3歩前のことを忘れる女のサブカルと介護の記録

神戸に住む40代波野なみ松の、育児と趣味と要介護両親の対応に追われる日々の記録。

ビンゴ!決定的瞬間!

1月16日土曜日。

私たちはこの日を決戦の日に決めた。

もし隠しカメラに犯人が映っていたら警察へ直行だ。

 

この日も正午前後にヘルパーさんが来ているので、私たちは昼イチくらいに到着する予定で動いた。

まず、私の実家へ行く前に、夫の実家へ。

私の家にはプリンタがないから、私が作成した想定被害総額とヘルパー来訪日の資料は夫の家のプリンタで印刷してもらった。

警察に行くなら必要になる資料だ。

 

それに、サトイモがいると邪魔になるから、今日一日お姑さんに預かってもらうことにした。

オムツと念のための着替え、オヤツや飲み物などを詰めたサトイモセットを、

「よろしくお願いします」

と手渡すと、

「大丈夫や。うちとおったらええ子にしとうで」

とお姑さん。

お姑さんが応援してくれるのがとても心強い。

「今日もトミカ買うてあげよな。何が欲しい?」

「たーっく(トラック)!!」

とってもありがたいけれど、預けるたびにオモチャが増えるのが、助かるような困るような。

 

ついでにお昼ごはんまでお姑さんに作ってもらって、ご馳走になってからの出陣となった。

「ご迷惑かけます」

「ええねんええねん。それより、うまいこと映っとったらええのになー」

お姑さんはサトイモを抱っこして見送ってくれる。

「はよ帰ってきたら、みんなで焼き肉でも食べにいこか」

兵庫県にも緊急事態宣言が出ているとは思えない、お姑さんの発言。

私はちょっとびっくりしたけれど、夫は、

「ほな、ええ店探しといて」

と普通である。

あとで私が、

「このコロナ禍に焼き肉?」

と尋ねると、夫は、

「換気がええから大丈夫やろ」

と言う。

コロナ以前に、私は鉄板なり炭火なりを触ってサトイモがヤケドをしないか心配なので、焼き肉に積極的になれないのだけれど、家庭内でもいろんな点で温度差がある。

 

私は久しぶりに夫の車の助手席に座った。

サトイモが生まれてから、私の席は後部座席のチャイルドシート横になっていた。

夫婦で並んで座るのなんて、3年近くなかったことだ。

そもそも、夫婦二人だけで出かけることなんて、サトイモが生まれて以降なかったかもしれない。

奇妙な理由で始まった、久々のドライブデート。

でも、話す内容はと言えば、今日の段取りの話である。

 

犯人の犯行が映っていたら、警察に直行すればいいだけのこと。

でも、もし何も映っていなかったら、カメラを再度セッティングし直して来週に繰り越し。

今日が無駄足になるのは癪だから、ソフトバンクショップへ行って父のガラケースマホに変える手続きをしよう。

それなら、父に対して今日私たちが2人で訪問した理由も立つ。

犯人がつかまるまで、カメラのことは父に内緒にしたいからだ。

でも、もし来週も空振りで、これが毎週のことになると言い訳もつかなくなる。

なかなか犯人が現れなかった場合、長丁場になることを想定して、Wi-Fi環境を整えるなどの次の手が必要になるかもしれない。

 

そんな話をしていたらあっという間に姫路に着いた。

途中のパーキングエリアから、

「ちょっと今日は用事があって、2人で行くわ」

と父に連絡すると、

「ああそう」

と父はあっさりしたもんだった。

先週来たばかりなのに何をしに来るのか、などという問いはない。

父にカメラがばれるのでは、なんて私たちの考えすぎかもしれない。

 

犯人はおまえだ!

実家に着くと、私たちは真っ先に2階に上がって、引き出しに入れていた封筒を出した。

お札を数える。

1、2、3、4、5、6、7、8…。

8枚!!!!

「やった!2枚ない!」

盗られておいて「やった!」もないもんだ。

けれど、私は興奮した。

 

夫が2台のカメラを外す。

1階の和室に戻り、映像を持参のノートパソコンで見られるようにした。

ヘルパーの記録表を持ってきてチェックする。

夫が怪しいと言っていた宅間というヘルパーが来ていたのかどうか。

あった!

