがないから、私が作成した想定被害総額とヘルパー来訪日の資料は夫の家のプリンタで印刷してもらった。

警察に行くなら必要になる資料だ。

 

それに、サトイモがいると邪魔になるから、今日一日お姑さんに預かってもらうことにした。

オムツと念のための着替え、オヤツや飲み物などを詰めたサトイモセットを、

「よろしくお願いします」

と手渡すと、

「大丈夫や。うちとおったらええ子にしとうで」

とお姑さん。

お姑さんが応援してくれるのがとても心強い。

「今日もトミカ買うてあげよな。何が欲しい?」

「たーっく(トラック)!!」

とってもありがたいけれど、預けるたびにオモチャが増えるのが、助かるような困るような。

 

ついでにお昼ごはんまでお姑さんに作ってもらって、ご馳走になってからの出陣となった。

「ご迷惑かけます」

「ええねんええねん。それより、うまいこと映っとったらええのになー」

お姑さんはサトイモを抱っこして見送ってくれる。

「はよ帰ってきたら、みんなで焼き肉でも食べにいこか」

兵庫県にも緊急事態宣言が出ているとは思えない、お姑さんの発言。

私はちょっとびっくりしたけれど、夫は、

「ほな、ええ店探しといて」

と普通である。

あとで私が、

「このコロナ禍に焼き肉?」

と尋ねると、夫は、

「換気がええから大丈夫やろ」

と言う。

コロナ以前に、私は鉄板なり炭火なりを触ってサトイモがヤケドをしないか心配なので、焼き肉に積極的になれないのだけれど、家庭内でもいろんな点で温度差がある。

 

私は久しぶりに夫の車の助手席に座った。

サトイモが生まれてから、私の席は後部座席のチャイルドシート横になっていた。

夫婦で並んで座るのなんて、3年近くなかったことだ。

そもそも、夫婦二人だけで出かけることなんて、サトイモが生まれて以降なかったかもしれない。

奇妙な理由で始まった、久々のドライブデート。

でも、話す内容はと言えば、今日の段取りの話である。

 

犯人の犯行が映っていたら、警察に直行すればいいだけのこと。

でも、もし何も映っていなかったら、カメラを再度セッティングし直して来週に繰り越し。

今日が無駄足になるのは癪だから、ソフトバンクショップへ行って父のガラケースマホに変える手続きをしよう。

それなら、父に対して今日私たちが2人で訪問した理由も立つ。

犯人がつかまるまで、カメラのことは父に内緒にしたいからだ。

でも、もし来週も空振りで、これが毎週のことになると言い訳もつかなくなる。

なかなか犯人が現れなかった場合、長丁場になることを想定して、Wi-Fi環境を整えるなどの次の手が必要になるかもしれない。

 

そんな話をしていたらあっという間に姫路に着いた。

途中のパーキングエリアから、

「ちょっと今日は用事があって、2人で行くわ」

と父に連絡すると、

「ああそう」

と父はあっさりしたもんだった。

先週来たばかりなのに何をしに来るのか、などという問いはない。

父にカメラがばれるのでは、なんて私たちの考えすぎかもしれない。

 

犯人はおまえだ!

実家に着くと、私たちは真っ先に2階に上がって、引き出しに入れていた封筒を出した。

お札を数える。

1、2、3、4、5、6、7、8…。

8枚!!!!

「やった!2枚ない!」

盗られておいて「やった!」もないもんだ。

けれど、私は興奮した。

 

夫が2台のカメラを外す。

1階の和室に戻り、映像を持参のノートパソコンで見られるようにした。

ヘルパーの記録表を持ってきてチェックする。

夫が怪しいと言っていた宅間というヘルパーが来ていたのかどうか。

あった!

今週は木曜日と金曜日に入っていた。

 

木曜日の10時30分から確認を始めた。

カメラをセッティングしている父の机は、家事に全く関係ない場所である。

つまり、通常のヘルパー業務ではカメラに映ることがない。

しばらく誰も映っていない映像をちょこちょこ早送りする。

 

10時47分、とうとう人物が現れた。

現れたとたん、机のガラスの引き戸をそっと開け、現金が入っている引き出しを開けた。

何の迷いもなく、封筒を取り出した。

「ビンゴ!!」

 

しかし、封筒を出しただけで、女はいっこうに中身を見ない。

封筒は台の上に置いて、引き出しの中の通帳を見たり、上の引き出しを開けてたりしている。

ヘルパーステーションの既定のシャツとパンツに、ジャージのジャンパーを着た女性。

マスクをしているので顔ははっきりわからないが、髪型はボブ、雰囲気的に50代くらいに見える。

封筒を外側から表裏眺めたあと、女は封筒をそっと引き出しに戻した。

「盗らなかったね」

女は画面から消えた。

「行ってもうた!」

「もうちょっと見てみよ」

 

すると、11時7分、再び女が現れる。

空になった洗濯カゴが画面の隅に映る。

先ほどと同様に、女は迷いなく机の引き戸を開けて、父の引き出しを上から順番に開けていった。

印鑑が入っている小さな小物入れまで、手を突っ込んで調べている。

そしてとうとう、現金が入っている引き出しを開けた。

封筒と通帳を取り出し、通帳のオモテをチェックしている。

現行の通帳は私が引き上げているので、引き出しに残っているのは古い通帳のみだ。

女は封筒と通帳を乱雑に戻し、引き出しを閉めた。

次に、机の下や、文具入れの中までチェックする。

「何を探しとんやろう?」

「通帳を探しとんかな?」

もし女が通帳を探しているとしたら、普段から通帳の残高をチェックしていたのかもしれない。

通帳残高をチェックされるのは、現金を盗られるよりも嫌な気分だった。

私は通帳のことが気になって仕方なかったけれど、夫は、

「50万を探しとんちゃうか。持った感じでだいたいの額がわかるやん。今回は少なすぎるのを怪しんどんちゃうか」

と現金の額にこだわっている。

 

