犯人を自分たちで捕まえる覚悟
今後の対応
警官が帰ったあと、私と夫は今後の対応を話し合った。
道は二つ考えられる。
第一の道は、警官に言われたように、家の中に現金を置かないようにすること。
それなら今後、もう現金を盗まれることはないだろう。
けれど、犯人は闇の中になるし、これまで盗まれたお金は二度と戻ってこない。
第二の道は、このまま気付かなかったふりをして犯人を泳がせておいて、自分たちで犯人を特定すること。
最初は警官に言われたままに、引き出しから現金と通帳を取り出した私も、
「犯人がつかまらんままなんは腹立つなぁ」
という夫の言葉で、考え直した。
「監視カメラ仕掛けよか。俺がやるわ」
と夫はカメラの購入と設置について、買って出てくれた。
問題は、犯人がまたお金を盗むかどうか。
「なんかおかしいぞ…」
と犯人が異変に気付けば、もう犯行を犯さない可能性だってある。
「通帳は持って帰ってもええとして、いつもの引き出しに現金が入ってなかったら、犯人が警戒するんちゃうか」
と夫が言った。
かといって、11万円をそのまま入れて帰るのもリスクが高い。
犯人に違和感を感じさせず、かといって盗まれない金額はいくらだろうか、と考えて、とりあえず封筒には3万円を残しておいた。
10万円のお年玉から4万円を抜く犯人である。
多ければ盗まれるが、少なければ全額盗ることはないだろう。
「さすがに3万円からやったら盗らへんのちゃうかな」
というのが私の読みだった。
「11万そのまま残しといたほうがええんちゃうか? 普段やったら札束が入っとうのに、3万て違和感ないか?」
と夫は反論したけれど、私は、
「3万円は不自然じゃないと思う。年末年始でお金を使って、まだATM行けてないだけ、っていうのは全然アリだもの」
と押し切った。
残りの8万円は別の封筒に入れて、父に管理させることにした。
それくらいの現金は持たせておかないと、父も何かあったときに困る。
問題はその封筒の隠し場所をどこにするかだ。
犯人どころか父までお金の在処がわからなくなってしまったら困る。
父に、
「どこやったらお父さんも忘れへんかな?」
と相談しながら、ヘルパーが家事の際に決して触らない場所を探し、最終的に仏壇の引き出しに決めた。
警察を呼んでさえ、まだなお、
「なくなったお金は、何に使ったか覚えてないんや」
と言い張る父のために、いつ何に使ったか、残高はいくらあるか、封筒の表面に記入するように言い含めた。
「わかった! ちゃんと書く!」
と、父は返事だけは威勢がよい。
それぞれの宿題
鬱鬱とした気分で、私たちは神戸へ帰った。
帰りの車の中で、今後の展開を話し合った。
もし監視カメラで犯行の映像が撮れたとして、その後どうすればよいのか。
最初に訴え出るのは警察がよいのか、それともヘルパー事業所がいいのか。
警察に突き出すのはいいけれど、お金は返ってくるんだろうか。
ヘルパー派遣事業所に行って、本人を呼んでもらって、警察に言わない代わりにお金を返してくれ、と示談にしたほうがいいんじゃないのか。
お金を盗んでいるのが一人ではなかったら?
家に出入りしているヘルパーは5、6人。そのうちの一人の犯行かもしれないが、複数人が共謀している可能性だってある。
一人の犯行を映像に撮っただけでは、ほかの犯人を逃がしてしまうかもしれない。それで解決になるのか?