今週は木曜日と金曜日に入っていた。

 

木曜日の10時30分から確認を始めた。

カメラをセッティングしている父の机は、家事に全く関係ない場所である。

つまり、通常のヘルパー業務ではカメラに映ることがない。

しばらく誰も映っていない映像をちょこちょこ早送りする。

 

10時47分、とうとう人物が現れた。

現れたとたん、机のガラスの引き戸をそっと開け、現金が入っている引き出しを開けた。

何の迷いもなく、封筒を取り出した。

「ビンゴ!!」

 

しかし、封筒を出しただけで、女はいっこうに中身を見ない。

封筒は台の上に置いて、引き出しの中の通帳を見たり、上の引き出しを開けてたりしている。

ヘルパーステーションの既定のシャツとパンツに、ジャージのジャンパーを着た女性。

マスクをしているので顔ははっきりわからないが、髪型はボブ、雰囲気的に50代くらいに見える。

封筒を外側から表裏眺めたあと、女は封筒をそっと引き出しに戻した。

「盗らなかったね」

女は画面から消えた。

「行ってもうた!」

「もうちょっと見てみよ」

 

すると、11時7分、再び女が現れる。

空になった洗濯カゴが画面の隅に映る。

先ほどと同様に、女は迷いなく机の引き戸を開けて、父の引き出しを上から順番に開けていった。

印鑑が入っている小さな小物入れまで、手を突っ込んで調べている。

そしてとうとう、現金が入っている引き出しを開けた。

封筒と通帳を取り出し、通帳のオモテをチェックしている。

現行の通帳は私が引き上げているので、引き出しに残っているのは古い通帳のみだ。

女は封筒と通帳を乱雑に戻し、引き出しを閉めた。

次に、机の下や、文具入れの中までチェックする。

「何を探しとんやろう?」

「通帳を探しとんかな?」

もし女が通帳を探しているとしたら、普段から通帳の残高をチェックしていたのかもしれない。

通帳残高をチェックされるのは、現金を盗られるよりも嫌な気分だった。

私は通帳のことが気になって仕方なかったけれど、夫は、

「50万を探しとんちゃうか。持った感じでだいたいの額がわかるやん。今回は少なすぎるのを怪しんどんちゃうか」

と現金の額にこだわっている。

 

ところが、女はまた引き出しを開けた。

封筒を取り出し、慣れた手つきでお札を数える。

1,2,3,4,5,6,7,8,9,10。

そして、その中からペッ、ペッ、と2枚を抜いて台の上に落とした。

残りのお札を封筒に戻し、封筒を投げ捨てるように引き出しに入れて、閉める。

2枚の一万円札は二つ折りにして、ズボンの左ポケットへ入れた。

「盗った!!」

「決定的瞬間や!!」

 

そののち引き戸を閉めてからも、女はまだ書類が並んでいる棚をチェックする。

「まだ探しとうで」

「何が気になってるんやろ」

一通り机周辺をさぐったが、何もなかったとみえて、女は去って行った。

 

やはり、犯人は夫の推理どおり宅間というヘルパーだったことが、これでわかった。

「見事に当たったね」

「にしても、怪しい動きしてたな」

「いつ盗るんかヒヤヒヤしたわ」,

 

「念のため金曜日のも見てみる?」

宅間は金曜日にもヘルパーで来ていたため、一応その時間もチェックしてみることにした。

 

金曜日の8時半から映像をチェックする。

木曜日と同様、しばらく無人の状態が続く。

「なくなったんは2万円やし、何も映ってないかも」

 

ところが、8時51分、宅間が現れた。

「来たで!」

ガラスの引き戸を開け、現金が入っている引き出しをすっと開けた。

封筒を出して、今度はすぐにお札を数える。

丁寧にではなく、2、4、6、8、というように雑に数えてすぐに封筒へ戻し、片付けた。

「確認しにきただけやったね」

「増えとったら盗るつもりやったんやろ。はよ50万入れんかい、ってなもんや」

「悪質! でもこれでバッチリや」

 

私たちは、警察に行く前にまず父に報告することにした。

実は隠しカメラを仕掛けていたこと。

引き出しに10万円をいれていたこと。

映像に、ヘルパーの宅間が2万円を盗むところが映っていたこと。

 

そして、父に実際の映像を見てもらうことにした。

「よう映っとんなぁ。いつの間に仕掛けたんや」

父の興味はまず何よりカメラの性能にあるようだった。

「もうすぐ出てきますよ、お義父さん」

夫が促すと、すぐに宅間が画面に現れた。

「な、こんなことされとったんやで。泥棒されとったんや!」

私がダメ押しをする。

「へぇ~。ヘルパーがこんなことするんやなぁ」

父は驚いたというより、まるで感心したかのように言った。

「これでわかった? お父さんが使い過ぎよんとちゃう。このヘルパーに盗られとったんや」

「ほんまやな」

父はようやく納得してくれた。

「というわけで、私たちはこれ持って、今から警察に行ってきます」

父は納得はしたものの、相変わらず何を考えているのかわからないかんじで、

「ほんならよろしく」

とだけ言って、玄関を出ていく私たちを見送った。