ところが、女はまた引き出しを開けた。

封筒を取り出し、慣れた手つきでお札を数える。

1,2,3,4,5,6,7,8,9,10。

そして、その中からペッ、ペッ、と2枚を抜いて台の上に落とした。

残りのお札を封筒に戻し、封筒を投げ捨てるように引き出しに入れて、閉める。

2枚の一万円札は二つ折りにして、ズボンの左ポケットへ入れた。

「盗った!!」

「決定的瞬間や!!」

 

そののち引き戸を閉めてからも、女はまだ書類が並んでいる棚をチェックする。

「まだ探しとうで」

「何が気になってるんやろ」

一通り机周辺をさぐったが、何もなかったとみえて、女は去って行った。

 

やはり、犯人は夫の推理どおり宅間というヘルパーだったことが、これでわかった。

「見事に当たったね」

「にしても、怪しい動きしてたな」

「いつ盗るんかヒヤヒヤしたわ」,

 

「念のため金曜日のも見てみる?」

宅間は金曜日にもヘルパーで来ていたため、一応その時間もチェックしてみることにした。

 

金曜日の8時半から映像をチェックする。

木曜日と同様、しばらく無人の状態が続く。

「なくなったんは2万円やし、何も映ってないかも」

 

ところが、8時51分、宅間が現れた。

「来たで!」

ガラスの引き戸を開け、現金が入っている引き出しをすっと開けた。

封筒を出して、今度はすぐにお札を数える。

丁寧にではなく、2、4、6、8、というように雑に数えてすぐに封筒へ戻し、片付けた。

「確認しにきただけやったね」

「増えとったら盗るつもりやったんやろ。はよ50万入れんかい、ってなもんや」

「悪質! でもこれでバッチリや」

 

私たちは、警察に行く前にまず父に報告することにした。

実は隠しカメラを仕掛けていたこと。

引き出しに10万円をいれていたこと。

映像に、ヘルパーの宅間が2万円を盗むところが映っていたこと。

 

そして、父に実際の映像を見てもらうことにした。

「よう映っとんなぁ。いつの間に仕掛けたんや」

父の興味はまず何よりカメラの性能にあるようだった。

「もうすぐ出てきますよ、お義父さん」

夫が促すと、すぐに宅間が画面に現れた。

「な、こんなことされとったんやで。泥棒されとったんや!」

私がダメ押しをする。

「へぇ~。ヘルパーがこんなことするんやなぁ」

父は驚いたというより、まるで感心したかのように言った。

「これでわかった? お父さんが使い過ぎよんとちゃう。このヘルパーに盗られとったんや」

「ほんまやな」

父はようやく納得してくれた。

「というわけで、私たちはこれ持って、今から警察に行ってきます」

父は納得はしたものの、相変わらず何を考えているのかわからないかんじで、

「ほんならよろしく」

とだけ言って、玄関を出ていく私たちを見送った。

 

カメラ設置後の1週間

犯人を推理する

1月2日に引き出しへ入れた3万円が、1月10日には2万円になっていた。

つまり、犯人はその間に家にやってきた人物。

父は週5でヘルパーを利用しており、日替わりで5人のヘルパーが来ていた。

この5人の中の誰かが犯人だ。

 

私と夫は過去データを洗った。

Excel表で5人を色分けをして表示し、各ヘルパーが初めて家に来たのがいつかを調べた。

やはり、夫が言うように宅間(※このブログの登場人物は全員仮名です)というヘルパーが一番怪しかった。

先週は木曜日に来ている。

お金がなくなり始めた初期から家に入っているうえ、彼女がヘルパーに来なかった3ヶ月間はお金が減らなかったことが理由だ。

 

宅間さんの記録表の内容を見ると、女性らしいきれいな文字で、丁寧に書き込まれている。

手書きには人柄が出るというが、文字だけで判断するなら、この人が泥棒だとは思えない。

書かれている内容を読んでも、ちゃんと仕事をしてくれているように見える。

ただ、お買い物に行ってもらうためにヘルパー用のお財布を用意しているのだが、入金記録を見ると、やたら宅間さんの日に1万円入金している。

頻度が多い。

例えばほかのヘルパーさんだと、残金に合わせて調達してきてくれて、むやみに追加の1万円入金を避けているのがわかる。

それが宅間さんは、残金がまだ5千円もあるのに1万円を入金させている日もあった。

 

ヘルパー用のお財布はちゃんと出納管理されていて何の問題もない。

でも、1万円を入金するたび、父は財布の置き場所や懐具合を明かしていたことになる。

財布にお札がなかったときに、父が2階へお金を取りに行くこともあったかもしれない。

1万円札なら簡単に出てくる家だということは、当然知られてしまっていただろう。

 

映像を持ってどこへ行く?

では、隠しカメラに犯行が映っていたとして、どうすればいいのか。

犯人がわかったところで、果たしてお金が返ってくるだろうか。

 

探偵に電話相談したとき、たいていの犯人は高級車や高級ブランド品を買っているので、それらを差し押さえて売却してもらえばいくらかでも回収はできる、と聞いた。

それに、被害者にいくらかでも返しておけば、裁判のときに量刑が軽くなるので、たいていの犯人は被害者に弁済をするらしい。

 

けれども、もし形に残らないものに使ってしまっていたら?

犯人が男性だったらキャバクラだとかホステスだとかに貢いているかもしれない。

容疑者はヘルパーだから、ホストクラブ?