そもそも素人の設置で、映像がうまく撮れるのだろうか。
最近の小型カメラは優秀みたいだけど、性能に問題がなくても、設置場所だったり画面のアングルだったりが、証拠として使えるものになるだろうか。
カメラの購入費用分が無駄になって、結局損をすることはないだろうか。
懸念事項はどんどん湧いて出る。
夫はとにかく隠しカメラについて検討と研究をし、購入の手配を始めた。
私は一連の流れが不安なので、問題解決方法を別のルートで考えることにした。
ネットで検索していて、探偵事務所を探してみた。
ほとんどの探偵事務所が浮気調査をメインに打ち出しているが、犯罪捜査もやっていて、兵庫県にも事務所をかまえているところをひとつ見つけた。
相談は無料だと書いてあるし、何か一つでも参考になればと思い、電話をかけてみることにした。
探偵は電話口にいる
電話口に出た男性は話しやすい人だった。
父が要介護状態でヘルパーを使っていること、お正月に帰省してお金が消えていることに気付いたこと、警察に相談したけれど動いてもらえなかったことなどをかいつまんで話した。
「十中八九、ヘルパーでしょうね」
と探偵は言った。
警官を呼んだときの、
「ヘルパーかもしれないし、違うかもしれないし、何とも言えない」
という物言いに比べて、はっきりと言ってくれたのが心強かった。
「それに、おっしゃるとおり、一人の可能性もありますし、複数人の可能性もないことはないと思います。犯人が見つかるまで、ヘルパー事業所には何も言わない方がいいですね」
「もし犯人を捕まえたとして、こういう事件の場合お金が返ってくるもんなんですか? 犯人が捕まったとしても、調査料金分が赤字になることはないんですか?」
「ないことはないですが、これまでのケースでは全くお金が返って来なかったというのはありません。いくらかは返ってくることが多いですよ」
「そうなんですか!」
いくらかでも返ってくる!
その言葉に私は希望がわいてきた。
犯人が警察に捕まったあと、財産を差し押さえたり、訴訟に備えて弁護士を手配したり、回収に係る一連の流れも我々はノウハウを持っていますから任せてください、と探偵は言った。
「まずは監視カメラを仕掛けて証拠をつかみ、犯人を特定することです。部屋の間取りや状態から、カメラを設置するのに適正な場所というのがありますから、お会いして詳しい調査方法などをお話するのがいいかと思います」
私はすっかりその気になってしまった。
依頼するかどうかは決めていないけれど、もう少し詳しい捜査方法や、被害金額回収までの流れが知りたい。
プロの意見がもっと聞きたかった。
面談するならサトイモを預けなきゃいけないので、探偵には「日時が調整できたらまた連絡します」と言って電話を切った。
サトイモを預けるなら、お姑さんしかいない。
お姑さんには夫が事情を全部話していたので、被害についてはご存じである。
探偵に相談しようと思っている、という話をすると、お姑さんは開口一番、
「探偵なんか意味ないで!」
と言い出した。
「それより自分らでカメラつけるほうが先や! カメラなんか、なみ松かて自分でつけられるはずや! うちかてやろうと思ったらできるわ! まずはカメラや! 相手がわかってから探偵に素性を調査させるんやったらわかるけど、順番が違うで!」
お姑さんの勢いはすさまじかった。
「探偵なんかな、依頼人に寄り添ってええことばっかり言うねん。そやけど、追加調査がいるとかなんとか言うて、あいつら金だけとって、ほんま探偵なんか意味ない!」
最初は、「探偵」というテレビや映画のイメージだけでディスっているのかと思ったけれど、すごく具体的に知っているようなのでビックリした。
なんでそんなに詳しいんですか、と聞きたかったけれど、それは飲み込んで、
「わかりましたわかりました、もう忘れてください、やめときますから~」
と私は引かざるをえなかった。
そのやり取りを知った夫が、
「おかんは思い込みが激しいからな」
と苦笑しつつ、
「今回の件は、できるとこまで自分らでやってみよう」
と言ってくれた。
夫はDIY精神の人である。
確かに、私に足りないのは「まず自分でやってみる」という気持ちかもしれない。
だいたい、「何でもプロに任せたほうがいい」というのがこれまでの私の信条だった。
でも、介護を他人に任せた結果がこの事件である。
他人に任せることのリスクを、私はいつも甘く見積もってしまいがちだ。
「大丈夫、俺がなんとかする」
夫がそう言った。
結局、私はまた人に頼ってしまった。