都会だったらそれもありだけれど、播州の田舎でホストに貢ぐなんて、聞いたことがない。

 

としたら、一番濃厚なのがパチンコか。

パチンコならいくらだって突っ込めてしまう。

他人のお金だったら惜しげもなくどんどん使えるだろう。

盗んだお金が1円も残ってなかったら、返したくても返せるあてがない。

 

私がそんな想像をして絶望していると、夫は当初こんなふうに言っていた。

犯行が映っている映像を持って、ヘルパーステーションへ行く。

事業所長に見てもらって、本人を呼んでもらう。

盗んだお金を返してくれたら警察沙汰にはしない、という条件を提示する。

夫や子どもがいることだろうし、借金してでも返金するのではないか…。

 

なるほど、それならお金が返ってきそうな気がする…。

でも、本当に警察に行かなくていいんだろうか?

お金を工面します、と約束しつつ、雲隠れされてしまうことだってあるんじゃない?

 

警察のお友達が言うには

お姑さんのお友達に警察の人がいて、お姑さんがアドバイスをもらってきてくれた。

そのお友達が言うには、映像が撮れたら迷わず警察へ行くように、とのことだった。

 

いくらカメラで証拠を抑えたって、犯人はこれが初めての犯行だと言い、過去の盗みを否認する可能性がある。

単独犯ではなくて複数犯で、仲間が盗んだかもしれない。

そのあたり、当人同士の示談では解決できない。

警察は、余罪を含めて徹底的に調べる。

家の中も、口座の出入金記録も。

ヨンパチと呼ばれる48時間以内の取り調べで、過去にやったかどうか、単独犯かどうか、全部白状させられるらしい。

「日本の警察、ナメたらあかんで!」

お姑さんはまるで自分が警察かのように言った。

 

あのぉ…、でも、その後は?

「裁判とかそんなんは、心配せんでもなんとかなるから」

うーん、犯人を捕まえるのは警察にお任せするとしても、やっぱり返金が不安なのに変わりがなかった。

 

頼るべきは弁護士の友達

いつも困ったときだけ友達に頼るのは申し訳ないなぁと思いつつ、友達の弁護士よしえちゃんにSOSメッセージを送った。

まさか、あけおめメッセージと同時に、こんな相談をしなければならないとは。

簡単に状況を書いたあと、「なんかアドバイスがあったら教えてください」と泣き顔の絵文字をつけたら、よしえちゃんはすぐに電話をかけてきてくれた。

 

私が、

「よしえちゃんは弁護士だから、普段は容疑者側の弁護をしてると思うけど…」

と言うと、

「それは弁護士の仕事を誤解してるよ~」

と、こういう事件でお金を回収する流れを詳しく教えてくれた。

 

まずは警察で犯人を逮捕してもらい、刑事事件として起訴してもらうこと。

でも、おそらく刑事事件にできるのはカメラに映った件だけ。

いくら過去にも盗っただろうと言っても、証拠がない以上、過去の分は刑事裁判では裁けない。

でも、民事訴訟は違う。

こちらは盗ったと言う、でも向こうは盗ってないと言う。

双方の主張を、状況証拠も含めて裁判官が判断する。

白か黒かの刑事裁判と違って、49対51の争いで勝てるのが民事裁判なのだ。

だから、犯人がお金を返してくれないようなら、被害額1,600万円の弁済を求めて民事訴訟を起こせばいい。

 

そんなことを、よしえちゃんは教えてくれた。

「でも民事訴訟を起こすとしたら、どうしたらいいの?」

と私が不安げに言うと、

「そのときは私がやったげるよ!」

とよしえちゃんは頼もしく言ってくれた。

医者と弁護士の友達はいたほうがいい、と俗によく言われるけれど、本当にそのとおり。

よしえちゃんに民事訴訟というパワーワードをもらったおかげで、なんとしてもお金を取り戻すぞ!という気概が湧いてきた。

 

「民事は事件から3年以内に訴えを起こせばいいから、焦らずにゆっくりでいいよ。まずは刑事事件として警察が逮捕するかどうかだね。うまくカメラに映ってたらいいね」

そう。

すべてはカメラだ!

オトリ捜査開始!

夫婦で捜査会議

カメラ設置に当たって、迷ったことがいくつかあった。

 

ひとつは、2つのカメラをどことどこに設置するか。

せっかく2つも買ったなら、最大限効果的に使いたい。

生活費は2階の引き出し、お年玉は1階の食器棚の引き出しから盗まれているので、私は2階と1階のそれぞれに設置したらどうかと提案。

けれど夫は、どちらかが撮れていないリスクを抑えるためにも、2つとも2階に設置したほうがいい、と言った。

何らかのトラブルが起きて途中で切れてしまったり、設置場所から動いてしまわないか心配だというのだ。

ちゃんと性能テストも行ってるのに、本当に慎重である。

カメラに関しては夫に任せたので、設置位置なども丸ごと夫に委ねることにした。

 

そして、次に揉めたのは、引き出しに入れるオトリ現金の額である。

夫は、

「今までお義父さん、お金がなくなったら50万円補充しとったんやろ? 犯人に不信に思われんためにも、50万円入れたほうがええんちゃうか」

と言う。

けれど、10万円のお年玉から4万円を抜く犯人である。

その割合でいけば、50万円入れたら20万円が盗まれてしまう。

「できるだけ少額に抑えたいなぁ…」

と私が渋ると、夫は、

「犯人を捕まえたら返って来るお金なんやから」

と、カメラの慎重さとは裏腹に鷹揚である。

「捕まえても返ってくる保証はないでしょ! 逮捕されたときには、パチンコですってしまっててなくなっとうわ!」

と私。

いつまでも平行線だった。

 

ところが、いざ現金を用意しようとしたとき、父と母の口座からATMでお金を下そうとして気付いた。

通帳を預かったのはいいけれど、暗証番号を知らんかった!!

おマヌケもいいところである。

渋々私自身の口座から現金を用意したけれど、すぐに引き出せるのは30万円しかなかった。

「30万か…。いっつも50万円やのに怪しまれへんかな」

夫はまだ言っている。

 

そこでヒシヒシと感じたのは、父と母の口座からいくら数字が消えようが実感はわかなかったが、自分の福沢諭吉がみすみす他人に盗られるのは非常に癪にさわるということだ。

30万円から1万円盗られることを考えただけで、地団駄を踏みたくなる。

こちとら、スーパーで3割引シールが貼ってあるパンを買い、ドラッグストアでコツコツとポイントをため、百均にあるものなら近くの店で買わずに週末にわざわざダイソーまで行って買ってるのだ。

10円100円を節約する生活をしているのに、万単位でポンと盗まれる。

一体何なの?!

その1万円があれば何が買えるの?!

具体的に考えると、犯人への憎しみがわく。

 

最後に夫婦で迷ったのが、父にそのことを話すかどうかだった。

夫は、

「お義父さんには内緒で設置しよう」

と言った。

1月2日に警察を呼んだときも、

「そんなことせんでええ」

と苦い顔をしていた父である。

「カメラを設置すると言うたら反対するかもしれんし、最悪の場合、勝手に外されたら困るやろ」

というわけだ。

それに、

「お義父さんがヘルパーに、カメラを設置したんや、なんて話をしたら台無しやから」

と言うのである。

「2日に警察が来たとか、お義父さんヘルパーに話してないかな」

「言わへんよ、そんなことは」

このあたり、付き合いの浅い夫と、娘である私とでは、父という人に対する理解度が異なる。

私は父がカメラを設置を反対するとも思わなかったけれど、でも、念には念を、だ。

 

実家で残金の確認

2021年1月10日、小型カメラを設置するため実家へ。

家に着いて、真っ先に私達は仏壇に向かった。

新しい現金の置き場所にした引き出しを開けてみる。

 

ない!!

まさか盗られたのでは?!

 

「お父さん!8万円どこへやったん?」

こんにちは、を言うより先に、父に現金の置き場所を尋ねた。

ドキドキしながら返事を待つ私達とは対照的に、父はのんびりと電話台から電話帳を出してきて、

「ここや〜」

と封筒を見せた。

私達はホッと胸をなで下ろす。

「今週イレブンピーエムでnanacoに1万円入れた。ちゃんと書いとうで」

と出納メモも見せてくれた。(イレブンピーエムとは父用語でセブンイレブンのこと。)

来る途中の車の中で、夫は、

「封筒に何に使ったか書いとけって言うとったけど、あのズサンなお義父さんがそんなことできるか?」

と言っていた。私は、

「お父さんは、これをこうしなさい、って具体的に指示をしたらちゃんとするよ」

と言い張っていた。

実際そのとおり、父はメモを書いていたので、私は「ほらね」と夫に目くばせ。

あれはできるのにこれはできないなんて矛盾してる、と思うけれど、統一性がとれていないのが人間なのである。

 

次は、2階の引き出しのチェックである。

封筒を開けてみた。

 

1、2…。

2枚しかない!!

 

「1枚抜かれとう!」

 

思わず夫に、

「確かに3万円入れたよね!?ね!?」

と何度も確認してしまった。

もちろん父に確認したら、先週以降引き出しには触っていないと言う。

 

変な話、私たちは安心してしまった。

犯人は3万円から1万円盗んだ。

盗みがばれているとは全く気付いていない。

これなら、50万円入れなくても十分証拠動画が撮れる!

 

いよいよカメラ設置

そして夫はカメラ設置作業に取り掛かった。

その間、1階の和室で私と父はサトイモを相手に遊んでいた。

サトイモは座布団から座布団へ飛び跳ねながら、じいじが持っている洗濯カゴにボールを放り込む遊びに夢中である。

父は大事件が起きているというのに、孫と遊べて楽しそうだ。

ときどき2階でガタゴトという音が聞こえたけれど、耳の悪い父は全く気付いていない。

 

2時間ほどかかっただろうか。

設置が終わったあとに夫が、

「俺がどこへ行ったか、お義父さん気にしてなかったか?」

と心配そうに尋ねた。

「全然!」

一度も気にしていなかったどころか、いないことすら気付いてなかったんじゃないだろうか。

他人が何をしていようが、父は全く興味がない。

ましてや義理の息子なんて。

「そんなんやから、泥棒に金盗まれとっても気がつかへんねん」

と夫は呆れ顔。

 

そしてカメラテスト。

「どこにつけたかわかる?」

夫に尋ねられても、全くどこにあるかわからない。

あることがわかっていて探しても見つからないのだ。

「棚の上と、向こうのカゴ」

場所を教えてもらってさえ、どれがカメラなのかわからなかった。

「すごいね! 絶対気付かないよ!」

夫のスマホには同期しているのでリアルタイムの映像を見せてもらったが、部屋の様子がきちんと撮れている。

「真上からと真横からと、ダブルでおさえるで」

 

カメラが設置されたら、次は私の仕事である。

オトリ現金は10万円にした。

入れる前に机に並べて写真を撮る。

お札の番号を証拠として残すためだ。


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私が引き出しに10万円を入れました、というシーンも映像に残す。

引き出しの前でカメラに写っていることを意識しながら、お札を10枚数えて封筒に入れ、それを引き出しの中にしまった。

 

さて、これで犯人が盗む映像が撮れるのか。

神戸でできる準備

カメラテスト

今どきの防犯カメラには驚かされることばかりだった。

握りこぶしに納まるほどの小ささの高性能カメラが、ネットで簡単に手に入る。

短時間ならバッテリーだけで動くし、Wifiがつながっている環境ならリモートで、スマホなどから映像を確認できる。

鉄腕DASH』で野生動物の映像を撮るときみたいに、動くものが来たときだけ作動する機能も普通についている。

値段はピンキリだけれど、安いものならたった数千円。

 

夫はたくさんのカメラの中から、時間をかけて性能を吟味した。

口コミを見ると、あまり安いものだと不良品に当たったときが怖い。

今回は確実性を取りたい。

夫は2万円くらいのカメラを2台購入した。

2台あれば、別アングルから2つの画像が撮れるし、万が一動作不良が起きてもどちらかは動いているだろう。

出費させてしまってごめんね、と謝ると、

「お義父さんがくれたお年玉は、犯人捕まえるために充てようと思てるから」

と言ってくれた。

 

次の日曜日にカメラを設置しても、私たちが映像を回収に行けるのはさらに翌土曜日である。

6日間、カメラの確認はできない。

動くものがきたときだけ作動する機能もあるけれど、それで万が一作動しなかったら困るので、まわしっぱなしにするのが確実だ。

長時間ちゃんと撮れるか、夫は実家で設置をする前に、家で性能テストを始めた。

 

3日間ほど、家に2台のカメラが動いていた。

最初は撮られていることを意識していたけれど、次第に忘れてしまった。

うっかりカメラのある部屋で着替えてしまったり、ヨーグルトのふたを舐めてしまったりしてから、

「あっ!今カメラに撮られてるんだった!」

と迂闊な自分にテヘペロ

水曜日のダウンタウン』などで、自宅にカメラを仕掛けられているのに普通に日常を過ごす芸人の家族たちを、

「撮られてるのになんで平気なのかなぁ~」

と思っていたけれど、自分がやってみると、これは忘れちゃうよ。

 

3日間のテストを終えて確認したら、家の中の様子がバッチリ映っていた。

動作も問題ない。

ファイルは15分ごとに一つの動画ファイルとして保存されていた。

 

逆に、これはいい機会だから、サトイモがどれだけ私の言うことを聞かずに悪さばっかりするか夫に見てもらいたいと思ったけれど、

「これは動作確認テストや。中身はいちいち見ぃひんで」

と無視されてしまった。

ちぇっ。

 

3年間の記録をまとめる

私のミッションは、3年間の記録をExcelデータにまとめることだった。

まず、父と母の通帳から、いつ、いくら現金を下したかをデータにまとめる。

次に、ヘルパーの記録票を基に、いつ誰が来たのかもデータにまとめる。

2018年から2020年まで、それらの記録を一つの表に網羅する。

Excelならフィルタをかけて抽出もできるし、ソートもかけられる。

 

通帳記録を入力したときは、毎回50万円、アホほど頻繁に現金を下ろしている父に対して沸々と怒りがわいてきた。

自分の口座だけではなく、母の口座でも湯水のごとく下ろしている。

お母さんが何もわからなくてよかった、こんなことを知ったら怒りで気が狂うぞ!と母の代わりに歯ぎしりをしながらキーボードを打った。

 

次にヘルパー記録。

これがなかなか大変だった。

私はキーボードの入力は早いほうだけれど、そこそこ膨大な量である。

サトイモが幼稚園に行っている間、寝ている間、夫に遊んでもらっている間、なんとか時間を捻出して入力した。

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名前以外にも、食料品や買い物を頼む際に現金を預けたときの記録も入力した。

記録票の内容も読ませてもらった。

これまでヘルパーさんがやっていてくれたことを改めて知って、ありがたさをしみじみと感じた。

父の足首にただれができているのを私が汚がって、

「ちゃんと薬塗らなあかんで!自分でできるやろ!」

と口で注意するばかりだったのを、ヘルパーさんたちは軟膏を塗るところまでやってくれていたのも知った。

私が手配していたセブンイレブンのお弁当の受け取りや、セブンミールの調理もやってくれて、温かい状態で父に提供してくれていた。

こんなにやってくれているのに、と思うと複雑な思いだった。

 

でも、この中に誰か泥棒がいるのだ。

 

データがだいたいまとまったあと、夫に見せた。

夫はしばらくパソコンとにらめっこしていたが、

「宅間やな」(※もちろんこのブログに出てくる名前は全部仮名です)

とヘルパーの一人の名前を挙げた。

「なんでわかるん?」

「こんだけビッグデータがあったらわかるわ。お金がなくなり始めたんが3年前、それくらい初期から来とう奴。やめんと最近まで来とう奴」

「でも、それだけの条件やったら、ほかにも2人おるよ」

「決定的なんは、ここ」

夫はExcelのある部分を指さした。

「この期間だけお父さんの出金が途絶えとうやろ。つまり引き出しからお金が減らへんかったいうことや。この期間、宅間は来てへん。ほかの2人は入っとうやろ」

「ほんまや!」

 

私が感心していると、

「ほんで、被害金額はもうまとまった?」

夫はまるで上司かのように私に聞いた。

「お父さんが生活費になんぼ使うか洗い出していって、引き出した現金から引くだけやんか」

「お父さんが何に使ったか、それを考えるのに時間がかかるわ」

私がつい及び腰な返事をすると、

「そんなんすぐできるやろ」

とさらに夫は仕事モードで人に命令する。

私は口をとがらせながら、心の中で「絶対部下に嫌われてるやろ!」と毒づいた。

 

とはいえ、これは私が主体的にやるべき仕事だし、私じゃないとできないことである。

夫に命令されている場合じゃない。

電話で父にヒアリングしながら、父が現金で払いそうな使途と金額をExcelにまとめていった。

食料や日用品以外に、母の入院費、ガソリン代、散髪代、健康食品の通販の代引き、病院代にインフルエンザの予防接種、などなど。

そういえばこれもいる、あれもいる、と思いつくたびに入力する。

それでも、現金で使うものといったら額が知れていて、月に15万程度あれば済むのだった。

父が通帳から下ろした現金から引き算をしていくと、膨大な数字が出てきた。

1,600万円!?

金額を見るたびクラクラする。

 

犯人を自分たちで捕まえる覚悟

今後の対応

警官が帰ったあと、私と夫は今後の対応を話し合った。

道は二つ考えられる。

 

第一の道は、警官に言われたように、家の中に現金を置かないようにすること。

それなら今後、もう現金を盗まれることはないだろう。

けれど、犯人は闇の中になるし、これまで盗まれたお金は二度と戻ってこない。

 

第二の道は、このまま気付かなかったふりをして犯人を泳がせておいて、自分たちで犯人を特定すること。

 

最初は警官に言われたままに、引き出しから現金と通帳を取り出した私も、

「犯人がつかまらんままなんは腹立つなぁ」

という夫の言葉で、考え直した。

「監視カメラ仕掛けよか。俺がやるわ」

と夫はカメラの購入と設置について、買って出てくれた。

 

問題は、犯人がまたお金を盗むかどうか。

「なんかおかしいぞ…」

と犯人が異変に気付けば、もう犯行を犯さない可能性だってある。

 

「通帳は持って帰ってもええとして、いつもの引き出しに現金が入ってなかったら、犯人が警戒するんちゃうか」

と夫が言った。

かといって、11万円をそのまま入れて帰るのもリスクが高い。

犯人に違和感を感じさせず、かといって盗まれない金額はいくらだろうか、と考えて、とりあえず封筒には3万円を残しておいた。

10万円のお年玉から4万円を抜く犯人である。

多ければ盗まれるが、少なければ全額盗ることはないだろう。

「さすがに3万円からやったら盗らへんのちゃうかな」

というのが私の読みだった。

「11万そのまま残しといたほうがええんちゃうか? 普段やったら札束が入っとうのに、3万て違和感ないか?」

と夫は反論したけれど、私は、

「3万円は不自然じゃないと思う。年末年始でお金を使って、まだATM行けてないだけ、っていうのは全然アリだもの」

と押し切った。

 

残りの8万円は別の封筒に入れて、父に管理させることにした。

それくらいの現金は持たせておかないと、父も何かあったときに困る。

問題はその封筒の隠し場所をどこにするかだ。

犯人どころか父までお金の在処がわからなくなってしまったら困る。

父に、

「どこやったらお父さんも忘れへんかな?」

と相談しながら、ヘルパーが家事の際に決して触らない場所を探し、最終的に仏壇の引き出しに決めた。

 

警察を呼んでさえ、まだなお、

「なくなったお金は、何に使ったか覚えてないんや」

と言い張る父のために、いつ何に使ったか、残高はいくらあるか、封筒の表面に記入するように言い含めた。

「わかった! ちゃんと書く!」

と、父は返事だけは威勢がよい。

 

それぞれの宿題

鬱鬱とした気分で、私たちは神戸へ帰った。

帰りの車の中で、今後の展開を話し合った。

 

もし監視カメラで犯行の映像が撮れたとして、その後どうすればよいのか。

最初に訴え出るのは警察がよいのか、それともヘルパー事業所がいいのか。

警察に突き出すのはいいけれど、お金は返ってくるんだろうか。

ヘルパー派遣事業所に行って、本人を呼んでもらって、警察に言わない代わりにお金を返してくれ、と示談にしたほうがいいんじゃないのか。

 

お金を盗んでいるのが一人ではなかったら?

家に出入りしているヘルパーは5、6人。そのうちの一人の犯行かもしれないが、複数人が共謀している可能性だってある。

一人の犯行を映像に撮っただけでは、ほかの犯人を逃がしてしまうかもしれない。それで解決になるのか?

 

そもそも素人の設置で、映像がうまく撮れるのだろうか。

最近の小型カメラは優秀みたいだけど、性能に問題がなくても、設置場所だったり画面のアングルだったりが、証拠として使えるものになるだろうか。

カメラの購入費用分が無駄になって、結局損をすることはないだろうか。

 

懸念事項はどんどん湧いて出る。

 

夫はとにかく隠しカメラについて検討と研究をし、購入の手配を始めた。

私は一連の流れが不安なので、問題解決方法を別のルートで考えることにした。

 

ネットで検索していて、探偵事務所を探してみた。

ほとんどの探偵事務所が浮気調査をメインに打ち出しているが、犯罪捜査もやっていて、兵庫県にも事務所をかまえているところをひとつ見つけた。

相談は無料だと書いてあるし、何か一つでも参考になればと思い、電話をかけてみることにした。

 

探偵は電話口にいる

電話口に出た男性は話しやすい人だった。

父が要介護状態でヘルパーを使っていること、お正月に帰省してお金が消えていることに気付いたこと、警察に相談したけれど動いてもらえなかったことなどをかいつまんで話した。

「十中八九、ヘルパーでしょうね」

と探偵は言った。

警官を呼んだときの、

「ヘルパーかもしれないし、違うかもしれないし、何とも言えない」

という物言いに比べて、はっきりと言ってくれたのが心強かった。

「それに、おっしゃるとおり、一人の可能性もありますし、複数人の可能性もないことはないと思います。犯人が見つかるまで、ヘルパー事業所には何も言わない方がいいですね」

「もし犯人を捕まえたとして、こういう事件の場合お金が返ってくるもんなんですか? 犯人が捕まったとしても、調査料金分が赤字になることはないんですか?」

「ないことはないですが、これまでのケースでは全くお金が返って来なかったというのはありません。いくらかは返ってくることが多いですよ」

「そうなんですか!」

いくらかでも返ってくる!

その言葉に私は希望がわいてきた。

犯人が警察に捕まったあと、財産を差し押さえたり、訴訟に備えて弁護士を手配したり、回収に係る一連の流れも我々はノウハウを持っていますから任せてください、と探偵は言った。

「まずは監視カメラを仕掛けて証拠をつかみ、犯人を特定することです。部屋の間取りや状態から、カメラを設置するのに適正な場所というのがありますから、お会いして詳しい調査方法などをお話するのがいいかと思います」

 

私はすっかりその気になってしまった。

依頼するかどうかは決めていないけれど、もう少し詳しい捜査方法や、被害金額回収までの流れが知りたい。

プロの意見がもっと聞きたかった。

面談するならサトイモを預けなきゃいけないので、探偵には「日時が調整できたらまた連絡します」と言って電話を切った。

 

サトイモを預けるなら、お姑さんしかいない。

お姑さんには夫が事情を全部話していたので、被害についてはご存じである。

探偵に相談しようと思っている、という話をすると、お姑さんは開口一番、

「探偵なんか意味ないで!」

と言い出した。

「それより自分らでカメラつけるほうが先や! カメラなんか、なみ松かて自分でつけられるはずや! うちかてやろうと思ったらできるわ! まずはカメラや! 相手がわかってから探偵に素性を調査させるんやったらわかるけど、順番が違うで!」

お姑さんの勢いはすさまじかった。

 「探偵なんかな、依頼人に寄り添ってええことばっかり言うねん。そやけど、追加調査がいるとかなんとか言うて、あいつら金だけとって、ほんま探偵なんか意味ない!」

最初は、「探偵」というテレビや映画のイメージだけでディスっているのかと思ったけれど、すごく具体的に知っているようなのでビックリした。

なんでそんなに詳しいんですか、と聞きたかったけれど、それは飲み込んで、

「わかりましたわかりました、もう忘れてください、やめときますから~」

と私は引かざるをえなかった。

 

そのやり取りを知った夫が、

「おかんは思い込みが激しいからな」

と苦笑しつつ、

「今回の件は、できるとこまで自分らでやってみよう」

と言ってくれた。

 

夫はDIY精神の人である。

確かに、私に足りないのは「まず自分でやってみる」という気持ちかもしれない。

だいたい、「何でもプロに任せたほうがいい」というのがこれまでの私の信条だった。

でも、介護を他人に任せた結果がこの事件である。

他人に任せることのリスクを、私はいつも甘く見積もってしまいがちだ。

 

「大丈夫、俺がなんとかする」

夫がそう言った。

結局、私はまた人に頼ってしまった。

正月2日から警察を呼ぶ

お年玉の異変

例年、父はサトイモだけでなく私達にもお年玉をくれる。

それも、10万円。

大の大人が老人からそんなにお年玉をもらうなんて恥ずかしいけれど、私がおせち料理や正月用品、親戚へのお歳暮などを手配をするようになってからの習慣だ。

当然、お正月にそれだけもらうからこそ快く、父に必要なものがあれば買って送ったり、服などをプレゼントすることもできる。

結婚してからは夫にも同額をくれるようになった。

 

お年玉はいつも銀行ATMの袋に入っている。

常識人ならポチ袋やそれなりの祝い封筒を使うだろうけれど、父にそんな配慮はできない。香典でさえ茶封筒で持って行こうとするような父だ。

夫は、初めてお年玉をもらったとき、

「銀行の封筒…。もらっといてなんやけど…」

と呆れていたものだ。

 

「お年玉、なんぼ入ってた?」

「あ、まだ見てへんわ」

お金が消える問題が発覚したこともあって、私達はもらった封筒を確認した。

 「6万円や」

「私のも」

「なんで6なんやろ」

「お父さんの考えてることはさっぱりわからん」

「お義父さん、金がないのをそれだけ気にしとんかな。それやったら無理して俺にまでくれんでええのにな」

「にしても、減らすなら普通は5じゃない? 常識ないわ〜」

 

夫婦でそんな話をしたのちほど。

私がお風呂掃除をしていると、父がやってきて私にこっそり尋ねた。

「お年玉、10万入っとったか?」

 

えっ!?

「6万円やったよ!?」

 

私は慌てて夫のところに行き、

「お年玉、二人とも6万円しか入ってなかったよねぇ!?」

「6万円やった」

夫が、

「お義父さん、10万円入れてたんですか?」

と尋ねると、

「二つとも10万入れたはずなんやけどなぁ。おかしいなぁ」

と父は首をかしげた。

 

「封筒はどこに入れとったん?」

「水屋の引き出しや」

私は父と一緒に、どこに入れていたのか場所を確認した。

父によると、年末にお年玉を用意し、その封筒を何日間かキッチンにある食器棚の引き出しに入れていたそうだ。

 

犯人は10万円が入った封筒を全部盗まず、それぞれ4万円のみを抜き去ったわけだ。

 

お年玉封筒は、父がいつも引き出しに入れている10万円の封筒と同じ銀行封筒である。

まさかそれがお年玉とは思わなかったんだろう。

「何枚か抜いたってあのジジイは気ぃつかんやろ、と思われとんやで」

ところがどっこい、これは娘夫婦のお年玉で、抜かれたことがこれで判明してしまったのである。

 

「お父さん、これは窃盗や。泥棒されたんやで!」

 

私が声を荒げる。

それでも父は、

「そんなことあるかなぁ~」

とまだ事態を飲み込めていなかった。

父にすれば、泥棒だったら全部持っていくやろ、と言うのである。

 

「これは泥棒です!警察を呼びます!」

父は、

「そんなんせんでええ!」

と迷惑顔をした。

夫は、

「そうしたいならしたらええけど、今の状況やったら警察呼んでも意味ないんちゃうか」

と賛成も否定もしなかった。

私は、無駄かもしれなくても、まず誰かに被害を訴えたかった。

警察が来れば父も目が覚めて、大事件が起きている現状がわかるかもしれない。

 

とはいえ、110番をする勇気はなかったので、私はネットで調べて最寄りの交番に電話した。

電話は転送されて、警察署につながった。

どう話せばいいか迷いつつ、だいたい下記のようなことを訴えた。

 

10万円入っていたお年玉封筒2枚から、4万円ずつ、合計8万円がなくなったこと。

これまでも、どうやら50万円入りの封筒からたびたび現金が抜き取られたと推測されること。

父は一人暮らしで介護が必要なため、家の鍵を使って複数の介護ヘルパーが出入りしていること。

 

しばらくして、制服を着た警官が一人やってきた。

私の免許証を確認しながら、名前、住所、連絡先などを聞きとって書いていく。

バインダーに挟んだA4用紙は白紙のコピー用紙で、フォーマットなどもなく旧式な手作業。江戸時代の岡っ引きから進化してなさそうだ、などと思う。

上がってもらって、先ほど通報の際に警察署で話したこととほぼ同じことを繰り返し伝え、お年玉の封筒を見せ、通帳を見せた。

父には同席してもらい、夫は別室でサトイモの相手をしてくれていた。

 

一通り私の話を聞いたあと、警官は父に、

「なんでこんなに現金を下すんですか?」

と尋ねた。

父は私に答えたのと同じように、

「何度もATMに行くのが面倒くさいから限度額いっぱい下ろしてるんです」

と答える。

「何に使ってるんですか?」

「買い物はヘルパーにやってもらっとうけど、酒とタバコは買うてくれへんから、ときどきイレブンピーエムに酒とタバコを買いに行って、ついでに百円のコーヒー飲んで帰るんです。ちょっと使い過ぎよんかもしれへん」

父はいつものようにセブンイレブンのことをイレブンピーエムと言い間違える。

恥ずかしいけど、それを突っ込んでいる場合ではない。

私は警官に、

「父の生活からして、月に何十万も使うなんてありえないんです」

と訴えたが、父は、

「11月は車検があったからなぁ」

とはぐらかす。

ただ警官も私の話を疑っているわけではなく、

「車検もそんなかからんでしょう」

と言ってくれた。

「何に使ったんかなぁ? 覚えがないんや。でも、俺が使い過ぎなんかもしれん」

あくまで父は、自分が使ったけれど忘れているのだというスタンスを崩さなかった。

 

私は話を整理した。

「50万円の話は置いておいても、お年玉から8万円が消えたのは事実です。うちはヘルパー用に暗証番号付きのキーボックスで合鍵が使えるようになってます。合鍵の存在を知っている誰かが、キーボックスを開けて入ってきている可能性もあります。考えたくないですけど、ヘルパーさんのうちの誰かが盗っている可能性もあります。そんな家で現金が消えているんですよ!」

 

だいたいの話が済んだ頃、

「2人でお話できますか」

と警官が言うので、父を残して廊下に出た。

そして小声で遠慮しながら、

「お父さんは認知症と言われたことはありますか?」

と聞いた。

私は言葉に詰まった。

「う~ん、あの…、モウロクはしてるんです…。昔から天然ボケなんで、すごく変な人なんですけど、認知症かと言われると…、診断はされてないです。運転免許の更新もできてますし…」

 

どう説明すればいいのか、判断に迷った。

50万円もの現金を毎月下して、それを引き出しに入れるほど、父はボケている。

ATMに行く頻度が増えていることに気付かないほど、日付の時間感覚はマヒしている。

けれど、10万円を6万円と数え間違えるようなボケではない。

現金を下したことを忘れていたり、現金の置き場所を間違えたりはしない。

ただ、残金がいくらなのか確認しない、ずさんな管理をするモウロクジジイなのだ。

 

それを理解してもらうのは難しいのかもしれないと、「認知症」というワードが出てきたときに私は理解した。

 

その後、警官はお年玉が入っていた引き出しや、50万円を入れていた引き出しを確認した。

現場の写真などは撮らなかった。

 

警官の所見

そして父や夫たちがいる玄関先に戻ってきて、言った。

「普通の泥棒やったら、家の中をひっくり返して荒らします。あの引き出しに現金が入っている、ということを、家の中をよく知らない他人がすぐに見つけられるもんじゃないです。探すときに手当たり次第やるでしょう。つまり、ヘルパーが使う合鍵の存在を知った、全然知らない他人が入ってきた可能性は低いです」

私は尋ねた。

「家の中を荒らさずに現金だけ持ち去るような、同様の盗難被害はないんですか?」

「この辺りではないですね。たいてい荒らしてますね」

私は、それを確認しただけでも警官に来てもらってよかったと思った。

「鍵は暗証番号付きのキーボックスでしょう? キーボックスを開けるのに暗証番号をごちゃごちゃやるリスクはたぶん犯しませんよ」

確かに、泥棒ならキーボックスを開けるより、ドアの鍵そのものを開けるほうが早そうだ。

 

「となると、家のことをよく知っている人、ということになります。ヘルパーさんの可能性も考えられます。ただ、何の証拠もない状況で、『あんた盗ったやろ』とは言えません」

「まあそうなんですけど…」

「現時点では、ヘルパーさんが盗ったかもしれないし、ほかの誰かが盗ったかもしれないし、お父さんが使ったかもしれない。どの可能性もあります」

 

対応してくれた警官は、決していい加減な人ではなかった。

まだお正月2日だというのに、ちゃんと話を聞いてくれて、丁寧な応対はしてくれた。

けれど、

「確実に盗まれたという証拠がない以上は何もできない」

というスタンスだった。

被害届という話も出なかった。

 

「でもお年玉は絶対に盗まれているんです」

と私は訴えたけれど、警官が何も言わなかったのは、父がボケているかもしれない以上、入れ間違いという可能性があると思ったのだろう。

 

すると、傍らで話を聞いていた夫が、

「もしね、自分たちで監視カメラをつけて、盗るとこの証拠が撮れたら動いてくれますか?」

と尋ねた。

警官は、

「それはもちろんです」

と請け合った。

とても頼もしく聞こえる返事だったけれど、結局は何もしれくれない。

「とにかく、今後は家の中に現金を置かないようにする、通帳の管理は娘さんがする、ということに尽きます。それでお願いできますか」

警官はそれで去って行った。